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第二章

第七四話 経験? あるに決まってます

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 海賊艦隊を退けた後の、いつもの四人の朝食風景――。

 ゼクシィが隣に座り甲斐甲斐しく穂積の世話を焼く。まるで新婚夫婦のようだ。「はいっ。あなたぁ~」とか言っているので本人はそのつもりなのかもしれない。

 斜向はすむかいには堅パンをガリゴリかじる不機嫌な獅子が居て、じっとこちらを見ているので出来れば控えてほしい。

「ビクトリア? それ、歯、大丈夫か?」
「ガリバリガキゴリ」
「堅パンって半端なく硬いからさぁ~。あんまり歯に良くないかと……」
「ギリリッバキッボリッ」
「自分がジャンケンに負けたんじゃん? 怒んないで? ね?」

 いつもの如く席順で揉めた。海賊襲撃の危機を乗り越えて、三人とも開放感というか、新しい自分になったというか、そういう感慨を抱いているらしい。

 各々が積極的になっており、三つ巴の覇気に耐えられそうになかった穂積は、三人に日本古来の問題解決方法を教え、今後起こる嫁間トラブルはジャンケンでポンと後腐れなく解決するようお願いしていた。

 それでも実力行使に出られたら、穂積にはどうしようもない。恐らくクリスにすら負ける。どうやら覇気とは物理的な力を伴うこともあるようだ。

 そのヒリつく状況をかき回す声がハキハキと食堂に響いた。

「お食事中に失礼します! 船長っ!」
「ボリボリ」
「不肖メリッサ! 生涯一度きりのお願いがございます!」
「バキバキ」
「自分をホヅミにいさんの夫人の末席に! 加えていただきたく存じます!」
「ゴリィッ」
何卒なにとぞっ!」

 クリッと大きな翠玉色の瞳は鋭く真摯な眼差しをビクトリアに送っている。一歩も引かぬ気概が感じられた。

 ハーレムにまた一名追加されるのかと乗組員は興味津々。

 特に航海部員のおじ様方は血走った目でゼクシィにあーんされている穂積を睨み付けていた。

「……バリパキ……ボリポギ…………ゴクン。ふむ。一長一短だな。今はダメだ。待て」

 堅パンを嚙み砕きながら、計略を練っていたらしいビクトリアが結論を飲み込むと同時に却下した。

「家はどうなっても構いません」
「確かに有効ではある。だが、ノーマンに不義理は働けん。下手をすると第四艦隊を敵に回す」
「大丈夫です! 自分が話して納得させます!」
「大陸の正義を自称する脳みそ筋肉一家を相手に交渉が通じるとは思えん」
「大丈夫です! マイルズ兄さんは会話が通じます!」
「メリッサ……。交渉は会話ではない」
「大丈夫です! お爺様だって、にいさんの大きさを見れば諸手を挙げて力になってくれます!」
「ホヅミを筋肉共の矢面に立たせるわけにはいかん!」
「大丈夫です! どの筋肉も甲板長以下です! きっと耐えられます!」
「ジョジョは一人だ! だが、お前の家には何人の筋肉がいる? ……あの暑苦しい覇気に当てられて、ホヅミが耐えられるはずがない」

 大勢のボディビルダーのバルクに囲まれて、全方位から覇気を浴びせかけられる様を想像する。

 自分に耐えられるとは思えなかった。死なないにしても、気絶するか漏らすか。どう転んでも良くない落ちが見えている。

「メリッサ。悪いな。俺には筋肉が足りないようだ」

 ビクトリアと穂積の結論に、メリッサは全然、納得しない。諦めない。

「筋肉など! たかが筋繊維の塊でしょう! にいさんの海綿体にはまったく及びません!」
「やめなさいエロッサ。暴走するのはやめなさい」
「にいさんはご自分の巨砲の価値が分かっておられないのです! 女を轟沈させるためにあるようなモノなのに!」
「可愛い孫娘が、海綿だの、巨砲だの、轟沈だのと言い出したら、ノーマン卿は無言で艦隊を差し向けて来るだろうよ。やはりダメだな」
「ノー! ノー・マム! ノ~ッ!」
「だったら、まずは現実味のある策を持ってこい。話はそれからだ」
「曾孫が出来れば文句を言うはずがありません。共に床を這いずり回って可愛がってくれるでしょう」

 赤ちゃんのハイハイに合わせて床に這いつくばり、匍匐前進ほふくぜんしんする筋肉老人の有様《ありさま》を想像する。

「――いけるかもな!」
「ダメだ! それだって、まずはオレが産んでからだ! 何人なんぴとたりとも許さん!」
「船長! 先生もですが……、お早くお願いします! 後がつかえております!」
「「余計なお世話だ!」」

 後ろで成り行きを見守っていたセーラが部下メリッサを制するために動いた。

「だから言ったさね。メリッサは早すぎる。『バリスタ』と同じく、満を持して切るカードだわさ」
「航海長。しかし、自分はもう二十歳です。十分にお相手が務まります」
「裏で何やってても、あたしゃ構わないわさ。ただし、いきなり孕みましたとかは許さんさね」
「それならば問題ありません。にいさんのご指示通り、定時の体温計測とデータ収集を実践中ですからタイミングは掴めます。切り札を自ら捨てるような愚策は犯しませんとも!」

 メリッサの言葉をビクトリアは聞き逃さなかった。ギロリとした鋭い視線が穂積を捉え、背中に冷たい汗が伝う。

(メリッサ! 余計なことをっ!)

「おい。ホヅミぃ~。なんだぁ~? にいさんのご指示ってぇ~?」
「ビクトリア? 勘違いしないでね? あくまで、性教育の一環として、女性として知っていて当然の事柄をアドバイスしたに過ぎない。そもそも、具体的な話が俺に出来るわけもないだろう? 細かい部分はマリーさんにお願いしたさ。そうした知識は大切なものだ。いつかメリッサの役に立つ時も来るだろう」
「なんか、よく分からんが、要するにメリッサにも唾を付けていたということかぁ~? お前、自分が誰の男になったか、まぁだ、分かっていないと見えるなぁ~」
「まさか! 俺はビクトリアの男ですよ! 他の何に見える? 大丈夫! 今晩、愛撫してあげよう!」
「……いつもいつも、それで誤魔化せると思うなよ。決めた。お前が他に目移りせんように、オレが限界まで搾り取ってやろう。覚悟しろよ。常に空っぽであれば役にも立つまい?」

 突き刺さる視線との間にゼクシィの谷間が割って入った。天国の感触が顔を包む。

 両手で乳を掴んで谷間を広げ、空気の通り道を確保。大きく息を吸って甘い香りを楽しむ余裕が出来た。イソラに落とされた時の経験が生きた感じだ。

(これは俺の彼女のおっぱいで、つまりは俺のおっぱい。最高じゃないか!)

「リア姉。ホヅミンを虐めないで。それに全部持ってかれたらゼクシィの分も無くなるかしら」
「ゼクシィも同じだ。オレが終わるまで待て」
「なんて偉そうな……。相変わらず何様なのかしら? 子宝は女神からの授かりものよ。子種を独り占めしても意味無いわ」
「だったら、メリッサが真っ先に身籠っても構わんと?」

 ゼクシィがチラリとメリッサの目を見る。奇襲前にも見た真摯な瞳だ。ここはメリッサの味方をして、ビクトリアの横暴を防いだ方が良いと判断した。

「メリッサも言ってたかしら? タイミングは測っているのよ。この状況で他を出し抜いても無意味よ」
「さっきから、何を言ってるんだ? 体温だの、タイミングだの。ヤれば出来る。それだけだろ?」

 ビクトリアの反応にその場の全員が情けないような、たまれないような、微妙な表情を浮かべていた。

「おほん。リ、リア姉ぇ……? まさかとは思うけど、知らなかったりするのかしら?」
「あん?」
「タイミングの話よ」
「だから、何のタイミングだ? 話を逸らすな」
「よくもまぁ……。はぁ~っ。あのねぇ。妊娠するにも、ちゃんと排卵日に合わせて貰わないと無駄打ちになっちゃうの。そのタイミングは人それぞれだから、生理周期と体温変化で把握するのよ」
「なん、だと……」

 ビクトリアがびっくりしている。とても二九歳とは思えない無知っぷりだ。

「ビクトリアにも性教育が必要みたい……。セーラさん? 性に関して、アルローでは宗教上のタブーでも?」
「……耳が痛いさね。この子にはそっち方面は何も教えてなかったわさ。てっきり勝手に知るもんだと」
「バ、バカなこというな! 知ってるに決まってるだろ! オ、オレにそんな小細工など、必要ないってだけだ!」

 ゼクシィは義姉が未経験であることを知っていたが、主導権を取られっぱなしなのも癪なので追い討ちをかける。ついでに自分も経験が無いことは棚上げにした。

「そんなので、どうして自信満々だったのかしら? 独り占めしてどうするの? ねぇ? リア姉って、経験はあるのよね~?」
「あ、当たり前だろ! オレを誰だと思ってる! け、経験豊富に決まってる!」
「「「へぇ……」」」
「マリーさ~ん! お願いしま~す!」
「はいはーいっ!」

 呼ばれるのを待ってましたとばかりに、性の伝導者マリーが寄ってくる。ニヤニヤしながらビクトリアを見て、穂積が何をして欲しいのかを理解している様子だ。

「な、なんだ? オレに今さら知りたいことなんぞ……」
「へへっ。船長~。ちょっと耳貸して~」

 ごにょごにょと、メリッサに吹き込んだより、もっとドギツイ内容を囁いている。

 穂積の方をチラ見して、「きっとアレがこうだからアアなってタイヘン」などとあおり立てる。

 ビクトリアの顔色がドンドン悪くなっていく。最後には真っ青になって穂積を見て、「何する気だ」とか、「殺す気か」とか、ぶつぶつ呟いて消沈してしまった。

 可愛いし面白いのでイジってみる。

「ビクトリア! 今晩は楽しみにしているよ!」
「あ、ああ。その……、なんだ。……まかせ……とけ」

 ゼクシィも後に続いてイジり倒す。

「経験豊富なリア姉! 毎日! がんばって! 排卵日を気にしてないってことはそういうことかしら! 早くっ! 早くね!」

 ゼクシィ、メリッサ、そしてクリスまでもが声を揃えて、

「「「後がつかえております!」」」

 全員の視線を一身に浴び、それでも譲れないビクトリアは最初の結論を繰り返すしかなかった。

「ま、待っとけぇ! とりあえず、待てぇ!」

 その後、こっそりとセーラに相談するビクトリアの姿があった。

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