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第八話 ソフィーと危機と 中編

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「せい!」
 ソフィーの鋭い突きを、間一髪で身を捩り躱す”ラウム”。大型犬程の大きさがある鼠とミミズを合わせたような気色の悪い魔物だ。
 短い手足に長いミミズに似た胴体。その両端もまたミミズに似た太いパイプのような見た目であり、尾なのか首なのか前後の区別が付かない化け物だ。

 躱した胴を槍に絡ませようと身を捩じるラウム。柔らかそうな見た目と裏腹に、薄い鋼のようになった胴で受け、手にしている武器を巻き落とすのが基本戦術だ。

 ガチリと金属同士が噛む音が聞こえ、引き抜こうと力を込めるソフィー。そのスキに長い尾を叩きつけようとしならせ振り下ろす。
 間を割るように右手の小盾を構えて入り、防ぐ。鞭は先端に行く程威力が高まり、逆に根元になる程威力は落ちる。
 難なく防ぎ、ついでに地に着いている足……脛を目掛けて踏みつけるように足を思いきり突き出す。

 木の幹を割るような音がラウムから響いた。脛の骨を蹴り砕いた感触が伝わる。
 次いでソフィーの槍の締め付けが緩み、その隙に槍を引き抜き、上空でひと回しした後に横薙ぎを胴に当ててラウムを弾き飛ばす。

 ヒュンヒュンと音を立てて槍を振り回すソフィー。何もこれは見世物や曲芸ではない。次に放つ技の溜めだ。

「しっ!」

 気合を一つ入れ、流れるように繰り出す刺突。その速度は音速を越え、破裂音と衝撃波を撒き散らしながらラウムを刺し貫いた。

「お見事」
 称賛を一つ送ると、二つの鼠のような毛むくじゃらの部分を同時に貫いた槍をぐるりと回転させて抉り、引き抜く。
 そしてすぐに飛び退る。
 黒い体液を撒き散らすラウムがバタバタと暴れ出し、周囲の草木を薙ぎ倒していく。

 生き物は死んでも動く。この世界で学んだ事の一つだった。
 急所を貫いたと思っても、首を切り落としたと思っても、神経だとか魔力だとかの働きで最後の最後まで動く。しかもリミッターが外れた筋力で繰り出すわけなので、巻き込まれたら大怪我か相討ちになりかねないのだ。

 だから、仕留めたと思った瞬間にはすぐに退避するように教えていた。特に槍や弓のようなピンポイントに貫く得物で仕留めた場合は特に。

 ひとしきり暴れ回るラウムだが、徐々にその動きも激しさが失われていく。
 最後には震えるような反応を残して、動かなくなった。

「なかなか厄介ですね、この魔物は」
「リーチが長いのと前後が無いからな。どっちも首でどっちも尾だから」
 このラウムという魔物の脳は二つある。それも頭部には無く、俺達で言う胸と腰の位置にあるようだ。なのでどちらかを潰しても構わず動くし、胴体を両断しても無意味なのだ。

「先に倒し方を教わっていて良かったです」
「俺としては二人で攻撃して……って思ってたんだけどな。まさか一発で串刺しにするなんて思ってなかった」
 苦笑いしながらソフィーを見ると、俯いて顔を背けてしまった。
「す、すみません……」
 小さく謝ると槍を抱くようにして抱え込む。

「腕前が上がってる証拠だから気にしてないよ。筋肉バカは両手で殴って仕留めたりしたし」
「て、手ですか?」
「ああ。グーパンで貫通するんだぜ。頭おかしいよな」
「は、はあ……」

 筋肉バカ……ライアンの事を思い出す。槍を絡め取られてしまい、攻撃手段を失ったあいつは、あろう事か盾を放り投げてぶん殴りに行ったのだ。それから水袋が弾けるような音がしたと思ったら、両腕で殴って貫通させて仕留めていた。

「そんで腕で貫いたままさっきみたいに暴れるラウムをぶら下げて近寄ってきてな、キモいのなんのって。デイジーは涙目になるしファルコはドン引きだったし、最後はフィオーラがライアンごと燃やしてたっけ」
「ず、随分破天荒な思い出ですね……」
「こんな話ならいくらでもあるよ……まあ、もう関係無いけどな」
 開いた記憶の引き出しの中身を見て懐かしい気分になっていたが、あの日を思い出してすぐに閉じた。別れ際のあいつらの言葉、表情、決して忘れはしない。

「さて、行くか。こいつは見ての通りあまりいい部位が無いから放置だ。どこかの魔物が食うから大丈夫」
「はい……」
 ソフィーは返事をした後何か口を動かしていたが、すぐに俯き歩き始める。


 ――――――――


 十メートル程の崖下を大量のバルフーロの群れが闊歩している。木立ちに身を寄せて隠れながらやり過ごすつもりだったが、運が悪く奴らは行進を止めてしまった。

 小さく舌打ちし、様子を伺い続ける。

「幸いあいつらはそこまで嗅覚や音には優れていないから、多分バレないとは思うけど」
「休んでるのもいますね。しばらく動くつもりが無いのでしょうか……」
「多分ここが寝床なんだろう。でもあんな群れ形成してるのなんて初めて見た」

 大雑把に見積もっても三十体は居るように見える。更に木々に隠れて見えていないものも多い。そうなると百や二百では済まない数かもしれない。

「普通、あんな数の魔物が集まったら共食いでも始めるんだけどな。精々群れを作っても五体やそこらなのに」
「なんだか、森に入った時に見た個体とは色や形状が違うように見えますが……」
 ソフィーの指摘に一体をよくよく観察してみると、確かに若干色見が灰がかっているようにも見える。
「外殻一面当たりの棘の数が一・二本多いです。誤差かとは思いますけど」
「よく気付くな」
 単純にその洞察力に驚く。何度か見ている俺でも気づかなかったのに。

「ここらの個体じゃないって事だな……”渡り”の連中かもしれない」
「渡り、ですか?」
「定住せずに移動するタイプだ。あんまりこっちの方には来た事ないらしいけど。未開拓地域の奥からから来たのかもな」
「……危険ではありませんか? もし街の方に行くとしたら……」
 眉を潜め心配そうに可能性を告げるソフィーだが、笑って返す。

「その時はお祭りだよ。アリエスギルドの冒険者総出のな。『臨時収入だ』ってアンナさん辺りは大喜びするかもしれない」
「はあ……」
 理解ができない、といった表情を浮かべて心配そうな視線をバルフーロに戻す。

「とりあえず、今をどうするかですね……」
 同感だった。あの群れをたった二人で相手取るのは不可能だ。
「太陽の方角から見ても、日の入りまでに帰るのは無理そうですね」
「そもそもあいつらが動かないとこのまま夜を過ごす事になりかねないぞ」
「こ、困りますそれは……」
 眼下で犇めく魔物の群れ。見ているだけでうんざりしてくる。

 運良く他の冒険者でも来てくれれば隙が出来るかもしれないが、ソフィーが時間を気にしたようにこのエリアに冒険者が来る可能性は低い。日を跨ぐクエストや探索にでも出ていない限り、帰路に就いている時間帯だ。
 となるとどうするべきだろうか。現在地は森林の入り口からは一時間程度の距離だ。今いる小さな丘のように、高低差十メートル未満の起伏がいくつかある地形であり、バルフーロの群れは低地を埋め尽くすように展開している。

 つまり、ここから降りた瞬間いずれかの個体や群れに見つかり、逃走経路の確保もままならない状況だ。
 やはりここで夜を過ごすしかないか。あれだけの数のバルフーロが居るならば、他の魔物に襲われる心配も少ないだろうし……

 ぼんやりと眺めながら思案を巡らせている時、やや強めな力で肩を叩かれる。
「あの……イクヤ様、何体か上がってきてますよ」
 振り向いているソフィーが指差す先、四体ほどのバルフーロが他の群れに押し出されるような形で丘を登ろうとしているのが見えた。

「……なんでここに来るかなあ!」
 苛立ち混じりに吐き捨てつつ、荷物を手早くまとめ始める。同時に辺りの地形を思い浮かべ、選択肢を絞っていく。
「正面突破は無理だ。本気で追いかけられたら持久力の差で追いつかれる。ここから西に真っ直ぐ走れ。崖になっている谷があって、その下は川が流れてる」
 俺の言葉にソフィーはこくりと頷く。
「あの数だ。お互い連携してとか足並揃えてとか考えなくていい。ソフィーさんは俺より速いから先に行け。川に飛び込むときは荷袋を抱えて飛び込め。浮袋の代わりになる」
「はい」
 荷物をまとめ終えて目を向けると、ソフィーは俺の顔を正面から見ていた。緊張で強張っている表情を浮かべている。
 こういう時、どうするべきか。無意識にアレクセイの顔が思い浮かぶ。

「……大丈夫。こんなの冒険者をやってればよくあるピンチだ、絶望する程じゃない。俺達なら乗り切れるさ。何も考えず真っ直ぐ走れ、遮られたら一撃与えてそのまま離脱だ。倒すより簡単だろ?」
「確かに、戦闘に比べたらまだ……」
「ソフィーさんの速さと腕なら問題ない。川に落ちたらどこかの岸辺に上がるんだ。気絶しないように衝撃には気を付けろよ。今言った事反芻しながら走るんだ」
 そう言いながら右手の拳を出すと、束の間の逡巡があった後にコツリと拳が合わされる。

「ここからはお互い無視で行こう。余計な事は考えず走れ」
「はい」
 上手く鼓舞できただろうか。笑えただろうか。不安を拭えただろうか。
 アレクみたいに、根拠の無い馬鹿みたいな希望を与える事ができただろうか。

 眼下のバルフーロの数を見るに、討伐等級で言えばA級並み。てか無理だろ、死ぬだろこれ。
 ただ、こいつらを討伐するとか、食い止める必要はないのが救いだ。川までの距離は恐らく五百メートルかそこらだと思う。その間、群れの中を駆け抜けるだけでいい。
 ……まあ、川に落ちた後からも問題だけど。

 半ば自棄気味に苦笑いを浮かべながら立ち上がる。それに倣い、ソフィーも。

「また後で」
「はい、必ず」

 短く交わした言葉。それを合図に丘から飛び降り、小汚い灰色の棘の群れへと踊り込んだ。
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