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第三話 死闘 後編

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 何とか倒せた。前に独りで戦った時は手傷も負わせられなかったから大きな躍進だろう。
 でも。

「こんな……に、ボロボロになっ……ちまったら、意味、なんかね……な……」

 ゴホゴホと咳き込み再び蹲る。血が気管に入ったようだ。
 咳をする度至る所が痛む。何よりも頬が。堪らず起き上がり四つん這いになる。

 と、その時ベロンと何かが垂れ下がるのを感じた。手に持つと柔らかな感触。

 マジか……

 頬が剥がれたらしい。いっそ落ちてくれればいいのに皮一枚で繋がっているのかぶら下がっている状態だ。
 そんで激痛で思わず顔を顰める。

 あーあ、マジで何やってんだ俺……
 リカールなんて場所によってはワラワラ出てくる雑魚だ。なのにこんな手こずっちまって。
 死にかけもいい所だクソッたれ。

 結局頬肉はナイフで切り落とした。手当のしようがない。
 もう撤退しないといけないだろう。血が足りなくなってきたのか足も重いし頭もぼんやりとしてきた。
 誰か助けてくれよと叫びたい所だが、ドラゴンの巣窟に挑むような奇特なパーティーなど存在しない。そう、あいつらぐらいなものだったろう。

 まずは荷袋を探し、リカールに刺さった斧や散らばった斧を回収していく。今の俺にとっては貴重な財産だ。一本も無駄に出来ない。
 だが半分ほど入れた所で力が無くなりしゃがみ込む。
 気力が湧かない。早く寝たい。

 何でこの世界にはポーションとか無いんだよ。魔法もあるしステータスもある、こんなゲームみたいな世界なのに。
 ……とりあえずもう少し体力が回復するまで休憩する事にしよう。

 荷袋を漁り、水晶のような石板を取り出す。丁度スマートフォンぐらいの大きさの石板で、冒険者の間では”ステ板”の愛称で通っている簡易ステータス計測器だ。
 グローブを外した掌に乗せて血を垂らすと、石板に青い文字が浮かび上がる。

 えーっと、HPは……まじか、200切ってる。これはヤバいな。失血してるからどんどん減少してる。帰りまで保つか……?
 攻撃力……3上昇、防御力は4上昇。っても、一万ちょっとある内の一桁だ。マジで微々たるもの。
 俊敏はギリギリで回避してたから10上がったか……でも、これマズいな。疲労と失血でデバフが掛かってるから三分の一以下の数値だ。

 青い数字は基本ステータス、その右に表示されるのは現状のステータスだ。右側はどれも真っ赤になっており、酷いデバフとダメージを負っているのを物語っていた。

 あんな激闘を繰り広げて死にかけて、手にした戦果がこれだけだ。
 多少格上の魔物を倒したぐらいでは、やはり俺は成長できないらしい。
 でも、今のリカール以上の相手を倒せる自信は無い。
 毎回毎回死にかけてちょっとずつちょっとずつ積み重ねろという事か。一体Bランクになるまでに何年掛かる。

 久しぶりのステータスアップに喜びたい所だが、先程までの死闘を思い出すと絶望的な気分になる。
 甘めに見て、十回やって三回勝てればいい方だ。今回は何とか、その中の三回を引き寄せたに過ぎない。次にやったら多分死ぬ。
 それなのにこの成長率では、百体倒してもあまり大きな実感は湧かないだろう。
 アレクセイ達なら……今のリカールを倒しただけでも数百はステータスが上がっていた筈だ。ライアン辺りなら拳一つで倒せる程の格下なのに。

 こんなクソスキル、要らなかった。苦しいだけだ。
 階段を十段飛ばしで成長していく仲間と、一段登る事すら途方もない労力が必要な俺。その差を思い知らされる度に苦しくなった。
 ソロになった今ならば、そんな思いもしなくて済むと思っていたが、より一層過酷さが増している。

 ステ板を雑に荷袋に突っ込み、膝を抱えて俯く。今はどんな動作をしていても痛みが走るが、心臓に突き刺さるようなこの痛みもまた、耐え難い程に辛いものだった。



 こんな場所で感傷に浸りながら休息していた事が間違いだった。ここはダンジョン、上も下も右も左も敵だらけの場所だ。それなのに油断していた。
 巨体が這い寄る足音に、目前になるまで気が付かなかったなんて。


 咆哮。
 それもリカールのものとは比べ物にならない大きさだ。
 鼓膜が破れそうになる程震える。

 そしてその声は、聞き知ったものだ。

 ……ドラコア。

 まずい、しくじった。てかここはまだ浅層なのに何でドラコアがうろついてんだ!? こいつの棲み処は中層だろ!?

 目測にして二十メートル程。
 ドラコアが動き回るにはやや狭い通路だが、奴が居た。
 それも。

「あいつじゃねーか……」
 頬や肺が痛むのも押して呟いていた。

 特徴的な青い分厚い鱗の鎧はそのままだが、背中の至る所にへこんだ傷がある。それと動きが妙だと思っていたが右の前脚が無い。
 聞いた話だと”覚醒”を使ったアレクセイが逃げる際に斬り落としたようだ。
 そして左目だけが爛々と輝いており、もう片方には光が無い。ファルコが射潰した右目の跡には、痛々しい傷を残している。

 間違いない。このドラコアは、あの時と同じ個体だろう。

 漫画や小説の主人公なら、ここでリターンマッチと洒落こむのだろう。そしてボロボロになりながらも何とか勝利を収め、自分の成長の糧にする。
 そんなヒロイックなシーンを連想させる。

 だが、無理だ。
 HPが削られ過ぎている。ステータスのデバフも酷い。マジで立っているのも億劫な程だ。
 それにドラコアは個人等級でA以上が討伐指標。
 つまりは万全な状態の俺でも全く歯が立たないという事だ。

 だから、ここは。
 逃げ……
「……る訳にはいかねえよなあ!」

 頬に固まった血がバリバリと剥がれ落ち、再び鮮血が滴る。
 ここで怖気づいても仕方ない。何故なら奴が本気になったら、全力で走っても逃げられないからだ。

 だから俺が生き残る為の選択肢としては、
 1.ドラコアを殺す。
 2.ドラコアを追い返す。
 3.何かしらの隙を作り逃げる。
 この三択になる。
 その全てが、戦闘する必要がある選択肢だ。

 回収した斧は六本、他の四本は破損してるか見つからなかった。
 リカール相手には上手くいったものの、全身を鎧で覆うドラコアにどこまで通用するかは分からない。だが、俺の持てるカードはこれしか無い。

 荷袋から六本の手斧を取り出し放り投げる。
 岩と金属が当たる派手な音を鳴らし、次々と散っていく。
 位置は覚えた。だが相手は巨体のドラコア。蹴られる踏まれるは承知の上だ。

 俺の多数の斧を使った新戦術。それは決定力と手数が圧倒的に足りていない、という弱点を補う為編み出したものだった。
 まず、本当は剣を使いたかった。それか槍を。だが俺の攻撃力で扱うには火力が足りない。
 なのでダサいもののわりと高威力が出る手斧を選択したのだ。

 結構理に適っているもので、剣や槍は切れ味を落とすと途端に攻撃力が下がる。”達人スキル”を持つ連中は切れ味を落とさずに戦闘できるが俺には無い。
 ドラコアのような硬い鱗や体表を持っている相手に俺が斬りかかっても、一発弾かれただけで刃が鈍らになってアウトだ。

 それに対し斧はそれ程切れ味に拘らなくても、斬撃以外に打撃のダメージが入る。
 適当に振り回しているだけでそこそこダメージが稼げる手斧は、今のスタイルに合っていた。
 元々練習していた投擲も斧に集中して鍛えた。元は……あいつらのサポートにと考えて練習していた事だ。


 さあ準備は整った。どうするトカゲ野郎。
 今は手ぶら。両手に着けた小盾だけしか無い。だがそれでいい。下手に攻撃の手が頭にあるより、全力で回避して隙を窺う。それが俺の新スタイルの核だ。

 周囲に落とされた斧を見ていたドラコアが、こちらに向き直る。
 そして溜めの動作の後、岩や土を撒き散らしながら突進してくる。

 馬鹿正直に正面! 小細工も何も無いな!

 だが、速い。一掻きするだけで三メートルは進み、即座に眼前に迫る。
 左方向への横っ飛びで回避。ドラコアの右脚が欠損しているからだ。
 そして斧を拾う。まずは投げ……

 頭に衝撃。
 首に負荷。
 飛んだ。



 俺、死んだ?

 宙を舞う中、ドラコアの隻眼だけが強く脳裏に焼き付いた。
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