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第二章

第一四〇話 卑怯? 知ったことか!

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 マスターから襲撃のあらましを聞いた穂積は、チックとイーロと共に養生処を目指して駆けていた。ゼクシィが負けるとは思わないが、彼女自身が適性の相性によっては苦戦を強いられると予想していたらしい。

 門番のサモンは遊郭の若衆を集めるため詰所へと走っていった。

 マスターとナツらにはジョジョたちへの救援要請と憲兵隊への通報を頼んである。

「ヨハナ! ヨハナぁ~!」
「ちくしょう! 昨日は手ごたえが無ぇと思ったら! こういう事かよ、クソがぁ!」
「ぜぇ、ぜぇ、げほっ」

 二人とも頭に血が上っているのかどんどん先行していく。チックなどいい年だろうにとんでもない健脚だ。トティアスに来てからというもの身体を動かす機会が多く、地球にいた頃よりも体力が付いていることを実感していた穂積だが、それでも現地人から比べればまだまだ線が細く頼りない。まともに戦えば負ける前提で立ち回らなければ、命がいくつあっても足りないだろう。

「ちょ、ちょっと待って、ぜひゅ、待ってってば!」
「ヨ~ハ~ナぁ~!」
「ホヅミおそっ! っせぇ! 帰って船長の貧乳でも吸ってろ!」

 チックは穂積の訴えなどガン無視で更に速度を上げ、カール・ルイスもかくやというスビードで独走状態。イーロにしても酷い言いようだ。是非ともそうしたいところではあるが、ゼクシィやチェスカの乳も同じくらい大事なのだから帰るわけにはいかない。乳だけに焦点を当てるなら、ゼクシィの乳は頭一つ二つ抜きん出ている感はあるが。

「――って今それはどうでもいい! イーロ! ちょ、待てよ!」
「ヨナが危ねぇんだ! 待てるかよ!」
「水筒! 水筒持ってたよな!? それだけ置いてけ!」
「ヨ――ハ――ナぁ――っ!」

 娘の名を叫びながら血走った眼を見開き、真白の長剣を抜き放って養生処への最後の角を曲がったチックを見て、逆に冷静になったイーロは速度を落として穂積に並走する。

 イーロの得物は銃魔堰であり、距離を保って戦うスタイルだ。チックと一緒に突っ込むべきではないと判断した。

「あ? もう喉乾いたってか?」
「違う。『ムラマサ』用の水をくれ」

 穂積は戦えない。剣を握って切り合うなど無理だ。剣道だって高校の体育の授業以来なのだから。ならば道具に頼るしかあるまい。

「アレを使うのかよ? お前、殺せるか?」
「……出来れば人殺しはごめんだが、相手が殺しに来てるんだったら仕方ない」
「そんな覚悟だと痛い目に合うぜ?」
「分かってる。安全が確保されない限り戦わない」
「……安全な戦闘って何だよ?」

 これから戦場に向かおうかという時に消極的な方針を宣言する穂積に、イーロは呆れた顔で溜息を吐き水筒を渡した。

 ちょうど最後の曲がり角に差し掛かった所で一旦立ち止まって、二人で顔を覗かせる。

「「……多いな」」

 思っていた以上に敵の数が多い。倒れている者を除いても五十人以上はいる。チンピラの襲撃だと思っていたのだが、敵はしっかりと武装しており、まるで本物の兵隊のように隊列を組んでいた。

 味方の配置としては、養生処の前にゼクシィが立ちはだかり敵主力を抑え、後方から突入したと思われるチックが後衛を攪乱し、やけに強そうな大男にはカゲロが張り付いて斬撃を避けまくっていた。

「チック、作戦がある」
「どうすんだ? 先生も、カゲロって若衆もキツそうだぜ?」

 戦闘のとばっちりを避けるためか、近辺にスラム住民の気配はない。周囲を見回して、手頃な大きさの掘っ立て小屋の角を『ムラマサ』で高さ150cm程度に切り取り、薄っぺらい直角の壁を自立させると、各所に手頃な穴を開けていく。

「よし、強化魔法かけてくれ」
「はーん、なるほどな。接近されたらどうする?」
「俺が腕だけ穴から突き出して『ムラマサ』を振り回す。回り込まれなければ大丈夫だ」
「オーケーだ。結構いいんじゃね?」

 強化魔法を付与した壁の後ろに二人で隠れつつ、持ち上げて前進を開始した。始めは駆け足で、徐々にゆっくりと。

 敵集団との距離が二十メートル程度まで近づいたところでイーロが銃魔堰を放ち、敵と切り結んでいるチックを援護する。腹に銃弾を受けた敵が蹲り、チックにトドメを刺された。ヨハナがいる養生処を危機に陥れた憎き敵に、遠慮容赦は一切無用とばかりに首をスッパリと刈り取った。

 チックの長剣はクリスの試作武具であり、刃を極限まで薄く鋭くすることで、とんでもない切れ味を実現したものだ。ただし、普通に使えば簡単に刃こぼれするほど脆いので、強化魔法を付与して使う前提で製作されている。

 敵集団も新たな参戦者に気が付いた。目つきの悪い男が一人、奇声を上げて走ってきたが、イーロの銃弾に眉間を撃ち抜かれた。銃魔堰は運動魔法の効果により銃弾を高速で打ち出す武器である。更に銃弾には任意の魔法を付与することができ、イーロの場合は強化魔法を施した弾丸を用いる。

 通常の弾丸は対象と接触した瞬間に弾頭が潰れて変形するが、強化魔法を付与された弾丸は形状を保ったまま運動量を消費し切るまで直進する。男の眉間を貫いた弾丸は頭蓋骨を粉砕し、後ろから続いていた敵の肩を貫いて、更に後ろの敵の鎧と胸に穴を開けてようやく止まった。

「……もう銃魔堰だけで勝てんじゃね?」
「弾があと六発しか無ぇ」
「何でよ?」
「銃魔堰の弾丸は高いんだ」
「どうせ強化するんだから、何でもいいじゃん。――そうだ! 水だ! 水を詰め込んで強化して打ち出せ!」
「お前、天才か!?」

 適当なアイデアに乗せられたイーロは大興奮で弾丸を討ち尽くした。一発で一人以上は確実に仕留めている。三銃士の面目躍如といったところだ。

 敵からの遠距離攻撃も飛んでくるが、掘っ立て小屋の壁に阻まれて被害は皆無。これこそが安全な戦闘である。

 突然現れた謎の壁砲台に人数を減らされて焦ったのか、遠距離攻撃が効かないと見るや、五人の男たちが剣を手に襲い掛かってきた。

「おい! イーロ! 来た来た来た!」
「……ホヅミよ。ダメだ」
「あん!?」
「水だと、バレルにみっちりキッチリ詰まって、発射できないっぽい」
「マジか!?」

 これはマズいと、穂積は『ムラマサ』を持つ右腕を出来るだけ壁の穴から前方に突き出し、プラズマの刀身を可能な限り広範囲に揺すった。手首のスナップを効かせて、物凄い速さで、日本の某有名タレントが『どんだけ~』の決め台詞と共に振る人差し指のように、

『ヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴン』

 恐怖と緊張から来る身体の震えが腕に伝わり、上下左右に不規則に揺れ動くプラズマ線は軌道が逆に読みにくくなっていた。

 虚空に描かれる光の残像に怪訝な顔をしつつも、弾丸が飛んで来ないと見るや、先頭の男が剣を振り下ろした。振り抜かれた鉄剣は手元の柄だけ残して細切れになる。次々と突き出される剣や槍がヴンヴンの音と共に細切れになっていく。接近してきた男たちは得物を失い呆然としていた。

「イーロ! このまま前進! 微速前進! だ!」
「お、おう! 分かった! 壁を持ち上げるぞ?」
「よし! よぉし! このまま~、このま、ひ、左! 左から来た!」
「おうよ! 取舵三〇!」

『ヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴンヴン…………』

 ふざけているようにも見えるが、この作戦は意外と有効だった。何せ遠距離からの魔法攻撃や射撃は壁で防がれる上に、正面から近づいたら謎の武器が飛び出してきて剣だろうが盾だろうが問答無用に切り刻まれる。腕を切り落とされて絶叫している者もいたが、穂積は必死にスナップを効かせているだけなので何を切っているのかも分からない。

 壁の後方に回り込もうとした敵もいたが、穂積が何をしたいのか理解したチックの援護によって切り伏せられる。これにイーロの銃撃が加われば鬼に金棒なのだが、もう残弾が無い。

「ああっ、ホヅミン! ホヅミンが来てくれた! 私を助けに! こうしちゃいられない!」

 ともあれ、戦場の後方に現れたうろつく壁によって敵集団の後衛は混乱する。それは図らずも、穂積の登場に覇気をみなぎらせるゼクシィへの支援となり、後衛からの援護を受けられなくなった敵前衛は被害を拡大させていた。

「うわぁ~、先生の覇気ヤバいわ。こっちまで漏らしそう」
「イーロ……俺もヤバい」
「は? こっちはかなり減ってるし楽になってきただろ?」
「……腕……りそうっ!」
「――馬鹿お前バカ! 頑張れ! あと少しだ! そら来たぞ!」
「ひぃいいい――っ!」

『ヴ、ヴン、ヴン、ヴヴンヴヴヴン、ヴン、ヴヴヴヴン、ヴン、ヴ、ヴ、ヴ、ヴヴン、ヴンヴン、ヴン……ヴン……』

 右手首のスナップが効かなくなり肩と肘も併せて思い切り『ムラマサ』を動かす。そこで敵もようやくそれが刀剣のたぐいであることを理解したのだろう。刃を合わせるように、所謂いわゆる、袈裟切りを打ち込んできたが、プラズマ線との鍔迫り合いは不可能。のんびりと不規則に動く光の刀身が抵抗なく鉄剣を通り過ぎるとポロリと地面に転がる。ついでに敵の手首もボテッと地に落ち悲鳴が木霊した。

「よ、よし! 頑張れ! もうちょっとで甲板長も来てくれる! たぶんな!」
「ぎぃいいい――っ! 腕がパンパン! 痙攣してるっ!」

『ヴヴヴヴヴヴヴヴうっヴヴっヴっヴヴヴヴヴv』

 プラズマ線が老人の手指の先のように震える。今、大勢に襲い掛かられたら、払い退ける自信はない。

 とその時、視界の端で嫌な光景を見た。双剣の大男と相対していたカゲロのスコップが真っ二つに断ち切られたのだ。

「カゲロさん!」

 すかさず浴びせられる二の太刀をバックステップでかわそうとしたカゲロだが、早すぎる追撃を完全には避け切れず胸を斜めに切り裂かれてしまった。

 鮮血が舞い、カゲロは地面に倒れ伏す。

 大男がゆっくりとカゲロに近づいていく。トドメを刺す気だ。

「くっ! イーロ! 壁を持て! 走るぞ!」
「ホヅミ、あいつは強い。小手先は通じねぇぞ?」
「俺たちで注意を引く! チックさんはその隙にカゲロさんを!」
「任せろ! すぐに回収する!」

 少し離れた場所にいる大男に聞こえるように「コラぁ! ハゲぇ! オラぁ!」と罵声を飛ばしながら壁を構えて走る。大男から五メートルほどの距離まで近づいて壁の穴から『ムラマサ』を突き出し挑発するように揺らして威嚇した。イーロは壁の上から銃魔堰を構えて「動くなっ!」とけん制しつつ、チックに合図を送る。

 直角の壁に隠れる穂積たちとカゲロを見比べて、大男は口の端を吊り上げて笑うと、呻き声を漏らすカゲロを軽々と持ち上げた。

「お前ら、面白いじゃねぇか! んじゃ、これはどうすんだぁ? ホイサァ――っ!」

 大男は力いっぱいカゲロを投げ飛ばした。低い放物線を描いて勢いよく向かう先には、壁と、穂積が突き出す『ムラマサ』が――。

「――っ」

 カゲロを切ってしまう想像に冷や汗が噴き出し、思わず腕を引っ込める。

 いつぞやのジョジョの言葉が脳裏をぎる。

『動かないまとを討つ方法なんざいくらでもあるぅ』

 あの時、ジョジョはクリスに甲板の一部を投げつけた。

 大男はカゲロを傷つけられない武器として投擲してきた。

 ならば、次の一手は――。

「ぐあっ!」

 カゲロが壁にぶち当たりドサリと壁際に転がる。イーロと目配せして壁を持ち上げ、カゲロを壁内に引き入れると、壁に身体を押し付けて襲い来るであろう衝撃に備えた。

『ズシャ――ッ』

「ぃ!? づっ! ――ぎゃあぁあああ!?」

 真上から振り下ろされた剣が壁を切り裂き、穂積の右肩に深々と埋まった。

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