海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第五章

第二八八話 謁見の間にて

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「ようやくか……」
「父上……少し落ち着きましょう。さすがに無礼です……」
「貴様がな……」

 謁見の用意が整ったようだ。

 この後、大扉が開いて煌びやかな謁見の間がお目見えする。

 ノックスはこの謁見の様式が前から気に入らなかった。

 実務の多くを父から委任され、長年最前線で帝国のために働いてきたノックスだが、未だに皇帝の顔を見たことが無かったのだ。

『ゴゴン……ゴゴゴゴゴ……』

 重々しい音を立てて大扉が開いた。本当に重いわけではない。

 鉄製の母材に貴金属の装飾が施された大きな両開きの扉だが、蝶番で支持されているのだから重過ぎるとすぐ壊れる。

 扉の内部に施されたギミックが開閉の動きに合わせて作動することで『ゴゴゴ』という音を出しているのだ。

 こういう部分も含めて、謁見とはパフォーマンスだ。重々しい大扉も、高い天井も、絢爛豪華な壁の装飾も、毛足の長い絨毯も、最高級の調度品も、皇帝を大きく魅せるための舞台装置に過ぎない。

 それはいい。ノックスの気に食わない点は他にあった。

「ノックス・ノーマン卿! マイルズ・ノーマン卿! まかり越しまして御座います!」

 謁見の間を中程なかほどまで進んだところで、近衛兵長の大声が響く。

 これは合図だ。立ち止まって片膝をつき、その場で平伏する。

おもてを上げよ」

 陛下の声が聞こえた。少し高めでよく通る、人を惹きつける声音だが、ここで顔を上げてはいけない。

「よい。面を上げよ」

 二回目の許可でゆっくりと顔を上げる。

 視線を導く絨毯の毛並の先には、広い低めの階段が円弧を広げ、最上段の玉座に続く。

 御簾みすに映り込む人影があった。

(これだ……これが気に食わん)

 おそらく後方から色ガラス越しに光魔堰で照らしているのだろうが、玉座に座る人物の影しか見えない。

 蒼い後光に切り取られたシルエットが神聖ムーア帝国皇帝なのだ。

 皇帝が素顔を見せるのは元老院の十賢者の前でのみ。十賢者も皇帝の容姿を口外することは許されておらず、幼少期の皇帝を知る者も同様に口をつぐむ。

 百歩譲って顔を見せないのは、暗殺防止の観点から納得できなくもない。

 だが、その目的であれば他に方法があるだろう。仮面を着けるなり、影武者に演じさせるなりすればいい。

(それでは……我らの顔が見えんではないか)

 その一点に尽きるのだ。

 御簾の向こう側から煌々と光を照射しているのだから、玉座から見れば御簾に光が反射してこちらが見えないだろう。

 夜間航行中の艦橋で灯りを付ければ外が見えないのと同じだ。

(陛下は臣下の顔を見ずに謁見している……それが気に食わんのだ)

 昔から変わらぬ様式であると知っているが、こういう思いを抱いたのはきっと自分だけではないはずだ。

「ノックス・ノーマン卿。かような形で余に謁見を求めた理由を述べることを許す。申してみよ」
「はっ……陛下に置かれましては、謁見の機会をお与えいただきありがたく」

 本当なら『陛下に置かれましては』の後に長々と決まり文句が続くのだが、ノックスは敢えて端折はしょった。火急の要件であると意識させるためだ。

「本日参りましたのは、アルロー諸島連合に創設されましたニホン国大使館から齎された情報についてでございます」
「アルローがなんぞ。ビクトリア・アジュメイルが何か仕出かしたか」
「……陛下はご存知無いのですか? 仕出かしたのはシュキ・イーシュタルめに御座います」

 御簾に映る影はピクリとも動かない。世界中に暴露された情報を知らないはずは無い。これを知らずしてどうやって一万年の安寧を維持できるものか。

「情報部から報告は御座いませんか?」
「貴公は余に尋ねごとをしに参ったのか。ならば謁見はこれまでよ。下がるがよい」
「いいえ、下がりません。此度は尋ねごとがあって参ったのです。対応を誤ればこの首が飛びます故に」
「この場で飛ばしてやろうか」

 御簾の向こうから強烈な覇気が放たれた。圧倒的な重圧で押さえつけられ、頭を絨毯にめり込ませて耐える。

(……少なくとも! 人形ではないようだ!)

 隣ではマイルズが額を絨毯にぶち当てて無理矢理意識を保っていた。

 皇族は一部の例外を除いて、誰もが大きな魔力容量を誇る。貴族家とは一線を画しているが、おそらく才能や血筋だけではないだろう。

(舐めるな……! ミーレスは『35!』だ!)

 次男の再鑑定結果に勇気をもらい、グイっと顔を上げて声を張った。

「改造魔獣というモノをご存知か!?」

 謁見の間にノックスの怒声が響き、皇帝の覇気が和らいだ。名称だけでも異様な感じがするし、ノックスの暑苦しさが尋常ではなかったからだ。

「尋ねごととやら……申してみよ」
「改造魔獣はシュキ・イーシュタルの蛮行の最たるものに御座います。ここ半年の彼奴きゃつの所業を陛下はどこまでご存知なのです?」
「シュキ……イーナンのせがれか。イーナンは死んだのであろうが、奴もシュキも同じよ。暗闘がしたいのならさせておけばよい。公爵位は滞りなく引き継いでいる」
「シュキは死にましたぞ」

 一瞬、影が揺らいだのをノックスは見逃さなかった。

 問題は陛下が揺らいだ理由だ。

「そんな報告は受けておらぬ。イーシュタル家からも届けは無い」
「本家が滅すればそうもなりましょう。今頃、東では分家同士で暗闘の最中です」
「……滅したとはなんぞ。如何に因縁のある家とて言ってはならん事があろう」
「事実です。二聖のキムドゥも死にました」
「情報部から報告は無い」
「分家が差し止めておるのです。如何に情報部を抱き込むかで勝敗が決するのですから当然でしょう」

 陛下が「暫し待て」と言うと後光が消えた。

 ここぞとばかりに思いっきり睨み付けてやると、広間の両脇に居並ぶ近衛兵から覇気が飛ぶ。

 その抑えをマイルズに任せて、御簾の向こうを睨み続けて数分後、光が再び灯った。

 内心で舌打ちしつつ睨みを解く。見えていない相手を睨んでも疲れるだけだ。もっとも、この数分、離席していたなら同じことだが。

「ニイタカ・ホヅミとは何者か」

 いきなり核心を突いてきた。何を知ったかは明らかだ。彼の文伝を読んだのだろうが、通信魔堰から響いた音声の方に話を持っていかねばならない。

「文伝にある通りの立場にある者に御座いましょう。それより、その者が提供した証拠はお聞きになられましたか?」
「……否」
「録音魔堰に録ってございます。懐中に手を入れますが……よろしいか!? 近衛兵長!」
「え……」

 いきなり水を向けられて狼狽える大男にほくそ笑む。先ほどの覇気が癇に障ったため意趣返ししてやっただけの事だ。

「よい。再生することを許す」
「では、お耳汚しをさせていただきまする。本っ当に耳汚しとなります故……覚悟なされよ! 近衛兵長!」
「ええ……」

 もう近衛兵長はタジタジである。冷や汗が止まらない様子に口元が緩んだ。

「えええ……」

 舌を出してやった。どうせ陛下には見えていない。

 録音魔堰を取り出し、再生を始める。音量は最大にしてやった。

 静寂の中に音が響き渡り、謁見の間が凍り付いた。


**********


 時刻は夕暮れ時、平時なら業務を終えた役人たちが帰宅の途につく頃だ。

 録音魔堰はまだ再生を続けていた。ノックス、マイルズ、ムスカの三人がかりで魔力をチャージし、最初から最後まで余すところなく録音した成果だった。

『『『ギィイイイ゛アアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛アアア゛アアアアァ゛アアアアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛アアア゛アアアアァ゛アアアアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛アアア゛アアアアァ゛アアアァアアアァアッ!!』』』

 高い天井に反響する何度目かの耳障りな鳴き声に、いい加減にしろよと、ウンザリした空気が謁見の間に流れている。

『ちょっと! 本当に大丈夫ですか!?』
『うぅ……っわぁああああ~~!』
『ひぃいいい!? なんです!? どうしました!?』
『薬ィイィイ――っ! おクスリぢょ~だぁ~いぃいいい!』

 薬物を求める女を必死に宥める男。

 おかしな状況だが、先ほどの鳴き声を聞いた後では平和に感じられて、場の空気が少し緩んだ。

『アブナイ! 危ないでしょ!? クスリ!? こんな時に何を言ってんですか!』
『なんでもするぅうう~! なんでもするからおクスリくださぁあああいぃいい!』
『持ってない! ヤバい薬って事はなんとなく分かるが、持ってない!』
『くれないの!? 助けてあげたのにおクスリ恵んでくれないって言うの!?』
『無いものは無い! しっかりしなさい! クスリ! ダメ絶対!』

 この辺でいいかと、ノックスは再生を止めた。

 謁見の間には緊張感と疲労が混ざり合った空気が漂っている。

 近衛兵たちの思考が手に取るように分かった。数時間も立ちっぱなしで嫌なものを聞かされ続けて、さぞ疲れたことだろう。

「この辺で……よろしいか!? 近衛兵長!」
「もう勘弁してください、ノーマン卿。申し訳ございませんでした」
「ふむ! 許す!」

 メリッサから前以て報告を受けていた。興奮を押し殺した声音で『こういう文伝が届くのでよしなに』と言ってきた。

 娘の成長を頼もしく思うと同時に、娘婿に対する感謝の念が湧き上がり、同時に若い二人を誇らしくも思った。

 改造魔獣の断末魔の後に続いた男性の声。あれが彼の声音なのだろう。

(誰もが戦慄する化け物を討伐したのが、我が娘の選んだ男だぞ……どぅーだ! 近衛兵長!)

「おかしい……何故……お告げは……?」
「はい? 陛下、何かおっしゃりましたか?」
「ん、んん! 仔細は相分かった。ノーマン卿、報告、大義である」
「さらにシュキめは帝国ヤードの商工とその家族、五千人を拐かし、二隻の戦艦に押し込めて改造魔獣を曳かせたとのことです」
「ご、五千人……!」
「大方、化け物の餌とするつもりだったのでしょう」

 あり得ない暴挙に陛下の声が高めに裏返った。

「さらにさらに、調べましたところ、どうやら改造魔獣をスフィア群島まで運んだのは第三艦隊のようです」
「む……」
「左様です、陛下。アルロー政府は我ら帝国が化け物をけしかけ、国を滅ぼさんと画策したのではないかと疑っております」
「我が帝国海軍が手を貸してしまったのだからな。さもありなん」
「さらにさらにさらに!」
「まだ有るのか……」
「一部の帝国製新造戦艦がアルローの人口密集島をまとにし、民草の大量虐殺を目論んだことも、疑念に拍車を掛けております」
「戦争にすらなっておらぬ……。アルローから所属不明の艦隊に奇襲を受けたと報告はあったが……」
「報告があったのですか!? 返事は!?」

 陛下はポツリと「しておらぬ」と呟いた。

「軍務大臣が臥せっておると侍従長から聞きましたが、戦艦三二隻の建造をお認めになったので?」
「認めておらぬ……あの上申か……」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「早急に対応せねばならぬ。間もなく年次会議だが、さて……」
「その件で陛下に上申したき儀がございます。改造魔獣ですが、どこぞで二体目が発見されぬとも言い切れません」
「これほどの大事だいじ……何故なにゆえ……二体目!?」

 互いに顔が見えないため会話のテンポが噛み合わず、思考中に話し掛けてしまったようだ。

「元老院で議論するにも情報を整理し、特別法案の草案も作成せねばなりません。とてもではありませんが……」
「間に合わぬな。やむを得ぬ。どれほど必要となるか」
「そうですな……三ヶ月もあれば可能かと」
「良い。元老院年次会議は三ヶ月延期する」

 メリッサの頼み事を達成した。

 万一に備えてマイルズも連れてきたが、荒事にはならずに済みそうだ。

 大きすぎる借りへの返礼にはまだまだ足りないが、最低限、父親の威厳は保てただろう。

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