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第十四話 ニアの依頼 後編

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「イクヤさんが旅立つ前に、これだけは伝えておきたかったんです。本当はどう引き留めようかってずっと考えてたんですけどね。でも、イクヤさんの様子を見てああ、もうこの人は止まってくれないんだなって思いました」
 力のない笑顔を向けるニアの顔を見ていられず、立ち上がって窓の方へと向かう。

「……俺も、お前達の事を大事な仲間だと思ってるよ。アレクセイ達に裏切られてからずっと誰の事も信じないって決めてたんだけどな」
「会った事はないですけど、アレクセイさん達もきっとイクヤさんを大切な仲間だと……想っていると思いますよ。だって三年も一緒に冒険してきた仲間なんですから」
「……そう、かもな」
 鼻を啜る。もう、頬には濡れている感覚があった。

「ありがとう、ニア。少しだけ肩が軽くなった気がする」
「それなら良かったです」
 背中越しに聞こえるニアの声は、凛とした強さと柔らかな優しさが感じられた。


 涙が止まるまで多少時間が掛かったものの、頬を叩いてようやく顔が戻った。
 そして改めてニアと向かい合う。

「それで、他にも話す事があるのか?」
「はい……イクヤさん、明日わたし達と最後の冒険に行きませんか?」
「クエストか?」
「いえ……"ダンジョン攻略"です」
 ニアからその単語が出るとは驚きだった。まだ未踏破のダンジョンなどこの近辺にあっただろうか。

「ダンジョン攻略は正直、かなり大変だぞ。数日掛かりになるし……未開拓エリアで新しいダンジョンでも見つかったのか?」
「いいえ、一つだけあるじゃないですか。まだ攻略されていないダンジョンが」
 そこまで言われてようやく答えに行き着く。まさか。

「黄銅窟か!?」
「はい。明日、ニアパーティーは黄銅窟に潜ります」
俺にとっては忌むべき未踏破ダンジョン。ストーンドラゴンが巣食ってからおよそ三十年。数々の冒険者達が挑み敗退し、屍を置いてきた場所。

「駄目だ。お前らの実力じゃ早過ぎる。それよりも低位のダンジョンで鍛えるべきだ」
「止めたって無駄ですよ? イクヤさんとはただの『同業者』なんですからねっ」
「これはアドバイスでも指示でもない。警告だ。ベック達ですら中層までで断念してるんだぞ。それをまだ登録して三か月のお前らじゃ……」
「心配なら着いて来たらいいんじゃないですかね? そこはお任せしますよ」
「冗談じゃなく止めとけ。ダンジョン攻略は本来、何度か潜っては撤退を繰り返して情報を集めながら行うもんだ。ファーストアタックなら浅層から上層の様子見までだが、それでも危険過ぎる難易度だぞ」

 そこで不意にニアは立ち上がり、俺の目の前へ歩み寄る。
「因縁なんでしょう、イクヤさんの」
「それは……」

 確かに、俺の挫折に関係する場所だった。六度目のアタックによる本腰を入れた攻略戦。だが、容易く倒せると思っていたドラコアに敗れ撤退となり、その後パーティーを追放された。
 そしてこの左頬を落としたのもあそこ。再びドラコアと遭遇し瀕死となり、ベック達に助け出されて一命を取り留めた。
 その意味ではニア達との出会いにも繋がる、様々な縁が絡んだ場所だと言える。

「お前達には関係ない」
「あります。イクヤさんが旅立つ前に、わたし達がイクヤさんの柵を終わらせてきます。それに『ドラゴンの討伐』はわたしの夢の一つですから」
「そんな甘い考えだけで行っていい場所じゃない」
「イクヤさんは結構甘い考えで行ってましたよね? ソロでしたし」
「茶化すなよ」
「冒険者は自己責任、これもイクヤさんの教えですね」
「……っとに、ああ言えばこう言うなあ……かわいくないぞ」
 誰に教わったのか、マジで面倒だ。

「ふふ、本来のわたしはこうですよ。イクヤさんの前では猫被ってました」
「この頑固者」
「一番言われたくない人に言われても響きませんよーだ」
「とにかく、今の実力じゃ無理だ。情報だって持ってないのにどうやって攻略するつもりなんだ」
「イクヤさんは知らないと思いますけど、この数日間でわたし達、かなり鍛えました。情報も皆に聞いて回って集めましたし。それにね」
 と懐から数枚の折りたたまれた紙片を取り出す。
 丁寧にそれを広げてテーブルに置き、指で指し示す。

「見覚えはありませんか?」
「これは……」
 かなりボロボロの小さな紙切れ達。だが、それには見覚えがあった。
「ファルコの文字……」
「やっぱりそうでしたか。最後の教導の日にイクヤさんからもらった道具達、その中に入ってました。きっとアレクセイさん達は、いずれイクヤさんが黄銅窟に行くかもしれないって思ってたんでしょうね」
 本当に懐かしい。遠い昔のようにすら思える。
 確かにこの紙を見た記憶がある。ファルコの手帳に綴じられていたものだ。几帳面な殴り書きという相反する印象を受けるこの文字や絵図は、紛れもなくあいつだ。

「さて、鍛えた戦力に各情報。その上元トップパーティーの情報も手元にあります。あと足りないのは”経験”だけです。イクヤさん、あなたにその穴を補って欲しいんです。下層まで降りた事のある経験を」
「……言っとくけど、戦力的に俺はお荷物だぞ?」
「そこはわたし達でカバーできますから大丈夫」
「四人だけの編制だと正直戦力不足だ」
「狭い洞窟を多人数で攻略する方が危険度が高いと思います」
「ストーンドラゴンの相手は、あの頃のアレクセイ達ですら難しいラインの話だぞ」
「情報はあります。それに武器も揃えました」
「三十年不敗のドラゴン相手に勝てるのか」
「それは……」

 さすがに言い淀むよな。
 自分達の実力を遥かに超える先人達が成し得ていないのだ。それを、結成三カ月のパーティーが達成できるわけないだろう。

「イクヤさんがわたしを信じてくれるなら、勝てます」
「英雄の才能を使いこなせるようになったのか」
「”覚醒”も会得しました。まだ不安定ですけど……」
「足りないな……でも、行く気なのか」
「三人だけでも」
 これ以上止めても無駄だろう。最初から止まる気など無い、そういう目だ。

「これは、"わたし達の冒険"です」

 その一言で、かつて特訓していた時のニアを思い出す。ああ、あの時から変わっていないのかこいつは。

 この世界に来てしばらく経って、一つ気に入らない事があった。それは「冒険者」の定義だ。
 見ている限りクエストの請け負いや狩人や傭兵の真似事をするのが「冒険者」の仕事になっているし、それしかしていない者も多い。ならば、「冒険者」という名前である必要性を全く感じない。

 冒険とは「危険」を「冒す」事。冒険者とは未知に挑み、危険に挑み、そして新たな道を切り拓く者達だと思っていた。
 この事に唯一理解を持ってくれたのがアレクセイ……いや、親友のアレクだけだった。

 でも、ここにも理解者が居る。俺が何も言わなくとも自分の中でその答えを持っている者が居る。
 ニアは冒険がしたいのだ。誰かの為じゃない、ただ自分の好奇心の為に。

 そんな相手に危険性を説くなど、これ程無駄な事は無いだろう。最初から危険など承知の上なのだから。

「……分かった、俺も行く」
「ほんとですかっ!?」
「ただし、撤退の指示だけは従ってくれ。犬死にだけはしたくない」
「分かりました。では、黄銅窟の協同攻略は承諾という事で」
「ああ。準備はしてあるのか?」
「もちろんっ! 明朝西門にて集合しましょう。移動しながら打ち合わせです!」
「了解。リーダーは頼む。俺は部品だと思ってくれ」
「いいえ、大切な仲間として入ってもらいます」
 そう言いながら手を差し出すニア。
 俺は左頬を一度掻き、右手を出すと強く握られる。

「わたし達四人で攻略しましょう」
「ああ」

 旅立つ前に、自分を絡め取る因縁を断ち切れる。
 黒い炎がじわりと熾きるのを、胸のざわめきと共に感じていた。
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