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連載
決まった未来 2
「大丈夫ですか?」
呆気に取られるヘーゲモニアを回復の光が包む。
みるみる背中の傷が塞がった。
「な……ぜ? 君は確かパルダンにいたはず」
「一つ仕事を残していましてね。申し訳ないですが、ここ数日はずっと監視させてもらっていました」
「私を?」
「まあ、何かあるとすれば、あなたかセナードのどちらかだろうと思いまして」
サナトはそう言って右手を上げた。
上空に炎の塊が出現した。無詠唱だ。
瞬時に何かがとび出した。ショートボウと同じ大きさの炎の槍だ。ひゅんっと空気を唸らせ、次々と天に続く。
そして、漆黒の闇の中で方向を変えたそれらが、辺り一帯に雨のように降り注いだ。
ヘーゲモニアを威嚇していた退路を塞ぐ狼が貫かれる。
一匹、二匹――すぐに全滅する。
主郭を埋め尽くす狼が――断末魔をあげて、塵と消えた。
赤い槍は、続いて周囲の森に落ちる。まるで、どこに何匹いるのかを完全に把握しているかのように、サナトはあちこちに焦点の合わない視線を向ける。
その度に、森が赤く染まり、狼の悲痛な鳴き声が響いた。
一瞬だった。
「大魔法を呪文無しに……」
「ただ<ファイアランス>を連発しているだけです。と、次は――」
上空の炎の塊から、大きな槍が生まれた。
目にも止まらぬ速度で消えたそれは、次の瞬間、少年の胸を深々と穿っていた。
信じられないと言わんばかりに表情を歪めた少年が、背後に倒れた。
サナトは、無言で近づいていく。
「何を?」
ゆっくりと体を起こしたヘーゲモニアが後ろに続く。周囲を見回し、「信じられん……あの数を」とつぶやく。
「生き返ると厄介なので、確実に止めを刺します」
「復活の輝石を持っていると?」
「そう思って対処した方がいいでしょう。魔人の少年……人形みたいだな」
サナトは眉を寄せて苦々し気に口にし、拳に白い刃を纏った。
そのまま穴の空いた胸に切っ先を向け、少し待つ。
すると、瞬時に焼けこげていた胸が治癒され、少年の暗い緑の瞳が見開かれた。
ぎょろりと側に立つサナトに視線を向け――
「もう眠れ」
<白炎刀>が胸を貫いた。びくりと体を痙攣させた少年は、両手で刃を押し返そうとして――息絶えた。
「こいつには恐怖が無いのか」
サナトは痛まし気に見つめ、膝をついた。恨みも恐れも抱かない光の消えた瞳をそっと閉じた。
ヘーゲモニアが深く息を吸って言う。
「事情は知らないが、助かった。ありがとう」
「いえ、こちらも助けに来るのが遅くなりました。で……これからどうしますか?」
サナトが黒い瞳を細めて言葉を待つ。
重苦しい声が返った。
「もちろん、この少年の主人を討つ。詳しく説明する時間はないが、王国や学園が危険になる可能性がある。屋敷に残してきたセナードも心配だ。私は、大至急戻る」
「その仕事、俺に任せてもらえませんか?」
「どういう意味だ?」
「アルシュナの始末を任せてほしいということです」
サナトの言葉に、ヘーゲモニアが驚愕する。
「なぜそれを?」
「知ってしまったからですよ。前にも似たような問答をした記憶がありますが」
そう言ったサナトは「だから監視していたんです」と、倒れ伏す少年を悲し気に見つめる。
「正直なところ……魔人の価値が初めて分かって胸糞悪いんです」
「価値?」
「気にしないでください。単に八つ当たりの相手が欲しいというだけです」
「アルシュナはおそらく手強いぞ。八つ当たりで戦うには――」
「だが、あなたに戦わせるわけにはいかない。もちろん、セナードやルルカにも」
ヘーゲモニアの言葉を、サナトが断ち切った。
黒い憂いを湛える瞳が向いた。
「この少年以上に、アルシュナは強いでしょう」
「それは……」
「あなたは、軍を動かせば、と考えているかもしれませんが、そんなことをすれば国中に不安が伝播する。俺なら、多少の破壊で終わらせられる」
「……敵に援軍がいる可能性もあるぞ。私が知る限り得体の知れない部下もいる」
「良からぬ輩が一か所に集まってくれるなら余計に好都合です」
サナトは腕組みをして微笑を浮かべる。
ヘーゲモニアが呆気に取られた。
「学園最強の男を確実に始末できると?」
「その通りです」
「……分からないことだらけだが、部下の少年に負けた私がどうこう言える立場ではないな。君の言う通り、もしアルシュナを始末するなら軍を動かすことになる。静かにことを終わらせられるのであれば……任せよう」
サナトが頷いた。そして、思案気に尋ねる。
「相手は理事の一人ですが、先に陛下にお伝えした方がいいと思いますか?」
「いや。手をこまねいている間に、何をするかわからん。やつは私が生きているとは思っていないはずだ。我がイース家が、すべての責任を負おう」
「では、あとのことはお願いします」
「了解した」
サナトは腕組みを解いて、手を前に突き出した。
不規則に渦巻く黒い穴が開いた。ゲートだ。
ヘーゲモニアがごくりと喉を鳴らした。
「ヘーゲモニア殿は、これで屋敷に帰ってください。それと……できれば、その魔人の少年を丁寧に葬っていただけるとありがたいです」
「なぜだ?」
「運が良ければ、もっとましな人生が送れたはずだったからです」
サナトは森の中に視線を投げた。誰かを思い出すような意味深な横顔には影があった。
「よくわからないが、恩人の頼みだ。我が家が葬ると約束する。その代わり――」
「分かっています。アルシュナは俺が始末します」
「こちらも準備はしておく。もし君が負けるようなことがあれば、軍を動かす……とは言っても、君には黒竜もいたか。おっと……これは内緒だったな」
「ご心配なく。使いませんよ。あいつを出したら、周辺が更地になる」
苦笑するサナトに、ヘーゲモニアが満足そうにうなずいた。
そして、少年を背負ってゲートに進む。足を踏み入れようとして、振り返った。
「最後に教えてほしい。私の監視は誰にやらせていたのだ? まったく気づかなかった。人の視線には敏感な方だが」
サナトがにこりと微笑んだ。
「規格外の男です」
***
ゲートがゆっくり閉じた。
場が静寂に包まれたのも束の間、再び別のゲートが出現する。
黒いスーツ姿の赤髪の男が、音もなく現れた。
サナトが首を回した。
「バール、悪魔の移動先は?」
「間違いなく学園の中です。おそらくアルシュナがそこにいるのでしょう」
「悪魔は視認できたのか?」
「まだです。しかし、<精神操作>や<時空魔法>の痕跡からすると、強い三級か二級のどちらかであることは間違いありません」
サナトが「そうか」とあごに手を当てた。
「『追い詰めているが、とどめを刺そうとしない』と言っていたが、結局最後は大魔法を使って殺そうとした。なぜだと思う?」
「そうですね……」
バールが瞳を細める。
「最初はこちらをあぶり出そうとしたのではないかと思います」
「俺たちをか?」
「私がヘーゲモニアに<精神操作>を行ったことで敵の企みは崩れましたが、身近に敵対する悪魔がいることは知れたはず。まあ、そのための撒き餌だったわけですが」
「なるほど。ヘーゲモニアを痛めつけながら、悪魔の影が無いか窺っていたと」
「その線が濃厚かと」
「ヘーゲモニアを挟んで互いに様子見か。俺たちとまったく同じ狙いだったというわけだな」
「そして、援軍はないと判断し、用済みとして一気に殺そうとしたのでしょう。ヘーゲモニアが死んだあとは、セナードあたりで同じことを繰り返すつもりだったのかと思います。まあ順序が逆だったとしても、監視しているアミーが対処したでしょうが」
「……向こうはこちらを相当警戒しているということか」
つぶやいたサナトに、バールが微笑む。
「ですが、サナト様が突然現れて窮地を救ったことで相当慌てたようです。雑な<時空魔法>で撤退したのが何よりの証拠」
「そいつが、お前の監視網に触れたということか」
「おかげで、今は完全に捕捉しています。そして――これで終わりです」
「あとはアルシュナを直に見て、<悪魔契約>を持っていれば黒だな」
「そういうことです。どうぞ、このバールにご命令を。夜の学園は無人です」
「……無駄に破壊するなよ」
「もちろん心得ております」
サナトが苦笑し、バールが嗤う。
舞台は整った。
「よしっ、行くぞ」
呆気に取られるヘーゲモニアを回復の光が包む。
みるみる背中の傷が塞がった。
「な……ぜ? 君は確かパルダンにいたはず」
「一つ仕事を残していましてね。申し訳ないですが、ここ数日はずっと監視させてもらっていました」
「私を?」
「まあ、何かあるとすれば、あなたかセナードのどちらかだろうと思いまして」
サナトはそう言って右手を上げた。
上空に炎の塊が出現した。無詠唱だ。
瞬時に何かがとび出した。ショートボウと同じ大きさの炎の槍だ。ひゅんっと空気を唸らせ、次々と天に続く。
そして、漆黒の闇の中で方向を変えたそれらが、辺り一帯に雨のように降り注いだ。
ヘーゲモニアを威嚇していた退路を塞ぐ狼が貫かれる。
一匹、二匹――すぐに全滅する。
主郭を埋め尽くす狼が――断末魔をあげて、塵と消えた。
赤い槍は、続いて周囲の森に落ちる。まるで、どこに何匹いるのかを完全に把握しているかのように、サナトはあちこちに焦点の合わない視線を向ける。
その度に、森が赤く染まり、狼の悲痛な鳴き声が響いた。
一瞬だった。
「大魔法を呪文無しに……」
「ただ<ファイアランス>を連発しているだけです。と、次は――」
上空の炎の塊から、大きな槍が生まれた。
目にも止まらぬ速度で消えたそれは、次の瞬間、少年の胸を深々と穿っていた。
信じられないと言わんばかりに表情を歪めた少年が、背後に倒れた。
サナトは、無言で近づいていく。
「何を?」
ゆっくりと体を起こしたヘーゲモニアが後ろに続く。周囲を見回し、「信じられん……あの数を」とつぶやく。
「生き返ると厄介なので、確実に止めを刺します」
「復活の輝石を持っていると?」
「そう思って対処した方がいいでしょう。魔人の少年……人形みたいだな」
サナトは眉を寄せて苦々し気に口にし、拳に白い刃を纏った。
そのまま穴の空いた胸に切っ先を向け、少し待つ。
すると、瞬時に焼けこげていた胸が治癒され、少年の暗い緑の瞳が見開かれた。
ぎょろりと側に立つサナトに視線を向け――
「もう眠れ」
<白炎刀>が胸を貫いた。びくりと体を痙攣させた少年は、両手で刃を押し返そうとして――息絶えた。
「こいつには恐怖が無いのか」
サナトは痛まし気に見つめ、膝をついた。恨みも恐れも抱かない光の消えた瞳をそっと閉じた。
ヘーゲモニアが深く息を吸って言う。
「事情は知らないが、助かった。ありがとう」
「いえ、こちらも助けに来るのが遅くなりました。で……これからどうしますか?」
サナトが黒い瞳を細めて言葉を待つ。
重苦しい声が返った。
「もちろん、この少年の主人を討つ。詳しく説明する時間はないが、王国や学園が危険になる可能性がある。屋敷に残してきたセナードも心配だ。私は、大至急戻る」
「その仕事、俺に任せてもらえませんか?」
「どういう意味だ?」
「アルシュナの始末を任せてほしいということです」
サナトの言葉に、ヘーゲモニアが驚愕する。
「なぜそれを?」
「知ってしまったからですよ。前にも似たような問答をした記憶がありますが」
そう言ったサナトは「だから監視していたんです」と、倒れ伏す少年を悲し気に見つめる。
「正直なところ……魔人の価値が初めて分かって胸糞悪いんです」
「価値?」
「気にしないでください。単に八つ当たりの相手が欲しいというだけです」
「アルシュナはおそらく手強いぞ。八つ当たりで戦うには――」
「だが、あなたに戦わせるわけにはいかない。もちろん、セナードやルルカにも」
ヘーゲモニアの言葉を、サナトが断ち切った。
黒い憂いを湛える瞳が向いた。
「この少年以上に、アルシュナは強いでしょう」
「それは……」
「あなたは、軍を動かせば、と考えているかもしれませんが、そんなことをすれば国中に不安が伝播する。俺なら、多少の破壊で終わらせられる」
「……敵に援軍がいる可能性もあるぞ。私が知る限り得体の知れない部下もいる」
「良からぬ輩が一か所に集まってくれるなら余計に好都合です」
サナトは腕組みをして微笑を浮かべる。
ヘーゲモニアが呆気に取られた。
「学園最強の男を確実に始末できると?」
「その通りです」
「……分からないことだらけだが、部下の少年に負けた私がどうこう言える立場ではないな。君の言う通り、もしアルシュナを始末するなら軍を動かすことになる。静かにことを終わらせられるのであれば……任せよう」
サナトが頷いた。そして、思案気に尋ねる。
「相手は理事の一人ですが、先に陛下にお伝えした方がいいと思いますか?」
「いや。手をこまねいている間に、何をするかわからん。やつは私が生きているとは思っていないはずだ。我がイース家が、すべての責任を負おう」
「では、あとのことはお願いします」
「了解した」
サナトは腕組みを解いて、手を前に突き出した。
不規則に渦巻く黒い穴が開いた。ゲートだ。
ヘーゲモニアがごくりと喉を鳴らした。
「ヘーゲモニア殿は、これで屋敷に帰ってください。それと……できれば、その魔人の少年を丁寧に葬っていただけるとありがたいです」
「なぜだ?」
「運が良ければ、もっとましな人生が送れたはずだったからです」
サナトは森の中に視線を投げた。誰かを思い出すような意味深な横顔には影があった。
「よくわからないが、恩人の頼みだ。我が家が葬ると約束する。その代わり――」
「分かっています。アルシュナは俺が始末します」
「こちらも準備はしておく。もし君が負けるようなことがあれば、軍を動かす……とは言っても、君には黒竜もいたか。おっと……これは内緒だったな」
「ご心配なく。使いませんよ。あいつを出したら、周辺が更地になる」
苦笑するサナトに、ヘーゲモニアが満足そうにうなずいた。
そして、少年を背負ってゲートに進む。足を踏み入れようとして、振り返った。
「最後に教えてほしい。私の監視は誰にやらせていたのだ? まったく気づかなかった。人の視線には敏感な方だが」
サナトがにこりと微笑んだ。
「規格外の男です」
***
ゲートがゆっくり閉じた。
場が静寂に包まれたのも束の間、再び別のゲートが出現する。
黒いスーツ姿の赤髪の男が、音もなく現れた。
サナトが首を回した。
「バール、悪魔の移動先は?」
「間違いなく学園の中です。おそらくアルシュナがそこにいるのでしょう」
「悪魔は視認できたのか?」
「まだです。しかし、<精神操作>や<時空魔法>の痕跡からすると、強い三級か二級のどちらかであることは間違いありません」
サナトが「そうか」とあごに手を当てた。
「『追い詰めているが、とどめを刺そうとしない』と言っていたが、結局最後は大魔法を使って殺そうとした。なぜだと思う?」
「そうですね……」
バールが瞳を細める。
「最初はこちらをあぶり出そうとしたのではないかと思います」
「俺たちをか?」
「私がヘーゲモニアに<精神操作>を行ったことで敵の企みは崩れましたが、身近に敵対する悪魔がいることは知れたはず。まあ、そのための撒き餌だったわけですが」
「なるほど。ヘーゲモニアを痛めつけながら、悪魔の影が無いか窺っていたと」
「その線が濃厚かと」
「ヘーゲモニアを挟んで互いに様子見か。俺たちとまったく同じ狙いだったというわけだな」
「そして、援軍はないと判断し、用済みとして一気に殺そうとしたのでしょう。ヘーゲモニアが死んだあとは、セナードあたりで同じことを繰り返すつもりだったのかと思います。まあ順序が逆だったとしても、監視しているアミーが対処したでしょうが」
「……向こうはこちらを相当警戒しているということか」
つぶやいたサナトに、バールが微笑む。
「ですが、サナト様が突然現れて窮地を救ったことで相当慌てたようです。雑な<時空魔法>で撤退したのが何よりの証拠」
「そいつが、お前の監視網に触れたということか」
「おかげで、今は完全に捕捉しています。そして――これで終わりです」
「あとはアルシュナを直に見て、<悪魔契約>を持っていれば黒だな」
「そういうことです。どうぞ、このバールにご命令を。夜の学園は無人です」
「……無駄に破壊するなよ」
「もちろん心得ております」
サナトが苦笑し、バールが嗤う。
舞台は整った。
「よしっ、行くぞ」
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