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16 お荷物ちょうだいします

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「じゃあ、さっそくだが、配置を決める」
「「「おぉーっ!」」」
「アテルは昨日と同じで、会計&店番だ。俺は仕入れで店を離れる。二人ががんばってくれたおかげで、思った以上に売れてな。早く次の注文をしないといけない。で、ウサギちゃんは、今日も曲芸だな」
「やるよー、今日はミカン12個で!」
「え?」

 私は思わず首を回した。
 ウィミュが、かごに盛られたミカンを次々に手にとって、袋に入れていく。
 信じられない思いで聞いた。

「ねえ、ウィミュ、それ、どうするの?」
「回すよ」
「回す!?」
「うん、こんな感じ」

 目の前でウィミュが次々とミカンを空中に放り投げた。
 かなりの高さで止まったミカンが落ちてくると、どういう仕掛けか輪のようなものができあがった。
 右から左へ。
 ぱしっ、ぱしっと小気味良いリズムを刻みながらミカンが舞った。
 開いた口が塞がらなかった。

「リリもやってみる? 簡単だよ。はいどうぞ」
「いや、私は……こういうのは……」
「大丈夫、大丈夫! 慣れたらすぐだから」

 押しつけられるようにミカンを五つ渡された。
 ハードルが高い。
 最初から五つも同時にできるもの? ウィミュはどうやってた? 左手で投げて、右手に落とす。
 そうだ。それだけのはず。
 三人の視線を受けて、ひょいっとミカンを投げた。

「あっ!?」

 ウィミュがぱっと飛び上がった。
 空中でミカンをキャッチし、そして戻った。
 頬を膨らませたウサギ族が眉を上げた。

「ダメだよ、リリ。投げる時はちゃんと方向を考えないと。今のは屋根に乗っちゃうところだった。それと、一つ投げてから、次までの時間が長すぎるの。投げる時は一気に続けていかないと」
「つ、続けて?」
「そうだよ。勢いが大事。ほらっ、もう一回。五つだけだから大丈夫」
「ほんとに!?」
「リリ様、がんばってください!」

 アテルの応援がつらい。
 期待に満ちた視線が厳しい。
 私はチャレンジした。何度もチャレンジした。

 そして数分後――
 ミカンは地面のあちこちにどうしようもない感じで散らばっていた。

「リリって下手なんだね」
「うっ」
「ま、まあ、リリ様にも苦手なことはありますからね」
「ぐっ」

 ほおに熱を感じながら、私はぷるぷる震えて耐えていた。
 返す言葉がなかった。
 アテルが苦笑いしながら言った。

「すみません、ワルマーさん。ミカン代は私の給料から引いてください」
「傷む寸前のものばかりだから、別にそれはいいんだが……主人は思った以上に不器用なんだな」
「くぅぅぅっ……」

 なんて屈辱だ。
 何とか挽回しないとまずい。

「これじゃあ、ウサギちゃんと一緒に行くのは無理そうだな。別の仕事を任せるか。リリは何ができるんだ? アテルの会計とかはどうだ?」
「あっ、それなら」

 デスクワークなら任せてほしい。
 アテルが出納帳のようなものを持ってきて「こんな感じです」と見せてくれた。
 細かい数字の羅列だった。

「売上金は上から足していって、果物の在庫はこっちで減らしていくだけです」
「そう。それくらいなら――」
「知ってのとおり、金貨1枚が銀貨32枚。銀貨一枚が銅貨28枚。鉄銭なら7枚で銅貨1枚です」
「え? え?」

 三人の視線が刺さった。
 アテルが私の耳に口を寄せた。

「お釣りの計算はできますか?」
「で……きないと思う……」
「じゃあ、少ししんどいですね……」

 少しというか、絶望的では。

「で、電卓はある?」
「電卓って何ですか?」
「……まさか、アテルは暗算でしてるの?」
「もちろんです。七ケタくらいなら私でも」
「七ケタって……一、十、百、千、万――えっと、百万か……すごいねえ……」

 しおしおと小さくなった私を見て、ワルマーが「じゃあ」と言ってかごを渡した。
 竹のような材料で編んだものに取っ手がついている。

「売り子ならどうだ。リリなら興味持ってくれる客はいると思うぜ」
「それはいいアイデアです! 私が買いたいです!」
「でも……お釣りの計算できない……かも」

 ワルマーが「もちろん分かってる」と言って、小さなブルーベリーの身をどかっとかごに乗せた。

「ブルーベリーは一つで鉄銭1枚。これならわかりやすいだろ?」
「おぉ、確かに。それならできるかも」
「よっし、じゃあ、行ってきてくれ」
「ええっ? いきなり?」

 練習とかないのだろうか。売り子の経験なんてないのに。
 ワルマーが困ったように頬をかいた。

「誰でも初めては、いきなりだと思うが……」
「そうだよね……そうだよね。行ってきまーす……」
「リリ様、ファイトですよ!」
「アテル……たまに見に来てね」
「暇になったら必ず行きます!」
「じゃあ、ウィミュも行ってくるねー! 今日は多めに回して、どんどんお客さん呼び込むから」
「おう、気つけてな。俺もそろそろ仕入れにいってくる」


 ***


「あの、ブルーベリー、いりませんか? 一つ鉄銭一枚でーす」

 全然売れないし、めちゃくちゃ恥ずかしい。
 たぶん、顔真っ赤だと思う。

「わんちゃんのフルーツ屋、営業中でーす」

 もう、やだぁ。
 声が全然出ないし、変な人だと思われてるのか、みんなクスクス笑うばっかりだし。
 売り子、しんどい。できる人のメンタルすごい。

「ブルーベリー、どうですかぁ? 誰か買ってくれませんかぁ? 甘くて青いベリーですよー」

 ブルーベリーなんだから、青くて当然じゃん。
 私、何言ってるんだろ。
 マッチ売りの少女、尊敬する。本気で。

「もう……つまみ食いして、帰ろうかな……」

 本当にそう思った時だ。
 背後から優しそうな女性の声がかかった。

「五つほど、貰おうかしら。可愛らしいお嬢さん」
「あ、ありがとうございます! 鉄銭5枚です!」
「選ばせてもらっても?」
「もちろん。あんまり売れないので、好きなのを選ん――っ!?」

 心臓がはねた。
 武闘派シスターのナリアリだった――
 フードを目深にかぶって、即座に下を向いた。着替えていて正解だった。
 視線の先で、折り畳みのバタフライナイフが、かちゃかちゃ鳴っている。
 この人、いつもこれなのね。
 なぜ、こんなところに?

「どうしたの?」
「い、いえ……どうぞ、好きな実を選んでください」
「ブルーベリーもいいけど……可愛らしいフードね。猫耳もついていておしゃれだわ」
「あっ、どうも」
「それに、声も綺麗。隠しているけど、顔も可愛らしいのかな?」
「いえ、そんなこと。ほんとに。無数の傷だらけで、どうしようもなくて」
「無数の傷? そうなの? それは悪いことを聞いたわね」
「大丈夫です。慣れてるので」

 ナリアリが、ポケットから五枚の鉄銭を手渡した。
 さっとベリーを手にとり、豪快に口の中に放り込む。
 なかなか甘いわ、と弾んだ声が届いた。

「余計なお世話かもしれないけど、仕事がつらかったら教会に来なさい。あなたくらいの少女はいつも歓迎されるわ」

 ナリアリはそう言い残して立ち去ろうとした。
 けれど、何かを思い出したのか、くるっと体を回した。
 私はまた、素早く顔を隠した。心からフードに感謝した。

「そういえば、この辺で目立つ銀色のドレスを着た少女を見なかった? 顔に遮魔布を巻いた子」
「ミタコトナイデス」
「そう。もし見かけたら教えて。お礼はするわ」

 私はこくんと頷いた。
 ナリアリがようやく立ち去った。

「売り子って危険な仕事……」

 この広い町でまさか次の日に武闘派シスターと出会うとは思わなかった。
 あの好戦的なウェイリーンも来ているのだろうか。
 というより――

「もしかしてお尋ね者扱いとか? 勘弁してよー。ワルマーさんには悪いけど、今日で売り子やめよう。恥ずかしいし、危ないし、全然売れないし……いや、でも……」

 見送ってくれたアテルや、ミカン12個回しで客を惹きつけるウィミュに比べてどうだろう。
 二人は簡単に仕事をこなしている。
 しかも、アテルは店番を任せられるほど信頼されているのだ。
 なのに私ときたら、恥ずかしいだの、売れないだの、文句ばっかりじゃないか。
 悔い改める気持ちで、視線を遠くに投げた。

「やっぱり、もう少しがんばる。まずはもっと大きな声で」

 気持ちを切り替えた。
 恥ずかしさを押し殺し、ブルーベリーのすばらしさを語ってみた。
 甘くておいしいのはもちろん、アントシアニンが視力回復にいいとか。
 ジャムにもできる、とか。
 自分でも異世界で何を言ってるのかとおかしくなったけれど、とにかくがんばった。
 お客さんが一人、また一人と買ってくれた。
 たとえ一つでも二つでも、売り上げには違いなかった。
 たまに「がんばってね」と声をかけられることもあった。
 でも、かごいっぱいのブルーベリーは、売り切れには遠かった。
 興味を持ってくれても、値段を聞いて去ってしまう人もいた。
 日が傾き始めていた。
 アテルは忙しいのだろう。結局、見に来てくれなかった。
 ちょっとがんばる姿を見てほしいと思ったのに。
 あと少しがんばったら帰ろう――そう決めたときだった。
 私のカゴがひょいっと持ち上げられてしまった。

「あっ――返して!」
「全部買ってやる」
「えっ?」
「売れ残ったものを全部買ってやると言ったんだ。子供は仕事などせずに家で遊んでいろ。金貨10枚もあれば十分だろ」
「……ありがと」

 それはモンスターだった。
 巨体に四つ足、牛のような頭部と蛇の尾。片手には斧を持っていた。
 夕日を背景に立つと、大きな影が私の上に落ちてきた。

「さすが、かっけー」

 近くにいた部下らしき一人がほめたたえた。
 だが、モンスターは軽く鼻を鳴らしただけだった。

「わかったらさっさと家に帰るが良い。夜の街は危ない」

 私はにっこり笑った。

「ありがとね、ディアッチ。そういうの悪くないよ」
「……ん? なぜ名ををっっ!?」

 ようやく気付いたらしい。
 ディアッチの瞳が限界まで開かれ、戦慄したように震えた。

「その調子でがんばってねー」

 身軽になった私は金貨をポケットに突っ込んでさっと身を翻した。
 そして、少し離れた場所で手を振ると、ディアッチは放心したような顔をしてから、背を向けた。

「……今日は腰の調子が良い。もう少し町を見て行こう」

 そんな言葉を部下に投げつつ、巨体がゆっくり動き出した。

「まさか、ディアッチに出会うなんて」

 私はその様子を眺めながら、決心した。
 ――売り子、やめよう。この仕事は危険だ。
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