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第十話 エミリーの弱点克服計画 前編

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 早朝のギルド会館。日が昇る少し前の時間で、山並みの向こうがうっすらと明るくなり始めている頃。
 既に気の早い者達が集まっており、会館の中は賑わっていた。

「おはようございますっ」
 いつもの声がすぐ後ろから聞こえてきたので振り返ると、ほとんど毎日顔を合わせている三人の姿があった。

「おはよう。丁度来た所か」
「はいっ」
 元気の良い返事をするニアの背には大盾が背負われている。眠そうに欠伸をかくエミリーは豪奢な意匠のロッドを抱えており、ソフィーは今日は槍ではなく、二本の剣を提げている。

「さて、じゃあ行くか。今日はどんなクエスト狙ってるんだ?」
「今日はですねー、大物を狙ってみたいんですけど」
 そんな事を話しつつ、依頼板を取り合う喧噪の中へと歩を進める。


――――――――


 ”ルザーダ”の翼が起こす風圧でまともに目を開く事すらできなかった。
 翳した右手の小盾に石粒や砂埃が激しくぶつかる音が聞こえる。

 巨大な彩色の怪鳥、ルザーダは体勢を変え、こちらに急降下してくる。
 風が納まるよりも速い。まともに動けない所にルザーダの突撃槍のような嘴が迫る。

「でえいっ!」
 間に割って入るニア。
 その小さな背丈を覆う程の大きな盾を片手で操り、ルザーダの突撃を防ぐ。が。
「んぐっ」
 流石に大質量の突撃、ライアンのように不動とはいかず、軌道を逸らすも弾かれてしまった。

 そこに滑り込むように現れる影。
 二振りの鋼が舞う。
 回り、踊り、それでいて鋭く、竜巻のようにルザーダの身体を切り刻んでいく。
 堪らずルザーダは鳴き声を上げ、大きく翼をはためかせて空中へと逃れる。

「ニア、ソフィー、ナイスだ」
「まだまだですっ」
「うちも全然。一発もろてしまいましたし」
 ソフィーを見ると、右手に剣がなく左肩を押えている。

「大丈夫か」
「羽の片方だけでももらったとかな、割りに合いませんわ」
 そう言うと剣を右手に持ち替え正眼に構える。
 若干キレ気味らしく、雰囲気が怖い。

「エミリー!」
「分かってるわよ!」
 既に詠唱している声が聞こえていたので呼びかけると、苛立たし気な返事と共に治癒魔法が飛んでくる。
 ……が、何故かソフィーに反応が起きない。
 普通治癒魔法を受けた瞬間、身体が薄緑の光に包まれるのだが。

「……あ」
 とエミリーの、明らかにやらかしてしまった時の声に釣られて見上げると、空中でこちらの様子を見ていたルザーダに薄緑の光が宿る。

「何しとんのエミリーちゃん!」
「う、うっさい! 怪力女!」
「きますよっ!」

 何故か自分を襲撃してきた相手に治療してもらえるという謎の事態に戸惑う事も無く、ルザーダは再びの急降下突撃を仕掛けてくる。
 ああいう思い切りの良さだけは魔物を見習いたいものだ。

 再びニアが大盾を持って立ち塞がる。
 ルザーダの破城槌の如き一撃を受けられるか……と思った所で急停止したルザーダは体勢を起こし、鋭く巨大な鉤爪の付いた三本の足を向けて蹴りを繰り出してきた。

 一撃は防いだものの羽ばたく風圧と二撃目、三撃目と受ける度に衝撃に耐え切れず、ニアは吹き飛ばされる。
 その間に俺とソフィーは左右から周りこむように走り出しており、足の速いソフィーが背を狙い跳躍する。

 空中で前宙しながら、渾身の力を込めた一撃。剣身に風を、空気を斬り、大気が歪む。
 ルザーダは間一髪で気が付き回避行動をするも間に合わず、三本の足の内の一本と長い尾羽を切り裂かれる。

 痛みからか、怒りからか、甲高い鳴き声を上げ再び空中に逃げようとするルザーダ。
 すかさず俺は手にした二本の斧を投擲する。二本とも右翼の根本に命中し、バランスを失って錐もみながら墜落していく。半端に羽ばたくので垂直には落下せず、軌道が不安定だ。

「あ」
「まず……!」
 誰ともなく呟き焦る。
 逸れた軌道の先に居たのは、怯えた表情でルザーダを見上げるエリスだった。

 反射的に駆け出す。すぐに青い影が俺を追い越していく。
「逃げろエミリー!」
 叫ぶがエミリーは動かない。目を見開いて立ち尽くしている。馬鹿か!

「私が! 守るっ!」
 よく通る、幼いながらも力強い声。長剣を構えるニアがエミリーを肩で押しのけて立ちはだかる。

「はあっ!!」
 気合一閃。
 右下からの切り上げがルザーダの胴体と激突。束の間スローモーションのように押し合うが、ニアが押され始める。
 当然だ。ニアの膂力であの巨体は無理だ。すぐに押し潰される。

「ニア様!」
「ニア!」
 二人のパーティーメンバーが名前を叫ぶと、一瞬、ニアの瞳が光ったように見えた。
「はあああああ!」
 肚からの咆哮と共に更に力を込めるような動作をし、押し負けそうになっていた腕が前に進む。


「マジか……」
 思わず足を止めて見惚れてしまった。
 ニアはルザーダの巨体を両断し、剣を掲げて立っていた。

 断ち斬られたルザーダの二つの胴体は遥か後方に。
 血飛沫を浴びながらも雄々しく剣を突き上げる姿は「これぞ英雄」と思わせる。そんな立ち姿だった。

「ニア様! 無事です!?」
 いち早く駆け付けたソフィーが心配そうにニアの体に触れて調べる。
「ちょ、大丈夫だいじょ……いててててっ」
「エミリーちゃん! 早く来て!」
「うん……」

 あれ程頼もしく逞しく見えていた栗毛の少女だが、普段通りの小さな少女の振る舞いに戻り、脇や背を押えている。
 ルザーダに吹き飛ばされた時に打っていたのだろう。
 いつもは勝気なエミリーも申し訳なく思っているのか、しおらしく治癒魔法を準備している。

「よくやったニア。格上の魔物を両断はやべえけど」
「そ、そうですかねっ? いたた……」
 あの一撃。あれは技を使ったとか、火事場の馬鹿力だとかではない。ニアの持つ才能によるものだ。
 ”英雄の才能”は自身を信じ、自身が信じる者に呼応して力を引き上げる。それは腕力に限らず様々な場面で様々な能力に影響を及ぼす。所謂カリスマ性に関係し、それを担保してくれる才能、といった所だ。
 この三人の持つ絆があるからこそ発現したと言えるだろう。
 既に糸口は掴んだ。後はニア次第で使いこなせるようになる。アレクセイがそうだったように。

「ソフィーは二刀流のスタイルはどうだった?」
 ニアの次に治癒されているソフィーに問いかけると、頭を振る。
「手数は増えたけど威力が足らん。攻撃ばっかに頭いってもうて防御も受け身もできひんかったです。達人取れたら剣はもうええかも」
「そっか。慣れれば強いかもしれないけど」
「うちはやっぱ長物の方がええです。”斬る”利点も捨てがたいですけど、やっぱ槍みたいに一本で色々出来る方が合ってます。エリスちゃんありがと」
 治癒が終わり、具合を確かめるように左手を動かすソフィー。

 あの日以来、彼女は訛りを隠さず使うようになった。ついでに砕けた雰囲気になりコミュニケーションも取りやすくなった。
 ソフィーのブレーキ知らずな成長速度は、三人の中で群を抜いている。
 既に個人等級でBに到達してしまった彼女は、アリエスギルド内でも名を知られるアタッカーとなっていた。武の才能や他の戦闘系の才能に後押しされている部分はあるものの、貪欲なまでの「強くなりたい」という意思が、突き進む原動力になっているようにも見える。

 槍は”達人スキル”の域まで到達してしまったので、現在は色々な武器や組み合わせを試してより自分に合ったスタイルを探求している所だ。ついでに様々な武器での達人を狙っているらしい。
 マジで羨ましい限りだ。もう嫉妬するような域ではなく、羨望に近い。

 ニアもニアで着実に実力を上げている。個人等級でCとなり、全てのステータスで俺を上回っていた。
 盾の扱いにも慣れてきており、戦士として、タンクとして堅実な振る舞いが出来るようになっている。もう少し鍛えれば”不動スキル”など防御関連の上位スキルにも手が届くだろう。
 そしてつい先ほど見せた英雄の才の片鱗。あれは大きな切り札になる。勇者の血族でもあるので、覚醒にまで至れれば冒険者として頭一つ飛び抜けた存在になれる筈だ。

 ……問題はエミリーだった。
 急成長を見せる二人と違い、その歩みは遅い。未だに個人等級Dから抜け出せておらず、下級の治癒魔法一つしか手札も無い。
 本人の冒険者に対するやる気がどれ程なのかもイマイチ見えていない。ただ、金にだけはひと一倍がめつく、クエスト選びで相談し合っている時は大概報酬の事ばかり話しているようだ。
 一番の問題は依然直ら無いノーコン治癒魔法だった。パーティーの生命線である治癒魔法士の名折れだし、正直に言ってニアとソフィーだけで仕事しているに等しくなってきている。


「さて、ルザーダってどこが高く売れます?」
 ぼんやりとした思考の浮遊から現実に引き戻される。ニアがこちらを見上げて訊いていた。

「ああ、馬鹿貴族からすると剥製が人気なんだけどまあそれは置いておくとして。羽根がきれいだから服飾に使われることが多いな。嘴や爪は加工に向かなくて素材としては不人気だ」
「へえー」
「尾羽が特に人気があるな。ほら、赤から青になるまでグラデーションになってるだろ?」
 ソフィーが切り落とした尾羽の一つを持って見せる。

「うーん、派手過ぎて分からんわ」
「貴族様や都会の方って、こういうのが好みなんですか?」
「そう聞いてる。庶民の俺には分からん」
 三人で首を傾げていると、横から小さな手が伸びてひったくられる。

「これ、ちゃんと処理したらかなり綺麗な色合いになるわよ。肌触りも悪くないし……何年も何十年も体洗ってない魔物だろうけど、随分綺麗ね」
 確かめるように指を滑らせるエミリー。その動きにはどこか「馴れ」があるように見えた。
「エミリー、使うなら要るか?」
「遠慮しとくわ。あたし何もできなかったし、そもそもあたしじゃ無駄にしちゃうから」
 溜め息交じりに突き返してきたので受け取る。

「分かった。じゃあ一部は俺が報酬として貰っとく。残りはパーティーの稼ぎにしとけよ」
「はいっ!」
「解体はうちがしますから、ニア様休んでてください」
「ソフィー、いつまでもそういうの良くないよ? 今は対等な仲間なんだから」
「言うてもやっぱり立場が……」
 止めようとするソフィーを強引に押し切り、ニアと二人で解体作業を始めた。

「エミリー、話がある」
「何よ」
 解体作業に加わろうとしたエミリーを呼び止めて、場所を変えようとジェスチャーを送る。
 渋った表情を浮かべるも、頷いて赤髪の少女は着いてきてくれた。

「さっさと済ませてよね。あたしも手伝わなきゃ」
「まあ焦んなよ。大事な事だ」
「ふん」
 チラチラとパーティーの二人の方を見つつ、腕を組んで次の言葉を待ってくれているようだ。

「今のパーティーの状況、自分の状況は分かっているな」
「ええ。あんたなんかに言われるまでもないわ」
「なら、何か努力はしてるか?」
「……してるわよ! 治癒魔法を当てるのに、いつも夜練習してる!」
「成果は?」
「練習の、時なら。まあ、五回に一回ぐらいは?……」
「盛るんじゃねえよ。八回に一回だろ」
「なっ……!」

 何故知っている、と言いたげな顔でこちらを見つめる。顔にそのまま書いてあるようだ。
 実の所エミリーの自主練は知っていた。と言うより三人全員がそれぞれ努力をしているのだ。たまに様子を伺っており、ここ最近はエリスを重視して見ていた。
 一昨日に回数をカウントしてみたが、命中数は恐らくそんなもんだと思っている。

「動かない的への命中率が……えっと、12.5%だろ? じゃあ戦闘中の命中率はほぼ0じゃねーか」
「うっさい! 黙れ!!」
「なあ、お前は何で冒険者になったんだ? 治癒魔法の正確さや詠唱の方は悪くないと俺は思ってる。それなら、教会勤めなり治療院で働く方が良いんじゃないか?」
「何よそれ……あたしにパーティーを抜けろって言うの?」
「現状、お前のパーティーへの貢献度はかなり低い。戦闘中に限って言えば足手まといだ」
「……っ!」
「逃げんな」

 俺を睨んだ後、駆け出そうとしたので手を掴む。

「よく聞け。俺はあと四回しか同行できない。もうお前達と一緒に居る理由が無くなる。だから教導として、冒険者の先輩として、お前達にちゃんとした道を示しておきたいんだ」
「そんなの……知るか!」
 俺に掴まれた手を振り解き、唸りながら俺を睨む。

「あんたみたいな部外者が……あたし達の邪魔しないでよ!」
「そんなつもりは無い。ただ、お前達に」
「さっさと終わらせて失せろ! あんたなんか、もう必要ないんだから!」
 叫ぶように言い捨てると駆け出して行ってしまった。

 残された俺は溜め息を吐く事しかできない。



「イクヤさん、エミリーにキツい事言いはったんです?」
「まあ、そんな所だ」
 ルザーダの解体現場に戻ると、粗方選別を終えたのか血塗れの状態で休憩している二人が目に入る。

「女二人が血塗れ……もう珍しくもないけど、エグい絵面だよなあ」
「イクヤさんイクヤさん、そこは『美少女』って言った方が喜びますよ? 特にわたしがっ!」
「はいはい」
 ニアの軽口をテキトーに流し、エミリーの走っていった方向を見つめる。

「今日を終えたら残り四回だ」
「そっか……そうですね」
 ニアの声は感慨深そうにも、微かに寂しそうに聞こえた気がする。
「それまでに、エミリーを何とかしておきたい。俺が見ていられる内に」
「……イクヤさん、何だかんだお人好しですよねっ」
 俺の呟きに、ニアが明るい声を掛ける。

「俺が? どこがだよ。嫌々やってんのに」
「まあ、そういう事にしておきましょう! エミリーについては多分わたしとソフィーじゃ無理だと思ってます。何度か言い合いもしたんですよ? これでも」
「お前達が?」
 意外な言葉に思わずニアの方を向いてしまう。いつも一緒の仲良し三人娘なイメージだったから。

「エミリーがエミリーなりにすごく頑張ってるのは知ってます。わたし達を大事に想ってくれている事も。だからかな……難しいですよね」
「まあ、そうだな。あいつに足りないのは努力じゃないし、気持ちでもない」
「やっぱイクヤさん、うちらの事よう分かってんなあ。上手くやってくださいね、センセ」
「先生?」
 ソフィーの茶化しに思わず苦笑いしてしまう。まあ、こいつらからしたらそんなイメージか。

「さて、エミリーが他の魔物に食われる前に捕まえてくるか。ソフィー、行ってくれるか?」
「はいな」
「俺とニアで詰め込めるだけザックに詰めとく。エミリーのも置きっぱなしだしな」
「はいっ」
 指示を出すと動きは速い。ソフィーは手早く解体道具をまとめて置くと剣を鞘に収めて走り出し、ニアはそれぞれに入れる分量を分けている。
 もう立派な冒険者になっている。俺なんかが居なくても。だから後は……

 凄まじい速度で駆けるソフィーを見送り、ニアの仕分けた素材を詰め始める。
 あと四回。その数字を頭に浮かべながら。
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