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連載
侵攻 5
ヴィクターが大きく踏み込んだ。
策も何もない上からの切り下ろし。鋭い金属音が響く。
サルコスが大きな盾を横にずらし、剣先を最短距離で突き出す。無駄のない動きだ。
「こりゃすげえ」
弾かれた剣を素早く当てる。鋭い擦過音と共に、ヴィクターが飛び退く。
真横から家兵のバレットの槍が伸びた。矛先には、<風魔法>が巻き付いている。
にやりと笑いつつ、下から剣を当てて軌道をずらす。
「<ウインドテンペスト>!」
バレットが吠える。
細かく鋭い風の刃が何十本も飛び出――さなかった。
戸惑いとともに動きが止まった。
ヴィクターはそれを見逃さない。獣のごとく頭を下げてひざ元に滑り込む。槍の間合いが詰まると同時に、一閃。
「ぐっ!?」
嫌な音がした。
バレットの左脛が、半ばまで切れていた。右足で下がろうとしたが、追撃が来る。
速い。ヴィクターは不敵な笑みを張り付けたまま、下から黒い切っ先をかち上げる。
バレットの耳の端が割けた。頭部は紙一重でよけた。頭髪が数本舞い、たまらず槍を手放す。
ヴィクターの笑みに亀裂が入る。
「はい、死んだ」
再び上段から剣を振り下ろす――と、サルコスが割って入った。
強固な盾と鋭利な剣。甲高い金属音。しびれる手首。
舌打ちを鳴らして、ヴィクターが距離を取る。
視線を胸に向けた。皮の鎧に、一筋の傷ができていた。
「ほんとすげえな。盾しか使えないとばかり思っていた」
「そう言った覚えはない」
「アズリーの守護者は仮の姿だったってことだ」
ヴィクターは転がった槍を遠くに蹴飛ばし、サルコスに向き直る。
獰猛な獣の瞳が、喜悦に歪む。
「お前、結構な数の人間を殺してきただろ?」
「さあな」
「綺麗な剣筋じゃねえよ。お前のそれは、人間相手に磨かれた技だ」
「無駄話はしないんじゃなかったのか?」
サルコスは無感情な瞳を向けて、窘めるように言う。
ヴィクターが顎に手を当てた。
「それもそうだな――っと」
ヴィクターが後ろに飛ぶ。
その場に何かが落ちてきた。目には見えない。地面に数十を超える穴が空き、土煙がもうもうと舞う。
うめくような声が響く。
「<神格法>が視えるのね……」
レイナが驚愕していた。
邪魔をされたとばかりに、ヴィクターが睨みつけた。
「人が楽しんでるときに無粋な真似をするな。俺には視えるんだよ」
「それが、悪魔の力の一端か」
「おっ、サルコス、何か聞いてんのか? 国王からか?」
「それこそ、無駄な話だ」
サルコスが鎧を鳴らせて走る。
ヴィクターが「それもそうだな」と素早く駆け寄る。
盾の打撃。剣の応酬。サルコスの短剣の突き。
その繰り返しだ。
二人は徐々に移動しながら、衝突を繰り返す。
意図を読んだヴィクターが、バレットに駆け寄ったアズリーを見て皮肉に嗤う。
「心配しなくても、雑魚は後回しだ。まずはサルコス……てめえからだ」
「やれるかな」
「はっ、上等だ」
ヴィクターは剣を薙ぐ。下、上、左右。
サルコスが器用に角度を変えつつ、ゆっくりと後退して捌く。
「俺の剣を長時間受けられるのは、お前くらいだ」
「光栄だな」
ヴィクターが魔法を唱えつつ、左手を突き出す。視界を奪う魔法だ。
しかし、初見であるはずの魔法をサルコスは盾に体をすっぽり隠して回避する。直感的に、手を見なければ良いと分かったのかもしれない。
(『勘』がはたらくやつは、面倒なこった)
ヴィクターは内心で毒づきつつ、足首を狙う。
一閃。
だが、読んでいたように、盾の先が地面に刺さる。
剣と盾。小さく音を鳴らしてぶつかり、また距離を取る。ため息が漏れた。
「お前……何者だ?」
「フェイト家のガーディアンだ」
サルコスが額に汗を浮かべて告げた。
答える気が無いと分かって、ヴィクターが肩をすくめる。
「呆れるほど強いな。短剣も盾も、動きは常に最短距離。重い鎧だってのに、俺といい勝負だ」
「そういう貴様もな。隙を狙っている陛下がまったく攻撃できん。お嬢様も魔法を撃てんしな」
「こんな楽しい戦いに、横やりは入れさせねえよ」
ヴィクターはそう言って、にんまり嗤う。
「だが、サルコスよ……そろそろ、お前の盾も終わりだぞ」
「まあ、そうなるだろうな……」
サルコスが盾を裏返して、出来上がった数々の傷を眺める。
土蜥蜴の素材を、ミスリル金属に混ぜて作り上げた一級品。父から受け継いだ頑丈な盾だが、すでに深い切込みが入っている。
「異常な切れ味には気づいていたが、並外れているな。油断していると盾ごとやられるな」
「その割に、焦りがないぞ。奥の手があるのか? 次は魔法でも撃ってみるか?」
「どうせ、その剣は魔法を切れるんだろ?」
サルコスの淡々と告げた言葉に、ヴィクターが大仰に眉を上げた。
「知ってたのか?」
「バレットの攻撃で分かった」
「めざといやつだ」
「隠すつもりもないんだろ?」
「まあな……で、どうするんだ? 華麗な盾捌きと、短剣術は見せてもらったぞ。次の出し物は何だ?」
「えらく、饒舌だな」
「俺とサシで戦える人間なんてめったにいないからな」
「そうか……では、期待に応えてみるとするか」
サルコスがアイテムボックスを開いた。持っていた銀色の盾を放り出し、深緑色の大きな盾を取りだした。
さらに、刃渡りが一メートル近い直刀を手にした。
ヴィクターが怪訝な顔をする。
「重い盾と長い剣? 速さを捨てるのか? それで俺に当てられると思ってるのか?」
「さあ、どうだろう。はっきりわかってることは――この盾は、並外れて頑丈で、ヴィクターの剣ではもう突破できないってことだ」
「抜かせっ」
ヴィクターは眉を寄せて走りだした。
***
剣を振る。
衝突音が鳴る。
完全に体を覆う盾の向こう側はどうなっているのか。
(ったく、ほんとうにかてえ)
ヴィクターの黒い刃が、ほとんど役に立たない。細かい傷はつくが、切り飛ばすとなると相当の回数が必要だろう。
同じ個所ばかりを狙って傷を深くしようと試みるものの、サルコスはそれを理解している。
わずかに斜めに傾け、ヒットポイントをずらしてくるのだ。
時折、盾の上から覗く冷静な瞳が、癇に障る。
左右から突き刺そうにも、大回りになる剣の起動は難なく見破られる。
「刃こぼれしないのか、厄介だな」
「うるせえよ」
絶妙なタイミングでの神経を逆なでする一言。
ヴィクターは苛立ちとともにさらに剣速を上げた。
どこか弱い部分はないか。サルコスが苦手としている箇所は。下から上では芸がない。順序も角度も、すべて試してやる。
上下左右。強弱。踏み込みの強さ。
凄まじい連続での剣戟を繰り出し、ヴィクターはようやく距離を取った。
「参ったぜ。さすがは王国最高の盾だ。だが、攻めずに守りだけか? 片手の剣はいつ使うんだ?」
「お前の体力が尽きてからだ」
「生憎、俺の体は悪魔のおかげでタフだぞ。おまけに目もいい」
「……それは難儀だが、俺にはこれしかない。こっちから迂闊に手を出せば、一刀で終わる」
「そうかいそうかい。お前と遊ぶのは楽しいがな……こっちはさすがに飽きてきたぜ。だから、次で終わらせてやる」
「終わらせられるとは思えんがな。俺はまだ体に一撃も受けていない」
「ふん」
ヴィクターが剣を構えた。
正眼。切っ先がサルコスの体に向いた状態だ。
そして、間髪入れず地面を蹴った。
「死ね」
滑るように移動し、全身に力を込めて剣に乗せる。
もう小細工は必要ない。弱い場所は分かった。
深緑の盾に向かって踏み込み、腰を固定して逆の足で地を蹴る。
膝から腰へ。肩から肘へ。そして、手首から剣先へ。
体重と筋力を混ぜ合わせた力が、刃の先にすべて乗った。
――黒い刀身が、嘘のようにずるりと盾に沈んだ。
サルコスの盾を貫通した。
途端に漏れた呻き声。切っ先から伝わる肉の感触。
ヴィクターは、にいっと口角を曲げた。
と同時に――
「なぜだっ……」
自分の左胸に突き刺さっている刃を見て、目を見開いた。
それは、サルコスの剣先。
直刀が、盾を貫通して突き出されていた。
***
致命傷だと分かった。
脈打つ心臓がどんどん早くなった。胸が吐き出すように血を流し、頭がすうっと冷えていく。
ヴィクターはたたらを踏んで後ろに倒れた。
サルコスの直刀の先は、真っ赤な血が滴っていた。
「……小細工……しやがったな」
地面で大の字に倒れたヴィクターが苦々しい顔で言う。
サルコスが盾を放り出して、立ち上がった。
左肩を押さえている。
「さすがはヴィクターだ」
サルコスは睥睨しながら側に寄った。
ヴィクターが力なく睨みつける。
「固い盾に、剣を何度も叩きつけている時に気づいただろ。無敵のように見える盾にわずかに脆い箇所があると」
「てめえ……」
「お前ほどの達人だからこそ気づく。切れないと苛立った時に、その穴を見つけると嬉しくなっただろ」
ヴィクターが顔を歪める。
サルコスが悦に入ったように言う。
「だがそれは、わざと作った穴だ。しかも、あらかじめ二か所用意してある」
「敵に突き刺させる穴と、てめえがとどめを刺すための穴か……」
「そういうことだ。動きが速い敵を止めるには、自分に攻撃させるのが一番だからな」
「自分の体をエサにしやがったのか」
「お前が、俺を殺せると確信して突きに来た時には、勝負は終わっていたんだ」
「嫌な野郎だ」
「そう言うな。さっきも言ったが、ヴィクターだからこそ使える駆け引きだぞ」
「……そんな小道具を用意してる性格の悪い野郎だって言ってるんだ」
「かもな」
サルコスが笑みを消して、アイテムボックスから短剣を取りだした。
力を失っていくヴィクターの隣に片膝をついて、胸の上に構えた。
「何してやがる」
「復活の輝石で蘇生されると面倒だからな。とどめを刺す」
その言葉に、ヴィクターが破顔した。
大きな声でひとしきり笑ったあと、嫌そうに言った。
「持ってるわけねえだろうが。俺の命はダンを切ったときから一度限りだ」
「……信じるわけにはいかない」
「サルコスよ、知ってるか? 悪魔と契約するとな、力の代わりにどんどん自分が普通じゃなくなっていくんだぜ。昨日、うまいと思ったパンが、土みたいにまずくなる。酒は泥水になって、寒さも暑さも感じなくなるんだ」
「……ヴィクター」
「そんで、人を斬りたいって衝動だけが強くなる。だが、斬っても斬っても満足することはないんだ……俺はもう、どこか壊れてる。だからな――」
うつろな瞳が天井に向いた。
「ヴィクターって男は……最初から死んでるんだ。そんな亡霊に、命が何度もあるわけねえだろ」
「……輝石を持たないようにしていたのか」
「そんなに、いい話じゃない……単に……悪党のけじめって……だけだ」
「そうか……」
サルコスが見下ろしながら立ち上がった。
「ダンの事は?」
「話して……どう……なる。とっくに……死んだやつ……だ……ぜ」
体がだらりと弛緩した。
ヴィクターは、小さく微笑みながら息を引き取った。
策も何もない上からの切り下ろし。鋭い金属音が響く。
サルコスが大きな盾を横にずらし、剣先を最短距離で突き出す。無駄のない動きだ。
「こりゃすげえ」
弾かれた剣を素早く当てる。鋭い擦過音と共に、ヴィクターが飛び退く。
真横から家兵のバレットの槍が伸びた。矛先には、<風魔法>が巻き付いている。
にやりと笑いつつ、下から剣を当てて軌道をずらす。
「<ウインドテンペスト>!」
バレットが吠える。
細かく鋭い風の刃が何十本も飛び出――さなかった。
戸惑いとともに動きが止まった。
ヴィクターはそれを見逃さない。獣のごとく頭を下げてひざ元に滑り込む。槍の間合いが詰まると同時に、一閃。
「ぐっ!?」
嫌な音がした。
バレットの左脛が、半ばまで切れていた。右足で下がろうとしたが、追撃が来る。
速い。ヴィクターは不敵な笑みを張り付けたまま、下から黒い切っ先をかち上げる。
バレットの耳の端が割けた。頭部は紙一重でよけた。頭髪が数本舞い、たまらず槍を手放す。
ヴィクターの笑みに亀裂が入る。
「はい、死んだ」
再び上段から剣を振り下ろす――と、サルコスが割って入った。
強固な盾と鋭利な剣。甲高い金属音。しびれる手首。
舌打ちを鳴らして、ヴィクターが距離を取る。
視線を胸に向けた。皮の鎧に、一筋の傷ができていた。
「ほんとすげえな。盾しか使えないとばかり思っていた」
「そう言った覚えはない」
「アズリーの守護者は仮の姿だったってことだ」
ヴィクターは転がった槍を遠くに蹴飛ばし、サルコスに向き直る。
獰猛な獣の瞳が、喜悦に歪む。
「お前、結構な数の人間を殺してきただろ?」
「さあな」
「綺麗な剣筋じゃねえよ。お前のそれは、人間相手に磨かれた技だ」
「無駄話はしないんじゃなかったのか?」
サルコスは無感情な瞳を向けて、窘めるように言う。
ヴィクターが顎に手を当てた。
「それもそうだな――っと」
ヴィクターが後ろに飛ぶ。
その場に何かが落ちてきた。目には見えない。地面に数十を超える穴が空き、土煙がもうもうと舞う。
うめくような声が響く。
「<神格法>が視えるのね……」
レイナが驚愕していた。
邪魔をされたとばかりに、ヴィクターが睨みつけた。
「人が楽しんでるときに無粋な真似をするな。俺には視えるんだよ」
「それが、悪魔の力の一端か」
「おっ、サルコス、何か聞いてんのか? 国王からか?」
「それこそ、無駄な話だ」
サルコスが鎧を鳴らせて走る。
ヴィクターが「それもそうだな」と素早く駆け寄る。
盾の打撃。剣の応酬。サルコスの短剣の突き。
その繰り返しだ。
二人は徐々に移動しながら、衝突を繰り返す。
意図を読んだヴィクターが、バレットに駆け寄ったアズリーを見て皮肉に嗤う。
「心配しなくても、雑魚は後回しだ。まずはサルコス……てめえからだ」
「やれるかな」
「はっ、上等だ」
ヴィクターは剣を薙ぐ。下、上、左右。
サルコスが器用に角度を変えつつ、ゆっくりと後退して捌く。
「俺の剣を長時間受けられるのは、お前くらいだ」
「光栄だな」
ヴィクターが魔法を唱えつつ、左手を突き出す。視界を奪う魔法だ。
しかし、初見であるはずの魔法をサルコスは盾に体をすっぽり隠して回避する。直感的に、手を見なければ良いと分かったのかもしれない。
(『勘』がはたらくやつは、面倒なこった)
ヴィクターは内心で毒づきつつ、足首を狙う。
一閃。
だが、読んでいたように、盾の先が地面に刺さる。
剣と盾。小さく音を鳴らしてぶつかり、また距離を取る。ため息が漏れた。
「お前……何者だ?」
「フェイト家のガーディアンだ」
サルコスが額に汗を浮かべて告げた。
答える気が無いと分かって、ヴィクターが肩をすくめる。
「呆れるほど強いな。短剣も盾も、動きは常に最短距離。重い鎧だってのに、俺といい勝負だ」
「そういう貴様もな。隙を狙っている陛下がまったく攻撃できん。お嬢様も魔法を撃てんしな」
「こんな楽しい戦いに、横やりは入れさせねえよ」
ヴィクターはそう言って、にんまり嗤う。
「だが、サルコスよ……そろそろ、お前の盾も終わりだぞ」
「まあ、そうなるだろうな……」
サルコスが盾を裏返して、出来上がった数々の傷を眺める。
土蜥蜴の素材を、ミスリル金属に混ぜて作り上げた一級品。父から受け継いだ頑丈な盾だが、すでに深い切込みが入っている。
「異常な切れ味には気づいていたが、並外れているな。油断していると盾ごとやられるな」
「その割に、焦りがないぞ。奥の手があるのか? 次は魔法でも撃ってみるか?」
「どうせ、その剣は魔法を切れるんだろ?」
サルコスの淡々と告げた言葉に、ヴィクターが大仰に眉を上げた。
「知ってたのか?」
「バレットの攻撃で分かった」
「めざといやつだ」
「隠すつもりもないんだろ?」
「まあな……で、どうするんだ? 華麗な盾捌きと、短剣術は見せてもらったぞ。次の出し物は何だ?」
「えらく、饒舌だな」
「俺とサシで戦える人間なんてめったにいないからな」
「そうか……では、期待に応えてみるとするか」
サルコスがアイテムボックスを開いた。持っていた銀色の盾を放り出し、深緑色の大きな盾を取りだした。
さらに、刃渡りが一メートル近い直刀を手にした。
ヴィクターが怪訝な顔をする。
「重い盾と長い剣? 速さを捨てるのか? それで俺に当てられると思ってるのか?」
「さあ、どうだろう。はっきりわかってることは――この盾は、並外れて頑丈で、ヴィクターの剣ではもう突破できないってことだ」
「抜かせっ」
ヴィクターは眉を寄せて走りだした。
***
剣を振る。
衝突音が鳴る。
完全に体を覆う盾の向こう側はどうなっているのか。
(ったく、ほんとうにかてえ)
ヴィクターの黒い刃が、ほとんど役に立たない。細かい傷はつくが、切り飛ばすとなると相当の回数が必要だろう。
同じ個所ばかりを狙って傷を深くしようと試みるものの、サルコスはそれを理解している。
わずかに斜めに傾け、ヒットポイントをずらしてくるのだ。
時折、盾の上から覗く冷静な瞳が、癇に障る。
左右から突き刺そうにも、大回りになる剣の起動は難なく見破られる。
「刃こぼれしないのか、厄介だな」
「うるせえよ」
絶妙なタイミングでの神経を逆なでする一言。
ヴィクターは苛立ちとともにさらに剣速を上げた。
どこか弱い部分はないか。サルコスが苦手としている箇所は。下から上では芸がない。順序も角度も、すべて試してやる。
上下左右。強弱。踏み込みの強さ。
凄まじい連続での剣戟を繰り出し、ヴィクターはようやく距離を取った。
「参ったぜ。さすがは王国最高の盾だ。だが、攻めずに守りだけか? 片手の剣はいつ使うんだ?」
「お前の体力が尽きてからだ」
「生憎、俺の体は悪魔のおかげでタフだぞ。おまけに目もいい」
「……それは難儀だが、俺にはこれしかない。こっちから迂闊に手を出せば、一刀で終わる」
「そうかいそうかい。お前と遊ぶのは楽しいがな……こっちはさすがに飽きてきたぜ。だから、次で終わらせてやる」
「終わらせられるとは思えんがな。俺はまだ体に一撃も受けていない」
「ふん」
ヴィクターが剣を構えた。
正眼。切っ先がサルコスの体に向いた状態だ。
そして、間髪入れず地面を蹴った。
「死ね」
滑るように移動し、全身に力を込めて剣に乗せる。
もう小細工は必要ない。弱い場所は分かった。
深緑の盾に向かって踏み込み、腰を固定して逆の足で地を蹴る。
膝から腰へ。肩から肘へ。そして、手首から剣先へ。
体重と筋力を混ぜ合わせた力が、刃の先にすべて乗った。
――黒い刀身が、嘘のようにずるりと盾に沈んだ。
サルコスの盾を貫通した。
途端に漏れた呻き声。切っ先から伝わる肉の感触。
ヴィクターは、にいっと口角を曲げた。
と同時に――
「なぜだっ……」
自分の左胸に突き刺さっている刃を見て、目を見開いた。
それは、サルコスの剣先。
直刀が、盾を貫通して突き出されていた。
***
致命傷だと分かった。
脈打つ心臓がどんどん早くなった。胸が吐き出すように血を流し、頭がすうっと冷えていく。
ヴィクターはたたらを踏んで後ろに倒れた。
サルコスの直刀の先は、真っ赤な血が滴っていた。
「……小細工……しやがったな」
地面で大の字に倒れたヴィクターが苦々しい顔で言う。
サルコスが盾を放り出して、立ち上がった。
左肩を押さえている。
「さすがはヴィクターだ」
サルコスは睥睨しながら側に寄った。
ヴィクターが力なく睨みつける。
「固い盾に、剣を何度も叩きつけている時に気づいただろ。無敵のように見える盾にわずかに脆い箇所があると」
「てめえ……」
「お前ほどの達人だからこそ気づく。切れないと苛立った時に、その穴を見つけると嬉しくなっただろ」
ヴィクターが顔を歪める。
サルコスが悦に入ったように言う。
「だがそれは、わざと作った穴だ。しかも、あらかじめ二か所用意してある」
「敵に突き刺させる穴と、てめえがとどめを刺すための穴か……」
「そういうことだ。動きが速い敵を止めるには、自分に攻撃させるのが一番だからな」
「自分の体をエサにしやがったのか」
「お前が、俺を殺せると確信して突きに来た時には、勝負は終わっていたんだ」
「嫌な野郎だ」
「そう言うな。さっきも言ったが、ヴィクターだからこそ使える駆け引きだぞ」
「……そんな小道具を用意してる性格の悪い野郎だって言ってるんだ」
「かもな」
サルコスが笑みを消して、アイテムボックスから短剣を取りだした。
力を失っていくヴィクターの隣に片膝をついて、胸の上に構えた。
「何してやがる」
「復活の輝石で蘇生されると面倒だからな。とどめを刺す」
その言葉に、ヴィクターが破顔した。
大きな声でひとしきり笑ったあと、嫌そうに言った。
「持ってるわけねえだろうが。俺の命はダンを切ったときから一度限りだ」
「……信じるわけにはいかない」
「サルコスよ、知ってるか? 悪魔と契約するとな、力の代わりにどんどん自分が普通じゃなくなっていくんだぜ。昨日、うまいと思ったパンが、土みたいにまずくなる。酒は泥水になって、寒さも暑さも感じなくなるんだ」
「……ヴィクター」
「そんで、人を斬りたいって衝動だけが強くなる。だが、斬っても斬っても満足することはないんだ……俺はもう、どこか壊れてる。だからな――」
うつろな瞳が天井に向いた。
「ヴィクターって男は……最初から死んでるんだ。そんな亡霊に、命が何度もあるわけねえだろ」
「……輝石を持たないようにしていたのか」
「そんなに、いい話じゃない……単に……悪党のけじめって……だけだ」
「そうか……」
サルコスが見下ろしながら立ち上がった。
「ダンの事は?」
「話して……どう……なる。とっくに……死んだやつ……だ……ぜ」
体がだらりと弛緩した。
ヴィクターは、小さく微笑みながら息を引き取った。
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ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始!
2024/2/21小説本編完結!
旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です
※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。
※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。
生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。
伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。
勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。
代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。
リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。
ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。
タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。
タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。
そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。
なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。
レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。
いつか彼は血をも超えていくーー。
さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。
一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。
彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。
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