スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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四面楚歌

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 ティンバー学園の事務室は、慌ただしかった。
 学園の重鎮の一人である理事のアルシュナが急逝したからだ。
 表向きには病死とされたが、噂は流れる。
 彼がイース家に近づこうとしていたことは、秘密裏の調査で明らかになったし、内容は暗号化されているものの、他国に情報を流そうとしていたことは明白だったからだ。
 アルシュナが築いた華々しい表の人脈は停止し、正体不明の後ろ暗い関係が学園に残った。
 学園そのものが加担していたのでは、という噂を払拭するために、残された二人の理事と、その指揮下で動く教師。そして、事務方の苦労は並々ならないものだった。
 二度と同じ事態が起こらないよう、理事同士の情報は共有され、互いに監視すべきという考え方の下、様々な事務の見直しが開始された。
 事件は、そんな時に起こった。
 
 一人の人物が、ふらりと一階の事務室の受付に現れた。
 短い茶髪を逆立てた目つきの鋭い男だった。
 男は勝手知ったる様子で、カウンターから声をかけた。

「受付を頼む」

 対応したのは、中年の女性だった。
 ちょうど夕方に差しかかろうとする時間帯。ようやく一日が終わると思っていた女性は、こんな時間に、と訝しみつつ腰を上げた。

「ヴィクターさん……」

 女性が良く知った人物だった。つい最近まで、王国最強の冒険者と呼ばれた男だ。風の噂で王国を離れたのでは、と聞いたが、彼は何度かこの学園に足を運んでいる人間だった。

「もう、生徒はみんな帰りましたよ」

 剣術の達人が、将来の騎士候補たちを指導しに来たのだろう。その後、いつも通り理事のアルシュナに会いにきたのだろう。
 ヴィクターが片手に持つ荷物を見て、女性はそう思った。
 いつものチーズだ。
 ヴィクターは事務室にもそれを差し入れたことがあるが、青かび特有の強烈な臭いが鼻につき、女性はあまり好きではなかった。

「いや、今日は剣の指導じゃないんだ。理事に会いたくて。いるだろ? 約束してるはずだ」

 ヴィクターの瞳が細くなった。なぜかぞくりと背筋が震えた。
 と同時に、まだ知らなかったのか、と気の毒に思う。王国から離れているという噂は間違っていないかもしれない。

「ヴィクターさん、申し上げにくいのですが……アルシュナ様は、先日病死なさったんです」
「はっ?」
「本当なんです……その、詳しくは知らないんですけど、本当にお亡くなりに」
「本当か?」

 疑うヴィクターに、女性は痛ましそうにうなずいた。
 さぞつらいだろう。
 どういう関係か知らないが、アルシュナとヴィクターは何度か会っていたはずだ。強者同士、きっと深い関係のはずだ。
 と、思ったのだが――

「まじかよ」

 ヴィクターは、壊れたように嗤ったのだ。
 さらに、「あっ、やっちまった」と片手で笑みを隠し、面白そうに視線を向ける。

「あのバカ、この大事な時に死にやがったのか。臆病者のくせに偉そうにふんぞり返ってやがるからだ。どうせ誰かに寝首でもかかれたんだろうが」

 小声でつぶやかれた言葉は、決して友を悼むものではなかった。
 女性の背筋が冷たくなった。
 ヴィクターは「まあ、ここまでくれば問題ない」と、女性の背後を覗き見る。

「……三……四人だけか。部屋で時間を潰すつもりだったが仕方ないな。もう始めてしまうか」

 ヴィクターの口が弧を描いた。
目の前を白白と輝く何かが通り過ぎた。ずるりと視界が二つに分かれた。
 女性の記憶はそこで途切れた。


 ***


 ディーランド王国、謁見の間。
 訪れる伝令がもたらした悲惨な状況に、高台で腕を組むレイナ=ハヅキはむっつりと目を閉じた。
 王国将軍フェイト=アースロンドが、低い声で告げた。

「侵入した賊は現在の情報では一人です。幸いにも、学園に残っているのは帝国に備えている兵と教師たち。生徒たちはおりません。捕らえるのは時間の問題かと」
「分かっています」

 伝書バトを用いた情報では、一人の男が学園内で暴れまわっているという。
 凄まじい剣の腕に加え、<闇魔法>を併用した技により、腕の立つ者も含めて、二十人以上が殺されたという。
 目的は不明。要求も無い。
 間の悪い殺人快楽者かと疑ったが、ここに来て正体が判明した。
 冒険者のヴィクターだ。
 苦労の末、バルベリト迷宮三十階層を突破した話は有名だ。
 フェイト家の令嬢アズリーと、アースロンドのガーディアンであるサルコスと一時期パーティを組んでいたこともあって、ギルドで名前を知らない者はいないだろう。

「彼が、なぜこんな真似を……今回の事態に関係があるのでしょうか」
「サナトを呼びますか? あいつならすぐに移動できますが」

 アースロンドの言葉に、レイナが首を振った。

「彼には、非常事態に備えてもらう必要があります。召喚モンスターで行っている監視も切らすわけにはいきません」
「承知しました」

 アースロンドが頷くと同時に、謁見の間が再び音を立てて開いた。
 特急伝令だ。
 城内の至る所への報告を許される赤紙を持った若い伝令は、声を張り上げて叫んだ。

「報告! ハンザ同盟国が、我が国に宣戦布告。続いて、神聖ウィルネシア国とラードス帝国も宣戦を布告し、国境沿いに展開していた兵を動かし始めました」

 レイナが目を見開いた。
 ノトエアの日記が当たらなければ、と願っていた。サナトが言ったように、同時に攻められるようなことがなければ、と期待していた。
 しかし、結果はこの通りだ。
 どうあっても『特異点』を押さえるつもりらしい。
 ぎりっと歯を食いしばる。
 人間の営みなど、悪魔たちには露ほども関係ないということだ。
 目的も栄誉も大義名分も存在しない無為な戦いで、今から何人の人間が死ぬと思っているのだ。
 だが、このまま王国を蹂躙させるわけにはいかない。
 悪魔に操られた国を認めるわけにはいかない。
 こちらも準備は終えている。

「アースロンド将軍、全軍に命を。撃退しなさい」
「承知! 敵はこれを知られていたとは思いもしないでしょう。我が軍の強さを未来永劫刻みつけてやります」

 レイナは鷹揚に頷いて椅子に腰を落ち着ける。
 敵は歴史上初めてとなる周囲の国すべてだ。
 外交も政治も、駆け引きも通用しない悪魔たちの陰謀だ。
 ここからは我慢するしかない。様々な情報を吟味し、臨機応変に対応するしかない。
 北は、二手に分かれた。最大勢力のラードス帝国は、デポン山と学園を目指している。
 対抗するのは、フェイト家とメラン家。サナトが「力には信頼がおける」と評する部下も一人ついている。数で劣るが質では負けない。
 西は、ラック家のグリッサーが守る。前情報では出立した兵は少ない。決して攻めることなく、土城での時間稼ぎを厳命した。
 そして、南は神聖ウィルネシア国が攻めてくる。こちらの守り手はイース家だ。防御に長けたウィルネシアだが、モンスターを使ったからめ手には弱いと見ている。さらに、サナトからはリリスを借り受けている。パーティメンバーならいつでも位置を捕捉して、助けに行けるという。

「いずれにせよ短期決戦。限られた戦力です……みなさん、生きてください」

 長時間、全方位を守り続けるのは不可能だ。
 形勢が不利になれば、撤退して王城をエサに敵を引き付ける方法もあるが、周囲の街は確実に蹂躙されるだろう。
 やれることをやるしかない。

「私は……何があっても『特異点』を守ります」

 レイナは両手を胸の前で組み、亡きノトエアと、昔出会った天使と名乗る人物に祈りを捧げた。
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