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連載
侵攻 8
南の戦場。
悠々と流れる川。開けた大地。生い茂る草花が幻想的に広がっている。
神聖ウィルネシア国は、国土の大半が草原であり、戦闘において苦労してきた。
身を隠す場所もなく、高低差もない地理では、選べる作戦が限られている。
騎馬と重歩兵。突進力と、並々ならぬ防御力を用いた重量戦術。
魔法ではなく、魔法に対抗してどう攻めるかという点がひたすら追求されてきた。結果、産まれたのが防御魔法で耐えて近接攻撃で反撃するという単純な作戦だ。
しかし、魔法や騎馬で攻めてくる敵以外には、まだ対処法が確立されていないのだろう。動揺が目に見える。
「予想通り、大混乱ですね」
馬に乗ったセナードが遠くを見やった。イース家自慢の多様な召喚モンスターたちは、からめ手や状態異常を用いて戦況を有利に運んでいる。トリッキーに動き回るトルドウルフも効果的だ。
「油断するな。戦争とは決着が着くまでは、殺し合いが続くものだ。気を抜いて良い瞬間は無い」
「はい、父上」
「左翼のルルカの状況はどうだ?」
「深く攻め込ませず、混乱させてからすぐ引かせています」
「それでいい。防御が薄い機動力に長けた部隊は、遊軍として場を動かす駒として使うのが効果的だ」
「何かあってもリリスがいるので大丈夫ですしね」
「そうだな。だが、思い通りに行くことばかりではないのも、戦場の常だ」
ヘーゲモニアが、難しい顔で左翼を見た。
軍の足並みが乱れ、瞬く間に押され始めている。
足の速い伝令が、息を切らせて膝をついた。
「報告! 左翼正面に勇者が現れました!」
「勇者だと!?」
ヘーゲモニアは眉を顰める。
神聖ウィルネシア国の秘蔵の戦力である勇者が、戦いに姿を見せたことは未だかつて一度もない。風の噂で魔法を無詠唱で使えると聞くくらいだ。
神の代理者が住まう中央の守備戦力だろうと言われているが、詳細は定かではない。
「情報は確かか?」
「近くで見た兵によれば、本人がそう名乗ったようです」
「戦況は?」
「不明です。リリス殿が、ルルカ様を下がらせ、一人で向かったところまでは確認しています」
「なんだと!? リリス殿の護衛はどうした!?」
「リリス殿の命により、ルルカ様の護衛につきました。『私でないと倒せません』と話したようです」
「では、彼女は……」
ヘーゲモニアの顔から血の気が引いた。
桁外れのレベルを持つリリスが、自分でなければダメだと判断した。それは、勇者が同レベルにいることを示唆している。
援軍が必要だ。
素早く判断し、ヘーゲモニアはセナードに命じようと口を開きかけた――
だが、見計らったように、相対している敵の本隊が前進し始めた。にわかに右翼も動き出し、鬨の声が響いた。
別の伝令が本陣に駆け込む。
「報告! 正面に両槍のアヴァールが現れました」
「なにっ!? ここで、やつが出てくるのか」
ヘーゲモニアの脳裏に苦い記憶が蘇る。
両手で持つ長さの違う槍に、どれだけ苦しめられたことか。接近戦は非常に部が悪い。
イース家が王国で三指に入る名家であるのと同じく、アヴァールはウィルネシア国で五指に入る名門の当主だ。
その強さは折り紙つきで、士気は一気に上がるだろう。
「セナード……右翼を支えよ。右は何としても崩すわけにはいかん」
「父上っ! ルルカは!?」
「本隊の一部を出す。同時に、私が両槍のアヴァールに対処するため、前に出る」
「父上、私も左翼に行かせてください!」
「くどい。リリス殿を信じろ。彼女は、サナト殿の右腕だ。ルルカも強い。そう簡単にやられはしない」
「しかし……」
「ここと後詰は私の腹心に任せる。急げ、セナード。対処が遅れればすべてひっくり返るぞ。忘れるな……我々の背中には王国そのものが控えているのだ」
「はい……」
セナードがしぶしぶ頷いた。後ろ髪を引かれる顔で、左翼を見つめ、ぐっと歯をくいしばって右を向いた。
「セナード……動きます」
「急げよ」
数人の部下と共に、セナードが進みだす。周囲の側近たちが、労わる言葉をかけている。
思わず苦笑いしてしまう。
跡継ぎに決めてからというもの、部下たちがセナードに甘い。罪悪感を持つ者も、純粋に期待している者もいるだろう。
血反吐を吐いて訓練を受けるセナードを悪く言う家人は確実に減った。
良い風が吹き始めた。絶対に逃すわけにはいかない。
そのためには――
「何とかこらえてくれ……」
ヘーゲモニアは祈るようにつぶやいた。
***
リリスの眼前で、黒髪黒目の男が邪気の無い表情で首を傾げていた。軽鎧は素材の分からない紫色。聖剣という名の純白の剣。
「何度か打ち合ったけど、その武器……魔界製のやつじゃない?」
青刃のバルディッシュを握る手から一滴の汗が落ちた。ぴりぴりと漂う緊張感が痛い。
周囲に広がるのは死屍累々の凄惨な光景だ。
あろうことか、男は手に持つ聖剣を――味方にも振るったのだ。
凄まじい切れ味と攻撃範囲だった。馬が一瞬で両断され、全身鎧の兵がバターのように切り裂かれた。
「だんまり? 僕の聖剣とぶつかって壊れないなんて、魔界製の武器くらいなんだけどなあ」
「あなたは何者なのですか?」
「んん? さっきも言ったでしょ。僕は神聖ウィルネシア国の勇者カザミ。ちょっとしたチート持ちさ。まあ、一度も勇者って名乗ったことはないんだけどね」
「意味が分かりません……」
「だろうね。まあ、強いってことだけ分かってくれればいいよ」
「……どうして味方に手を出したのですか?」
リリスの問いに、勇者は酷薄な笑みを浮かべた。
「邪魔だからさ。ウィルネシアって国は結構ひどくてね。僕くらい強いと、神の力の一端を扱えるとかなんとか言って、生死すら自由にできる護衛をつけてくれるんだ。勇者の為に生き、勇者の為に死ぬってやつらをね。で……君と話すのに邪魔だから斬ったのさ」
平然と話す内容が、一拍遅れて頭にしみ込み、戦慄する。
カザミは異常だ。聖剣の血糊を、死んだ兵の服でぬぐい取った時に確信した。
人を殺める度に、心を痛めるサナトとはまったく違う。
でも、この雰囲気と外見は――
「まさか、別の世界から?」
うかつなことを口走ったと後悔する。
カザミの眉が怪訝に吊り上がった。
「聞き捨てならないな。今のはどういう意味?」
「……」
「答えなよ。じゃないと、君の仲間を今からでも追いかけて殺すよ。僕は気が短いんだ」
「……あなたも外の世界から来たのでは、と思っただけです」
「へえ、君の近くにいるんだ。そういうやつが」
耳奥にへばりつくようなねっとりとした声と、身の毛もよだつ邪悪な視線。
リリスの頭の中で警鐘が鳴る。
「なあ、それってどんなやつだい? 名前は?」
「言いません」
心を強く持ち、きっぱりと断ると、カザミの唇がぐっと弧を描いた。
「そうか、そうか」と細い目が糸のように引きつれる。
「なんとなーく読めてきた。うんうん……今の質問に答えないってことは、そいつは君にとって大事な人間だってことだ」
リリスの背中にじとっとした汗が浮かんだ。
気づかれた。
カザミがのぞき込むように頭を前に傾ける。
「この逼迫した状況だ。名前くらい言ってもおかしくない。でも君の言葉は完全な拒否だ。迷う素振りすらない。まあ……隠したいっていうなら、聞かないであげようかな。代わりに、せめて君の名前くらいは教えてよ。それくらいはいいだろ?」
カザミはちらりと背後に視線を向ける。
ルルカたちは今も走り続けているだろう。イース家の兵が為す術なく彼に殺されたことを考えれば、普通の人間に相手が務まるとは思えない。
でも自分だったら――戦えるはずだ。
サナトがこの敵に出会ったら――仲間を守るために、きっと一人で背負うはずだ。
どんなに敵が強くても、後ろにリリスがいれば、決してあきらめずに立ち向かうはずだ。背中は誰よりも見てきた。
何より、この敵はサナトに会わせてはいけないと直感する。
「……リリスです」
「リリス? まさか魔人かい?」
「そうです」
なぜ、カザミが自分の種族を知っているのか考えることはなかった。
ただ、彼が体に纏う暴力的な気配と残忍な雰囲気が強まった。
そして、突如、大きな笑い声が響き渡った。
カザミだった。こらえきれないとばかりに腹を抱え、天を仰いで哄笑する。
「おいおい。まさかと思えば、ほんとに魔人なのかい?」
「……本当です」
一転して、カザミの顔から笑みがすうっと消え去った。代わりに現れた感情は怒りだ。苛立ちにも似ていた。
「同じ魔人がいるとは考えにくい……ってことは、あの野郎、嘘ついてるな。もうレベルは上がってるじゃないか。『楔』には十分のはずだ」
「『楔』?」
「ちっ……信頼厚い右腕だっておだててやっていたのに」
カザミは鋭く舌打ちを鳴らして、鞘から聖剣を抜いた。
「あの悪魔が何をたくらんでいるか知らないが、面倒くさいのは嫌いなんだ。遊ぶつもりだったけど、殺す。計画の邪魔はさせない。一緒にいた後ろのやつらも皆殺しだ」
カザミの顔が壊れたように歪む。聖剣がだらりと体の横に垂れた。
殺気が突き刺さる。ぞくぞくと肌に鳥肌が立つ。
――サナトに連絡するべきだ。
何度も浮かぶ考えを、リリスは一蹴する。
あの夜、サナトはリリスを奴隷から解放した。それは、「これからは隣を歩け」というメッセージだ。
今まで、自分はひたすら後ろを歩いて来た。サナトのおこぼれでレベルが上がり、人間の中では類を見ないほど強くなった。
でも、本当は何もしてない。
それが、幸せな生活の中での唯一の心のしこりだった。
アミー、グレモリー、バール、アペイロン、そしてルーティア。
サナトの周囲にはたくさんの強者がいる。リリスは間違いなく最下位に近い。
――つらかった。呆れられるのが怖かった。そんなリリスを、サナトは誰よりも必要としてくれた。
独占欲が強いと言ったのに、「構わない」と抱きしめて長いキスをしてくれた。
どうしても結婚したいと言ってくれた。
あれほど幸せな夜はなかった。
本当はあの時に、伝えたいことが一つあった。けれど、サナトの重しになることが怖くて、言えなかった。
すべての戦いが終わったら――
そう言い訳して呑み込んだ言葉を伝えるためにも、リリスはサナトと対等にならなければならない。
ルルカを守り、兵を守り、セナードとヘーゲモニアを無事王国に送る。サナトが死なせたくない人たちを、自分も守るのだ。
それで初めて隣に立てる。
サナトの笑顔に、心の底から笑い返せるようになるのだ。
胸を張って、「私も、がんばりました!」と言える日が来る。
リリスはバルディッシュの柄を、希望と期待を込めて強く握りしめた。
そして――
片手で挑発する勇者に、全力をもって跳びかかった。
悠々と流れる川。開けた大地。生い茂る草花が幻想的に広がっている。
神聖ウィルネシア国は、国土の大半が草原であり、戦闘において苦労してきた。
身を隠す場所もなく、高低差もない地理では、選べる作戦が限られている。
騎馬と重歩兵。突進力と、並々ならぬ防御力を用いた重量戦術。
魔法ではなく、魔法に対抗してどう攻めるかという点がひたすら追求されてきた。結果、産まれたのが防御魔法で耐えて近接攻撃で反撃するという単純な作戦だ。
しかし、魔法や騎馬で攻めてくる敵以外には、まだ対処法が確立されていないのだろう。動揺が目に見える。
「予想通り、大混乱ですね」
馬に乗ったセナードが遠くを見やった。イース家自慢の多様な召喚モンスターたちは、からめ手や状態異常を用いて戦況を有利に運んでいる。トリッキーに動き回るトルドウルフも効果的だ。
「油断するな。戦争とは決着が着くまでは、殺し合いが続くものだ。気を抜いて良い瞬間は無い」
「はい、父上」
「左翼のルルカの状況はどうだ?」
「深く攻め込ませず、混乱させてからすぐ引かせています」
「それでいい。防御が薄い機動力に長けた部隊は、遊軍として場を動かす駒として使うのが効果的だ」
「何かあってもリリスがいるので大丈夫ですしね」
「そうだな。だが、思い通りに行くことばかりではないのも、戦場の常だ」
ヘーゲモニアが、難しい顔で左翼を見た。
軍の足並みが乱れ、瞬く間に押され始めている。
足の速い伝令が、息を切らせて膝をついた。
「報告! 左翼正面に勇者が現れました!」
「勇者だと!?」
ヘーゲモニアは眉を顰める。
神聖ウィルネシア国の秘蔵の戦力である勇者が、戦いに姿を見せたことは未だかつて一度もない。風の噂で魔法を無詠唱で使えると聞くくらいだ。
神の代理者が住まう中央の守備戦力だろうと言われているが、詳細は定かではない。
「情報は確かか?」
「近くで見た兵によれば、本人がそう名乗ったようです」
「戦況は?」
「不明です。リリス殿が、ルルカ様を下がらせ、一人で向かったところまでは確認しています」
「なんだと!? リリス殿の護衛はどうした!?」
「リリス殿の命により、ルルカ様の護衛につきました。『私でないと倒せません』と話したようです」
「では、彼女は……」
ヘーゲモニアの顔から血の気が引いた。
桁外れのレベルを持つリリスが、自分でなければダメだと判断した。それは、勇者が同レベルにいることを示唆している。
援軍が必要だ。
素早く判断し、ヘーゲモニアはセナードに命じようと口を開きかけた――
だが、見計らったように、相対している敵の本隊が前進し始めた。にわかに右翼も動き出し、鬨の声が響いた。
別の伝令が本陣に駆け込む。
「報告! 正面に両槍のアヴァールが現れました」
「なにっ!? ここで、やつが出てくるのか」
ヘーゲモニアの脳裏に苦い記憶が蘇る。
両手で持つ長さの違う槍に、どれだけ苦しめられたことか。接近戦は非常に部が悪い。
イース家が王国で三指に入る名家であるのと同じく、アヴァールはウィルネシア国で五指に入る名門の当主だ。
その強さは折り紙つきで、士気は一気に上がるだろう。
「セナード……右翼を支えよ。右は何としても崩すわけにはいかん」
「父上っ! ルルカは!?」
「本隊の一部を出す。同時に、私が両槍のアヴァールに対処するため、前に出る」
「父上、私も左翼に行かせてください!」
「くどい。リリス殿を信じろ。彼女は、サナト殿の右腕だ。ルルカも強い。そう簡単にやられはしない」
「しかし……」
「ここと後詰は私の腹心に任せる。急げ、セナード。対処が遅れればすべてひっくり返るぞ。忘れるな……我々の背中には王国そのものが控えているのだ」
「はい……」
セナードがしぶしぶ頷いた。後ろ髪を引かれる顔で、左翼を見つめ、ぐっと歯をくいしばって右を向いた。
「セナード……動きます」
「急げよ」
数人の部下と共に、セナードが進みだす。周囲の側近たちが、労わる言葉をかけている。
思わず苦笑いしてしまう。
跡継ぎに決めてからというもの、部下たちがセナードに甘い。罪悪感を持つ者も、純粋に期待している者もいるだろう。
血反吐を吐いて訓練を受けるセナードを悪く言う家人は確実に減った。
良い風が吹き始めた。絶対に逃すわけにはいかない。
そのためには――
「何とかこらえてくれ……」
ヘーゲモニアは祈るようにつぶやいた。
***
リリスの眼前で、黒髪黒目の男が邪気の無い表情で首を傾げていた。軽鎧は素材の分からない紫色。聖剣という名の純白の剣。
「何度か打ち合ったけど、その武器……魔界製のやつじゃない?」
青刃のバルディッシュを握る手から一滴の汗が落ちた。ぴりぴりと漂う緊張感が痛い。
周囲に広がるのは死屍累々の凄惨な光景だ。
あろうことか、男は手に持つ聖剣を――味方にも振るったのだ。
凄まじい切れ味と攻撃範囲だった。馬が一瞬で両断され、全身鎧の兵がバターのように切り裂かれた。
「だんまり? 僕の聖剣とぶつかって壊れないなんて、魔界製の武器くらいなんだけどなあ」
「あなたは何者なのですか?」
「んん? さっきも言ったでしょ。僕は神聖ウィルネシア国の勇者カザミ。ちょっとしたチート持ちさ。まあ、一度も勇者って名乗ったことはないんだけどね」
「意味が分かりません……」
「だろうね。まあ、強いってことだけ分かってくれればいいよ」
「……どうして味方に手を出したのですか?」
リリスの問いに、勇者は酷薄な笑みを浮かべた。
「邪魔だからさ。ウィルネシアって国は結構ひどくてね。僕くらい強いと、神の力の一端を扱えるとかなんとか言って、生死すら自由にできる護衛をつけてくれるんだ。勇者の為に生き、勇者の為に死ぬってやつらをね。で……君と話すのに邪魔だから斬ったのさ」
平然と話す内容が、一拍遅れて頭にしみ込み、戦慄する。
カザミは異常だ。聖剣の血糊を、死んだ兵の服でぬぐい取った時に確信した。
人を殺める度に、心を痛めるサナトとはまったく違う。
でも、この雰囲気と外見は――
「まさか、別の世界から?」
うかつなことを口走ったと後悔する。
カザミの眉が怪訝に吊り上がった。
「聞き捨てならないな。今のはどういう意味?」
「……」
「答えなよ。じゃないと、君の仲間を今からでも追いかけて殺すよ。僕は気が短いんだ」
「……あなたも外の世界から来たのでは、と思っただけです」
「へえ、君の近くにいるんだ。そういうやつが」
耳奥にへばりつくようなねっとりとした声と、身の毛もよだつ邪悪な視線。
リリスの頭の中で警鐘が鳴る。
「なあ、それってどんなやつだい? 名前は?」
「言いません」
心を強く持ち、きっぱりと断ると、カザミの唇がぐっと弧を描いた。
「そうか、そうか」と細い目が糸のように引きつれる。
「なんとなーく読めてきた。うんうん……今の質問に答えないってことは、そいつは君にとって大事な人間だってことだ」
リリスの背中にじとっとした汗が浮かんだ。
気づかれた。
カザミがのぞき込むように頭を前に傾ける。
「この逼迫した状況だ。名前くらい言ってもおかしくない。でも君の言葉は完全な拒否だ。迷う素振りすらない。まあ……隠したいっていうなら、聞かないであげようかな。代わりに、せめて君の名前くらいは教えてよ。それくらいはいいだろ?」
カザミはちらりと背後に視線を向ける。
ルルカたちは今も走り続けているだろう。イース家の兵が為す術なく彼に殺されたことを考えれば、普通の人間に相手が務まるとは思えない。
でも自分だったら――戦えるはずだ。
サナトがこの敵に出会ったら――仲間を守るために、きっと一人で背負うはずだ。
どんなに敵が強くても、後ろにリリスがいれば、決してあきらめずに立ち向かうはずだ。背中は誰よりも見てきた。
何より、この敵はサナトに会わせてはいけないと直感する。
「……リリスです」
「リリス? まさか魔人かい?」
「そうです」
なぜ、カザミが自分の種族を知っているのか考えることはなかった。
ただ、彼が体に纏う暴力的な気配と残忍な雰囲気が強まった。
そして、突如、大きな笑い声が響き渡った。
カザミだった。こらえきれないとばかりに腹を抱え、天を仰いで哄笑する。
「おいおい。まさかと思えば、ほんとに魔人なのかい?」
「……本当です」
一転して、カザミの顔から笑みがすうっと消え去った。代わりに現れた感情は怒りだ。苛立ちにも似ていた。
「同じ魔人がいるとは考えにくい……ってことは、あの野郎、嘘ついてるな。もうレベルは上がってるじゃないか。『楔』には十分のはずだ」
「『楔』?」
「ちっ……信頼厚い右腕だっておだててやっていたのに」
カザミは鋭く舌打ちを鳴らして、鞘から聖剣を抜いた。
「あの悪魔が何をたくらんでいるか知らないが、面倒くさいのは嫌いなんだ。遊ぶつもりだったけど、殺す。計画の邪魔はさせない。一緒にいた後ろのやつらも皆殺しだ」
カザミの顔が壊れたように歪む。聖剣がだらりと体の横に垂れた。
殺気が突き刺さる。ぞくぞくと肌に鳥肌が立つ。
――サナトに連絡するべきだ。
何度も浮かぶ考えを、リリスは一蹴する。
あの夜、サナトはリリスを奴隷から解放した。それは、「これからは隣を歩け」というメッセージだ。
今まで、自分はひたすら後ろを歩いて来た。サナトのおこぼれでレベルが上がり、人間の中では類を見ないほど強くなった。
でも、本当は何もしてない。
それが、幸せな生活の中での唯一の心のしこりだった。
アミー、グレモリー、バール、アペイロン、そしてルーティア。
サナトの周囲にはたくさんの強者がいる。リリスは間違いなく最下位に近い。
――つらかった。呆れられるのが怖かった。そんなリリスを、サナトは誰よりも必要としてくれた。
独占欲が強いと言ったのに、「構わない」と抱きしめて長いキスをしてくれた。
どうしても結婚したいと言ってくれた。
あれほど幸せな夜はなかった。
本当はあの時に、伝えたいことが一つあった。けれど、サナトの重しになることが怖くて、言えなかった。
すべての戦いが終わったら――
そう言い訳して呑み込んだ言葉を伝えるためにも、リリスはサナトと対等にならなければならない。
ルルカを守り、兵を守り、セナードとヘーゲモニアを無事王国に送る。サナトが死なせたくない人たちを、自分も守るのだ。
それで初めて隣に立てる。
サナトの笑顔に、心の底から笑い返せるようになるのだ。
胸を張って、「私も、がんばりました!」と言える日が来る。
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ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。
タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。
タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。
そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。
なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。
レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。
いつか彼は血をも超えていくーー。
さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。
一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。
彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。
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学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
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