不思議なカレラ

酸化酸素

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第二節 オリュンポス

第197話 The beginning of the trial

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「じゃあ、ここでしばらひそんでいてくれ。食事はウチが使いの者に申し付けておくから、安心してくれ」
「あと必要な物はそのベルを鳴らせば使いの者が来るから、必要な物を申し付ければ持って来てもらえるハズだ」

「分かったわ、ありがとう」

「だが、くれぐれも。使いの者は自分から扉を開けて入って来る。だから、誰かが来ても自分から開けてはいけない。もし、この言い付けを守らなければ、それは即ち…、」

ぶるるっ

「貞操の危機…なのね?」

「あぁ、ちゃんと分かっているならそれでいい!」

 アテナは笑顔を見せると少女のいる部屋から出ていった。そしてその笑顔は、思わず「ドキっ」としてしまう程に美しかった。


「それでは、ウチは叔母上に話しを付け、ここに来て頂けるように話しをしてくる」


 少女が匿われるコトになったは、アテナが住まうアテナの神殿の一室だ。
 森の中での話しの後、アテナは少女を自身の神殿に連れて来たのだった。そして、その神殿の一室に結界を張り、少女をその部屋に入れたのである。

 神殿は「神族ガディアか眷属しか入れない」とさっき言われた気がしていたが「「いとこ」は身内だからいいのだろうか?」などと少女は考えていた。
 特に明確な決まりは無いのかもしれない。


 少女の今いる部屋は、石造りで高い所に小さな窓が1つだけある。そして部屋はそこまで広くない。
 修道院の部屋みたいな感じと言えば伝わるだろうか?
 まぁ、実物を見た事はないので、絶対にそれが的確な表現だと言えないのは余談だ。


 そんな質素な部屋の中には、これまた質素な造りの机と椅子とベッドがあるだけだ。
 部屋の片隅に開放的なトイレのようなモノが見えなくもないが、そこは気にしないコトにした。
 アテナの使いは勝手に入って来ると言っていたから、事故が起きたらどうするかを考えないといけないかもしれない。
 それは乙女のデリケートな大問題だ。

 ちなみに部屋の中に電灯の類は無い。拠って原始的かもしれないが、机の上に燭台しょくだいが置かれており、そこにロウソクが3本刺さっているだけだった。
 その炎は先程から、ゆらゆらと揺れている。


「さてと、ここ神界に来てから今までの会話の中までで、分かった事をまとめてみるとしますかッ!時間はたっぷりありそうだしね」
「とは言っても何か書くものとペンが欲しいなぁ。あっ!そうだ!ベルを鳴らすんだっけ?」

りんりんッ

がちゃっ

 少女がベルを鳴らすと使いの者が扉から入って来た。
 使いの者は顔の前に布を垂らしており、その顔は見る事が叶わなかった。そして、
 あからさまに人ではないナニカだが、そんなコトを気にする少女ではなかった。


「紙とペンを用意してもらえるかしら?」

こくんっ

がちゃ

 見た目からして普通な感じが全くしない使いの者に対して、少女は訝しむ様子も無く欲しい物を言葉にして紡いでいった。
 ここは神殿内なので、アテナの眷属か使い魔的なナニカだと感じていた。だからこそ見た目は怪しくても悪しきモノではないハズだ。


 使いの者は言の葉を受け取り黙って頷くと、部屋を出てから直ぐに紙とペンを持って部屋に入って来た。

 少女は「ありがとう」と一言だけ笑顔を作って紡ぐと、持って来てもらった物を受け取った。
 使いの者はやはり何も言わずに立ち去っていった。

 一人だけになった部屋で少女は、ブツブツと何やら呟きながら受け取った紙にペンを奔らせていく。


「ここが「オリュンポス」なら、この地はギリシャ神話かローマ神話になぞらえているハズよね?そうなると、ここの最高神は「ゼウス」か「ユピテル」のどちらかになるわね」
「「アテナ」が実際の名前とは多少違うから必ずそうだとは言えないけど、概ね合ってると思う」

 少女は呟きながら紙にペンを走らせ、次々と名前を書いていた。何故ならば少女は予備知識として、自分の母親の真名しんめいを探るコトにしたからだ。


「女性の貞操と、叔母の顰蹙ひんしゅくって辺りの言葉から、「ユピテル」と言うよりは「ゼウス」が妥当な線かしら?そうしたら、ローマ神話と言うよりはギリシャ神話の方が色濃いように感じるわね」

きゅっきゅっ

「手紙をくれたアタシの叔母が「ゼウス」と関連があるのであれば、「ヘラ」って事になるかしら?そうなると、残りの女神は「デメテル」と「ヘスティア」のどちらかって事になるわね」

 ペンは雄弁にインクを奔らせていく。そしてどうやら2歩くらい手前までは辿り着いた様子だった。


「「デメテル」と「ヘスティア」には別名ってあったかしら?えっと思い出せないから、後でいいや」
「そして、アタシの母様はどっちだ?」
「うぅん、分かんない。何か今までのコトで………なんでもいいから、ヒントヒントヒント…」
「そうだッ!爺が話してくれた内容に何かヒントがあるかも!」

 少女は屋敷で爺が話してくれたコトを思い出していく。そこに何かしらのヒントがあると思ったからだった。


「えっと、確か、さる御方のご息女で、父様と同じく別の身体を使っていて、アタシが産まれた事で兄弟が激怒して、連れ戻された…だっけ?それだと、「さる御方」は「ゼウス」達兄弟の親だから、「クロノス」よね?」

かきかき

「別の身体は恐らくルミネと同じ魔力製素体ホムンクルスの可能性が高いわよね…。で、アタシを産んで兄弟が激怒?子供が産まれて激怒するってどんだけ心が狭いのかしら?って待てよ、子供じゃなくて望まれていない結婚だったって事?」

 少女はなりつつあったが、構わず思考回路を回転させていく。
 立ち止まればそこでゲームセットになりそうな予感しかしなかったからだ。


「望まれていない結婚に因って、子供が産まれた。ん?ちょっと、何か引っかかったような…。そう言えば、ギリシャ神話の中には「処女神しょじょしん」って「概念」があったわね」

かきかき

「もし、「処女神」が子供を産んだとしたら、もしも、その誓いを破ったのだとしたら、「兄弟神」は怒らないかしら?でもそうしたら、望まれていない結婚じゃなくて、そもそも出産がNGだったってコトになるわね。いや、出産以前に子作りからしてNGだったのね」

 少女が書いている相関図はほぼ完成していた。こうして一連の思考回路の回転は、結論の一歩手前まで辿り着いていた。


「もしそうだとしたら、「処女神」で「クロノス」の子供って言う事になるわよね?確か、「デメテル」には「ペルセポネ」って言う娘がいたハズだから、「処女神」ではあり得ないわ」

 少女が作っていた相関図は完成した。ペンを置く前に少女は「ヘスティア」と書かれた文字に丸を付けていた。


「そうなると、消去法で残った最後の1人は「ヘスティア」になるわね。そうしたら、アタシの母様は「ヘスティア」なのかしら?」
「アタシの母様が、「ヘスティア」かぁ。母様が女神で父様が魔王。うん、全く以って可笑しいわね。なにこれ?アタシの存在自体がチートじゃない!」
「あははは。よくよく考えると笑っちゃうわね。でもなんとなくだけど、これまでのコト、合点がいったわ。なんでヒト種のアタシの中に大量のオドがあるのかも、そう考えると納得だもの」

 少女は書き上げた紙を見上げ、そのままベッドに仰向けに寝転がり自問自答していた。そして少女の自問自答が終着点に着いた頃、少女は微睡まどろみに引きられていった。



こんこん

 部屋の中にあったロウソクの灯りは既に消え、部屋は暗くなっていた。
 寝ていた少女はノックの音に因って起こされ、「はーい」と寝呆けながらも返事をしたのだ。

 しかし少女のその返事に部屋の外からは反応が全く返って来なかった。
 少女は少しだけ気味悪く思ったが、暗いながらもかすかに見える扉の取っ手に手を掛けた瞬間、アテナの声がよぎっていった。


「自分から扉を開けてはいけない」


 少女はその言葉をすんでのところで思い出し、手を掛けた取っ手から手を離し、その場から離れていった。暗くて様子は窺えないが、おそらく顔は青褪めていたコトだろう。
 こうして危機を脱した少女は、自分の身体を抱き締めるとベッドの中で布団にくるまり、枕で耳を塞いで震えていたのだった。



「ふわあぁぁぁぁぁぁぁああ。結局、あれからちゃんと寝れなかったから流石に眠いわね」
「でも、あの時、扉を開けなくて本当に良かったわ。ほっ。アタシはちゃんと貞操を守る女だもの!見ず知らずの人に襲われてなるモンですかッ!ふんすっ」

 少女は朝になるまでベッドの中で布団にくるまり耳を塞いでいた。

 途中で少しばかり微睡まどろみに堕ちてはいたが、気付いた時には窓から光が射し込んでいたのだった。そして、今に至る。
 少女は余りの眠気にベッドに再び入ろうかとも思ったがベルを手に取り鳴らしていった。


 部屋の中に黙って入って来た使いの者に少女は、「コーヒーってあるかしら?」と紡ぐ。

 すると、使いの者は直ぐに熱いコーヒーをカップに淹れて持って来たのだった。

 更にはそれに続いてパンとミルクを持った使いの者もやって来て、机の上に置いていった。


っつ。でも、眠気覚ましには丁度良いわね」
「パンも歯ごたえが良好で味気ないけど、まぁ贅沢は言ってられないわね」
「ところで、言った途端に持って来てくれた、このコーヒーって、どうやって淹れているのかしら?」

 少女はまだ寝呆けている頭に、自問自答して頭の回転を促していたが、流石に寝不足で思うように頭は回らない様子だ。


「食べ終わったらやっぱり、少し眠ろうかしら?」



 少女は眠っていた。そして、夢を見ていた。どんな夢だったかは、覚えていない。

 朧気おぼろげな記憶の中を揺蕩たゆたうような、はかなげな夢を見ていた気がしなくもない。ただ、少しばかりの眠りの中で少女は幻想を見させられ、それは少女の目覚めと共に散っていったというだけの話し。



「あ、起きたようだな」

「あれ?アテナ…さん?」

 声を掛けて来たのはアテナだった。
 少女は目覚めると部屋の椅子に腰掛けているアテナと目が合い、目が合ったアテナは言の葉を紡いだのだ。


「その様子だと、昨夜はよく寝れなかったみたいだな?」

「えぇ、誰かに起こされたのよ」

「自分からは扉を開けなかったか?」

こくんっ

「それならば良かった」

「あ、それ!あれ?アタシ机に置いといたっけ?」

「あぁ、これはさっき寝顔を見にいった時に拾ったのだ。それよりも、貴女の母親が誰なのか結論に至ったようだな?」

「えっ?寝顔?アタシの寝顔見たの?!」

「あぁ、なかなか起きないのでなイタズラでもしようかと思ったのだがな、あまりにも可愛らしい寝顔だったから眺めていただけだ」

「っ!? ///」

「でもまぁ、だがな、その方で間違いは無いのだが、だな」

 アテナはまるで禅問答ぜんもんどうのような言の葉を紡いでいた。
 少女はその言の葉を真摯に受け取ると「名前が違ったのかな?」と心の中で呟いていた。



「さて、叔母上と話しをして来たが、今、その話をしてもいいか?」

「えぇ、お願いするわ」

「叔母上は明日、ここに来てくれる事になった。どうやらそれが最短らしくてな、貴女には申し訳ないと話していた」

「明日なんだ。うん、分かったわ、ありがとう」

「だから、それまでは自分から扉を開けてくれるなよ?」

「叔母上から顰蹙ひんしゅくを買われたら大惨事になり兼ねんからな」

 アテナが紡ぐ言の葉に対して、少女は激しく同意して頷いていた。そんな少女を見て、アテナは無邪気な笑顔でわらった。
 やはりその笑顔は花も恥じらう程の笑みで少女も少しだけ頬を赤らめた程だった。


「ところでアテナさん、昨夜ノックしたのって、やっぱり?」

「あぁ、恐らくあのヘンタ…いや、ウチの父の可能性しかないだろうな」

「あはは、やっぱりそうなんだ?えっと、それって何とかならないかしら?変な時間に起こされるから、もの凄く眠いのよ。明日、叔母が来た時に寝てても悪いし、寝呆けてても失礼でしょ?」

「うぅむ。まぁ、それも一理あるな。よしっ!何とかしてみよう。だが、相手があのヘンタ…いや、相手だから、何ともならないかもしれんぞ?」
「ウチの使いの者達くらいじゃ、相手にならんのは明白だしな」

 少女は対処をしてもらえる事が「無いよりはマシかも」と考え、「お願いします」と返していた。



 その日の夜、少女は早めに寝る事にした。だから燭台しょくだいの火を消すと早めにベッドへと潜り込んでいった。
 少女は緊張の余りに寝れないかとも思っていたが、予想に反して直ぐに眠りに堕ちていく事が出来た。


 そして真夜中、1つの影が少女の部屋の前まで来て、またもや懲りずにノックをしていた。だが、今回は何度ノックをしても中からの反応は一切無く、影は泣く泣く少女の部屋の前から去って行ったのだった。
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