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ゴールドスカル

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 ジージャンの釦は掛かっていなかった。


(あーなるほど、幾ら何でもこれじゃ寒いはずだ)
彼の震えている理由はそれしかないとも思った。だってあれこれ想像すると怖くなるからだ。ま、瑞穂の態度が気にはなるけど……
そんなことを考えながら胸元に目を向けた。
そのはだけた部分から何やら見えていた。
瑞穂もそれが気になったようだ。
二人の視線の先には、目映く光るゴールドスカルがあった。
瑞穂が何故それに牽かれたかは判らないが、相当な時間見つめたままだった。


俺は仕事のことより、訪問者がしているゴールドスカルのペンダントヘッドが気になった。瑞穂がこんなに興味を示しているのだから、何かがあっても当然だと思ったのだ。
それにそのゴールドスカルなる物が何か異様な雰囲気を醸し出していると思ったからだった。そうは言っても俺は気にも止めない振りをして依頼者と向かうことにした。あまりにも失礼だと思ったからだった。


瑞穂は恋人だったみずほちゃんのコンパクトを握り締めながら、そっとそのペンダントヘッドに触っていた。
次の瞬間瑞穂は震え上がった。それが何故なのか俺には判るはずもなかった。




 仕事の依頼はやはり浮気調査だった。
彼女が最近おかしいと言うのだ。


彼はロックグループのボーカルだと言った。
それを聞いた途端に瑞穂は又震え上がった。


(えっ、何だ?)
俺は瑞穂の霊感があることを思い出して身構えた。知人の刑事の情報ではみずほちゃんが自殺ではないとそれで見抜いたらしいのだ。





 「あのぅ、もしかしたらですが……、爆裂お遊戯隊の……」
その答えは意外な物だったので拍子抜けを食らう羽目になった。
瑞穂が何かを思い出したのかは知らないが、どうやら彼は有名人のようだ。彼はそれを聞いて少し口角を上げた。
名前を知っていてくれたからだと思った。
俺もそのグループ名にとある音楽番組の映像が重なった。
そう彼は爆裂お遊戯隊のリーダー兼ボーカルのボンドー原っぱだったのだ。


(ん!? ボンドー原っぱ?)
俺は彼が有名人であることに少し快感を覚えていた。だって誰の
紹介かは知らないけど、そんな彼が俺を頼って此処まで来てくれたのだから……


「すいません。さっきからずっと考えていました。不愉快な思いをなされたのではないですか?」
瑞穂は精一杯、丁寧に謝っていた。ついでに俺も頭を下げた。
だってツルツル頭の彼がどうしょうもないほど気になっていたからだ。
爆裂お遊戯隊。
メンバー全員が、ボン何とかーと言う名前を付けていた。
爆裂のボンバーからとったらしい。
リーダーは引き付けるボンドからだそうだ。
何となくだけど、覚えているはずだ。
ついこのあいだテレビの歌番組で、売り出し中のロックグループとして紹介されたばっかだった。


(爆裂お遊戯隊か? 確かにあのグループだ。でも良く思い出したな瑞穂。本当に驚きだ。あのパフォーマーがこんなに変わるなんて……)




 爆裂お遊戯隊……
見た目は大人。でも服装は幼稚。
ってゆうか……
それが爆裂お遊戯隊のスタイルだった。


幼稚園児と同じようなスモックに今どき流行らない半ズボン。
黄色い安全帽にお通いバッグ。どっから見てもコスプレ幼稚園児。
そんな輩が舞台狭しと暴れまくっていた。
ボンドー原っぱは其処のボーカルだったのだ。




 ボンドー原っぱ……
勿論本名のはずがない。彼は依頼書に原田学(はらだまなぶ)と書いた。


(原田学でボンドー原っぱか?)
俺は呑気にそんなことを考えていた。
それで成立する訳ではないけど、何時此処に来られるか判らないと言うので、前金と称して財布の中身の殆んどを一緒に添えた。

これで浮気調査の書類が出来上がった。





 「この頃彼女が冷たくて……、解ってます。この名前がイヤだってこと。でもやっと得たチャンスなんです」
売れない時代に支えてくれた彼女。でもやっとデビュー出来ると思ったら、ボンドー原っぱなんてふざけた名前を付けられた。だから彼女が怒ったらしい。


(解る気がする)
と思った。


「だからと言う訳でもないと思いますが、浮気を疑いまして……、この前も彼女につきまとう男性をストーカー呼ばわりしたって怒られたし……、ひょっとしたらその相手かも?  などと勘繰りまして」




 (ん!? ストーカー!)
それを聞いた途端にドキッとした。


「そのストーカーって言うのが……」
何故か歯切れが悪い。


「言いたくない人か?」
俺が聞くと彼は頷いた。その時ふと瑞穂がみずほちゃんのコンパクトを握りしめていることが気になった。


(瑞穂……どうした?)
瑞穂の恋人岩城みずほちゃんはクラスメートの企みによって殺されていた。だから余計に瑞穂の態度が気になるのだ。




 結局俺は仕事を受けた。
瑞穂はまず携帯に依頼人の彼女の写真を取り込んだ。
ついでに俺の妻の事件の容疑者とされるラジオと呼ばれた男性の写真も入れた。
瑞穂は本気で事件の解決させてくれるようだ。


『ラジオって言葉知ってるか?』
不意にあの日の会話が浮かんだ。


『ラジカセのラジオ?』
瑞穂もまた、普通に答える。


『違うよ。業界用語で無銭飲食のことだ』


『俺まだ探偵用語なんて習ってねえよ』
瑞穂はてっきり、そっちだと思ったらしい。


『それって、もしかしたら警察用語?』
瑞穂の質問に俺は頷いた。


『ラジオの詳しい言い伝えは解らない。無銭と無線をかけたのじゃないかな?』


『でも叔父さん、無線だったらトランシーバーじゃないの?』
瑞穂はつまらない屁理屈を言い出した。
俺はそのラジオが妻を殺したのだと思っていたのだ。


すれ違った人がその人かも知れない。
瑞穂は俺の役に立ちたいと思っている。そう思ってくれるだけで嬉しい。

犯人逮捕。
それが妻を癒すことだと思っている。
でも俺はラジオが真犯人ではないことを願っている。俺は本当は信用しているのだ。
だから苦しい。だから何年ももがき、足掻いているのだ。




 「何故だー!?」
俺は奇声を発していた。目の前のテレビ画面に映っていたスキンヘッドを見て驚いたからだ。


「コイツ、さっきのヤツだよな?」
質問を瑞穂に振る。
瑞穂は頷くことしか出来なかったみたいだ。
何が何だか判らないけど、とんでもない事件に彼は巻き込まれたようだ。


「なぁ瑞穂、どうしたらいい?  手打ち金貰っちゃったよ。返さなくちゃダメかな?」
俺は頭を抱えながら言った。


「戴いちゃう訳にはいかないと思うよ。きっと誰にも言ってはないと思うけどね」


「そうだな。俺のこと少しは知っていたみたいだからな。やはり返すか? でも誰に渡せば良いんだろ?」
そんな答え出る筈もなく、俺達はニュースの続きを見ることにした。




 依頼人の住所は解っていた。でもそれは東京だった。


「どうして此処に来たのかな?  何で叔父さんのこと元刑事だと知っていたのかな?」
瑞穂は矢継ぎ早に質問した。


「そんなこと俺が知る訳がないだろう」
俺は何も解らずは当惑した。




 スキンヘッドの頭が災いしたらしい。
とリポーターが説明していた。
そして以前も似たような事件があったこともひけらかしていた。


(似たような事件!?)
その意味が解らず俺は瑞穂を見た。
瑞穂は何も言わずに画面を見つめていた。




 コマーシャルがやっと開けた。
息込んでいたから、物凄く長い時間に感じた。


「待ってました!!」
瑞穂は思わず言った。
すかさず俺は口元に指を立てた。


それでもこれで真相を知ることが出来ると思い、俺達は改めてテレビ画面と向かい合った。


亡くなった男性は、やはりエアーバンド・爆裂お遊戯のリーダーボンドー原っぱこと原田学だった。

昨日まで幼稚園児を彷彿するような刈り上げスタイルだった彼が何故スキンヘッドになったのか?
コメンテーターがその部分を盛んに論議していた。


そしてもう一つの事件との因果関係も話題に取り上げられようとしていた。



 それは、ロックグループのボーカルの変死事件のことだった。
新曲発表イベントで訪れたボーカルの首が落とされた事件だ。


木暮敦士(こぐれあつし)。
介護ヘルパーとして勤務しながら、ロックグループに所属していた瑞穂の親友の兄貴は新曲発表のパフォーマンスのためにデパートにいた。
木暮敦士は此処に時々やって来る瑞穂の親友のお兄さんだったのだ。
従業員用のエレベーターに乗っていたのは、楽屋として用意されたのが倉庫の一部だったから。
でも何故、出演時間でもないのに其処にいたのかは不明だと言った。






 スキンヘッドの男性は事務所を出た後駅に向かい電車に乗った。
でもその直後にその電車から弾き出されたそうだ。


その時が事故が発生したらしい。
ドアの隙間に何かが引っ掛かり首を吊られた格好になったようだ。


「あっ、もしかしたらあのチェーンが原因か?」
瑞穂が喚いていた。


「瑞穂、何なんだ?」


「ゴ、ゴールド……」
そう言いながら泣いたので良く見ると瑞穂は取り乱していた。


「それがどうした?」


「だから……、ゴールドスカルのペンダントヘッドの付いたチェーンだよ」
瑞穂は力説した。


「きっとあのチェーンに首を吊られたんだと思うんだ」
やっと瑞穂は言った。


「ところで、そのゴールドスカルって何だ?」


「あ、ごめん。ほら彼がしていた金の骸骨だよ」


「あ、あれか?  ところであれが何なんだ?」


「だから……、あれが電車のドアに引っ掛かって、彼はそのまま引き摺られたんだと思ったんだ。事故の真相はきっとそれだよ。きっとあのチェーンに首を吊られたんだと思う」
瑞穂はやっとそれだけ言った。

俺はその時彼の首に掛かっていた物を思い出した。確かにあのゴールドスカルのペンダントヘッドならドアに挟まるかも知れないと思った。
でも、そうでなければいいとも思っていた。



 「あの人はきっと殺されたんだ」


「瑞穂、そんなことめったに言うもんじゃない」


「でも叔父さん。俺はゴールドスカルのペンダントヘッドの中の木暮の兄貴の意識を見たんだよ」


「意識を見たって、どう言うことだ?」


「お祖母ちゃんに、俺が霊感があるって聞いてない?」


「あぁ、それならある」


「それだよ。俺はさっきみずほのコンパクトを持っていかたから見えたんだ。木暮の兄貴の意識が……」


「木暮の兄貴の意識? それにコンパクトって何だ?」


「これだよ。中に書いてあることは秘密にしてね。みずほの尊厳にかかることだから」
瑞穂はそう言いながら、《死ね》と朱印されたコンパクトをポケットから出して俺に渡した。


瑞穂はどうしょうもなくなったのだろう。みずほちゃんが死んだ経緯を打ち明けようとしてくれた。
それがどんなに辛いことか、俺はまだ知らずにいた。



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