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第四章
第二六九話 内堀も埋まる
しおりを挟む「お初にお目に掛かります。リゲート・ラージュメイルと申します。アルロー海軍西方管区艦隊司令を務めております」
「初めまして。新高穂積と申します。今後ともよろしくお願いします」
護衛艦隊と合流した途端に艦隊司令が乗船許可を求めてきた。
セーラの義叔父と聞いていたので、ビクトリアとの結婚後は親戚?になるのか。
(ビクトリアの叔母さんが養子に行った先の義叔父さんは俺にとっての何?)
日本でも親類縁者の居なかった自分にとって、アルローの親戚付き合いは鬼門になる。
アジュメイル家の親戚にはリゲートのような立場のある人も数多くいるのだ。
(覚えられるか? 家系図とかある?)
そんな不安を抱きつつ丁寧に応対していたら、リゲートの様子がおかしい事に気がついた。
「あの……リゲートさん? 先ほどの怖い貌は俺個人とは無関係ですし、もう出ませんから安心してください」
「……左様で」
どうにも打ち解けないのは、第一印象が最悪だったからだろう。
(わざわざあんな怖い貌にしなくてもいいだろうに……大体なんで人型だよ)
『暴走因子』の元である不死男への文句を思いつつ、天使の話題にすり替えることにした。
「リコリスはご覧になりましたか?」
「もちろんです」
「可愛いもんでしょう? さっきまでピィピィと可愛く泣いていましたが、今はとても安らかに見えます」
「さ、左様で……」
おかしい。あの天使の寝顔を見て、なぜ笑顔にならないのか。コイツは俺の敵なのだろうか。
「は、花の名前と伺っております。生憎、花には詳しくありません。不勉強で申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。トティアスには無い花なのかもしれませんし」
「トティアスに無い……ですか……。たしかにあんなモノはあり得ません」
「……」
コイツは敵だ。リコリスをあんなモノ呼ばわりとは許せない。
しかも、あり得ないだと。
(あり得んくらいに可愛いなら分かるが……)
眉を顰める表情から、そうは思っていないと分かる。
「その……アレはあのままで大丈夫なのでしょうか?」
「……何か問題でも?」
「き、危険ではないのかという意味です」
「――っ! 何かご懸念がお有りで? 考え得る可能性があれば教えてください」
アレ呼ばわりは許せないが、たしかに少し危険かもしれない。
(暗殺の危険性を示唆するとは……敵ではないのか?)
今、医務室には、寝ているビクトリアとリコリス、彼女たちを世話してくれているチェスカしかいないのだ。
船橋と船首尾に見張りはいるが、バルト並みの隠密技能を持つ暗殺者が来たら危ないだろう。
「見たところ再生能力はあるようですし、食われないかと不安を覚える者もおります」
「食われるだと!?」
「はい……可能性の話です」
トティアスにはそんな外道までいるのか。粗方の地獄は垣間見たはずだが、さすがに赤ん坊を食らう奴はいなかった。
レギオンの回復能力まで見越してということは、イソラのように延々と食われる可能性もあるということ。なんと悍ましい。
「なんて事だ……! どこまでも腐ってやがる!」
「我らが不甲斐ないのは弁明のしようもございません。しかし、いざという時に太刀打ちできる者がいないのも事実です」
「アルローの敵……ということですか」
「アルローというか、人類の敵でしょうな」
リゲートの言うことはもっともだ。そこまで堕ちればもはや人ではない。打ち滅ぼすべき人類の敵と言っても過言ではないだろう。
「ふーっ、まずは……身近なところからです。アルローにとって危険な者たちが何処にいるかわかりますか?」
「アルローにとっての危険ですか? 真っ先に名が挙がるのは北方の『反連合島の集い』でしょう」
「……海賊を支援しているんでしたか?」
「アレはもはや海賊の国と言っても差し支えないかと。過去に融和政策を打ち出したこともありましたが、すべて無駄に終わりました」
「むぅ……そいつらが。かなりの力を持っていると言うことですか」
「北方管区は日頃から手を焼いております。商船を襲ってはすぐに引いていくので後手に回ってしまう。国内で内通している者も官民問わずいるでしょう」
「なんて事だ……! 外道を支援する外道がアルローの中にいると……!?」
穂積は北の海賊国家を敵認定した。
**********
穂積が医務室に引っ込んでから、食堂でセーラと話すリゲートの姿があった。
「義叔父様、何を憔悴してるさね?」
「あの男の顔を見たか? アレを可愛いとか、安らかとか言ってニコニコしていたじゃないか。絶対に真面まともじゃない……」
「あー、なんとなくわかったわさ」
セーラから『リコリス』違いを諭されたリゲートは、先ほどの会話を思い出して青くなった。
「御息女をモノとかアレとか言ってしまった……! セーラ! お前が名付け親だろう!」
「ハハっ! いやぁ~、傑作だわさ! ホヅミは集いの連中を赤ん坊を喰らう外道だと思ったさね!」
「奴らを敵視してくれるのは構わんが……おかしいだろう?」
「とにかく改造魔獣は萎れるまで、あのままだわさ。近づかなきゃ問題ないさね」
「彼が次の首長か……大丈夫なのか?」
正確にはビクトリアが復帰できなければ、という条件付きの代打になるのだが、穂積の行動はいつも読めない。大丈夫かどうかは、セーラにもよく分からない。
「まだアルローの土を踏んでもいないのに、一ヶ月後……いや、白海豚でも半月は掛かるか。二週間で全権大使? 帝国行き? ……大丈夫なのか?」
「……補佐は付けるさね」
大丈夫かどうかは、誰にも分からない。
同行者の人選はセーラが行うことになるだろう。
「行くかい?」
「軍務関連の補佐が必要ならイジス兄だろう。イーシュタルが潰れたなら北は動けんさ」
「あとはパッサーかね。クリスは暫く国内にいない方がいいから押し付けるとして、ウズメもセットだわさ」
「外務は? 人が居らんぞ?」
現在、外務大臣は空席になっている。アルローにとっての外交とは帝国との付き合いがほぼ全てだった。
その席を代々担ってきたのはダージュメイル家であり、外交官もほとんどダージュメイル派閥の貴族が選任され、イーシュタル家とずぶずぶの関係を続けてきたのだ。
そいつらはすべて左遷、放逐、あるいは粛清されており、アルローの外交は骨抜き状態になっていた。
「彼は素人なんだろう? 外交官無しというわけにはいかんのではないか?」
「そりゃそうだわさ……でも、居ないもんは仕方ないさね」
「残っとるのは老ぼればかりだ。船旅などしたら大陸に着く前に死ぬぞ」
「……一人くらい生き残らんかね?」
「さすがに不憫だ」
先々代の首長はイーシュタル嫌いを地で行くタカ派であり、強硬で不遜な人物だった。
彼の代でも外務大臣はダージュメイル家の人間が務めていたが、首長の独断で若手のイケイケ外交官を捩じ込み、要職に就かせたりもしていた。
その反動からか、次の首長にはハト派の温厚で気弱な人物が据えられ、イーシュタルの威を借りたダージュメイルに良い様にやられて今に至る。
そんな両極端の首長の治世を生き抜き、閑職に追いやられていた老人たちは、結果的にビクトリアの粛清を免れていた。
「年の功はあるだろうがな……」
「偏屈な爺ばっかりさね。あれじゃ若手も育たんわさ」
「どちらにせよ一ヶ月では無理だ」
「どっかに居ないもんかね……。偏屈爺の相手を苦もなく出来て、物事の飲み込みが早く、各方面に目端が効いて、場を乱さずに相手を転がせる人材……」
「居るものかよ」
「あ……二人ほど居たわさ」
その後、リゲートは医務室を訪れ、リコリスを褒めちぎってから帰った。
**********
翌日、セントルーサ島への航路の途上、船長執務室に呼ばれたナツとチェスカは応接テーブルを挟んでゼクシィとセーラに向かい合っていた。
穂積は相変わらず医務室に入り浸ってリコリスの世話に余念が無い。おしめを変えたり、安全性の確認が取れたビクトリアの母乳を与えたりしている。
トティアスには哺乳瓶や粉ミルクに該当するものが無いと聞いて大層驚いていた。
「あんなに可愛がってくれるなら、私も早く産みたいです。このままだと全部リコリスに持ってかれます」
「チェスカ。ゼクシィが先かしら」
「ナツ姉さんも欲しいですよね?」
「え!? 私も? ああ……リコリスちゃんは可愛いですし、そうですねぇ。いいなぁ……」
数多の身請け願いを断り続けてきたナツに懸想する男は星の数ほどいた。貴族や平民を問わず、全財産を女将に献じた者も多くいたのだ。
鬼の女将はニコニコと絞れるだけ搾り取って、ナツのせいにして袖にしていた。
「もっと責めないと。ナツ姉さんらしくないよ。いくらでも手玉に取れるのにさ」
「うぅ……」
「恋を知らなかった遊女の純愛かぁ……。ナツ姉さん、流行らないでげす」
「……」
その様子を黙って見ていたセーラはニヤリと悪い笑みを浮かべると、とりあえずナツを褒め出した。
「ナツさん。アタシゃ感心したわさ。あの改造魔獣に一歩も引かなかったそうじゃないかい」
「いえ、そんな。無我夢中でした」
「ナツ姉さんはゾーンに入るからね。ああいう時は怖いくらい。綺麗過ぎて手が出せないおゆかり様は大勢いたよ」
「余計なこと言いなんすな」
「学校のカリキュラムも良くできてたわさ。きっと子供の教育も上手くやるさね」
「その、恐縮です。しかし、私はそんな大した者では……」
セーラは本気で感心した。その謙遜は自信が無いことから生じたものではなく、この場で必要な引きの姿勢をちょうど良く魅せたものだと分かったからだ。
初対面でこれをやられていたら、気持ちよく褒めて、何も引き出せずに終わっていたかもしれない。
「外交官が足りないわさ。アンタら二人にはこれから二週間の集中講習を受けてもらうさね」
「「え?」」
「嫌々ながらも講師を務めるのは、偏屈なクソ爺ばかりだわさ。上手く転がして色々と盗んで来な」
「私たちが……外交官? セーラさん、冗談キツイです」
「全権大使に外交のわかる人間を付けないわけにいかんさね。でも、アルローにいるのは死にかけの爺だけで、帝国行きは体力的に無理だわさ」
「二週間……たったそれだけの期間でお国の外交を?」
セーラは基本的な事柄のみ覚えれば良いと言う。各国の世情やアルローとの関係性など、書物を読めば分かる知識は船内でも得られる。
問題は外交官としての立ち振る舞いや暗黙の了解、慣例やタブー、経験に基づく知恵など、本職からしか得られない何かを、老人たちから引き出すことが非常に難しいということ。
そうしたノウハウは飯のタネとして個人が秘匿することが多い。
まして相手は時の権力者に振り回されて、信賞必罰の道理から外された者たち。
恨みつらみを抱えて余生を送る捻くれ者だ。
「下手すりゃ致命的な嘘を教えられるかもしれない。アルローという国自体に忠誠心を持たなくなっていても不思議じゃない。そういう年寄り達だわさ」
「うわぁ~、面倒な客の筆頭じゃないですか」
「接待する側には多いタイプですね。扱いに困る方々です」
老人の相手自体はどうとでもなるが、二人はこの申し出を断る方法を考えていた。
元遊女が外交官などと、経歴そのものが弱点となり、アルローという国が侮られることになる。自分たちの出自が外交という仕事にそぐわないことを理解していた。
「信賞必罰」
「「……」」
「ちゃんと見返りは用意してあるわさ」
「金じゃ靡きませんよ?」
「私も出来れば控えようかと……」
ニヤニヤと笑うセーラの、ビクトリアと良く似た悪い顔を見て、ピンときたチェスカは「ひひっ」と笑い、ナツはごくりと唾を飲んだ。
「――二人には家名を進呈するわさ。アジュメイルとニイタカ、どっちがいいさね?」
当然の如く、穂積も、政治と無関係ではいられない。
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