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第五章
第二八三話 大使館にて
しおりを挟む「ホヅミさま……やっぱり土地が足りません……」
「だよね……所詮は余った土地だしね」
拡張予定の地下は別として、大使館の地上部分は一般的な洋館にアレンジを加えたものを予定していた。
そのデザインを元に建家配置を考えたのだが、学校の現実を目にして方針を転換したため、すぐに手狭になることは明らかだった。
メイド達の宿舎も必要になるし、個室風呂は諦めて公衆浴場を使うことを提案するとクリスは猛反対。
「公衆浴場は男女別です……!」
「そうだね」
「ボクはホヅミさまと入りたい……です……」
「そ、それは……ちょっと困「ダメ……?」らないなぁ~。大使館にも風呂は必要だ」
アルローの学校はどうなるか先が見えない。今のままでは絶対に駄目だが、箱を創っても教員が確保できないのでは意味が無い。
サコンとウズメは頑張っているが、やはりトティアス初の国営教育機関となるため、目指すべき到達点が見えずに五里霧中といった具合だった。
「モデルケース……ですよね……?」
「そうそう、ビクトリア号でやってたことを、少し規模を大きくしてやってみる」
大使館内にも小振りな学校を創設し、それをサコンとウズメに紹介して参考にしてもらおうという試みなのだが、校舎を置くようなスペースは無い。
「大使館の建物をそのまま流用するのはちょっと違うしな……」
「ボクたちの住まいでもあります……。仕事もあるし、騒がしいのは困ります……」
用途と目的が増えたことで、上品な洋館風大使館はキャパオーバー。地下の学校という陰気なものを創りたくはない。
大使館と住居と学校、三つの機能を兼ね備えるため、建設計画は大幅な見直しを迫られていた。
**********
「なぁ? お前らはどんな学校に通いたい?」
空き地の仮設宿舎には、行き場の無くなった仲間たちが集まっている。
道場から撤収した子供たちはもちろん、アジュメイル屋敷の雰囲気が気に食わないフィーアや、工房を引き払ったキサラたちも合流していた。
「はい! ホヅミ様! 私は中庭がほしいです!」
「キサラは成人してるし、もう仕事もあるでしょ」
「大人と思っていただけるなら床入り……」
「まぁ、運動場が欲しいのはわかる。けどなぁ~、土地がなぁ~」
「流された……まだガードが固いざんす」
ニルネルやムヅキたち、児童代表からも色々な意見が出た。
「時間割は細かく区切って、分野別の基礎を学びたいです。触りだけでもいいので」
ビクトリア号では、日本の小学校に近いバランスの取れた授業を受けていたため、カリキュラムの多様性を重視するムヅキ。
十歳とは思えない大人な意見に、キサラはバツが悪そうだ。
「「訓練場!」」
「静かに本が読める部屋を」
「れくるーむが欲しいです」
「お日様が出てるといいです!」
「わーは石運びが無ければい」
ニルネルの訓練場は、本人がやりたければ道場通いもいいだろう。使えるリソースは使うべきで、サコンに頼めば間違いも起こらない。
逆にマレは石運びが嫌いらしい。もう道場には行かなくていいし、体育に苦行を取り入れるつもりはない。
ミヅキとハヅキからは学校施設への要望があった。図書館とレクリエーションルームはあった方がいい。
ただ、子供向けの書籍を取り揃えるのは難儀するだろう。ビクトリア号にあったのはナツが手作りした絵本だった。
娯楽小説と同じく、子供向けの絵本もトティアスには普及していない。
「お日様か……」
カンナの求める日当たりだが、穂積も気になっていた。
大使館の建設用地は公衆浴場とボイラー設備の裏手にある隙間空間で、敷地の後方には商店街があり、大店が立ち並ぶ区画に面している。
そこそこ背の高い建物に囲まれており、お世辞にも日当たりが良いとは言えない立地だった。
(日当たりの良い運動場を設けるには……上か!)
様式美は捨てて、機能美を追求する方向で進めることにした。
トティアスに日照権は存在しないのだから、好きなように伸ばせるだろう。
**********
二日後、日本国大使館がオープンした。
(まだ出来てねぇっての!)
アルロー諸島連合首長アウルム・アジュメイルと、日本国アルロー駐在大使ニイタカ・ホヅミの連名ですべての領主に宛てて公示され、公衆浴場一番館は日本国大使館営銭湯と名称を改めた。
誰も聞いた事のない謎の国の存在が明るみになり、その国の大使館がセントルーサ島内に誕生したという噂は『ニホン国ってどこの島?』『大使館とは何ぞや?』という興味と疑問を伴って、アルロー諸島の島々に広まっていった。
大使館建屋は中身が未完成で、工事中で危険だからという理由で開館披露の時期も未定という、なんともグダグダなスタートを切ったのだが、文句を言う人間は一人もいなかった。
この早すぎる公示は、アウルムが穂積に頼み込んでゴリ押ししたものだからだ。
「今日からここが、皆さんの職場であり住居です! 頑張って働きましょう!」
「「「「「は~……」」」」」
大学病院から退院させられ連れて来られたレギオンメイドたちは、銭湯の敷地に入るなり感じた気配に戸惑い、さらには初めて目にする高層建築物を見上げて呆然としている。
「まずは居室に入ってもらいますが、諸々の都合で業務の割り振りを再検討しなければならなくなりました。皆さんの技能に合わせて組分けを行い、部屋割りもそれに準じる事とします」
元奴隷という事であまり期待はしていなかったのだが、彼女たちは全員、文字の読み書きができるらしい。
考えてみれば当然のことだった。
レギオン奴隷は魔力容量の大きい人間しかなれない。そして、一般的に大きな魔力容量を持つのは上流階級の人間。
彼女たちは海賊や山賊に攫われたり、犯罪に巻き込まれたり、家が没落したりと、何らかの特殊な背景があって奴隷に落とされたのだ。
つまり、元々は良家の令嬢であり、高い教養を身につけていたのである。
「読み書きは全員できるとの事ですので、さらに算術もできるという方は挙手をお願いします」
半数ほどが手を挙げた。
一般教養は当たり前に習得しているし、奴隷根性が抜けた今となっては立ち振る舞いにも洗練されたものを感じる。
「挙手された方には早速ですが契約更改をさせてください。少し特殊な業務に就いていただくことになりますが、危険なものではありませんのでご安心ください」
算術ができる者には教師役をやってもらうことになる。とりあえずはメイドと教員を兼任させ、業務負荷に応じてバランスを取っていくことになるだろう。
「それでは中へどうぞ。工事中ですから案内に従って行動してください。まずはシャワーでも浴びて、ゆっくりしてもらっていいですよ」
現時点ではすべてが手探り。
メイド業務と教員業務の導入研修は調整中。
それぞれメイデとナツを講師として招くべく打診しているが、どちらも自分の仕事がある。
カリキュラムもナツの原案をブラッシュアップして、多数の児童に対応できるよう調整を加えなければならない。
肝心の児童を集めるにも時間が掛かる。親元に居る子供は除外するとして、スラムの孤児を優先するつもりだが、彼らは大抵の場合、スラムの大人に使われている。
ハード面もまだまだ足りてない。
外観を見ればそれなりに立派だ。空き地いっぱいに広がる地上十階建ての白いビルで、水道や空調など建物としての基礎的な部分は集合住宅と同じだが、それ以外の内装はまったく異なる。
一階は、警備員詰所、玄関ホール、待合スペースと受付エントランス。受付の隣にはエレベーターホールがあり、トティアス初のエレベーターが三台導入される予定だが、現在開発中。今は非常階段を使うしかない。
二階は、執務室、応接室、会議室、多目的ルーム、通信室、書庫、保管庫、給湯室など、大使館としての機能が詰め込まれる予定だが、各種魔堰の購入も済んでいない。
三階は、複数の客室、浴場、炊事場など、外部の訪問者向けの宿泊施設。ほぼ手付かず。
四階は、職員宿舎。職員向けの食堂、厨房、休憩室など共有スペースと、四人部屋の居室が十部屋設けられており、四〇人まで受け入れ可能となっている。居住区画を優先したため内装は完成しているが、生活必需品は揃っていない。
五階と六階は、学校施設。教室、図書室、化学実験室、レクリエーションルーム、給食室。まったくの手付かず。
七階は、孤児院を兼ねた子供向け宿舎。職員宿舎の倍の数の小ぶりな二段ウォーターベッドを用意し、八〇人まで受け入れ可能。
八階は、大使やその関係者たちのVIPフロア。クリスの意気込みが半端ない。
九階と十階は、何もない箱。今後の状況変化に備えた予備空間だが、十階は金を稼ぐために使うつもりだ。
屋上は、周囲を透明のフェンスに囲われた運動場になっている。エレベーターの出口付近の一画には花壇を設ける予定。
地下は非公開とし、入り口は受付後方の事務室の床に隠し扉を設けた。エレベーターも通す予定で、特定の人間しか地下へは降りられないように工夫するつもりだが、地下空間の拡張と設備配置はまったく進んでいない。現状では資材を溜め込むだけの倉庫扱い。
様々な施設設備が詰め込まれた地上十階建ての高層ビルを、総称して日本国大使館と呼ぶ。
ビルの外枠は一夜にして建てられた。
クリス、カンナ、キサラの三人が居なければ不可能な事だったが、彼女たちの錬成魔法は最大稼働し、他の面子が建築資材を運び続けて一夜ビルディングを成し遂げたのだ。
翌朝、セントルーサ市街は大混乱に陥ったため、大使館公示を前倒しで行うしかなくなった。
その日の夜、今は全員が疲れ切って自室で休んでいるが、穂積は一階の待合いスペースのベンチに座りぐったりとしていた。
今夜、初めて治外法権がその効果を発揮することになるからだ。アルロー側が気付くかどうかは分からない。
「日本国大使館へようこそ。お待ちしてました」
「「「…………」」」
病院を脱走してきたバルトとハイン、リヒトの三人を玄関ホールで出迎える。
「ニイタカさん……何ですかコレ? 聞いてないです」
「ハインさんが家令みたいなことを務める建物ですよ。細かい中身は明日にでも説明します」
警戒感マックスで、しかし指示通りに玄関から入ってきたバルトはキョロキョロしている。床や壁、天井をしきりに気にしているが、罠があるとでも思っているのだろうか。
「リヒトさんも……今夜は大丈夫みたいですね」
「リヒトです……。その節は……ご迷惑を……」
「改造魔獣の一件で貴女は俺を助けてくれた。恩返しの意味もありますから気にしないでください」
「はいっ……! ありがとう……ございます!」
禁断症状は抑えられているようだ。彼女の取り扱いには注意が必要だが、ハインに任せておけば大事にならないだろう。暴れてもバルトが居れば取り押さえられる。
「バルトさん……何も無いですから、床を叩かないで」
「これは……あの高速艇と同じか?」
「そうです。木材から製造される新素材ですよ」
「玄関の巨大な板ガラスもか?」
「あれも木材由来の素材です。この建物はすべてそれで出来ています」
このような拠点を防衛したことが無いと、バルトは警備上の懸念を述べた。
「なるほど……そこは気が回りませんでした。外壁の強度はかなりのものですが、『水槍』で貫通しますし、『流炎』を受ければ焼け落ちます」
「それは他でも同じだ。問題は高すぎる点だな。要人は何処にいる?」
「我々の居住フロアは八階ですね」
警備員詰所は玄関の前にある。
入館前にボディチェックを義務付ければ問題ないだろうと思っていたが、武器は無くとも魔法があるし、遠距離から高所を攻撃されたら防ぎようが無いと言う。どこまでも任務に忠実な人だ。
「敷地に入った時に変な感じがしませんでした? この領域に入ったら遠距離攻撃魔法が消えるんですよ」
「……そういう情報はあった。オプシースラムと同じか?」
「そうです。ちなみにどんな魔法も消えるんで、外からの攻撃に対する絶対防御になります。女神の裁きも消えますよ」
「……俄かには信じられん。あとで試して構わないか?」
「『水槍』を地面に向けて撃つくらいならいいです。明日以降でいいんで、御三方で相談して警備計画を立ててください。ハード面で変更すべき部分があれば検討します」
「了解した」
バルトの取り扱いも注意が必要だ。彼の任務に対する姿勢は異様なものがあるし、臨機応変に上手くやってくれるとは考えない方がいい。指示内容がしっかりしていなければ、思わぬ事態を招くかもしれない。
「ニイタカさん。バルトの扱いが不安であれば、私におっしゃってください。上手く使役します」
「……」
「……使役て。まぁ、わかりました。ハインさんを通すようにします」
地下牢からは静かに抜け出してきたので、明朝の巡回まではバレないらしい。
特に何の苦労も無く簡単に出られたというが、大学病院の警備体制を思えば、さもありなん。
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