黒白のニンブルマキア

深田くれと

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25話 救援の時間

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 おおよそ三時間が経過した。
 自室の簡易ベッドで横になっていた光矢は、首元の通信機の声で跳ね起きた。
 海馬だった。

「全員に通達。南郷が《揺り影》の予兆を捕らえた。いつも通り《世無》の集落だ。私と石榴は現場に直行する。残りは会議室に集合」

 話が終わる前に、光矢の部屋の前の廊下を誰かが走り抜ける音がした。
 この指示もいつも通りなのだろう。
 光矢も遅れて部屋から飛び出し、階段を駆け上がって会議室に入った。
 全員が椅子に座っている。
 中央には南郷が《醒零》状態で立っている。
 彼の周囲には無数の小さな黒い塊が浮遊し、不規則に微細な動きをしている。

「海馬さんが、戦闘を開始した」

 南郷がぼそりと言った。
 彼の右前方にある黒い塊が蒼く光った。


 ***


 海馬夏樹は現ニンブルマキアの中では千丈と八重山に次ぐ古参のメンバーだ。
 戦闘はもちろん、《世無》の暮らしと生活の向上、新たな《世無》の保護。物販、仕入れ。汚れ仕事。おおよそすべての業務を経験してきた。
 それは崇敬の念を抱く千丈吾妻の隣で働きたいという想いの結果でもあった。
 完璧主義の海馬はルーズな仕事をする千丈に、たびたびきつく当たる。
 けれど、心の底では常に敬っている。
 このニンブルマキアという組織を作り上げたこと。三途渡町という地図にない町を作り上げたこと。
 どれだけの時間、二度目の生を受けた《世得》と《世無》の為に心を砕いてきたのか。
 国から疎んじられ、ノートマキアと衝突し、仲間を大勢失った今でも、千丈は千丈であり続けている。
 知らない人間が死後どうなろうと知ったことではない、と思った日はないのだろうか。
 海馬はいつも不思議に思い、そして巡り巡って尊敬の念に変わる。

 ――悪い、用事ができた。あと頼むな。

 昨晩遅くに、千丈にかけられた言葉だ。
 いつの間にか、尊敬する《世得》に頼られるようになっていた。
 それは、海馬の存在意義でもある。

「土地も《世得》も《世無》も――易々と渡すわけにはいかないんですよ」

 海馬は《世無》の集落の中心で空を見上げた。
 黒いオーロラ――《揺り影》が悠然と波打っている。
 風に揺れるカーテンのようだが、あれに攻撃をしかけても無意味だと知っている。
 周囲は薄暗く変化したが、視界を失うほどではない。

「ここの住人はさすがに慣れていますね」

 辺りの店や住宅にはシャッターが下りている。中には地下室を作って隠れている者もいる。
人通りは一切なく、声も聞こえない。寂れた街並みそのものだ。
 だが、すべてが《揺り影》に喰われないための対応だ。
 上空の《揺り影》が大きく一度揺れた。
 この揺れを目にすると、力の無い《世無》は催眠に近い状態にかかってしまう。
 《世得》も油断すると危ないが、《黒曜》の力を制御できる者には効果はないと言っていい。
 黒いオーロラから、灰色の触手のようなものが降り注いだ。海馬はこれを《粘手》と呼んでいる。
 その数、ざっと千を超える。
 《世無》の意識を奪い、《粘手》で連れ去る。《揺り影》の常套手段だ。

「意外と森の中にも隠れているんですね」

 《粘手》に囚われた《境界渡り》が次々と喰われていく光景に目を凝らす。
 《揺り影》は《世得》と《世無》を喰うが、《境界渡り》もその例外ではない。おそらく『《黒曜》が目覚めた』ことが重要なのだ。
 その証拠に、生きた人間が喰われた話は聞いたことがない。

「《壊槍》(かいそう)」

 その言葉と共に、海馬の頭上に三本の黒い槍が生まれた。
 タクトを振るように右手を動かすと、槍が風切り音と共に飛んだ。
 黒い矢じりが、太い《粘手》に突き刺さって難なく千切った。視線の先で、一人の男が落ちていった。
 いくら注意を促しても、興味本位で《揺り影》を見てしまう者はいる。
 そうなると意識を失っているところを《粘手》に捕まり喰われてしまう。
 ニンブルマキアはそんな《世無》をできる限り救おうとしている。

「海馬さん、奥にもう一人女の子」
「任せます」
「了解」

 通信機から石榴が狙撃する音が聞こえた。
 居場所は知らないが、海馬では把握しづらい場所をカバーできる位置に陣取っているだろう。

「救助完了。毎回思いますけど、荒っぽい助け方ですよね」
「少なくとも《世無》です。落ちた程度では致命傷にはならないから諦めなさい」
「へーい。あっ、今度はもっと小さな男の子だ。保護者なんとかしてくれー」

 ドン――再び狙撃音が鳴る。
 石榴にとっては外すはずがない距離なのだろう。
 言葉に悲愴感はない。

「石榴、次が来る。準備を」
「もう終わってますよ」
「パーフェクト」

 海馬がにらむような目つきで《揺り影》を見る。
 予想通り、《揺り影》の動きが大きく早くなっていく。
 そして――
 誰かの悲鳴を高く引き伸ばしたような音が、大音量で鳴った。

「石榴、意識は奪われていませんね?」
「まさか」

 この音――《誘音》(ゆうおん)も、《揺り影》本体を見たときと同じ効果が生じる。
 最近になって《揺り影》が鳴らすようになったのだが、ニンブルマキアの《世得》には効果が薄いものの、《世無》には絶大な力を発揮する。
 初めて《揺り影》が《誘音》を鳴らしたときは、多数の《世無》が連れ去らわれた。

「あちゃあ、結構シャッター上がりましたよ。イヤホンだけじゃ厳しいかなー」

 住宅や店のシャッターがガラガラと音を立てて上がっていく。
 夢遊病でも患ったかの《世無》がよろよろと通りに出てきた。
 小さな子供、小学生か中学生。総じて若い集団だ。
 何とか手を引いて家の中に連れ戻そうとする者もいるが、多くは暴れて跳ねのけられてしまう。
 《世無》同士では加減を知らない方が、力が強い。

「対策は後日の課題として、救援に入りますよ――《醒零》」
「了解――《醒零》」

 瞬く間に海馬の体が黒曜鎧に覆われ、背中に四本の鎖に似たものが生えた。
 蒼い清浄線が流れては消える。
 体型にぴたりと合った鎧だが、特に足は生身と変わらない細さで出来上がっていて、技量の高さを物語っている。
 シンプルな装飾付きの槍がすうっと空中に現れ、海馬が片手でつかみ取る。
 そして、そのまましゃがみこむと、地面に片手をついた。

「《千儀創槍》」

 大地から鈍く光る黒い槍が生えた。
 凄まじい数だ。
 建物の道、家の屋根、場所を問わず生えた槍は、完全に姿を現すと同時に次々と射出された。
 無数の刃が、《世無》を捕まえた《粘手》に向かって突き刺さる。
 一本で効果がないなら、三、四本が同じ個所を貫いていく。
 まるで嵐だ。
 上空と地面とのせめぎ合い。境界線の取り合いをするかのように、互いに苛烈な攻撃を繰り広げる。
 勝敗はすぐに決した。《粘手》が増える速度が落ちたのだ。
 海馬はここぞとばかりに、槍の数を増やしていく。
 《世無》がたとえ捕まっていなくとも、威嚇の意味を込めて、何百、何千という攻撃を叩きこむ。
 数多の風切り音が、鳴くように木霊した。
 海馬が顔を上げた。
 大半の《粘手》は潰したが、《揺り影》はまだ消えない。
 気を失った《世無》をずるずると家の中に引きずる姿が至るところで見られた。

「ここで終わりなら――」

 そうつぶやいた瞬間、一本の蒼い光が海馬の頭上を通り過ぎた。
 石榴の狙撃だ。
 目標は大きな《境界渡り》の一匹だった。
 狙い違わず命中し、空中で爆散する。

「今日は三段階目があるんですね。逆に言えば……ここで終わりの可能性も高くなった。葛切の見定めは次でしょうか」

 海馬の言葉が終わると同時に、無数の黒い塊が上空に現れた。
 アリの大軍が埋め尽くしたように真っ黒な空だ。
 小型の《境界渡り》たちだ。
 再び石榴の狙撃が放たれた。
 今度は違った。途中で爆発すると、何百もの軌道に分かれた。彗星のようだ。
 それら細かくなった蒼光が見事に黒い群れに当たって粉砕する。
 二発、三発。
 続けて放たれた狙撃も、すべて狙って撃っているかのように命中する。
 しかし、それでも《境界渡り》の全滅には遠い。

「中に入れ! 急げ!」

 海馬が集落の真ん中で声を張り上げた。
 《世無》を助けられる時間は終わった。
 ここから先、《境界渡り》に捕まった《世無》には――消滅の未来しかない。
 海馬は槍を振った。
《清浄線》が三本走る穂先が、呼応するように輝く。

「海馬さん」

 地面に立った《境界渡り》に向けて、動く寸前だった。
 南郷からの通信だった。
 嫌な予感が走ったが、海馬は冷静に応答した。

「どうした、新手か?」
「《揺り影》がもう一つ出ました」
「どこだ?」
「学校です」
「学校――だと?」

 海馬は思わず動きを止めた。
 あり得ない場所だった。
 《世無》の数が多い場所に《揺り影》は現れる。それが今までのルール。
 《世無》の生活拠点である集落。図書館や大型の店舗を集めた娯楽施設群。
 強い《世得》が集合するニンブルマキアのホームと、三途渡町入口のように《曜力》の残り香が色濃い、仮想戦闘環境施設。
 《揺り影》が複数出現するときは、そのどこかになるはずだ。
 それが、人数も少ない、力も並以下の《世無》の集まる場所であるはずがない。

「海馬さん――たった今、弓玄が向かいました。葛切も後を追いました」
「……わかった」

 佐垣が向かったなら間違いない。
 そう思い込み、気持ちを切り替える。
 今すべきことは、極力犠牲を減らすことだ。このエリアは学校の何十倍もの《世無》が生活している。
 だが、なぜ《揺り影》は学校を選んだ。《揺り影》には意思があるのか。
 何が狙いだ。
 何度考えても、答えはでない。
 海馬は得体の知れない胸のざわめきを、懸命に振り払って前を向いた。
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