年下王子と口うるさい花嫁

いとう壱

文字の大きさ
22 / 68

第20話 内助の功は「毛」を呼ぶ

しおりを挟む
 ローゼン公爵が講義の終わりで切り出したのは、クリストフがお詫びの訪問をした淑女会のメンバー、ブレンドル伯爵夫人のことだった。


「殿下、ブレンドル伯爵夫人が魔道具について殿下のお力を借りたいとのことです」


 何故か自慢顔で話すローゼン公爵に、一緒に淑女会に参加し始めたエレナが事情を説明してくれた。何でもローゼン公爵はクリストフの理解を得たとばかりに魔道具製作やクリストフの目標について淑女会の女性達にさらに広めているらしい。

 市井の人々のために魔道具を製作している。生活に密着した魔道具も作ることができる。自領でお困り事はありませんか、と営業して回っているとのことだ。

 ローゼン公爵は言った。


「内助の功です」


 クリストフが耳慣れない言葉に首を傾げると「妻が夫の仕事や業績などを陰から支えること」を指すと簡単に説明してくれた。要はクリストフの魔道具製作について貴族の間に広め、協力者を増やそうとの思惑らしい。それに、平民の生活に理解のある貴族がこの話を聞けば、領地の平民達に役に立つ魔道具の製作依頼もくるかもしれない


「ブレンドル伯爵夫人は不正を摘発した例の孤児院をより良い場所にするために再建中とのこと。きっとその件のご相談に違いありません」


 孤児院の厳しい運営状況のことならクリストフも知っている。継続的に支援してくれる貴族もいるが決して多くはない。クリストフの母やクリストフが雑務を手伝っていた孤児院でも食べる物や着る物は常に不足し、職に就くために勉強させたいがそれもままならなかった。そうして貧しさが引き継がれていってしまう状態だったのだ。

 クリストフが何をできるか考えている横で、ローゼン公爵はやる気満々だった。王宮の補佐官から王都の孤児に関する調査の資料を持ってこさせたり、ローゼン公爵の領地での改善例を整理して文書にまとめたり、すぐに製作に必要な物を手配できるよう、王宮やローゼン公爵家に出入りしているシモーナ商会のウーゴに当日同席するよう言いつけたり、大きな魔道具が必要となった場合にその試作品を置く場所を確保すべく、魔法・魔術研究所のファン・ハウゼン所長に相談までしていた。

 クリストフはといえば、何を準備すれば良いのか分からなかったので、とにかく研究所での授業や実習をこなし魔法陣や魔石に関する書物を読み漁った。たくさんの魔法陣を知っていれば作ることができる魔道具の幅も広がるというものだ。

 クリストフの侍女エレナとローゼン公爵の侍従アルベルトの姉イルザは、当日に向けてお茶とお菓子の準備をした。エレナは迷わずに王都のとある店のお菓子を取り寄せる手配をした。曰く、ブレンドル伯爵夫人が気に入ってくれるだろうとのこと。

 最近のエレナはやけに人気のお茶やらお菓子やらに詳しい。クリストフは不思議に思っていたが、イルザの話ではどうやら王宮内で友人が増えたことが理由の一つのようだ。

 侍女長が更迭されたことにより館の環境が安定し始めて給金がまともに支払われるようになったエレナは、実家への仕送り以外に残ったお金で今までよりほんの少し多く大好きな恋愛小説を読むようになったらしい。そして、その恋愛小説を通じて王宮の侍女やメイド達との交流が生まれたという。

 苛めていた先輩侍女達がいなくなったこともあり交友関係は順調に広がって、今では王宮内で働く女性達の多くとかなり仲良くなることができたようだ。友人達との何気ない会話や、淑女会で耳にした情報のお陰でエレナは情報通になっていた。

 個人の噂などを口にすることはないが、お茶やお菓子、アクセサリーやドレス、話題の作家や劇場の演目、人気の令息や流行りの恋愛傾向、そして流行語や新しいマナーなど。何が流行って何が廃れ、新しいタブーは何になったのか。最新の話題を仕入れては、クリストフの役に立てばと考えてくれているとのこと。

 二人でこの館に追いやられて暮らしていたころを思い出し、エレナの環境の変化にクリストフはほっとしたのだった。






 さて、それから一週間後、ブレンドル伯爵夫人が夫を伴って白花はくかの館へ訪れた。

 形の良い帽子をかぶった品の良さそうな男が夫のブレンドル伯爵だと夫人から紹介された。通った鼻筋、きりりとした眉、翡翠の瞳、形の良い唇。伯爵はローゼン公爵より少し年下だとのことだが、若さ隆盛の時期を過ぎてもなお、いわゆる美男子といえた。

 しかし、ローゼン公爵がにこやかに夫妻を迎え入れたものの、何故か伯爵は視線を落としたまま帽子も取らない。これは無礼だとさすがのクリストフでも首を傾げた。事情があると察したローゼン公爵は、何も言わずに二人を勉強部屋のテラスへと案内した。

 エレナとイルザがお茶とお菓子を持ってきてテーブルに並べる。夫人はそれを見てにっこり微笑んだ。美味しい紅茶で気持ちがほぐれたところで、夫人は神妙な顔をして話を切り出した。


「……ご相談というのは、実はうちの主人のことなんです」


 ローゼン公爵とクリストフは顔を見合わせた。予想していた孤児院の話ではなかったのか。伯爵は肩を落とし俯いてしまっている。


「殿下がお作りになったという、ベルモント公爵閣下を模した魔道具を拝見いたしました」

「ええっ?」


 夫人はとんでもないことを言い出した。クリストフは驚いて思わず声を上げた。今振り返れば、あれは魔道具とも呼べない代物だ。傍らのローゼン公爵を見ると顔を強張らせたまま固まっている。


「主人は社交界でも名高い美丈夫で通っていたのですが……」


 夫人がちらと夫である伯爵を見た。伯爵は観念したように帽子を脱いだ。クリストフは目を見開いた。そこには何もなかった。一本も、なかったのだ。


「以前摘発した孤児院の不正……あの件で恨みを買ってしまったのです。院長だった男が主人を毒殺しようと使用人を買収し、外遊中だった主人のワインの中に毒が。一命は取り留めましたが……」


 夫人は伯爵の光る頭部を切なげに見た。


「殿下と閣下の前で帽子も取らぬご無礼! 誠に申し訳ございません!」


 伯爵は苦しげな表情で頭を下げた。


「妻が行った正義を、よもや後悔などはするはずもない! だが……だがっ……!!」


 膝の上で握り締めた拳が震えている。


「だがこれはっ! こんなことなら、いっそ全てなくなってくれればっ!!」


 クリストフは伯爵のもみあげを見た。ふさふさとした栗毛が耳の脇で踊っている。アルベルトが不謹慎にも震えているのが見えた。ウーゴはこちらに背を向けている。無礼だ。エレナは眉を下げて泣きそうな顔をしている。イルザは沈痛な面持ちで立っている。そしてローゼン公爵は……無表情になっていた。


「魔法・魔術研究所のファン・ハウゼン所長にご相談しましたところ、殿下の作った魔道具を見せてくださいました」

「余計なことを……」


 ローゼン公爵の地を這うような呟きが聞こえた。幸いなことにブレンドル伯爵夫妻には聞こえなかったようで、夫人は話し続けている。


「あのようなことが可能なのであれば、主人の憂いを取り除くような魔道具を作って頂けるのではないかと」

「孤児達には立派な大人としての姿を見せなければなりません。このままでは、もみあげ男とのそしりを受けるやもしれず……。それはひいては孤児達への嘲りを招くことにも繋がるでしょう」


 毒殺を企んだ者達は捕まえられたのだろうか。髪の有無よりそちらの方がはるかに重要なことではないのか。クリストフは別のことを考え始めた。


「お願いいたします! 主人の名誉回復のためにも、頭髪の回復を!」

「女神様のお慈悲を我等に!」


 貴族は体面を重んじる。ローゼン公爵から聞いたことがある話だ。素晴らしい慈善活動をしている貴族でも、その気質から逃れることはできなかったらしい。クリストフには女神の慈悲と毛の繋がりはよく分からなかった。


「顔を上げて下さい。お気持ちは良く分かりました。手を尽くしましょう」


 頭を下げた夫妻を見て、ローゼン公爵は大きく息を吐いた。


「ただ、お二方はお分かりのはずだ。頭髪によって人を嘲笑うことも、美醜を決めつけることも愚かなことです。ご存知の通り、第二十五代国王アーデルベルト陛下の時代においては、頭髪のない男性の方がより男らしいと女性に好まれました。救国の英雄である王弟ジークムント殿下が黒竜との決死の戦いの際、黒い炎で頭髪を焼かれてしまったためです。頭髪がないことはそのことから考えれば、勲章であることも同然なのです」


 夫妻は神妙な顔で頷いた。


「伯爵のこのお姿も、わば名誉の負傷。ブレンドル伯爵夫人におかれましては、どのようにご覧になられていますか」

「もちろん、我が夫はわたくしの誇りです。このお姿もわたくしにとってみれば可愛らしいもの。ですが、わたくしのやったことが夫を苦しめたかと思うと……」

「何を言う。君のような正義の女性が妻であることが私の誇りだ」


 夫妻は互いの手を取り見つめ合った。クリストフは急に座り心地が悪くなってきたように感じ、落ち着かなげに膝を揺らした。エレナは感動のあまり泣き出した。イルザが沈痛な面持ちを崩さぬまま器用にアルベルトの足を踏み、エレナを慰めるよう促している。

 だが、ローゼン公爵の表情は消え去ったまま戻らない。夫婦の愛などまるでこの世に存在しないかのようだ。クリストフの右膝を左手で掴んで揺れを止め、無情な視線を未来の夫へと向けた。目の前の愛の劇場とこちらを見下ろす冷徹な瞳に挟まれて、クリストフはどうしたら良いのか分からなくなり、眉尻を下げてローゼン公爵を見上げた。


「まぁ……」


 ローゼン公爵の左眉がいつものとおり持ち上がり、その目がクリストフを見つめたあと、凍てついた表情が僅かに和らいでため息と共に言葉が吐き出された。


「現在は、先々代国王リーンハルト陛下のご令妹エルメティーナ殿下のお子であるハラルト様の美貌から影響を受け、第二王子殿下の様な髪の長い男性が好まれるようになったことは事実。伯爵のお気持ちも痛いほど分かります。結局は時代の流れの一つ、流行り廃りのようなものだとは思いますが。何か策を考えましょう」


 流行り廃り……クリストフは伯爵の帽子を見てふと思いついた。


「じゃあ、流行ればいいんだよね」

「と、仰いますと」


 ローゼン公爵は怪訝な顔でクリストフを見た。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

神様は僕に笑ってくれない

一片澪
BL
――高宮 恭一は手料理が食べられない。 それは、幸せだった頃の記憶と直結するからだ。 過去のトラウマから地元を切り捨て、一人で暮らしていた恭一はある日体調を崩し道端でしゃがみ込んだ所を喫茶店のオーナー李壱に助けられる。 その事をきっかけに二人は知り合い、李壱の持つ独特の空気感に恭一はゆっくりと自覚無く惹かれ優しく癒されていく。 初期愛情度は見せていないだけで攻め→→→(←?)受けです。 ※元外資系エリート現喫茶店オーナーの口調だけオネェ攻め×過去のトラウマから手料理が食べられなくなったちょっと卑屈な受けの恋から愛になるお話。 ※最初だけシリアスぶっていますが必ずハッピーエンドになります。 ※基本的に穏やかな流れでゆっくりと進む平和なお話です。

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

撫子の華が咲く

茉莉花 香乃
BL
時は平安、とあるお屋敷で高貴な姫様に仕えていた。姫様は身分は高くとも生活は苦しかった ある日、しばらく援助もしてくれなかった姫様の父君が屋敷に来いと言う。嫌がった姫様の代わりに父君の屋敷に行くことになってしまった…… 他サイトにも公開しています

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

処理中です...