不思議なカレラ

酸化酸素

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第四節 The Finisher Take

第134話 Nostalgic Facer Ⅳ

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 トレーニングルームから出て来た男は「キリク」である。本名は不明で、戸籍上も「キリク」としか書かれていない。そんな1人の男だ。


 キリクは少女の兄弟子にあたる。幼い頃は少女の屋敷で共に暮らしていたが、少女と血の繋がりは全く無い。
 何故ならば、少女の父親が依頼クエストからの帰り道にどこかから拾ってきた子供だったからだ。


 拾われて来た少年キリクは、屋敷で少女達と共に暮らし、少女の父親から修行をつけてもらっていた。
 だが、少女の父親が帰らぬ人となった後で屋敷を出ていった過去がある。


 キリクのその後の話しについて、少女は風の噂で聞いていただけであり、キリクが屋敷を出て行ってからは今日が初の再開となるのだった。だから、かれこれ数年振り再開と言えよう。



 数年振りの再開を果たした少女は、再開早々にキリクの腕を掴み、嵐のような行動に動揺するキリクを公安から強制的に連れ出すと、そのまま屋敷まで連行していった。そこにキリクが口を挟み込む余地はなかった。
 その様子は、マム、ドク、ウィルの3人にしっかりちゃっかりと目撃されていたのだった。


「これであのコにも漸く春が来たのかねぇ」



「こちらこそ、お久し振りです。あれから5年になりますが、相変わらず、壮健そうけんそうで何よりです」

ぽりぽり

「あと、「御坊っちゃま」は止めて下さい。もう、そんな歳じゃないですし、何より恥ずかしいです」

「これはこれは、キリク御坊っちゃま。いえ、失礼いたしました、キリク様。これで宜しいですかな?」

「えぇ、ありがとうございます」

「お、お茶でございますです」 / 「お菓子も用意したのー」

「メイド?へぇ、猫人族キャティア兎人族ラビティアか。うん、ありがとう、2人共。小さいのに頑張ってるな」

「ッ。///」 / 「えへへ、頭撫でて撫でて」

なでなで

「その2人は、猫人族キャティアのサラと、兎人族ラビティアのレミよ。密猟の被害者でアタシが保護したの。今はこの屋敷で働いてもらってるわ。2人ともちゃんと頑張ってるからアタシも助かってるのよ」

「マスター……」 / 「あるじさま。頭撫でて~。いいこいいこして」

「2人とも、こっちにいらっしゃい」

なでなで

「そうか、こんな小さい子を狙うなんて……。密猟者は相変わらず許せないな」

「ところで、キリク、今日は泊まっていくのよね?」

「いや、本来なら今日は、ここに来る予定は無かったから、既に部屋を取ってあるんだ。あと2、3日は神奈川国にいるつもりだから、せっかくだし明日からは世話になろうかな」

「そう……。そしたら、今日は取ってある部屋まで送るわッ。場所はどこ?」


 こうして少女はキリクをセブンティーンでホテルまで送ると、寄り道する事なく屋敷へと戻っていった。今日の少女は、いつもより運転する事が凄く楽しいと感じていた。
 それこそ天にも昇る気持ちで、心がウキウキしてルンルンでハッピーで、世界は光に包まれており色鮮やかで鮮明だった。
 さらに、セブンティーンのエグゾーストもいつもより弾けていて、少女の心持ちを現しているかのように軽快であり、その軽快さは今にも空を飛びそうな勢いと言えるかもしれなかった。


「アタシ、今、凄っごく幸せッ!いつまでも……キリクがいつまででもいてくれたら、もっともっとハッピーになれるわよねッ!」



 翌朝、キリクは少女の屋敷のインターホンを鳴らした。その音にレミがいち早く反応し、玄関からキリクを招き入れると広間に案内していった。


「おはよう、キリク。ホテルまでせっかく迎えに行こうと思ってたのに」

「あぁ、ありがとう。でも、気にしなくていいぞ?ここまで自力で来れないワケじゃないからな」

「キリクのばか。ぼくねんじん。あんぽんたん。すっとこどっこい」

「ん?何か言ったか?」

「うぅん、何でもないー」

 少女は迎えにいけなかった事で顔をむくれさせていた。そんな少女の表情にキリクは優しい笑顔を返していた。



 キリクが屋敷にいる日常。それは、5年前のあの日に少女が失った日常だった。少女が求めて欲するに欲した日常だ。
 だからこそ少女は、この日常を2度と手放したくなんてなかった。


 でも、求めれば求める程に、欲すれば欲する程に「それ」は逃げて、どこかへと行ってしまうモノなのかもしれない。
 それは例え掴んでもサラサラと溢れ落ちていく砂のようでもあり、掴んでもスルッと指の先から抜けてしまう、絹の糸のようなモノなのかもしれない。
 だからこそ手に入れようと手を伸ばしても、それは遠く高い空の上にある雲のように掴ませてはくれなかったのだった。



「今度、上位の古龍種エンシェントドラゴンの討伐に行く事になった」

「えっ……それって、どういう事?今、上位って言ったの?そんな古龍種エンシェントドラゴンが出たなんて、聞いた事が無いわ。それに、上位の古龍種エンシェントドラゴンが人間達に直接的な被害をもたらしているの?」

「その古龍種エンシェントドラゴンが出たのは海を渡った向こう側の国さ。だから、神奈川国に情報がまだ来ていないのは当然さ。融合する前の地球だった頃の国名で、アメリカって言ったっけか?現在の国名は「カリフォルニア国」で、その国の沖合いで発見された個体だ」

「それなら、まだ被害は齎していないのね?それなのに討伐しに行くの?それはキリクじゃなきゃダメなの?」

「そうだな、国や地域には被害はまだ出ていないな。だが、被害が出てからじゃ手遅れになる……だから、そうなる前に早々に討伐を決めたらしい」

「そう……なんだ」

「最初は、超大型のハリケーンだと思ったらしい。だが、こんな季節にハリケーンなんておかしな話しだろ?だから、ミュステリオンを使って調査したらしい……。そしたら調査結果でそれが古龍種エンシェントドラゴンだと発覚したそうなんだ。まぁ、そんなワケだから国は大騒ぎで調査部隊を向かわせた。だけど調査に向かったハンター達は誰一人として帰って来なかったって聞いてる」

「えっ?!そんなッ」

「だからそこで、オレにおはちが廻って来たってワケさ」

 キリクからその言葉を聞いたのは、キリクが神奈川国から発つ予定日の朝だった。少女はその話しを聞いた直後から心の中にドス黒い不安が渦巻いて行き、それに心が支配されていく感じがしていた。
 しかしそれを払拭ふっしょくする為に、キリクに対して色々と質問を投げていったのだが、不安は解消されるどころか募るばかりだった。


 キリクは現在、そのカリフォルニア国の隣国にあたる、ネバダ国のギルドに所属しているらしい。

 上位の古龍種エンシェントドラゴンの調査に赴いたハンター達の調査部隊が、誰一人として帰って来なかった事から、当事国であるカリフォルニア国公安はさじを投げたのだそうだ。
 拠って周辺国の公安及び、ギルドに対して要請デマンドを出したらしいと言う事だった。


「今回の討伐依頼クエストは上位の古龍種エンシェントドラゴンが相手になるから、パーティーの規模が大きいんだ。周辺各国の公安やギルドのハンター総勢20名余りでパーティー組んで臨むって言ってたからな、なんとかなるんじゃないか?」

「相手が上位の古龍種エンシェントドラゴンで、ハンターが総勢20名って、その中に「星持ち」は何人いるの?」

「…………」

「キリクなら分かってるでしょ?上位の古龍種エンシェントドラゴンなら難易度はSSランク以上よッ!それなら推奨人数はSランク1つ星ハンターなら30名。Aランク星なし上級ハンターなら最低でも90名は必要な相手よッ!2つ星が20名ってワケじゃないんでしょ?」

「確かにそうだな。お前の言う通りだ」

「キリク、まさか……。死ににいくつもり……なの?」

「…………」

「ねぇ、なんとか言ってよッ!ハンターとして、既に依頼クエストを受けてしまっているのであれば、止めるのは無理ッ。でもッ!死ににいくつもりなら、話しは別よッ!アタシはキリクを見殺しには出来ないわ!アタシからこれ以上、心の拠り所を、心の支えをくさないでよッ!」

 少女の感情の昂ぶりは止まらなかった。その激昂は少女の口から想いを吐き出させ、溢れた感情は頬を伝い、静かに床を濡らしていった。


 キリクはそんな少女の姿に5年前の記憶がフラッシュバックしていた。だからキリクは目の前で泣きじゃくる少女に近付くと、その頭を自分の胸に抱き寄せ、優しく撫でて言の葉を紡いでいく事にしたのだった。


オレは死にに行くんじゃない。言っただろ?オレは「負けず嫌い」なんだ。だから、相手が何であろうと負けないし、必ずみせる」

「キリ……クぅ」

「だから、お前もそんなに心配するな。そんな顔をしないでくれ……。オレの為に涙を流してくれて、ありがとうな」

「ひっく、えっく、ひっく」

でもな、俺オレはお前の涙を見たくない。だから、またここに帰って来た時には必ず笑顔で出迎えてくれよなッ!」

「ズルいよ、キリクぅ……。そんな事言われたら、えっく……これ以上、「行かないで」って言えなくなるじゃない……ひっく」

「よしよし、いい子だから泣くなって」

「絶対に……絶対に生きて帰って来てね?ひっく……、約束ひっく……出来る?えっく……」

「あぁ、モチロンだ。オレが嘘ついた事あるか?」

「うんッ」

 少女はキリクの笑顔に対して笑顔で応じた。だが、その瞳から溢れる涙が止まる気配は微塵もなかった。

 キリクは少女の涙を拭うが、それでも溢れる涙は一向に止まる気配すらなかったのだった。キリクは少女の頭を再び抱き寄せると、少女が泣き止むまで優しく撫で続ける事しか出来なかったが、その胸中は複雑だった。


オレ、コイツにどんな嘘をついたっけ?そんなコトあったっけかなぁ?」
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