海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第七章

第四五九話 伝言だよ。言語理解じゃない

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「…………やはり大敵よ」

 デント教皇に割れた拳を治してもらいながら、目覚めた皇帝はめちゃくちゃ不機嫌だった。

「恩寵もとい、隷属契約を切ってあげたのにそれは無いんじゃないですか? ねぇ? ノヴァ・ムーアさん」
「うぬのやっておることはトティアスへの叛逆に他ならぬ。疾く死ぬべし」
「具体的には? 俺が何をしたって?」
「ヘクサ・オルターを破壊するなど女神を壊すも同じこと。世にあってはならぬ異常よ」
「あー、残念ながら壊れてないから。システムをロックして、端末を強化して、無敵状態に入っただけ」
「……寄るな下郎」
「悔しいです!」

 口惜しそうな渾身の変顔を披露する穂積を無視して、皇帝は憮然としている。肌には神聖痕が変わらず浮かび上がり、薄手の貫頭衣の下からも神聖らしい光の線が透けて見えていた。

「ホヅミ殿。それは無礼だぞ」
「ちっ……口惜しいです!」
「ホヅミ殿!」
「……え? あっ、俺ですか?」

 夏場の魔人対策を早く進めなければならないが、まずはこの奴隷皇帝に情報開示させなければ話がややこしくなりそうだ。

「なんで俺の十賢者入りを認めたんですか?」
「……ふん」
「禁則事項ですってか? もうご主人様の鎖は切れたんだから、言っちゃったらいいじゃない」
「うぬには裁きが下るであろう!」
「女神の裁きなら消える領域で相殺できますぅ~。残念でした~」

 顔面に神聖痕の他に血管まで浮かべて、ギリギリと歯軋りする皇帝は人間臭く、臣下にすら興味の失せた世捨て人にはとても見えない。

 聞きたいことは山ほどある。ヘクサ・オルターや女神の裁きも知っているということは、トティアスの裏事情にかなり精通していると見るべきだ。

「てかアンタなのか? 半年以上も、毎日毎日、無意味な殲滅攻撃を続けたのは?」
「半年? 毎日? …………あり得ぬ」
「やっぱ暴走女神か……」

 この世界には神様が実在している。

 おそらく仮称衛生魔堰と同一の存在なのだろうが、魔法を行使するのだから生き神だ。真の魔力の源はソッチだったのか。

「姉上……いえ、陛下。貴女も分かっているのではありませんか?」
「……」
「世は事もなし……そんなはずはないと」

 皇帝に迎合する第一皇子でも、ニイタカ・ホヅミに好意的な第二皇子でも、意に反して頭角を表した実弟ハンバルでもなく、孤高の麗人エクレールを宰相に据えようとした。その真意は。

「宰相の位は幾人かの先帝の悪足掻き。その名残なれど……いずれ消える定めよ。許せとは言わぬ」
「わたくしを選ばれた。それが陛下の御身に成り代わり、真の意を果たさせんが為ならば……このエクレール……恐悦の極みにございます!」
「で……あるか」
「で? なんで俺を否認しなかったんですか?」

 宰相という存在がどういうものなのかを知った臣下たちが半泣きになっている。そこに水を差した穂積に非難の視線が集中したが、同じく平常運転のデント教皇が直球を放り込む。

「何者かの命令があったのではありませんか? ニイタカさんを否認するなと」
「……然り。此度の会議、誰が立とうと余はいなとは言えぬ」

 そして、ハンバルが立候補を表明してしまった。彼を真実から遠ざけておきたかった皇帝には、対抗馬を立てるしか道は無かった。

 会議の場で出来たのは決議の順番を入れ替えるくらいだったと言う。

「これが最善の道とは片腹痛いが……ハンバル・ムーア」

 既に隷属の縛りは無いというのに、最善ではないと自認して、皇帝は冷たい声音でハンバルに通告した。

「賢者でない者が一端を知った。もはや是非も無し」
「それは困りますね。ハンバル・ムーアさんには大仕事が待ってますから、死んでる暇はありません」
「陛下。わたくしもハンバル殿下は助命すべきと存じます。よもや吹聴するような愚者ではありますまい」

 皆がハンバルの恩赦あるいは執行猶予を求める中、実の弟に向ける冷徹なまでの態度に無理解を示してノックスが問う。

「陛下。なぜ第三艦隊を与えてまでイーシュタルを守ろうとなさったのですか?」

 アルローに犠牲を強いて落ち目のイーシュタルを復建しようとした策謀の数々は、最近になって急に動くようになった皇帝の暗躍の最たるものだ。

「俺の言ってることが信用できなかったんですよね? その内に死ぬって言ってるのに」
「……改造魔獣についてはうぬの言に偽りは無かろう。世の平穏に影は響かぬ」
「ちゃんと責任を取らせるべきだったのでは? なんでテコ入れしてやる必要があったんです?」

 改造魔獣にトドメを刺すという出来合いの武功を立てさせ、イーシュタル家のみならず派閥全体を立ち直らせる既定路線を敷いてやる。

 皇帝の対応は無責任なほどに甘すぎるものだ。ハンバルに対する厳しさとは相反する身内逆贔屓だが、臣下に興味が無い君主のやることではない。

「彼奴らも帝国の民草なり。其を守らずして皇帝の存在に価値無し」

 何を言っているのか、分からなかった。


**********


 ヘクサ・オルター一号機ノ破損オヨビ、ヘクサ・チェーンノシステムロックヲ確認。

 全ヘクサ・オルターノ防護結界プログラム起動ヲ確認。

 碧歴へきれき11793年ニオケル必然性トノ偏差ヲ計算中…………ヘクサ・オルター一号機ノ破損ハ必然ト判断…………誤差範囲0.312%以内デ一致ヲ確認。

 プロジェクト・トティアス――、ファイナル・フェーズ進行ノ是非ニ関ワル論理矛盾ノ洗浄ヲ開始…………完了。

 ギャザリングルーム、キールブロックヘノ下降ヲ開始。


**********


『カシュン……グゴゴゴ…………ヒューン』

 鑑定の間が動き始めた。エレベーターのように下降している。

「――っ!?」

 皆が浮き足立つ中、皇帝は天井を見上げてわなわな震えていた。

『ピーンポーンパーンポーン』

 のんきなチャイムが鳴り響き、続いて電子イソラの声が室内に流れる。

『ラクナウ神国製超大型移民船インゲーンス・イミグランテスヘヨウコソ。本船ハ、収容した総テノ神民ノ生存ヲ担保スルコトヲ目的ニ建造サレタ、半永久的ニ稼動スル移動拠点デス』

 エレベーターと同じ愛嬌のある声音だが、他の思兼とは決定的に異なる点がある。

「…………古代語ではない?」

 鑑定の間の天井から降り注ぐ電子音声はトティアス語らしく、全員が天井を見上げて静まり返っていた。

『オメデトウゴザイマス。アナタハ機関クルーニ選バレマシタ。現在、当ギャザリングルームハ、キールブロックノ中枢、機関制御室ヘ向ケテ下降中デス。到着マデノ間、業務所掌ノ理解ヲ深メテイタダクタメ、イントロダクションヲ、オ届ケシマス』

 機関クルーに、機関制御室に、イントロダクション。

 穂積には馴染みのある単語が並ぶが、トティアスで生きてきた者にとっては初めて耳にする言葉だろう。

『本船ハ、魔法工学ノ粋ヲ集メテ建造サレタ、史上最大ノ船舶デス。極限マデ密度ヲ高メタ炭素繊維複合素材ヲ用イテイマスガ、船殻フレームヘノ結界魔法付与ガ無ケレバ、自重ニ耐エズ、自壊シマス』
「はぁ!?」
「ホヅミ殿……静かにされよ……!」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ! 素晴らしい!」

 気を抜けば潰れる船の危うさに穂積が驚愕し、魔法工学の浪漫にデント教皇が感嘆したところで、イントロダクションの続きが流れる。

『熱量魔法ニヨル人工冬眠システム及ビ船内空調システム。運動魔法ニヨル自動航行システム及ビ流体循環システム。結界魔法ニヨル船殻強化システム及ビ自動防護システム。生体魔法ニヨル食糧自動生産システム。錬成魔法ニヨル自動修復システム及ビ汚染水浄化システム。コレ等ノ保船システムノ適切ナ運用ガ無ケレバ、本船ノ安全運航ハ達成デキズ、人類種保存計画『プロジェクト・トティアス』ノ成功ハ有リマセン』

 イントロダクションが壮大過ぎてついていけない。

 不倶戴天の敵が建造に関わっていたとはいえ、これだけの船を一人で造れるわけもなく、大災厄を生き延びるために古来種たちが協力して造り上げたものには違いないだろう。

 本船の思兼わく『プロジェクト・トティアス』の心臓と呼ぶべき神代の方舟。これぞ正に神船だ。

『機関クルーノ皆様ハ、コレ等ノ保船システムノ根幹ヲ担ウコトニナリマス。超長期間ニ渡ル、永イ航海ニ堪エル運航要員ヲ確保スルベク、生体魔法工学ニヨリ生ミ出サレタ遺伝子強化個体ノ中カラ、厳選サレタ人材デアルコトヲ自覚シテイタダキ、真摯ニ職責ヲ全ウシテクダサイ』
「ハンバル殿下? 皇族の近親愛は遺伝子のせいらしいよ?」
「うるさい……! そんなこと言われてもわかるもんか……!」

 皇族は元々、本船の乗組員。乗員のほとんどが人工冬眠に入る中、魔法の船であっても完全無人化は不可能だったのだろう。

 多少の近親交配を繰り返したとしても遺伝子異常が起こらない強化人間。自分の血統に誇りを持っても許されるのではないだろうか。これぞ正に神の御技だ。

『新タニ迎エラレル機関クルーニ向ケテ、神国評議会議長プリンケス・ウヌス、ヨリ、メッセージガ有リマス』
「ウヌス? ゼトじゃない?」

 暫しの沈黙の後、理知的な女性の肉声が流れ始めた。

『わたくしの名はキクリ・ラクナウ。神国評議会、プリンケスの第一議席ウヌスを任されている……いいえ、任されていた者です。もはや評議会は機能していません。インゲーンス・イミグランテスは間もなく完工を迎えますが、既に堤防は決壊し、ドックは海中に没し、結界魔法使いが次々と亡くなっています……そういう状況です』

 周りを見ると、どうやら言葉は理解できているようで神妙に聞き入っている。彼らからすれば太古の偉大な古来種の国の、おそらく政府機関の長だ。

 プリンケス・ウヌスとは役職名らしい。この人の名前はキクリ・ラクナウ。国名も同じなので断定は出来ないが、スノーの関係者だろうか。

『何百年、何千年の後の方々に語るかもわかりません。本船の統合思兼に追加設定した自動翻訳の概念が正常に機能することを祈りますが、たとえ伝わらなくとも問題は有りません。これはわたくしの個人的な懺悔に過ぎないのですから……』

 メッセージの声音は冷静だが、遠くからは入渠中の船特有の騒音や喧騒が響いている。

『すべては第虚数議席ゼナトゥスを名乗るあの男……ゼトに迎合した我ら評議会の愚かしさが招いたことなのです』

 プリンケス・ゼナトゥスも役職名。

 イソラは政治には興味が無さそうなので名前と勘違いしたのだろうが、あだ名はゼナトゥスを略したゼトだったことは間違いない。

 メッセージの中のキクリ・ラクナウも吐き捨てるようにゼトと省略して続けた。

『ゼトには常に一定のシンパがいました。アマラス様と同じ夜のような黒い瞳が一因でしょうが、何よりも魔法への造詣が人並み外れて深かったのです』

 当時における数百年前の大賢者も斯くやという知識を持っていた黒目の男。

 アズの開発した魔堰にいち早く着目して投資し、即座に量産体制を整えて巨万の富を得ながら、惜しげもなく特許の全世界に公開した言う。

 ただ権力を求める者ならそんなことは絶対にしない。ゼトという人間が朧げながら見えてきた。

『魔人の脅威については当然ご存じのことでしょう。太古の負の遺産を駆逐する悲願はとうとう叶いませんでしたが、女神様が人化されていよいよ危ういかと思われた矢先に、魔堰が人類を救いました。おかげで人魔戦線を押し戻すことができたのです』
「…………トティアニクス帝。後ほど詳しく事情を話してもらいます」
「もはや……是非も無し……何故だ……何故……」

 怒れるデント教皇が覇気を滲ませ、このメッセージの存在を、魔人の存在を知っていたらしき皇帝を睨みつけた。

 知っていたのなら、どうして何もせず『世は事もなし』などと言えるのか。実際に何事も無く済んでいたのは異端審問官たちの献身と犠牲があったからだというのに。

『私欲に囚われず大業を為すその一方で、ゼトは誰にも理解されない儀式めいた魔法実験で多くの人間を殺していました。何百人と失敗を繰り返し、その事実を知りながら評議会は彼を処罰できなかった』

 やはりクズだった。頭のおかしいヒトデナシだ。

『子供を攫い実験に使っていたことが明るみとなり、進退極まった時、彼は議会の席でこう言ったそうです。『アマラスが死んだ後はどうするんだ?』と……それは魔力の消失を意味しており、人類社会全体が女神の老化に不安を覚えていたことも事実でした』

 プリンケスの中には『彼女の血統が子々孫々に至るまで女神たり得る』と異議を唱えた者も居たらしいが、ゼトの『女神に聖痕は浮かばない』との一言で棄却され、結局は黙るしかなかった。

『当時のプリンケスは誰もが口を噤み…………あの子を……ティルネス様をゼトに引き渡すという法を通してしまった』

 概念魔法を操り女神の如き奇跡を起こす神童として、既に認知されていたイソラは、国によってゼトに売られたのだ。

 そして、イソラを素体とした女神の代替品開発が始まった。

 アズは何度も評議会に足を運び、代案を提示してプリンケスらを説得し続け、最後には自ら身代わりになると頭を下げたが、ゼトは一切取り合わず『お前の歳だといろいろ足らん』とのたまった。

 怒り狂ったアズは送エーテル魔堰 (ムラマサ)を両手に襲い掛かりゼト派のプリンケスを切って回ったが、肝心のゼトには逃げられ、スノーとともにお尋ね者になってしまった。

『そこにあるヘクサ・オルターがその成果。忌まわしき邪念の産物に頼る我らは、罪の穢れに満ちている。アマラス様は母として怒り、女神様は神として嘆き、人類を海に沈める決断を下されたのです。きっとそうに……違いないのです』

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