スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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たくらみは踊る

 ティンバー学園、理事の一人部屋。
 黒い眼帯を付けた紫髪の男が、ノック無しに扉を開いた。
 数々の書籍が散らばる部屋の中央に、重厚な二人掛けのソファが二脚ある。その片方に、主のアルシュナがかけていた。

「ただいま戻りました。計画は万事順調です。予定通りの日取りで決行されます」

 片目を金色に輝かせるウェンティは簡潔に報告を済ませ、膝の上で手を組んでうなだれるアルシュナの様子を窺う。
 主から返事が無いことは珍しい。
 テーブルにはお気に入りのワインとハードチーズが無い。読書中でもない。
 訝しむ気持ちで、対面のソファにかける。
 すると、茶髪の頭がゆっくりと持ち上がった。

「ウェンティ、どういうことだ?」

 声に怒りを孕んでいた。今にも怒鳴りだしそうな気配と、血走った瞳。
 怒気をあからさまに示すアルシュナは珍しい。
 興味が湧いた。

「どう、とは?」
「とぼけるな。ヘーゲモニアの件だ。お前は言ったな。準備は整ったと」
「ええ。申し上げました」

 ウェンティは平坦な声で答えた。
 ヘーゲモニアの精神はすでに操作済みだ。弱く弱く重ねて洗脳してきたことには気づいていないだろう。
 息子であるイース=セナードへの愛着、興味。それらはゼロになっている。
 人間の父親が持つ自然な感情など、悪魔のスキルの前では意味を成さない。
 だが、急激な精神の変化には誰でも戸惑いを覚える。<精神操作>のスキルは対象者に不信感を持たれると非常に弱い。操作して膨らませた感情に、自分で疑念というカウンターを行うようになるからだ。
 だからこそ、ウェンティはアルシュナの望みが叶うよう、注意深く、慎重に事を進めてきた。

「三名家の一つを合法的に乗っ取る仕掛けはすでに終えました。ヘーゲモニアは息子を切り捨て、心酔するあなたに当主の座を譲る。これは確定事項です」
「手落ちはないな?」
「もちろんです」

 はっきりと言い切ったウェンティは無感情な瞳を向ける。
 アルシュナが小ばかにしたように笑った。立ちあがり、執務机にあった三つ折りの手紙を投げて寄越す。

「なら、それはどういうことだ?」

 ウェンティは、手紙にしたためられた長文に目を通した。
 そして、アルシュナの怒りの理由を理解した。

「ばかな……」

 ウェンティは金色の瞳をこれでもかと見開く。

「当主の件を、すべて白紙に戻す、と」
「それだけじゃない。僕の代わりに誰を候補にするのかと思えば、愚鈍なセナードだぞ。これを、お前の手落ちじゃないとして、どう説明するんだ? 国の頂点に立つために四十年も待ったんだぞ!」
「しかし……」
「答えろ、ウェンティ!」

 アルシュナが荒々しく腰掛け、テーブルを拳で叩いた。室内がびりっと揺れた。

「僕の予想を教えてやろうか。例の新入生だ。あいつが、契約している悪魔に命じてやらせたに違いない! どうだ?」
「それは……」
「あいつを甘く見たお前の責任だ!」

 拳を震わせるアルシュナの前で、ウェンティは静かに視線を落とした。
 手紙に押されているのは間違いなくイース家の印だ。手紙のやりとりを何度も交わしているから断言できる。偽物ではない。
 そして、アルシュナの予想は間違いだ。
 <精神操作>のスキルは攻撃力がゼロである代わりに、最大MPによって効果が顕著に表れる。つまり、スキルの使い手以上の使い手でなければ、かけた効果は打ち破れない。

 ウェンティは目を閉じる。アルシュナに教えていない『真実』を考慮して考えられる可能性は二つ。
 一つは、自分より強い悪魔が、人間の契約主という『楔』を得て顕現した。
 だが、これはありえない。
 ウェンティは第二級悪魔だ。
 この世界における第二級悪魔とは、人間とは隔絶した力を持つ。それゆえ、波長が合い、契約に至れる人間を探すことすら困難だ。
 さらに強い第一級悪魔が現れる可能性はゼロに等しい。
 仮に顕現したところで、第一級悪魔の汚染に耐えうる器を持つ人間などいない。悪魔と契約すれば、精神が汚染される。
 凶悪で凶暴な歪んだ性格への変化、人格破綻。変わり果てて最後は悲惨な死を遂げる。頂点の悪魔の汚染速度は耐性のない人間を一瞬で壊すだろう。
 第一級が現れたとなれば、天使も黙ってはいまい。自分を上回る悪魔は考えられない。
 ちらりとアルシュナを盗み見る。
 力の使用を極限まで制限して汚染を抑えてきたが、契約した頃と比べれば、確実に容赦が無くなってきている。自己中心的で、他の犠牲を厭わない人間に変わりつつある。
 
 第二の可能性。
 <精神操作>に異常に長けた悪魔の出現。これはあり得る。
 火や水といった属性に長けた悪魔もいれば、体術や剣術に長けた悪魔もいる。知らないだけで精神操作系に長けたものがいても不思議ではない。
 サナトの悪魔は魔法改変に長けていたはず。複数の長所を持つ稀有な悪魔がこのタイミングで都合良く出てくるだろうか。
 ――いずれにしろ危険だ。
 暗い思考の中で結論づける。何をしでかすか分からない悪魔が存在することは間違いない。『悪魔のルール』を無視して暴れまわられれば厄介だ。疑わしいものは早めに消さなければ。
 ウェンティは、方針を決めて顔を上げた。

「ヘーゲモニアの心変わり……新入生かどうかは断定しかねますが、私のスキルを破る力を持つ悪魔が現れたのでしょう」

 率直な言葉に、非難していたアルシュナがたじろぐ。怒りに変わって焦りが顔を出した。
 ウェンティは内心でほくそ笑みながら、言葉を続ける。

「スキルを破られた以上は、私の存在が明るみに出る可能性があります。ヘーゲモニアが我に返ったとすれば……今までの自分を疑問に思う可能性が……」
「なにっ?」
「ヘーゲモニアは口が堅い人物でしょうか?」
「あいつは……おしゃべりではない方だ……」
「アルシュナや私と接触していたということが、表に出る可能性はないでしょうか? 家人には知っている者がいるはず……ヘーゲモニアが何度も出会った私を異質な存在だと気づく可能性は?」

 素知らぬ風を装い、ウェンティは案じ顔で不安を煽る。
 アルシュナが大きく動揺した。
 疑心、恐怖。混ざり合った感情が、めまぐるしく表情に現れる。

 ――国のトップに立ち、王となる。そのために、まずはレイナを中心とする現体制を破壊し、民を守れなかったと批判される名家の当主に座る。そして、己の武力を見せつけ、三名家の筆頭にのし上がる。
 続いて、時期を見て、玉座を力で奪い取る。
 その際に抵抗勢力になりそうな他家の有望な学生は勲章をエサにして迷宮で消し、学園の理事に座る間に貴族とパイプを作り見方を増やしておく。そして、ウェンティには協力の見返りとして学園を魂の牧場として与える――

 壮大な計画に繋がる第一歩が、音を立てて崩れかけていた。
 重々しい声が響いた。

「……消せ」
「よろしいのですか? 名家に座るまでは自然に、という――」

 想定通りの流れに気を良くしながらも、ウェンティは眉を寄せた。

「どうせ決行日にはヘーゲモニアは戦死する計画だ。早めるだけだ」
「……承知しました。手段はどのように?」
「任せる。人目につかないよう大至急やれ」

 アルシュナが青白い顔でソファに体を預けた。うわ言のように「証拠はないはず」と口にし、テーブルをじっと見つめている。
 ウェンティが立ち上がって外に出る。
 主の指示は得た。
 まずヘーゲモニアを始末する。そして、場を見られたという理由で近しい位置にいるセナードと妹を。最後に怪しい新入生と、使役されている風変わりな悪魔。
 計五人を殺せば、当面の不安要素は取り除ける。家人の話は戯言で聞き流しても良い。もし、他の名家の当主が知っていた場合は、これも始末しよう。
 自分のレベルアップのためにも、安定した魂の狩場は喉から手がでるほどに欲しい。こんなことでとん挫させるわけにはいかない。

「これでアルシュナの精神汚染が一段と進んでしまうのは致し方ないですね」

 ウェンティは顎に手を当てて考える。
 記憶の限り、第二級に命令に背く愚かな悪魔はいない。
 人間など物の数に入らないが、敵の悪魔は第四級、運が悪ければ第三級かもしれない。そうなるとこちらもある程度の力を振るう必要がある。手加減はできない。
 厄介だ。
 悪魔公に背いた愚か者には制裁を与えるべきだが、悪魔が悪魔を殺した場合、その悪魔は完全に消滅して復活ができない。

「……殺すのが正解か、将来を見越して魔界の戦力を失うことをお嫌いになるか。判断に迷うところですね」

 ウェンティは口端を曲げる。
 久しぶりの全力戦闘になるかもしれない。気兼ねなく暴れられるように場所の選択は慎重に行わなければ。

「さてと、では呼び出しの手紙を書くとしましょうか」

 静かに嗤って手を伸ばす。目の前に開いた渦巻く穴に、音もなく滑り込んだ。
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