上 下
25 / 94

4-5

しおりを挟む
軽トラが唸り声を上げながら山道を登っていく。
この老体には少々キツイのか、アクセルを踏み込まなければなかなか上がっていけないようだ。

今回で三度目となるキャンプ場(仮)への山道。
隣に匠を乗せ、荷台には道具を満載にしているので愛車は重たそうにしながらも懸命に足を回している。

「……っと、よいしょ!」
入口付近にある段差で一度躓き、ギアをローに入れ直して再度発進。気合いと共に乗り越えて停車する。

「この軽トラもやっぱ限界来てんじゃね? 買い替えろよ。あとオートマに」
「匠が買ってくれるんならいいよ。大賛成だ」
「馬鹿野郎、俺は俺の車の納車待ちだ」

康平と飲んだ二日後の朝。時計は九時を指している。
いつものように悪態を吐き合いつつ降車し、背筋を伸ばす。深呼吸をすると木々や草花の微かな香りが鼻に届き、清々しい空気を目一杯吸い込む。

この村に来て良かった事その二。空気がめちゃくちゃ美味い。東京に居た頃の、あの何とも言えない化合物の塊のような空気とは格が違う。

上京した頃も最初は空気の臭さに驚いたっけな、とも思い出した。

隣の匠も同じように深呼吸をしており、どこか心地良さげにしている。

「おう、来たか坊主ども」
がさがさと草を掻き分けて現れたのは大五郎のおっさんだった。

「大五郎さん、今日はよろしく」
「おう」
匠の挨拶に笑いながらおっさんは答え、そしてどっかりと倒木に腰を置く。

「あれ、今日は他の皆は?」
「小三郎と響は妖力の回復中。じーさんはどこか知らねえな。んで雛菊は朝の見回りが終わったら来るってよ」
「そっか。やっぱ小三郎と響は消耗してるのか」
「雛菊も少し落ち込んでたんだぞ。お前も軽口は大概にな」
豪快に笑い飛ばしてくれているが、正直俺自身の非が大きいので苦々しい。

天狗ちゃんもマジで俺を殺せる威力を込めていたようで、それを相殺するのに小三郎の結界と響の反響による減衰で防いだのだそうだ。
やはりそこは妖怪で、顔見知りと言え容赦はしないらしい。

人間も所詮は動物の一種。というのが彼らの考え方なのだ。親しくなったつもりでいたが、実の所そんなものでは越えられない大きな隔たりがあるのかもしれない。

「さて、そんじゃ俺らだけで始めるか。道具は持ってきたか?」
「バッチリ」
そう言って匠は幌を外し、荷台に積み込んだ物を見せる。

「よし。俺様が直々に教えてやっから、ちゃんと聞いとけ坊主ども。下手打つと死ぬからな」
と最後はやはり大笑いし、俺と匠の肩をバンバンと叩くおっさん。何が面白いのか全く分からないが、俺も匠もぎこちない笑みで返す。


「……にしても小っせえ斧だな。鋸(のこぎり)もこんなんじゃ枝しか切れねえぞ?」
俺達の持ってきたハンドアクスや鋸を手に取り軽く振るおっさん。かなり不服そうだ。
「まあこの辺はキャンプ道具と大工道具のだから……ウチの長屋にこれあったけどどう?」
と差し出したのは真っ赤に錆びた大きな鋸だった。

刃の厚みも木工用の倍ぐらいはあり、大きさも二回りは大きく湾曲した形状をしている。

「そうそう、これ位のデカさと厚みがねえとな。んでもこりゃ駄目だ。刃が腐ってら」
「ですよねえ……」
よく見ると錆びた刃は刃こぼれも起こしており、欠けに欠けて隙っ歯のようだ。

「力技で切れねえ事はねえけどよ、この手斧じゃ頭吹っ飛ばすし鋸は折れるぞ?」
「俺達もこれで切れるとは思ってないよ。今の伐採の道具と言ったらこれだろ」

と匠が指差す先にあるのはゴツい原動機の先に楕円型の鎖状の刃が付いた機械。
「チェーンソーだ」


匠が送ってきた荷物の中にこれがあった。匠が昨日二日酔いの中荷ほどきをして、こいつを持ち出してきたのだった。
使い方に関しては説明書と、実際に切っている動画を見て学び、昨日の内に試運転も済ませている。

チェーンソーに関しては仕事として行う場合は資格が必要らしいが、自家用で使う場合は不問のようだ。
とは言えチェーンソーなど、スプラッタホラー映画の凶器としての映像でしか見た事が無い。

二人とも腰が引けながらも何とか回し、使い勝手を確かめたものだった。


手には焚き火用の厚手のグローブを付け、ホームセンターで買ってきておいたヘルメットと防塵バイザーを装着し準備完了。

木くずが大量に降りかかるとの事で、通気性の良いツナギを着て足元は爪先を保護する安全靴を履いた。

「ぶっははは、何だお前らその恰好!?」
「うるっせえな、作業服装だよ作業服装。おっさんとは時代が違うんだ」
「まあ頭と手と足を守るのは大事だわな。それでもマヌケな服装だぶっははははは!!」

爆笑するおっさんに苛立ちを覚えつつ、同じ格好をしている匠を見ると、確かに何とも不格好なのは否めない。
これがちゃんとした業者であればしっかりとした作業着や装備になるのだがそこは素人。

カラフルなツナギに明るい色の手袋、ピカピカのヘルメットと作業靴、とチグハグな恰好になっている。

「いつまで笑ってんだっての。ほら、さっさと取り掛かるぞ。……笑うなっての!」
しつこく笑い続けるおっさんに業を煮やしたのか、珍しく声を荒げる匠。外面が良いコイツにしては珍しい。
しおりを挟む

処理中です...