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連載
清掃係の戦い
ミティアは給仕の友人に変わってほしいと頼み込んだ。
すでに立食パーティが開かれるという話は王宮に広まっていたので、一目見ようとする人間が多く、勘繰られることはなかった。
「ええっ、私も見たいんだけど」
渋る友人に、銀貨を数枚握らせた。
一枚でも十分だが、土壇場での心変わりと、寸前で別の人間に横取りされることを恐れて破格の値で買った。
将来にかける費用だと思えば安いものだ。
ついでに付け焼刃で食事の配給方法を教えてもらい、メイドの衣装も借りた。
細かいことはどうでもいい。
問題は、サナトの顔検め。そして、もし本人なら、どうやって近づくか、だ。
「覚えてる……かな」
十年もあいたわけではない。顔は忘れても王宮で一緒に仕事をしたことは覚えているだろう。
だが、それが良いことかと言われると難しい。
話のきっかけに使えたとしても、ミティアは最後にサナトを見限っている。
印象は悪いはずだ。
性格は悪くないものの、身分や将来性から結婚相手としては不十分なサナトに、積極的なアピールはしてこなかった。単に、仕事ができるから目をかけていただけだ。
薄らとした記憶では、好意を持たれていた可能性は半々といったところだろう。
「ずっと、謝りたかった。やっぱりこれかな」
ミティアは考える。
あの時の判断は間違っていない。清掃長に見限られた時点で、サナトの将来は閉ざされたも同然だった。すがるような視線を避けるのは当然だ。
吐いた唾は呑み込めない。それなら、うまく利用する。
深い罪悪感を表情と言葉に乗せ、一度の接触でサナトの興味をひきつける。何度も出会えるだろうと淡い期待を抱くのは禁物だ。
どんな言葉なら、彼の心をつなぎとめられる?
清掃の合間に、怖い顔で窓の外を睨みつける。
「見捨てなければ、お前も首だって、清掃長が……」
口に出してみると、言い訳がましさと、くどさを感じた。そもそも余計な話をする時間は無いと思った方がいい。
清掃長に責任をなすりつけるくらいなら、心から謝罪を述べる方が受けがいいのでは。
ミティアは何度もその場面をシミュレートする。
彼女の人生における最大の山場は、そうしてすぐにやってきた。
***
ミティアは忙しく動き回りながら、参加者の間を縫って中央を進む人物を確認した。
黒髪に黒い瞳。彫りの浅い顔立ち。細身の体。
高そうなローブの胸元には竜の顔をあしらった金色の紋章。あれが竜伐勲章だろうか。
内側に見える衣装にも煌びやかな線が描かれ、一目で身分の高さを理解した。
同時に小躍りしたい気持ちが心を占めた。
(サナトさんだ。間違いない!)
はっきりわかった。
記憶にある顔とまったく同じだ。取り立てて特徴はないものの、凛々しさを増した横顔はとてもかっこいい。
唇が自然と笑みをこぼした。
国に注目される武力、地位、名誉、そして資産。
こんなチャンスが回ってきたことを心から感謝した。
サナトは貴族や憲兵の視線が集中する中、まったく臆することなく老齢のガルハ王子に深々と頭を下げた。
浮かれても不思議ではない場面なのに、横顔がめんどくさそうに見えるのは気のせいだろうか。
彼は、栄誉を称える言葉に「光栄です」と一言だけ答え、早々に退散し始める。
まさか主役がこれでいなくなるとは。
てっきり、パーティに参加すると思っていたミティアは慌てた。自分が来ている衣服のことも忘れて、人を押しのけて走り出した。
ここを逃せばあとがない。仕事のことなど気にもかけない。
途中で見失った。
身分の高い者は、普通はお付きのものがぞろぞろ続く。行列を追えば出会えるはずなのに、サナトの周囲には数人しかいなかった。
けれど、こんなことであきらめるはずがない。
――出口に回れば。
天啓のようなひらめきに、ミティアはスカートを持ち上げて全力で走った。見知った清掃係や憲兵とすれ違ったが振り返る暇はない。
そして、見つけた。
艶のあるローブに黒髪の後ろ姿。間違いなく彼だ。門を出て、石畳を向こうに歩いている。
「サナトさんっ!」
ミティアは力の限り叫んで走った。もう演技は開始している。
ポケットから準備していた手紙を取りだし、さらに近づく。
その前に――
薄紫色の髪の少女が立ちはだかった。黒いドレスに凛とした佇まい。切れ長のアメジストの瞳が何かを見透かすようで、背筋がぞくりと震えた。
「ご主人様に何か御用でしょうか?」
(この子、奴隷だ)
ミティアは一目で見抜いた。奴隷がご主人様と呼ぶ意味は知っている。心からすべてを捧げると誓った時だ。
それはつまり――
焦りが渦巻いた。
でも、奴隷は主人の後ろに立てても、永遠に隣には立てない。身分の差とはそういうものだ。ミティアが求めるのはその隣の位置だ。
「だれ?」
動こうとしたミティアの先を制するように、金髪を夜会巻きにした少女が近づいた。白いドレスに紺碧の瞳。また美人だ。向けられる視線に自然と見下ろすような雰囲気がある。
こっちは貴族階級に近い人間だと直感で悟る。
「リリス、知り合い?」
「いえ……ご主人様に走って近づこうとしていたので、何事かと思いまして。モニカさんの知り合いではないですか?」
「うーん……全然知らない人。メイド?」
焦るミティアとは違い、目の前で話す二人に緊張感は皆無だ。
すると、そんな二人の肩に男の手がかかった。
「俺の知り合いだ」
苦笑いするサナトが、二人の間から前に出た。
「別に危険はないから、少し二人にしてくれ」
「サナトさん……」
ミティアはほっと息を吐いた。
「別にいいけど……すぐ来なさいよ」
モニカが険のある視線を、サナトとミティアに向ける。
サナトがひらひらと片手を振った。そして、二人になると、ミティアはおずおずと手紙を出した。
「本当にごめんなさい……サナトさんにそれだけを言いたくて」
サナトは無言で受け取った。破り捨てられる最悪の場合を覚悟していたミティアは内心で安堵する。
だが、表情を窺う限り、反応はいま一つだ。何より、身近に目移りするような美少女が二人も侍っている状況では、自分の打った手はぬるいと感じた。
ミティアは仕方ないと決心し、もう一枚の手紙を取りだした。
わずか一言をしたためた小さなものだ。
「私に……あの時の罪をつぐなわせてください」
ミティアはうすらと涙を浮かべて、腰を折った。サナトの返事を聞かずに駆け出す。
(ここまですれば悪くない結果になるでしょ。美人ってだけで勝てると思わないことね)
今しがた出会った、リリスとモニカの顔を思い浮かべながら、即席のメイドは心を弾ませた。手紙を受け取った時点で、作戦はほぼ成功した。
あとは、高級宿で待つだけだ。サナトの同僚時代の性格を考えれば、断るにしても一度は姿を見せるだろう。
そうなれば――部屋に引き込むだけで賭けに勝てる。
***
夜が更けた。
通りの物音は静けさに塗りつぶされ、どこかで夜の鳥が鳴いている。
ミティアは入念に自分の服装をチェックし、今か今かと来客を待っていた。
髪は丁寧に梳いた。下着もすべて新品に変えた。宿代も含めれば痛い出費だが、金の鳥を捕まえるためならいくらでも払う。
一見、地味なガウンの下には、男ならすぐに飛びつきたくなるような煽情的な衣服を纏っている。
あとは、タイミングを見て涙を流しながらサナトにしな垂れる。両腕が自分の腰に回されたところで、感謝の言葉と共に笑顔を向ければ作戦は成功。
サナトに好きなように発散させれば、関係改善と将来の繋がりが同時に手に入る。
もし、乗り気にならないようなら、贖罪を理由に押し倒し、技術で篭絡する。
ミティアは作成の成功を確信する。
「そうなったら、あの子に見せつけてやる」
リリスという名の少女の顔が思い浮かんだ。サナトを信じて疑わないような真っ直ぐな瞳が勘に障った。使いつぶされて捨てられるだけの奴隷が、なぜ主人を信じられるのかまったく理解できない。
「まあ、大事なことは作戦の成功よ」
ミティアはつぶやいて、口に手を当てた。扉をノックする音が聞こえたのだ。一度、二度。間違いない。
にやけた笑みを両手で無理やり崩し、立ち上がった。
「今の私は後悔を忘れない女」
言い聞かせて、「今開けます」と扉を引いた。
ローブ姿の困った顔のサナトが立っていた。
(やったっ! 勝った!)
飛び跳ねたい気持ちを抑えて、さっと視線を落とす。か細い声で、「私に謝罪の機会をくれてありがとうございます」と最後のセリフをつぶやく。
顔を上げた。
そして――息を呑んだ。
「だ、誰?」
ミティアは後ずさった。
サナトではない。影も形も無い。
代わりに困った顔で頬をかくのは、白銀のお姫様だ。白く透き通った肌に銀色の長髪。真っ白なドレスに魅惑的な体。
勝てる勝てないのレベルではない。
この世のものとは思えないほどの美女が、金色の瞳を輝かせてミティアを見つめていた。
「期待させてごめんなさい」
言葉に気持ちがこもっていない。形だけの挨拶だ。
しかし、聞きほれるような美しい声は、頭の奥をしびれさせる。
「マスターの与える罰ということで、私が来ました」
絶世の美女は、困った笑顔で笑う。「いつまでも私がしゃべらないからって言っても、こういう仕事は関係ないのに」とまったく意味が分からない言葉をつぶやきながら、人差し指を頬に当てる。
「あ、あなた……サナトさんの……何なの?」
「私はルーティア。マスターに憑依した者……マスターの女……マスターの……うーんなんだろ? どれもしっくりこないなあ」
「サナトさんに……言われてきたの? サナトさんは? サナトさんがここにいたでしょ?」
「あっ、マスターならさっき帰ったよ。大方予想通りだった、とか言って」
「……予想通り?」
「うん。で、ミティアさん――」
ルーティアは金色の瞳の輝きを一層強めながら、声を低くする。口調も表情も変化した。
ミティアの体が金縛りにあったように動きを失い、全身が冷えた。
「それくらいにしておきなさい。マスター……いいえ、サナトがあなたになびくことは一切ないでしょう。それと、サナトからの伝言です。『清掃係時代に仕事を教えてもらったことには感謝している。あなたのおかげで今の俺は幸せになった』……以上です」
ミティアがふらりと後ずさって尻もちをついた。ガウンがはだけ、用意していた衣装が露わになる。夜の冷気が露出する胸や太ももに纏わりついた。
ルーティアが少しだけ気の毒そうに見下ろす。
「サナトが相手に求めるのは、さもしい小細工ではありません。あなたには永遠にわからないかもしれませんね」
「知ったようなことを言わないで!」
ミティアの怒りが爆発した。初対面の人間に、なぜ分かった顔をされなければならないのだ。
体を縛っていた謎の空気が霧散し、数歩下がって外に出たルーティアに言い返そうと立ち上がる。
膝がふらつく、現実感がない。
扉を乱暴に開けて、廊下に出た。
「い、いない……そんな……」
廊下に人の気配はなかった。
ミティアは室内に戻って、へなへなと座り込んだ。
夢だったのだろうか。一瞬見えたサナトとルーティアという女は――
「これは……」
ミティアは丸テーブルに置かれた皮袋に気づいた。
なんとなく中身に予想がついたものの、丁寧に開ける。
「金貨……多い……」
わけがわからないまま、金貨を数えた。
十、二十、三十。
袋の底に下手な字で書かれた一枚の紙が眠っていた。
「『お世話になった対価。清掃係の給料の一年分です』か」
サナトの指導員として、ペアとして働いた一年分ということだろう。
これで関係は清算したという意思をまざまざと見せつけるものだ。
ミティアはぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
「お金だけで、あきらめろと……もしあの時に見捨てなかったら、私の手に入っていたかもしれないのに……」
ミティアは膝から崩れ落ちて両手で顔を覆った。
全て見透かされていた。チャンスは砂のごとく指の間を零れ落ちた。
すでに立食パーティが開かれるという話は王宮に広まっていたので、一目見ようとする人間が多く、勘繰られることはなかった。
「ええっ、私も見たいんだけど」
渋る友人に、銀貨を数枚握らせた。
一枚でも十分だが、土壇場での心変わりと、寸前で別の人間に横取りされることを恐れて破格の値で買った。
将来にかける費用だと思えば安いものだ。
ついでに付け焼刃で食事の配給方法を教えてもらい、メイドの衣装も借りた。
細かいことはどうでもいい。
問題は、サナトの顔検め。そして、もし本人なら、どうやって近づくか、だ。
「覚えてる……かな」
十年もあいたわけではない。顔は忘れても王宮で一緒に仕事をしたことは覚えているだろう。
だが、それが良いことかと言われると難しい。
話のきっかけに使えたとしても、ミティアは最後にサナトを見限っている。
印象は悪いはずだ。
性格は悪くないものの、身分や将来性から結婚相手としては不十分なサナトに、積極的なアピールはしてこなかった。単に、仕事ができるから目をかけていただけだ。
薄らとした記憶では、好意を持たれていた可能性は半々といったところだろう。
「ずっと、謝りたかった。やっぱりこれかな」
ミティアは考える。
あの時の判断は間違っていない。清掃長に見限られた時点で、サナトの将来は閉ざされたも同然だった。すがるような視線を避けるのは当然だ。
吐いた唾は呑み込めない。それなら、うまく利用する。
深い罪悪感を表情と言葉に乗せ、一度の接触でサナトの興味をひきつける。何度も出会えるだろうと淡い期待を抱くのは禁物だ。
どんな言葉なら、彼の心をつなぎとめられる?
清掃の合間に、怖い顔で窓の外を睨みつける。
「見捨てなければ、お前も首だって、清掃長が……」
口に出してみると、言い訳がましさと、くどさを感じた。そもそも余計な話をする時間は無いと思った方がいい。
清掃長に責任をなすりつけるくらいなら、心から謝罪を述べる方が受けがいいのでは。
ミティアは何度もその場面をシミュレートする。
彼女の人生における最大の山場は、そうしてすぐにやってきた。
***
ミティアは忙しく動き回りながら、参加者の間を縫って中央を進む人物を確認した。
黒髪に黒い瞳。彫りの浅い顔立ち。細身の体。
高そうなローブの胸元には竜の顔をあしらった金色の紋章。あれが竜伐勲章だろうか。
内側に見える衣装にも煌びやかな線が描かれ、一目で身分の高さを理解した。
同時に小躍りしたい気持ちが心を占めた。
(サナトさんだ。間違いない!)
はっきりわかった。
記憶にある顔とまったく同じだ。取り立てて特徴はないものの、凛々しさを増した横顔はとてもかっこいい。
唇が自然と笑みをこぼした。
国に注目される武力、地位、名誉、そして資産。
こんなチャンスが回ってきたことを心から感謝した。
サナトは貴族や憲兵の視線が集中する中、まったく臆することなく老齢のガルハ王子に深々と頭を下げた。
浮かれても不思議ではない場面なのに、横顔がめんどくさそうに見えるのは気のせいだろうか。
彼は、栄誉を称える言葉に「光栄です」と一言だけ答え、早々に退散し始める。
まさか主役がこれでいなくなるとは。
てっきり、パーティに参加すると思っていたミティアは慌てた。自分が来ている衣服のことも忘れて、人を押しのけて走り出した。
ここを逃せばあとがない。仕事のことなど気にもかけない。
途中で見失った。
身分の高い者は、普通はお付きのものがぞろぞろ続く。行列を追えば出会えるはずなのに、サナトの周囲には数人しかいなかった。
けれど、こんなことであきらめるはずがない。
――出口に回れば。
天啓のようなひらめきに、ミティアはスカートを持ち上げて全力で走った。見知った清掃係や憲兵とすれ違ったが振り返る暇はない。
そして、見つけた。
艶のあるローブに黒髪の後ろ姿。間違いなく彼だ。門を出て、石畳を向こうに歩いている。
「サナトさんっ!」
ミティアは力の限り叫んで走った。もう演技は開始している。
ポケットから準備していた手紙を取りだし、さらに近づく。
その前に――
薄紫色の髪の少女が立ちはだかった。黒いドレスに凛とした佇まい。切れ長のアメジストの瞳が何かを見透かすようで、背筋がぞくりと震えた。
「ご主人様に何か御用でしょうか?」
(この子、奴隷だ)
ミティアは一目で見抜いた。奴隷がご主人様と呼ぶ意味は知っている。心からすべてを捧げると誓った時だ。
それはつまり――
焦りが渦巻いた。
でも、奴隷は主人の後ろに立てても、永遠に隣には立てない。身分の差とはそういうものだ。ミティアが求めるのはその隣の位置だ。
「だれ?」
動こうとしたミティアの先を制するように、金髪を夜会巻きにした少女が近づいた。白いドレスに紺碧の瞳。また美人だ。向けられる視線に自然と見下ろすような雰囲気がある。
こっちは貴族階級に近い人間だと直感で悟る。
「リリス、知り合い?」
「いえ……ご主人様に走って近づこうとしていたので、何事かと思いまして。モニカさんの知り合いではないですか?」
「うーん……全然知らない人。メイド?」
焦るミティアとは違い、目の前で話す二人に緊張感は皆無だ。
すると、そんな二人の肩に男の手がかかった。
「俺の知り合いだ」
苦笑いするサナトが、二人の間から前に出た。
「別に危険はないから、少し二人にしてくれ」
「サナトさん……」
ミティアはほっと息を吐いた。
「別にいいけど……すぐ来なさいよ」
モニカが険のある視線を、サナトとミティアに向ける。
サナトがひらひらと片手を振った。そして、二人になると、ミティアはおずおずと手紙を出した。
「本当にごめんなさい……サナトさんにそれだけを言いたくて」
サナトは無言で受け取った。破り捨てられる最悪の場合を覚悟していたミティアは内心で安堵する。
だが、表情を窺う限り、反応はいま一つだ。何より、身近に目移りするような美少女が二人も侍っている状況では、自分の打った手はぬるいと感じた。
ミティアは仕方ないと決心し、もう一枚の手紙を取りだした。
わずか一言をしたためた小さなものだ。
「私に……あの時の罪をつぐなわせてください」
ミティアはうすらと涙を浮かべて、腰を折った。サナトの返事を聞かずに駆け出す。
(ここまですれば悪くない結果になるでしょ。美人ってだけで勝てると思わないことね)
今しがた出会った、リリスとモニカの顔を思い浮かべながら、即席のメイドは心を弾ませた。手紙を受け取った時点で、作戦はほぼ成功した。
あとは、高級宿で待つだけだ。サナトの同僚時代の性格を考えれば、断るにしても一度は姿を見せるだろう。
そうなれば――部屋に引き込むだけで賭けに勝てる。
***
夜が更けた。
通りの物音は静けさに塗りつぶされ、どこかで夜の鳥が鳴いている。
ミティアは入念に自分の服装をチェックし、今か今かと来客を待っていた。
髪は丁寧に梳いた。下着もすべて新品に変えた。宿代も含めれば痛い出費だが、金の鳥を捕まえるためならいくらでも払う。
一見、地味なガウンの下には、男ならすぐに飛びつきたくなるような煽情的な衣服を纏っている。
あとは、タイミングを見て涙を流しながらサナトにしな垂れる。両腕が自分の腰に回されたところで、感謝の言葉と共に笑顔を向ければ作戦は成功。
サナトに好きなように発散させれば、関係改善と将来の繋がりが同時に手に入る。
もし、乗り気にならないようなら、贖罪を理由に押し倒し、技術で篭絡する。
ミティアは作成の成功を確信する。
「そうなったら、あの子に見せつけてやる」
リリスという名の少女の顔が思い浮かんだ。サナトを信じて疑わないような真っ直ぐな瞳が勘に障った。使いつぶされて捨てられるだけの奴隷が、なぜ主人を信じられるのかまったく理解できない。
「まあ、大事なことは作戦の成功よ」
ミティアはつぶやいて、口に手を当てた。扉をノックする音が聞こえたのだ。一度、二度。間違いない。
にやけた笑みを両手で無理やり崩し、立ち上がった。
「今の私は後悔を忘れない女」
言い聞かせて、「今開けます」と扉を引いた。
ローブ姿の困った顔のサナトが立っていた。
(やったっ! 勝った!)
飛び跳ねたい気持ちを抑えて、さっと視線を落とす。か細い声で、「私に謝罪の機会をくれてありがとうございます」と最後のセリフをつぶやく。
顔を上げた。
そして――息を呑んだ。
「だ、誰?」
ミティアは後ずさった。
サナトではない。影も形も無い。
代わりに困った顔で頬をかくのは、白銀のお姫様だ。白く透き通った肌に銀色の長髪。真っ白なドレスに魅惑的な体。
勝てる勝てないのレベルではない。
この世のものとは思えないほどの美女が、金色の瞳を輝かせてミティアを見つめていた。
「期待させてごめんなさい」
言葉に気持ちがこもっていない。形だけの挨拶だ。
しかし、聞きほれるような美しい声は、頭の奥をしびれさせる。
「マスターの与える罰ということで、私が来ました」
絶世の美女は、困った笑顔で笑う。「いつまでも私がしゃべらないからって言っても、こういう仕事は関係ないのに」とまったく意味が分からない言葉をつぶやきながら、人差し指を頬に当てる。
「あ、あなた……サナトさんの……何なの?」
「私はルーティア。マスターに憑依した者……マスターの女……マスターの……うーんなんだろ? どれもしっくりこないなあ」
「サナトさんに……言われてきたの? サナトさんは? サナトさんがここにいたでしょ?」
「あっ、マスターならさっき帰ったよ。大方予想通りだった、とか言って」
「……予想通り?」
「うん。で、ミティアさん――」
ルーティアは金色の瞳の輝きを一層強めながら、声を低くする。口調も表情も変化した。
ミティアの体が金縛りにあったように動きを失い、全身が冷えた。
「それくらいにしておきなさい。マスター……いいえ、サナトがあなたになびくことは一切ないでしょう。それと、サナトからの伝言です。『清掃係時代に仕事を教えてもらったことには感謝している。あなたのおかげで今の俺は幸せになった』……以上です」
ミティアがふらりと後ずさって尻もちをついた。ガウンがはだけ、用意していた衣装が露わになる。夜の冷気が露出する胸や太ももに纏わりついた。
ルーティアが少しだけ気の毒そうに見下ろす。
「サナトが相手に求めるのは、さもしい小細工ではありません。あなたには永遠にわからないかもしれませんね」
「知ったようなことを言わないで!」
ミティアの怒りが爆発した。初対面の人間に、なぜ分かった顔をされなければならないのだ。
体を縛っていた謎の空気が霧散し、数歩下がって外に出たルーティアに言い返そうと立ち上がる。
膝がふらつく、現実感がない。
扉を乱暴に開けて、廊下に出た。
「い、いない……そんな……」
廊下に人の気配はなかった。
ミティアは室内に戻って、へなへなと座り込んだ。
夢だったのだろうか。一瞬見えたサナトとルーティアという女は――
「これは……」
ミティアは丸テーブルに置かれた皮袋に気づいた。
なんとなく中身に予想がついたものの、丁寧に開ける。
「金貨……多い……」
わけがわからないまま、金貨を数えた。
十、二十、三十。
袋の底に下手な字で書かれた一枚の紙が眠っていた。
「『お世話になった対価。清掃係の給料の一年分です』か」
サナトの指導員として、ペアとして働いた一年分ということだろう。
これで関係は清算したという意思をまざまざと見せつけるものだ。
ミティアはぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
「お金だけで、あきらめろと……もしあの時に見捨てなかったら、私の手に入っていたかもしれないのに……」
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えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~
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ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始!
2024/2/21小説本編完結!
旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です
※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。
※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。
生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。
伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。
勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。
代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。
リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。
ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。
タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。
タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。
そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。
なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。
レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。
いつか彼は血をも超えていくーー。
さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。
一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。
彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。
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