第七王女の買い物係~仮面とダンジョンと二世界転生~

深田くれと

文字の大きさ
4 / 29

第四話 別の世界から者たち

しおりを挟む
 一週間後。
 とある民家横の酒だる三つを重ねた細い路地を左に曲がる。
 未舗装の道を抜け、いくつもの手作りの看板通りを抜けて一分ほど。こじんまりした扉に、小さな木彫りの妖精像がかけられた店がある。
『おしゃべり妖精亭』という。
 とある理由で利用している店だ。
 背丈ぎりぎりの扉を引いて中に入ると、カウンターと右奥のテーブル席が目に入る。クラシックな椅子とテーブルで統一された、濃い茶色の空間。
 奥の壁棚には店主自作の木彫りの像やブリキのおもちゃが所狭しと並んでいる。

「ハルマか。遅かったな」

 黒い蝶ネクタイにロマンスグレーの髪のダンディな男。名前はハストン。手入れされた口ひげが、くやしいほどに似合っている。
 これが転生の理想像だ。
 僕もこんな感じなら、と思わずにはいられない。

「これでも病み上がりと、二つ仕事をこなしてから来たんだ。手紙は届いてたけど、動けなかった」
「病み上がり? 風邪か?」
「……筋肉痛」

 ハストンがその言葉に驚いている。
 僕が筋肉痛を発症する意味を、『前の世界のパーティメンバー』だった彼は正確に理解しているからだ。
 かちゃかちゃとカウンターの奥で何かを用意しながら、目を細める。

「裏の仕事以外で、<千変鋼>を使わないといけない場面があったのか? まさか授業中じゃないよな?」
「授業であんな危険な武器を使うわけがない。違うよ。まあ……仕事には変わりないけどね」
「あんまり無茶するな。『魔力』系武器は反動がしゃれにならないから。ちゃんと鍛えて『マナ』の武器使え。まだ学生なんだ。伸びる余地はある」
「わかってる」

 カウンターにぽんとお椀が置かれた。中には小口ネギを刻んだ味噌汁が入っていて良い香りを漂わせる。続いて、隣には四切れのふっくらした玉子焼き。
 そして、カウンターをぐるりと回ってきた小柄な少女が、白いご飯をたっぷり盛った茶碗を僕の前に置いた。

「お仕事お疲れ様、ハルマ」
「ありがとう、ルルカナ。今日はお手伝い?」
「うん」

 銀髪のツインテール少女は、にっこりと子供らしい笑顔を見せる。軽いステップでカウンターの奥に戻ると、丸椅子に腰かけた。
 低い背丈のせいでおでこまでしか見えないが、その様子は歓迎してくれている。おめかししたのか、服装まで可愛らしい。
 ルルカナには何かと気に入られている。
 父親であるハストンが腹を割って話せる数少ない友人が来たということもあるのだろう。

「ごはん、味噌汁、玉子焼き、と――ハルマセット完成。今日は夜まで貸し切りだから、ゆっくり食べてくれ」
「なら、もう一品つけてくれない?」
「臨時収入があったのか?」
「まあ、そんなところ」
「じゃあ、適当に作ってやるよ。酒はどうする?」
「甘口の度数弱いやつ」
「おーけー」

 頬が自然とゆるむ。
 お姫様の買い物三回で得た報酬は驚くほど多かった。
 さすがは王家。
 しばらくはパンと飲み物の生活にサラダがつけられると思う。しかも、次に買い物に成功したら、一度、第七王女様と会わせてくれるらしい。

「で、今日は、どんな依頼? しばらくは依頼こなさなくても大丈夫なんだけど」

 玉子焼きをひと切れつかみ、口に放り込んだ。ハストンに前の世界で作り方を覚えてもらって良かった。彼はものづくりの天才だ。
 コツや器用さにかけてはパーティ随一だった。
 これも出汁がきいていて、とてもおいしい。

「有名なダンジョンに勝手に出入りしてる賊がいるらしくてな。息子に譲る前に、キレイにしときたいって親の依頼だ」

 味噌汁をすすりながら、僕は顔を上げた。

「有名どころなら、お抱えの『探闘者』集団がいるだろ? ここみたいな『裏』に依頼することないんじゃない?」

 ハストンの表向きの店は、小さな定食屋だ。酒も少し飲める、アットホームな『おしゃべり妖精亭』。でも立地が悪くて客不足だそうだ。
 気軽に貸し切りにしてくれるし、僕はありがたいけどね。
 ちなみに妖精亭の妖精とは娘のことらしい。
 子どもが産まれたときに、『魔力』を使った『裏』の仕事の一線から身を引き、表仕事に精を出すようになったそうだ。でも、結局は友人の誘いとかしがらみがあって、コーディネーター的な仕事は続けている。

 驚いたのは、こっちに転生した時期が、僕とハストンでは大きく違ったことだ。以前は同じ年齢だったのに、今では親と子供くらい違う。
 『魔力』を内包する体のつらさは同じだったらしく、ハストンもピンチになる度に元の世界の武器を使って、筋肉痛に苦しんだらしい。

 僕がハストンと出会ったのは『おしゃべり妖精亭』のメニューの玉子焼きに惹かれて初めて入ったときだ。
 彼から声がかかった。
「お前……ハルマ……か?」
「そうだけど……どちらさま?」
 前の世界とほとんど容姿が変わらない僕と違って、太かったハストンは体が細く引き締まって、顔もダンディに変わっていたのだ。
 おかげで、僕はしばらく偽者だと疑って警戒していた。
今では笑い話のネタだ。

「その息子に賊討伐の指揮をさせるから、失敗できないんだと」
「……なに言ってるか全然わかんない。賊がいるってわかってて、息子を前に出すの?」
「いずれダンジョン管理者を譲るから、責任感を持たせるためとか」

 そう言って頭をかいたハストンの視線が、ちらりとカウンター奥のルルカナに向けられた。意味深な視線。口調から乗り気になれない依頼だということはすぐわかったけど、何か事情があるらしい。
「頼む」と声に出さず口パクするハストンが、こっちにウインクを飛ばす。
 僕は、白いご飯を箸でひょいひょい送り込み、味噌汁椀に手をつけて飲み干してから、とんと置いた。

「……わかった、やるよ。あとおかわり」
「すまん、また礼をするから。ってことで――ルルカナ、お前の初仕事はまたの機会だな。父さんの信頼厚いハルマが受けてくれるから、出番はないぞ」

 わはは、と芝居がかった様子で笑い飛ばすハストンを、ルルカナは立ち上がってじいっと見つめた。そしてぷいっと踵を返して奥に引っ込んでしまう。
 背中が拗ねている。
 扉が閉まる音とともに、ハストンに気になったことを尋ねた。

「初仕事ってどういうこと? ルルカナ、まだ十歳でしょ?」

 ハストンが「はぁぁ」と長いため息をついて、声を潜める。

「実は……あれで、もう俺の『魔力』を越えそうなんだ」
「は?」
「あいつも『マナ』は、からきしダメなんだが、遺伝かね……『魔力』の素養はあるらしくて、正面からやりあったら、負けるかもしれん」
「…………それやばいよ」
「そうなんだ。昔の日記を見られたんだと思うんだけど、俺の裏の仕事に興味を持って、この前やってきた依頼人との交渉を盗み聞いたみたいでな……俺が断るって決めたって言ってるのに、娘が自分が受けてもいいって言いやがるんだ。そんな弱くて仕事になるか、って怒ったんだが……あんまり抑えつけると自分から出向きそうな予感がしてな。それに最近、ルルカナも薄々自分の力に気づいてるみたいで……今日もハルマが受けてくれなかったら、私の初仕事にするって聞かなくて……本当に恩にきるよ」

 あいた口が塞がらないとはこのことだ。
 ハストンは前のパーティでは後方支援の役割だ。創作能力に長けた<黒鋼の鎚>の使い手。
 他のメンバーとは勝負にならないだろうけど、それでも前の世界では上位に食い込むことができる。
 そんな男と十歳の娘がほぼ互角って。
 将来有望だけど、親としては複雑だろう。
 まして、『マナ』じゃなくて『魔力』の素養か……案外、全力で暴れたら、後遺症のひどさで後悔するかもしれないな。
 さすがにそのことはまだ知らないだろう。

「そんな話を聞かされると、これから依頼を断れなくなる。小さなルルカナに危険な仕事をさせるのはね……」
「そうなんだよ……まあ、しばらくしたら娘の熱も冷めると思うから……」
「……ほんとに?」
「たぶん。がんばって冷ます……」
「わかったよ。ハストンには世話になってるし、それまではできる限り協力するよ」
「そう言ってくれると助かる!」
「そうと決まったら依頼を詳しく聞かせてくれる?」
「もちろんだ。簡単に言えばだな――」

 ハストンがカウンター奥で紙を数枚めくりつつ、

「ラールセンって男をお抱えの探闘者と共に護衛しながら、賊を先に見つけて適当に弱らせて、できればラールセンに捕らえさせろ、だ」
「……今までで一番ひどい依頼だ。と、それより、そのラールセンって男が依頼人……じゃないよね?」
「違うぞ。こっちは息子の名前だそうだ。知ってるのか?」
「たぶん……クラスメイトだ」

 脳裏に、取り巻きの女子に囲まれるラールセンの整った顔が浮かぶ。
 親が譲るのはラピスラズリのダンジョンだろうか。それとも別のものか。学生のうちに子供に譲ってしまえるとは、実家にどれだけ有り余っているのだろう。
 決闘で奪い取られる可能性もゼロじゃないのに。
 そんな彼の指揮を受ける探闘者たちに交じって――底辺の僕が護衛に?
 なにしに来たの? って言われるのが目に見える。

「入れてくれるわけないじゃん。ほんと……どうしよう……」

 僕は思わず頭を抱えた。
 ハストンが苦笑しながら眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

転生したら王族だった

みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。 レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...