スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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手紙

 ――対象のスキルは<複写>対象外です。

 鳴り響いた天の声に意識を奪われていたサナトは、はっと我に返った。

「やはり、私のスキルが視えているのですね」

 レイナが透き通った瞳を向けた。すべてを知るかの視線は、サナトを檻の中に放り込むような力があった。

「先に言っておきますが……私はあなたがスキルを<複写>できる仕組みを知りませんし、もちろんリリアーヌが知るわけでもありません。けれど、サナトが外の世界から来た人間であることはとうに知っていました」

 サナトが浅く息を吸い、深く吐いた。浮足立った顔が、すうっと冷めた。

「ノトエアですか……」
「正解です。ノトエアは、あなたと同郷でした。異質な学園の造りも含めて色々と気づく点はあったかと思います。夢物語のような話を告白された私が信じたのは随分あとでしたが……その様子だと、そちらのリリスはもう知っているようですね」

 レイナの視線が向き、リリスは一瞬口をつぐんだ。しかし、小さく唇を開き「ご主人様は別の世界から来たと聞きました」とつぶやいた。
 サナトが頷き、厳しい口調で言う。

「どうして、ノトエアと私が同郷だと分かったのですか? それに、<複写>の件まで」
「種明かしは簡単です」

 レイナはあっさりと答えると、両手を胸の前で組んだ。

「奏上の言……高天原に座す神々たちよ。小さき私に諸々の禍事、一切の罪穢を振り払わんとする強さをお貸しください」

 朗々と紡がれる声が終わると、部屋の隅に直立する棚の引き出しが独りでに開いた。中から古い書物が一冊浮き上がり、すうっとテーブルに降り立った。
 息を呑むリリスの横で、サナトがしたり顔で頷く。

「それが<神格法>ですか」
「その通りです。このスキルは周囲に存在する超自然的なエネルギーを見えない物質として操作するものだろう――とノトエアは言っていました」
「なるほど。普通の人間には視えない手のようなものを操る力ですか」
「水のような力を戦闘で使いあぐねていた私に、ノトエアがイメージを固めたらどうかと提案してくれました。リリアーヌは見たことがあるでしょう? <神格法一式・白闘衣>などが、その例です。結果、私は近隣でも最強の国王と言われるほどになりました」
「はい……」

 驚きを隠せないリリアーヌを一瞥し、サナトが口を挟む。

「ノトエアが、手を貸したというのは分かりました。未来視ができたということも授業で聞きました。しかし、知りたいのは、なぜ私のスキルの仕組みを知らないのに……あんな対応ができたのかということです」
「それは、もう示しました」

 サナトが疑問符を浮かべた。
レイナが机の上を指さす。古ぼけた分厚い書物が存在を主張していた。

「日記……?」
「ただの日記ではありません。ノトエアにとっての『未来の日記』です」

 レイナはすらすらと述べた。サナトが、目で許可を取り、日記をめくる。

「この文字は……」
「間違いないようですね……ノトエアが、高齢で自由に動けなくなってからの数年を費やした『王国で起きる事件を予測した日記』のおおよそ百年分です。私は…………それに従って、全ての政策を考えてきました。事前に対策を打って起きなかった事件も、書かれている以上の事件であったこともありました」
「つまり、ここに私が出てくることが、書かれていると?」
「サナトの名前は書かれていません。ただ、今この瞬間、私がここで黒髪の男性と対面することと……『私のスキルは<複写>できない』と伝える場面が、予測されているのです」

 レイナは途切れ途切れに言葉を紡いで、深いため息をついた。体の中から何かが抜け出ていくような吐息が終わると、一気に年齢が進んだように見えた。
 リリアーヌが痛まし気に見つめて、「陛下」とつぶやいた。

「話すと長くなります……その日記は……あなたに引き継ぐようにノトエアから指示を受けています。どうか有意義に使ってください」
「思い出の品ですが、構わないのですか?」
「思い出はそれだけではありません」
「では、遠慮なくいただきましょう。とても興味深い」

 サナトは日記をアイテムボックスに収納した。見届けたレイナが、リリアーヌに目配せした。
 リリアーヌが立ち上がり、執務室の外に出る。誰かが外にいるようだ。

「これからのことですが、サナトには、ほとぼりが冷める時期まで、一つ仕事をお願いしたいと思います。今のあなたは有名人です。家名持ちしか知らない竜伐の話も、すぐに城下に広まるでしょう。適当に、竜伐の筋書きは考えておいてください。詳細を知ろうという人間は必ず現れます」
「噂話が収まるまで、王都を離れるということですか?」

 レイナが首を縦に振った。

「戦力増強を考える家は多い。家人のいない竜伐勲章を持つサナトは、何かと引き入れやすいと考えるはずです」
「家同士の余計な諍いを起こさない意味もあると……」
「そういうことです。詳しいことは、リリアーヌから聞いてください。話は以上です」

 固い表情のレイナは目をつむった。どんな意味があるのかは分からない。
 しかし、何かを必死に耐える姿は神々しく、それ以上の言葉を拒否するかのようだ。
 サナトはリリスを促して立ち上がった。深々と頭を下げ、身を翻して外に出た。
 扉の外には、リリアーヌとモニカが待っていた。

「サナトくんとリリスはパルダンに行ってください」
「……パルダンだと?」

 サナトが小さく顔をしかめた。リリスも微妙な表情を浮かべる。

「そう。サナトくんとリリスの出身地。ノトエア様の血を引く人があそこを治めているから、新しい家名が生まれましたっていう挨拶――が建前」
「本音は?」
「サナトくんに『赤鋼の獣』を追ってほしいの。最近、パルダンで人食いのやつが出て被害が出てるのに、なかなか捕まえられないから」
「……なぜ俺に?」
「サナトくん強いから」

 リリアーヌが強い視線を向けた。いつもおどおどしていた少女に心の変化があったのだろうか。彼女は続けた。

「強い人は、力を隠してばかりじゃいられない――モニカに言ったでしょ」
「迷宮で似たようなことは言ったが、少しねじ曲がっている気がする」
「移動魔法で一気に飛べるし、たぶん人並み外れた視界も持っているだろう、って……ギルドマスターの報告で読んだ」

 サナトは視線をめぐらせながらゆっくり両手を上げた。降参のポーズだ。
 覚悟を決めてレイナのあとを継ぐと決めた少女は、たくさんの秘匿情報に触れ始めているのだろう。少し離れて、モニカが嬉しそうに微笑んでいる。
 リリアーヌが、ぺこりと頭を下げた。

「お願いします」
「分かった。できる限り努力する。ただ、こっちに一つ仕事を残してる。緊急時には、魔法で戻るかもしれん」
「うん、ありがとう。何かあったらモニカに伝えて。サナトくんに同行するから」
「え? モニカがついてくるのか?」
「なにか不満?」

 つかつかと足音を鳴らすモニカが、サナトに近づき見上げる。

「……敵がどんなやつか分からないんだ。危ないぞ」
「承知の上だし、私も戦えるから問題ないわ。それに、一応王家に挨拶に行くんだから、誰か関係者がいかないとダメなの」

 モニカの正論を、リリアーヌが引き継ぐ。
 
「そういうことだから。本当は、もっと護衛の人をつけるべきなんだけど……サナトくんには逆に邪魔になるかなって」
「了解した……」

 サナトは不承不承頷いた。


 ***


 静まり返った室内で、レイナはノトエアからの手紙を開いた。
 それは遺書だった。

 ――愛するレイナへ
 おはよう。直接話ができなくてごめん。
 たぶん、君のきれいな顔を見たら、僕はみっともなく泣き喚いて未練がましいことを言っていたと思う。手紙で許してほしい。
思い返せば、異世界に飛ばされて出会って君と結婚できたことが何よりの幸運だった。
 ひどい未来が視えるスキルを恨んだけれど、これが無ければ君に会えなかったのだと考えると、二度目の人生でもきっと手にしたと思う。
 話していた未来日記は何とか書き終えた。
 この国にとっては希望の書だ。でもレイナにとっては、ただ重たいものだ。
 本当に耐えられなくなったら、遠慮なく王の座を捨てて逃げてほしい。はっきり言って優しすぎる君には向いていない仕事だ。
 もう十分に迷惑に付き合ってもらった。僕の死後まで付き合う必要はない。
 こんなことを書きながら思い出すのは、レイナに告白して、冷たく断られたことだ。いずれ付き合う未来が視えていたとは言え、あんなに心が荒んだ瞬間はなかった。もちろん四度目で受け入れてもらえた瞬間はすべて忘れて舞い上がったけどね。
 子供が生まれて、国でいろんな問題が起こって、お互いぶつかって。喧嘩はいつもレイナの圧勝だったのに、最後に泣くのはいつも君の方だった。
 なにもかもが幸せだった。
 本当に世話になった。
 ありがとう。
 これを言うと怒られると思うけど、一つだけ謝らせてほしい。
 君だけを遺してごめん。君のそばにずっといられなくてごめん。
 でも、死んでも僕はレイナを愛している。
 ノトエアより――

 レイナの頬を、熱い涙が流れた。
 手紙を丁寧に折りたたみ、そっと引き出しにしまった。
ちょうど廊下でリリアーヌとモニカの笑い声が聞こえた。

「あなたの意志は……渡しました。後継者もできました……。もう……もう、楽になっていいですよね」

 レイナは両手で顔を覆った。
 薄れきった記憶、耐えがたい孤独、無念、嘆きが胸の中で無秩序に暴れまわり、瞳からとめどなく雫がこぼれた。
 嗚咽が途絶えることなく木霊した。
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