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第二章
第一一二話 洗濯? パンツと命のです
しおりを挟む四人はニルネルを連れてビクトリア号の着桟する第一桟橋まで戻ってきた。
「おーい! ビクトリア号の! 約束通りゴミクズを持ってきたぜい!」
「手数料も頼むわー!」
早くも、何人かのバザールの店主が、未解読魔堰を手押し車に満載して待機していた。
「どうも! ありがとうございます! 今、担当者起こして来ますんで、もうちょっと待っててください」
「起こすってなんでい?」
「昨日、組合でしこたま飲まされたんですよ。たぶん、まだ寝てるんで」
「はーん。なるほどな。さすがはクジラ狩りの英雄だ。商人組合の扱いも違うわな」
「……結構な量ですけど、まだ来ます?」
「おうよ。まだまだ後続が来るぜ? どう弔うか知らんが、船倉は空いてるか?」
「大丈夫だよー。積める積めるー」
「らしいです。じゃ、少々お待ちを」
「頼んだぜい」
店主たちと別れて舷梯へ向かう。
「「あれがクジラ? ……デカい!」」
舷梯を上がっていくと、船尾後方に浮かぶクジラが見えたのだろう、肩に担いだニルネルがビビっている。
「でっかいだろ~? ウチの船長はアレを一発で仕留めたんだ。機嫌を損ねたら消炭だからな? せいぜい気をつけろよ~」
「「……ケシズミ」」
これだけ脅しておけば無礼は働くまい。ビクトリアに認めてもらわなければ話にならない。
「俺はコイツらを洗ってきます」
「アタシは夕食の支度してくるわ。上がったら食堂に連れて来てね」
「僕はウチのと事務部を起こしてくるよー。未解読魔堰を受け取らなきゃだしねー」
「了解です。それでは後ほど」
クリスを伴って船尾楼の脱衣所に入り、芋虫を『ファンタスマゴリア』から解放する。
「ニルネル。お前らはちょっと臭い。パンツ脱いでその籠に入れろ」
クリス用に買ってきた肌着や作業着を籠に用意しながら指示するが、ニルネルはなかなかパンツを脱がない。
「何やってんだ? 早く脱げよ?」
「「で、でも……」」
クリスをチラチラ見ながら恥ずかしがっている。
「デモもストライキも……ない……。サッサと脱いで……」
「「ええ~」」
「ホヅミさまに男色の気は無いから……大丈夫……」
「おい。そんなアホなこと心配してたのか?」
「「ち、違うけど」」
クリスの機嫌がすこぶる悪い気がする。いつもの可愛らしさが微塵も無い。やはり双子とのキャラ被りは由々しき事態なのだろう。
「敬語……使って……」
「「う、うん。わかった」」
「敬語……」
「「ええ~? き、君にも?」」
「敬語……使え……」(ちょっとプレッシャー)
「「は、はい」」
ニルネルの態度から察するに、どうやらクリスにホの字のようだ。しかし、クリスに脈が無いことは明白。
(コイツらの恋は別にどうでもいい。けど……俺もちょっと怖い)
問題なのはクリスの不機嫌である。
「早く……脱いで……」
「「……」」
「ホヅミさまをお待たせしない……」
「「だ、だって」」
「だってもあさっても……ない……」
「「うう~」」
クリスが見ているから脱げないのだ。そんなことはクリスだって分かっているはず。
(あのクリスがセクハラ&パワハラとは……)
ハラスメントの誘惑は誰の中にもある。トティアスにその概念は無いが、クリスはちゃんと理解している。にも関わらず、
「脱げ……」(プレッシャー)
「「は、はいぃ~」」
ニルネルは半泣きでパンツを脱いだ。脱衣の動きも、股間を隠す仕草もピタリとシンクロしている。
「よろしい……」
「「くぅ~」」
手で隠しているが、クリスにはしっかりと見られていた。
ちょっとだけ嘲笑めいた微笑を浮かべ、口元を歪ませて見下すように「おカワイイこと……」とか言っている。
(ニルネルを買ったのは失敗だったかも。俺の可愛いクリスが悪女に……)
ともかく、ニルネルを洗濯しなければならない。穂積もサッサと服を脱いで全裸になり、クリスに指示する。
「クリス。荷物を居室に運んでおいてくれ。ついでに俺の着替えも出しておいてくれるか?」
「はい……。ホヅミさま……」
悪女は一瞬で消え失せ、いつもの愛らしさを全開にして微笑むクリス。股間をチラ見して瞳を潤ませ、「ご立派です……。あとで……ね……?」とか言っている。
幼い容姿に不相応に漂うエロスに、ニルネルが腰を引いて身を屈めた。
(勃っちゃった? 羨ましい……はぁ)
クリスは穂積の脱いだ衣服を丁寧に畳み、腕に抱いて一礼すると脱衣所を後にした。ニルネルのパンツには目もくれずに放置だ。
大人もののパンツに顔を埋めてスーハーし、喉を鳴らしていたのは気のせいだろう。
「やれやれ、困ったもんだ。ニルネル。自分のパンツ持ってついて来い」
「「はい」」
浴場に入り、シャワーについて説明するが聞こえていない。大理石風の床やガラス風の天井に声も出ない様子だ。
二人をシャワーの前まで連れて行き、お湯を出して見せて、
「頭と体を洗え。これはアカスリだ。使え。バルブは小まめに閉めるようにな?」
「「真水……いいんですか?」」
「体を洗い終わったら、ケロリン桶に湯を汲んでパンツを洗え。男物の子供下着は無いから、明日買ってくる」
「「ありがとうございます」」
「どういたしまして」
ニルネルがシャワーを使い始めたのを見届けて、浴槽に湯を張っておく。ニルネルは小柄なので、お一人様風呂で三人とも余裕で浸かれるだろう。
「「ははっ。あはははっ」」
パーテーションの向こう側から子供らしい笑い声が聞こえてきた。
(……大丈夫そうだな。オークションにかけられても、最後は毅然としていたし。強い子たちだ)
大の大人でも絶望して当然の扱いを受け、味方は誰もいない中で、それでも前を向いて立ち続けた。
一人の大人として、しっかりと面倒を見なければいけない。
風呂が沸いたのでシャワースペースに戻ると、ニルネルは二人で一つのケロリン桶を使い、パンツを洗いながら泣いていた。
二人のシャワーから二つ隣のシャワーを使って自分の体を洗う。メソメソ泣きながらパンツを洗う姿は哀愁を誘うが、同時に不思議な安心感があった。
洗い終わったパンツを絞るニルネル。力が弱く、絞り切れないようなので、ギュッと絞ってやってパーテーションに引っ掛けた。
(物干しラックも作っとくか)
「体を洗ったら風呂だ。こっちに来い」
「「お、お風呂!?」」
露天風呂へ連れてくると、オプシー港のど真ん中に浮かぶクジラが見えた。ニルネルはいろいろな意味でビックリしている。
「皮は剥がれて、目玉が抉られ、頭を割られて脳油|《のうゆ》が滴ってる……シュールだ」
「「なんで外が?」」
「露天風呂と言う。本来なら水平線の絶景を眺めながら入るのが乙なんだが……また今度な」
「「ろてんぶろ」」
お一人様風呂に三人で浸かる。ニルネルは遠慮して躊躇っていたが、抱え上げて放り込んでやった。
「「あったかいです」」
「のんびりしろ~。風呂は命の洗濯だ。あ~♪ いっい湯ぅだぁな♪ はははん♪」
「「はははん♪」」
三人で適当な唄を歌いながら風呂で体を温める。
「あの、ホヅミさま」
「なんだニルネル?」
「ボクはニルです。クジラの頭から出てる白いの……何ですか?」
「アレは脳油。またの名を鯨蝋。白くてドロドロした見た目から、昔は精液だと誤解されていた。だから、マッコウクジラはスペルマクジラと呼ばれていたんだ」
「へぇ~。変な名前だったんですね。何に使うんですか?」
「主に蝋燭の原料や燃料油としてだな。船ではグリースとして使われたこともある。昔はな」
率先して話し掛けてくれるのは嬉しい。この調子でクリスとも打ち解けてもらいたい。
(手を出したら許さんがな)
「あの、ホヅミさま」
「なんだニルネル?」
「ボクはネルです。なんでマッコウクジラって名前なんですか?」
「マッコウの語源か。たしか、『龍涎香』だな。大昔から珍重されてきた品に、香料で医薬品で媚薬でもある『龍涎香』というものがあった。これはその実、マッコウクジラの腸内でごくまれに形成される結石だ」
「クジラのお腹に溜まる石ですか?」
「そう。たまに便と一緒に排出されることもあるらしい。俺の国には『抹香』という香料があるんだが、これの香りが『龍涎香』に似ていたらしい」
「なるほど。それでマッコウクジラですか」
「トティアスでは単に『クジラ』らしいがな」
ニルネルがキョトンとしている。別に言ってしまって構わないだろう。信じる信じないは勝手だ。
「「トティアスでは?」」
「俺はトティアスの人間じゃないからな。日本という国の生まれだ」
「「……」」
トティアスはこの世界を表す名前。ニルネルには穂積が何を言っているのか分からなかった。
「ところでニルネル。お前らどっちがどっちだ?」
「ボクがニルです」
「ボクがネルです」
「……見分けがつかん。ニルが兄貴か?」
「一応、ボクが先に産まれました」
「ん? 双子は先に産まれた方が弟じゃないの?」
「え!? そうなんですか?」
「俺の国ではそうだったと思うけど……どっちでもいいか」
「じゃあ、ボクが兄貴ですね!」
「ネルは弟だろ」
「ニルが弟だろ」
「「ボクが兄貴だ! 言うこと聞け!」」
「どっちでもいいから喧嘩すな!」
あまり長湯するのも良くない。それなりに元気そうだが、食事を摂らせて早めに寝かした方がいいだろう。
風呂から上がり、浴槽を洗いながら湯を抜く。シャワーで洗っていても、二人の汚れは酷かった。
(奴隷商人ってのは、随分と商品の扱いが悪いようだな。碌でなしばかりに違いない)
手拭いで体を拭かせ、脱衣所で服を着せる。とりあえずノーパンだ。
入浴中にクリスが用意してくれたであろう替えの服に着替えると、浴場用のスリッパを履かせたニルネルを連れ、食堂へ向かう。
「腹減ってるだろ? 飯にしよう」
「「ありがとうございます。ホヅミさま」」
「どういたしまして」
裏口から厨房へ入ると、フィッシュフライの準備を終えたグランマが迎えてくれた。新鮮な鯨油を使った揚げ油が香る。
「「グゥ~」」
食欲を唆る匂いに、ニルネルの腹の音がきれいにハモり、顔を見合わせる。
兄弟は照れ臭そうに笑った。
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