スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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侵攻 4

 かつて王国最強と呼ばれた冒険者ヴィクターは、息を潜めつつ駆けていた。
 頭に入れた地図は入口で捨てた。
 学園の地下から王城に直接つながるという秘密通路。学園側は最高権力であったアルシュナしか知らない地下道だ。
 人が通った形跡はない。黴臭い石畳を、足音を消して走り抜ける。
 帝国が北から攻めてきた時に王国から学園に援軍を送るための通路だが、有効活用させてもらう。これで『特異点』に一直線でたどり着ける。

(兵はいないが、罠ってことも無さそうだな)

 ヴィクターは口端を上げて、背後を確認した。
 唯一の味方は、無言でついてきている。
 それにしても長い通路だ。
 この数十年は使用することがなかったのだろう。至る所が苔にまみれている。

「今頃、王国は慌てふためいてるだろうな」

 つぶやきつつ、十字路を右に曲がって左。
 突き当りを左に曲がって、直進。そして右だ。
 その繰り返し。
 知っていれば難なく王都までたどり着ける。
 学園に侵入すると同時に、事務の人間を殺しまわったことも作戦だ。そのおかげで、追手は血眼になって学園内を探しているはずだ。
 しかし、地下道の存在を知らない下っ端は、いつまで経ってもヴィクターを見つけられない。

「くくく……」

 天井を見上げた。
 走り始めて数時間。身を隠す時間も含めれば、もっと経過しただろう。
 王国の戦力は国境沿いに散っているはずだ。
 梯子を上がり、光が隙間から漏れた金属の扉を軽く叩く。
 反応なし。
 念の為、もう一度叩いたが、声は聞こえない。
 ヴィクターは剣の柄で思い切り突き上げた。大きな金属音と共に、滑るように転がり出る。
 素早く抜刀し――

「侵入成功ってか」

 周囲には誰もいない。背丈ほどの本棚が三つある埃っぽい部屋だ。窓は無い。地下であることは間違いなさそうだ。

「アルシュナの調査では、また下に降りる階段ってやつが……おっ、これか」

 目的のものを見つけたのに、ヴィクターはむっつり黙り込む。
 作戦直前に案内役が死んだと聞かされた時には、大笑いした。
 冒険者としての性分なのだろう。すべてが予定通り進むというのは、あまり楽しいとは思えない。
 予想できない事態を、己の力で切り開くことにこそ、強い喜びを感じるのだ。
 そろそろ強い敵が出てきてほしい。

「まあ、楽しむのは仕事のあとにするか。総大将の期待を背負ってるしな」

 古びた鍵を無理やりこじ開け、床の扉を引き開ける。
 ヴィクターは音もなく体をすべり込ませた。


 ***


 長い階段を下った。
 時折崩れかけた階段を軽々と飛び越え、地下に地下にと進む。
 足を止めた。
 すぐさま耳をそばだて、壁に当たる。
 空洞の中で人が話している気配がする。
 ここで待ち伏せとは――
 ヴィクターは少々驚いた。まるで、王国は自分が来ることを先読みしていたかのようだ。
 ぞくりと身震いする。

「いいぜ、そうこなくっちゃ。悪魔に踊らされてばかりじゃおもしろくねえもんな」

 暗がりの中で瞳を曲げたヴィクターは、抜刀と同時に薄い石壁を蹴破った。


 ***


「敵だ! ヴィクターだ!」

 一目で顔が割れたようだ。
 王の側近だったか。何度か顔を見た記憶がある。総勢二十人ほど。
 奥に視線を向ければ、ヴィクターの侵入場所とは比較にならない大きさの入口がある。王国側はあそこを降りてきたのだろう。

「はいはい、ヴィクターが来ましたぜ」

 笑みをこぼすヴィクターは、だらりと剣を構えたまま走り出す。

「闇よ。黄昏に潜む漆黒よ。其は何人も見通せない」

 呪文詠唱を終え、左手を一番近い敵に構える。
 身構えた魔法使いはとっさに<光輝の盾>を使用した。
 ヴィクターはほくそ笑みながら、「違う、違う」と跳びかかった。
 奥の集団にざわりと驚きが伝わる。まさか一人で突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。

「これは、攻撃魔法じゃねえよ」

 一閃。
 黒い刃が暗い軌跡を描いた。いい手ごたえだ。
 魔法使いの首が見事に飛んだ。木の杖を切り飛ばし、ローブも難なく切り裂いた。

「接近戦の心得がなさすぎだぞ」

 口笛を吹きながら、さらに魔法使いを仕留めんと走る。
 だが、ざっと音を立てて、三人のフルアーマーの剣士が立ちふさがった。
 どれも油断できない雰囲気だ。

「いいな、その気迫。ぬるい王国にはもったいない」
「ヴィクター、なぜお前ほどの男がっ――」

 不用意に前に出てきた剣士が絶命した。一瞬で間合いを詰め、兜の隙間から剣の切っ先を通したのだ。
 吐き捨てるように言った。

「無駄話をしてる場合か」

 ヴィクターはその場に留まることなく、倒れた剣士を蹴り飛ばし、体を台替わりにして跳び上がった。
 眼下で慌てた魔法使いたちが呪文を唱えようとするが、もう遅い。
 着地と同時に、しゃがみこみ、刃を地面に沿わせて一閃。
 両側にいた魔法使いが足首を切り落とされ、悲鳴を上げる。

「遅い、遅い」

 あえてとどめを刺さずに、再びフルアーマーの剣士に襲いかかる。
 すると、数人の魔法使いが、倒れた仲間に慌ただしく<回復魔法>をかけようと側に寄った。

(これで、魔法使いの半分が攻撃から離脱)

 筋書通り動く敵に笑いをこらえながら、鎧の男を蹴飛ばし、スリットの隙間から切っ先を突っ込む。
兜の中で血しぶきが上がったが、男は声を上げなかった。
 背中に危険を感じ、またも踏み台にして遠くへ飛ぶ。
 間一髪で槍が背中に刺さるところであった。

「俺は一人で戦ってるってのに、卑怯じゃねえの?」

 剣を片手に肩をすくめたヴィクターに、周囲から非難と怒りの声が上がる。

「奇襲をかけた貴様が言えたことか!」
「王国の冒険者が王に盾突いて生きていられると――」

 トン。
 板に釘をたたきつけたような音が響いた。
 ヴィクターが流れるようにアイテムボックスから短剣を取りだし、投げたのだ。若い魔法使いが後ろ向きに倒れた。
 眉間に深々と刃が沈んでいる。その表情は、怒りを爆発させたまま止まっていた。
 しんと静まった空間内で、ヴィクターが嗤って、V字に指を立てた。

「二度目。無駄話は禁止な」
「きさまぁっ!」

 場が怒りに包まれた。
 圧倒的に優位だった憲兵たちは、隊列も組まずに襲い掛かった。
 ヴィクターは迫りくる刃を次々にかわし、返す刃でことごとく頸動脈を切り裂いた。
 途絶えることのない血しぶきの嵐で顔を真っ赤に染めた男は、まさに悪鬼の襲来であった。

「ヴィクター、ツギがキタ」

 聞き取りづらい声が背後から聞こえた。
 姿を隠していた味方が、急を告げた。

「何人だ?」
「三十クライ」

 言い終わらないうちに、ぽっかり空いた入口から、多数の兵が姿を見せた。
 リーダーらしき人物が、惨状に息を呑むのを、ヴィクターが横目で眺める。

「さっきより強そうだな。アルシュナの野郎、敵の少ないつまらねえ道を教えやがったな」

 荒々しく進み出ようとしたヴィクターの肩に、味方の異形の手が乗った。

「追手はオレがヤル。先イケ」

 震えるような声に、ヴィクターが舌打ちを鳴らす。だが、何も言わずに踵を返した。視線の先には、さらに地下に進む扉がある。

「へいへい。お前にやらせると、つまらん結果になるから、ほどほどにな」

 ヴィクターは再び駆け出した。
 血なまぐさい顔を乱暴に腕でこすりながら、階段を降りた。
 背後で、桁外れの悪魔が蹂躙を始めた音が聞こえた。


 ***


 さっきより遥かに狭い空間に出た。
 地下に好んで作る、ドーム型の部屋だ。

「なに? 俺がここに来るって知ってやがったのか?」
「……偶然だ」

 ヴィクターの声のトーンが上がった。見知った顔に嬉しそうに目を細めた。
 対して、悪鬼の形相を前にした男の声は苦し気だった。

「ヴィクター……変わったな」
「そういうお前は全然変わらねえな、サルコス。アズリーも久しぶりだな!」
「ヴィクター……」
「おっ、後ろにいるのは国王か。家兵のバレットと、そっちは新顔だな」

 ヴィクターの瞳が、水色の髪の女性を射抜く。
 得体の知れない敵に、女性が剣を強く握りしめた。
 視線を遮るようにサルコスが体を入れる。

「下がれ、シーラ。こいつは……荷が重い。お嬢様の側から離れるな」
「了解……」

 シーラが剣を構えたまま、視線を外さず横に移動する。
 ヴィクターが舐めるように眺め、ふっと力を抜いてサルコスと対面した。

「お前が鍛えたのか?」
「そうだ」
「いい面構えの女だ。殺しがいがある」
「……ヴィクター、何があった?」
「何でもいいだろ」
「お前は、確かに王国最強の冒険者だった。すぐ側で見ていた俺は知っている。一体なにが――」
「それに対する俺の答えは誰にでも同じだ」

 ヴィクターの口が弧を描く。

「無駄話は必要ねえ」
「……ダンは? ダンはどうした?」

 絞り出すようなサルコスの問いに、ヴィクターの片眉が上がった。

「お前のことを誰よりも敬愛していた仲間――」
「殺した」
「なに?」
「俺が殺した。ダンを殺せば力をくれるってことでな」

 サルコスが悲し気に歯を食いしばり、アズリーが離れた場所で息を呑んだ。

「安い犠牲だ。ダンも俺の為に死ねて喜んでるだろうよ」
「ヴィクター、それが旧友に対して――」
「うるせえよ。ぎゃあぎゃあ言わずにかかってきな、王国最高の盾使い。お前と戦うのは初めてだ。楽しもうぜ」

 ヴィクターは問答を終えたとばかりに、すらりと剣を抜いた。
 一気に室内に広がる殺気に、サルコスが表情を消して盾を構えた。
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