海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第二章

第一三六話 選択? 自分で決めてください

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 店の二階にある六畳ほどの一室。私物をまとめて整理を済ませると、二人で使うには手狭に感じていた禿部屋がやけに広い。

 隣はナツ姐さんの私室とお座敷だが、店の備品である姿見と衣装箪笥を残すのみで、私財はほとんどが売りに出されて消えていた。

「ナツ姐さんは流石だ。わっちにゃ真似出来ない」
「キサラは気を抜きすぎざんす。わっちは……」
「ヤヨイは心配しすぎだって。わっちはあのニイタカ様に付いてく」
「身請けされたからって、必ずしもいい暮らしが出来るわけじゃ……。ましてや、かのさまは……」

 目当ての遊女ごと新造まで身請けするのはかなりの異例だ。おかさんから話を聞かされた時には意味が分からなかったが、もう決まった事だと言われては承知するしかない。

 紹介された身請人の男は風変わりな黒髪黒目で、名前をニイタカ・ホヅミと言った。

 ヤヨイは三日前の客間での出来事を思い返して、不安を募らせる。


**********


『キサラざんす。新造の身の上でお身請けいただき、誠に感謝申しんす』
『ヤヨイざんす。不束な非才の身なれど、何卒、お頼み申しんす』

 金髪と吊り目が印象的なキサラ。

 桃色の髪と垂れ目が印象的なヤヨイ。

 二人とも同時期にナツが面倒を見ることになった、言わば同期の間柄だ。キサラはメリハリのあるいい身体をしているし、自分も胸はキサラより大きい。

 男に愛される自信は十分にあった。

『『幾久いくひさしゅう愛しておくんなんし』』

 二人は十四歳で間もなく成人。ナツの薫陶を得て、遊女としての立ち振る舞いや行儀作法は身に付けている。

 男は立ち上がって二人の前に立つと、自己紹介をして身請けの経緯を話し始めた。

『キサラちゃんに、ヤヨイちゃんだね。はじめまして。新高穂積といいます』
『『……』』
『この度は女将さんのご厚意で、ナツさんの下にいる新造と禿をまとめて身請けすることになった』
『七人も……お身請けざんす?』
『そうだねぇ』
『……禿? まだ九つざんす』
『四人ともしっかりした子たちだった』

(なんてことなの……。こんな話をナツ姐さんが受けるなんて……)

 よわい九つの童女を身請けする男。しかも四人。自分たちは幼女趣味の変態に買われたのかと、暗澹とした気持ちだった。

 チラリと隣を見ると、キサラは目を光らさせて男を見ていた。七人も一挙に身請けだ。店の現状を考えれば、おかさんが手放すはずがない。余程、積まない限りは。

 かなりの富豪であることは間違いないので、棚から牡丹餅でラッキーくらいに思っているのだろう。

(キサラったら、少しは考えてよ。下手をすれば性奴隷に堕ちるのよ?)

 しかし、そんな心配を他所よそに男は思いもよらない事を言い出した。

『で? 君達はどうしたい?』
『『え?』』
『もう十四歳だろ? あと少しで成人だと聞いている。見たところしっかりと教育されているみたいだし、どこでも生きていけるだろう?』
『ホヅミさん!? 何を言って!?』

 ナツ姐さんが慌てているが、男は無視して話を進める。

『俺は船員で、これからアルローへ行く。ナツはついて行くことで了解済みだが、君達は違うだろう? どうしたい?』

 何を言われているのか、咄嗟に理解できない。

『ど、どう……とは?』
『家に帰りたいなら帰っていい。オプシーで働きたいなら、それでもいい。知り合いに頼めば悪いことにはならないが、どうする?』
『『…………』』

 放心してしまっていたが、それはナツ姐さんもおかさんも同じだった。この男が何を言っているのか理解できない。

『今すぐ将来の道を決めろって言われても、難しいことは分かる。でも、君達は船員じゃないし、俺達と来るとアルローに行ったきりになる可能性があってだな……』
『将来……ざんす?』
『キサラちゃん。君は自由だ。なんでも選べる。ただ、夢を持てない環境にいた事も理解できる。今、決めて欲しいのは、どこでそれを探すか、ってことかな』
『夢……わっちはナツ姐さんみたいな……』
『ヤヨイちゃん。ナツもこれから自分の道を模索するんだ。君も遊女としての道以外にしろ。身体を売るのは無しだ。子供には不健全だからな』

 二人は完全に思考停止した。
 
 男は困り顔でおかさんに尋ねる。遊女が身請けされたら、普通はどうなるのか。当たり前の事だが、身請人に付いて行くことになる。妻や妾として迎えられることもあれば、ヤヨイが恐れたようにより高値で転売されることもある。

『……なるほど。どうするかな~。あっ。怖がらないでね? 悪いようにはしないから』

 家に帰るという選択肢は無い。自分の親は自ら娘を売りに出したのだから、今さら戻られても困るだろう。下手をすれば、また売られる。

『しかし女将さん。結局、俺は身代金を支払っていません。ならば、二人は無理に俺に付いてくる必要は無いのでは?』
『どうでしょう? 前例がありませんので……お身代を頂けないような遊女はナツが初で御座います』
『うう……』

 おかさんがちくりと言うと、ナツ姐さんはなんとも言えない顔で唸るだけ。嫌味にぐぅの音も出ない様子だが、身代金が無いとはどういうことだろう。

『え? お身代が?』
『ううう~』
『ナツ姐さん?』

 自分が育てた新造に怪訝な顔で見られて、穴があったら入りたいナツは顔を抑えて蹲る。

(どういうこと? ナツ姐さんのお身代がタダ? 何故?)

 男は顔を伏せたナツ姐さんを放置してアレコレと聞いてきた。

『二人は読み書きは出来るか?』
『読み物はできんす』
『書き物は少しだけしす』
『魔法適性は?』
『『精製魔法ざんす』』

 キサラも自分と同じ精製魔法適性。店では禿の頃から真水の精製も仕事のうちだった。

『とりあえず、俺から二人に提案できる道は二つ。一つは、ナツと共にビクトリア号に便乗してアルローに行くこと。もう一つは、働き口としてオプシーの飲食店を紹介すること。マスターが雇ってくれるかは分からないが、少なくとも斡旋くらいはしてくれるはずだ。ナツも良く知ってる人だから心配は無い』

 そして、男はこう言って締め括った。

『それぞれ、三日後の身請けまでにどうするかは決めておくように』


**********


「たしかに変な御仁だった。だけど金持ちだし、顔も悪くない。それに何より……、身請け直後に要らんと言われて引き下がれるか!」
「キサラ……」

 キサラは遊女デビューを間近に控えてやる気満々だった。ナツ姐さんのおゆかり様方からも受けが良かったし、既にいくつかのご縁も結んでもらって、手ぐすね引いて待っていたのだ。

 彼女は自分の器量良しを自覚しており、実際のところ高級遊女にだってなれる上玉。良く言えば自負と誇りを持った、悪く言えば新米遊女根性丸出しの肉食系だ。

「それで? ヤヨイはどうするの?」
「わっちは……」

 悩みもせずに男を落とすことに熱意を燃やしているらしいキサラは、本当に理解しているのだろうか。あのニイタカ様の恐ろしさを。

 その時、扉がノックされて声が掛かった。

「キサラ。ヤヨイ。準備は出来たか?」
「あい。入っておくんなんし」

 キサラの返事を聞いて扉を開き、カゲロが入ってきた。

「カゲロ兄さん……」
「間もなくニイタカ様がいらっしゃる。荷物も持って客間で待て」
「あい! いよいよざんす!」
「キサラ。繰り返すが、粗相はするなよ?」

 今回の身請け話の詳細は既に聞かされていた。

 数年前に遊郭を出奔したアキ姉さんのことは覚えている。ニイタカ様はアキ姉さんの間夫で、アキ姉さんのためにナツ姐さんと自分達を丸ごと身請けしたのだとか。

「粗相なんて滅相もない! わっちはしっかりご奉仕するだけざんす!」
「キサラ。それが間違いでござりんす」
「身請けしていただいたお方に尽くすことの何が間違いだって? わっちは必ずかのさまの情婦として認めてもらいんす!」

 二人にとってカゲロは兄のような存在だった。幼い頃から世話を焼いてくれた頼りになる身近な男性である。

(カゲロ兄さん……わっちはどうしたら……)

「とにかく、お前さんらは本っ当に運がいい。地獄を見る前に芋づるで引っ張り上げられた。ニイタカ様にしっかりとお仕えしろ。あのような御仁は他にいないぞ」
「あい!」
「ただな、どうお仕えするのがいいのか……。お前達をいきなりはなとうとなさる御仁でもある。あれにはたまげた」
「わっちは恐ろしく思いんした。それに、未だに決めかねていす」
「ヤヨイは悔しくないの? わっちは悔しい! 女としての価値を示してやる! アキ姉さんから奪い取ってでも、わっちに惚れさせてやるんだ!」
「はぁ。キサラは好きにしろ。ヤヨイは早く決心するように。あっしとしては、ニイタカ様に付いていくことを奨める」
「あい……兄さん……」
「これからくだんの店のマスターをお迎えに行く。養生処で待っているから、ナツの姉さんと一緒に来なさい」

 そう言い残して、カゲロは階下へと降りて行った。


**********


 穂積は麻袋を二つ担いでいる。

 クリスの頑張りで完成した試供品は五十個ずつ。計百個のコンドームもどきを携えて、朝方の遊郭にやってきた。

「ホヅミ。それ何よ?」
「クリスが造った新製品。性病予防グッズ……のつもり」
「はぁ?」

 チックとイーロを連れ、三人で小綺麗な道を歩きナツの店を目指して歩く。

 朝の遊郭は、夜とは全く違った静けさの中に疲れたような空気感が漂い、発散され尽くした情欲が風に吹かれて何処かへ消えたかのようだ。

「ニイタカ様。ようこそお越し下さいました。どうぞお上がり下さい」
「ご主人、おはようございます。こちらはチックとイーロ。道中の護衛として同行して貰いました」
「お手数をお掛けします。カゲロはマーメイド・ラグーンに出向いており不在ですので、何卒よろしくお願いします」
「チックです。単なる付き添いですのでお構いなく」
「イーロっす。今はちょっと物騒なんで」

 客間へ向かうと、中から扉が開けられ、ナツが顔を見せた。

「ホヅミさん。お待ちしておりました」
「ナツ。顔色が良くなったな」

 今日の彼女は薄化粧で、以前のような極まった美人ではなく、大人っぽさの中に可愛らしさも同居した明るい印象に変わっている。

「ホヅミさんはこういうのがお好きかと」

 そう言ってニッコリ笑うナツの尻を奥から出てきた女将がペシっと叩いた。

「あいた!」
「ナツ! アンタって子は性懲りも無く!」
「お、おかさん。違うんです。そうじゃなくて」
「やるならアキから奪い取る気概でやりな! 中途半端はいけないよ!」
「もう五人もおりんす。一人くらい増えてもばちは当たりんせん」
「だったら契り姫からも奪って見せなんし! 間夫を他の女に譲るんじゃありんせん! この乳は何のためにあるんだい!」
「あいったぁ!」

 一体どうやって知ったのか。ナツの巨乳を下から叩き上げた女将は、穂積の女関係はしっかりと把握しているようだ。

「女将さん。おはようございます」
「お待ちしておりました。客間へどうぞ」
「失礼します」

 客間に入ると、金髪がぺこりとお辞儀をして、

「ニイタカ様。お待ち申し上げておりんした。さぁ、どうぞこちらへ」
「やあ、キサラちゃん。おっとと、引っ張らなくてもいいよ?」

 キサラは穂積の腕を取って自分の隣へと導いた。その態度は妙に馴れ馴れしく、執拗に身体を寄せてくる。

「キサラ?」
「ナツ姐さんはお忙しそうでしたので、わっちがニイタカ様のお茶挽きをと」
「あ、あなたは……!」
「ひひっ。どうやらキサラの方が分かってるみたいだねぇ」

 苦虫を噛み潰したように顔を顰めるナツの隣で、女将は楽しそうにニヤニヤ笑うのだった。

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