スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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侵攻 9

「ぎゃああああああっ!」
「ああ、うるさい悪魔ですね。腕一本くらいでなにを喚いているのですか。仮にも『推奨』の一柱なのでしょう? 暴君の……なんでしたっけ?」
「ケイモーンだ!」
「そんなことに反応できるなら、まだまだ大丈夫ですね。さあ、もう一本」
「あぁぁぁぁぁっぁああぁぁぁ! やめてくれぇええええええ!」

 薄暗い建物の中に、絶叫が響く。
 バールは嬉々として、大地にうつぶせにされたケイモーンの指をへし折っていた。
 何ということはない。戦い始めて数秒で力の差は明白になった。
 あっさりと殴り飛ばされ、回復が間に合わない悪魔は、バールに魔法と魔剣で死なない程度に傷つけられた。
 床に組み敷かれた悪魔は、太い両腕を逆側にねじられ、関節をきめられた状態であった。

「悪魔の中でも珍しい、実体と素体が同一なのが『推奨』系統の特徴ですが、本当なのですね。ヘリオーズでは確認できる余裕がないですから、私も初めての経験です」
「第一級悪魔ヘリオーズ様を知っているのか!? 誰なんだお前は!?」
「誰? 陰険な『禁止』の悪魔ですよ」
「ま、ま……まさか……まさか……第一級……バール……様?」
「さあ、もう一本いきましょうか。人間に近い体というのは、弱点が多くて楽しいですね」

 悲痛な叫び声が木霊する。
 呆気に取られるハイゼンが、アミーの接近に後ずさった。
 顔面は蒼白だ。

「待て……待て……おかしいぞ。なぜケイモーンが……私は日陰者の召喚隊からラードス帝国将軍にまで上り詰めた男だ。こんなところで……追い詰められるなど、何かがおかしい」
「おかしくなんてないわ。悪魔の理がそのまま出ているだけよ。愚かな人間でも薄々気づいたでしょう? あそこにいる赤髪の悪魔は、あなたの従えている悪魔の数倍は強いと」
「嘘だ……嘘だ……」
「まあ、そんなことはどっちでもいいのよ。死ぬべきやつが死んで、生き延びるやつは生を続けるだけだから。あなたはこの瞬間、死ぬ側に回ったってこと。諦めなさい。仮にも最強の一角を舐め腐って、喧嘩を売ったんだもの。自分の生を後悔しなさい。私も怨みを晴らさせてもらうわ。とびっきり、いたーいやり方でね」

 アミーが瞳を輝かせて、杖を構えるハイゼンに近づく。

「来るな……来るな、化け……ものめ」
「あら、やだ。私たちの主様に言っていたじゃない。悪魔に魅入られた者だって。自分も散々悪魔と共闘してきたんでしょ。化け物には慣れっこじゃない」
「待て……待ってくれ、まだ何も成し遂げていないんだ」
「それはよかったじゃない。私はそういう魂も好きよ」
「そんな……」

 壁際に追い詰めたところで、アミーがぐるりと首を回した。

「主様、こいつを戴いてよろしいですか? ……主様?」

 アミーが声を落とした。
 異変に気付いたバールも首を回す。
 サナトの顔は――真っ青だった。今にもその場に崩れ落ちそうに、膝が揺れていた。
 そして、か細い声を絞り出した。

「あとは……すべて任せる」

 その表情は今にも泣きそうに見えた。子供が、溢れんばかりの涙をこらえて身を縮こまらせているような、弱弱しい姿だった。
 サナトが――無言でゲートに身を投げた。

「アミー」

 バールの声がひどく真剣みを帯びていた。

「すぐに終わらせましょう。とうとう望んでいた瞬間が来ました。私がケイモーンに止めを刺します。あなたには残りを任せます」
「了解しました。本当にやるのですね?」
「今さらあとには引けません」

 そう言ったバールは、爪を立てた指を揃え、一気にケイモーンの背に突き刺した。ぐしゃりと何かを潰し、手首をひねって抉り取る。
 瞬時に絶命したケイモーンが体を跳ねさせた。


 ***


 ――パーティメンバー、リリスが死亡しました。

 耳を塞ぎたい。
 聞いていないと喚きたい。
 あってはならない。
 それだけは。
 それだけは。
 リリス――

『マスター、急いで!』

 心の中でルーティアが叫ぶ。
 でも足が出ないのだ。この先に待つものを見たくない。確認したくない。
 ゲートの外に出たら――

『マスターっっ!』

 渾身の叫びが、サナトの背中をわずかに押した。
 暗いゲート内から、開けた草原に踏み出した。
 最悪の場面だった。
 リリスが大地に倒れている。あお向けで、目の前の敵を睨んでいる。
 自分に降りてくる白々と輝く剣を、目をいっぱいに見開いて華奢な手で挟んで受け止める。
 しかし、止まらない。
 両刃を滑らせ、白い肌に真っ赤な血がにじみ出た。
 それでも、嗤う男は体重をかけるように乗り出した。
 腹部に刺さる軌道が、わずかに傾いた。薄い胸に、切っ先が向いた。
 白刃は躊躇しない。
 無慈悲に、残酷に。
 リリスの体を貫通した。びくりと体が跳ねた。
 わずか、一瞬の出来事が、サナトには永遠のことのようだった。

「リリス―っ!」

 悲しみなのか。怒りなのか。もう分からなかった。
 凶刃を突き刺した男に、サナトが<白炎刀>を全力で振るう。
 訳知り顔で後ろに下がった男が、軽薄に嗤う。

「君の、女の子かい? ご愁傷様」
「きさまぁっっ!」
「落ち着きなよ」

 男は血まみれの聖剣を顔の前で見せつけるように振る。真っ赤な血糊が、ぽたぽたと落ちた。
 一瞬にして、怒りが頂点を振り切った。
 そうしなければ、もう自分は耐えられないと、分かっていた。
 後ろを向いて、倒れたリリスを見る勇気がなかった。
 その代わりに、お前は切り裂いて必ず殺す。
 跳びかかろうとしたサナトを――ルーティアの鬼気迫る声が止めた。

「マスター、アイテムボックスを開いて! 早く!」

 ルーティアが実体化していた。
 瞳の端に、大量の涙をためて懇願する姿に、サナトが泣きそうになる。
 言われるがままに、ボックスを開けて大量の魔石を放り出した。

「入れて、閉めて!」

 サナトがリリスを抱き上げた。まだ温かい。胸の中央から血が滲み、瞬く間に腕をつたった。
 冷えていく。
 冷えていく。
 冷えていく。
 だめだ。
 ダメだ。
 やめてくれ。
 頬を伝う自分の涙が熱いのに、腕の中のリリスが一気に冷えていく。
 唇が震えた。わけのわからない眩暈が襲った。
 それでも、ボックスの中央にリリスを寝かせて閉めた。
 その瞬間、滂沱たる涙が、あとからあとから流れ落ちた。

「どうして……」

 サナトは声を振るわせ、膝をついた。
 空間に消えたアイテムボックスを、どうしようもなく見送った。
 網膜にはリリスの最期の顔が焼き付いていた。
 安堵した顔だった。
 なぜ。
 最期の最期に、俺を見つけたからか。必ず助けに来ると信じていたからか。
 どうして、俺を呼ばなかった。
 お前が、お前だけが、俺のすべてだというのに。

「うわぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ!」

 サナトは頭を抱えた。
 どうしようもなく惨めだった。
 チート?
 最強?
 異世界?
 こんな結末を、誰が望んだ?
 敵を甘く見たのは、誰だ?
 一番大事な恋人を、最期に手の届かないところに置くと決断したバカは誰だ?
 ――すべて俺の責任だ。
 ゲートが使えるから。レイナにそう言った自分はこんな可能性を少しでも考えていたか。

「うぅぅぅ……っうぅ」
 
 サナトは、壊れたように笑った。浅く、乾いた笑みだ。
 もう戦えない。
 戦う理由がなくなった。
 誰かを守るための魔法も、武器も。すべて無意味だった。
 だが、サナトの中に住む天使は、ありったけの声で叫んだ。

「こんの、くそ野郎ぉぉぉぉぉっ! よくも、リリスぉぉぉぉっ!」

 白いドレスのルーティアが、真っ赤に目をはらしながら跳び上がる。
 背中には神々しい二枚の羽が生えている。
 陽光を背に浴びた彼女は、まさに神の化身に見えた。

「まじかよ」

 男はびっくりしたように、のけぞった。
 上空から光の柱が何本も降り注いだ。

「マスターぁぁぁぁ、私がリリスを助ける! 約束する! だからっ!」

 ルーティアがふわりと側に舞い降りた。
 くしゃくしゃになった顔が、彼女の悲痛を表していた。
 手がサナトに伸びた。細い腕だ。

「リリスは、マスターに伝えたいことがあったの。それを伝えるまで、絶対に死なない」
「……ルーティア」
「立って、マスター。ひどいこと言ってるのは知ってる。無理を言ってるのも知ってる。でも、立って。立ち上がって! リリスは絶対に、そんな姿のマスターを望まない。思い出して。リリスは、誰よりもマスターを大事に想っていた。あなたの恋人は、世界一あなたが強いと思っていた!」

 ルーティアが泣き笑いの顔でさらに手を伸ばす。
 サナトがゆっくりと瞼を伏せた。
 目を閉じれば自然と愛しい少女の姿が思い浮かんだ。
 美味しい食べ物を口にした彼女は笑っていた。
 ルルカと話していた時の彼女は楽しそうだった。
 朝、目覚める前の彼女の寝顔は、とてもあどけなかった。
 そして――
 抱きしめた時の彼女は、とろけそうなほどに幸せそうだった。

「そうだよな……世界一強い俺が、負けるわけにはいかない」
「うん」

 サナトが膝に力を込めた。
 拳で叩いて、しっかりしろと促した。
 足に、腰に、体に、腕。霞がかっていた頭の中が晴れた。
 悲しくないわけじゃない。
 でも、今だけは見ないことにした。蓋を開けて中を覗けば、自分は動けなくなるから。
 違うだろ。
 泣くにしても、笑うにしても――やるべきことをやってからだ。
 リリスならきっとそれを望むはずだ。
 サナトは怒りに全身を震わせた。

「必ず……殺す。俺から奪ったことを後悔させてやる」

 瞳に怜悧な輝きを灯し、サナトが<白炎刀>を片手に振り返った。
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