早春譜

四色美美

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恋の夢灯路

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 「明日は東松山の夢灯路だ。行ってみるか?」
詩織の横に立ち、同じ校庭を眺めながら淳一は言った。
勿論、誰も図書室に残って居ないかを確認してからだ。
喩え兄妹として認識されている二人だったけど、事情を知らない人に誤解されても困るからだ。
本当はそれでも良いと淳一は思っていた。
だけど、自分と詩織の結婚を無理矢理認めさせた校長に迷惑は掛けられなかったのだ。


「えっ!? 連れて行ってくれるの?」
詩織は思わず喜びの声を上げた。


「詩織さえ良ければの話だ」
唇に手をあてながら淳一は言った。


「良いに決まってる。勿論、誰にも見付からないように……でしょ?」
詩織は肩をすくめながら舌を出した。
あまりに嬉しくて失敗したからだ。


正々堂々と夫婦だと言いたい。
でも校長先生の手前、公には出来なかった。


「詩織、俺は勘違いをしていた。あの時贈った句の裏の写真だけどな……、東松山にある男沼に咲いている方かも知れないんだ」


「えっ、何で?」


「詩織に怪我をさせてしまい気が動転していたのかな」


「そうね。あの時は確かにそうだった」


「勿論、校庭にも咲いていたんだよ。でも、何で勘違いしたをだろうか?」
何故こんな話をしたかと言うと、校庭にある桜の根元にはそれらしい物がなかったからだった。
今度は蕾の写真を撮りたいと思って見て回ったから解ったことだった。
蘖と言う、幹から出たのはあった。
どうやらそれと勘違いしたようだ。


「もしかしたらお店で番号を選ぶ時に間違えたんじゃないの?」
詩織もそんな淳一を庇いたくなった。
自分の不注意から淳一に事故の責任を負わせてしまったからだ。


「そうかも知れないな」


「先生。私男沼に行ってみたい。私も根元に咲く桜を見てみたいから」


「そうだな。健気に咲く桜が、詩織に勇気を与えてくれるかも知れないな」


「じゃあ善は急げ」


「東松山の夜桜イベントは明日からだけど、実はまだそんなに咲いてないんだ。まだ五分かな? だから根元にも咲いてないと思うけどな」


「でも、蕾はあるかも知れないし……」


「俺は用事があるから、詩織を送ってから又戻って来なければならないんだ」


「じゃあ、男沼で降ろしてくれる?」
詩織の言葉に淳一は頷いた。




 淳一の言った通りだった。
男沼の桜は満開にはまだほど遠い状態だった。
それでも詩織は沼の脇に巡らされた小道を歩き始めた。


淳一の言っていた桜の根元に目がいく。
でもどれがそれなのか解らない。
木瓜の木や草などで隠れてしまっていたからだ。


「あっ、あった」
でも見つけたのは桜ではなかった。
桜の根元に木瓜の木が入り込み、花を咲かせていたのだ。
それはまるで、桜の根が木瓜の木を抱き締めるかのようだった。
その近くを見ると、木瓜の花が沢山咲いていた。


「此処から根が伸びたのかな? それとも種子が飛んだ?」

詩織は生命の不思議な力を垣間見たような気になっていた。


「私もいじけてる場合じゃないな。下手すると先生を取られ兼ねない」

詩織は淳一と結婚式を挙げキスも交わした。
だけどそれだけだった。
本当の意味での夫婦にはなっていなかったのだ。
それが詩織の弱味だった。
だから部員達の一挙手一投足に剥きになってしまったのだ。




 灯路が明日のイベントに先駆け、道の端に置かれている。


(これに灯りが着くのか。きっと綺麗だな)

詩織はそれを追うように歩き始めた。


男沼行きを希望したのはそんなためではない。
淳一と一緒だと思ったからだ。


(部員に見つかるといけないから、間っ昼間から並んで歩けないけど……)

それは解っていた。
だけど、一人残されるなんて本当は思ってもいなかったのだ。


『善は急げ』
って言ってしまった都合でなり行きに任せるしかなかったけど、淳一の用事が何なのか解らないから余計にいじけていたのだ。




 本当は失敗したと思っていた。
詩織には徒歩以外に家へ帰る手段がないのだ。


「なるようになるさ」
そう言いつつも、半ば諦めていた。


(どうせ明日は休みなんだ。少しくらい遅くなってもいいだろう)
本音は淳一のせいにしたかった。
一緒に歩きたいのに、帰ってしまった淳一が妬ましかった。




 その頃淳一は校長室にいた。
俳句部の未来のためだと呼び付けられていたのだ。


淳一は校長に、俳句甲子園の予選会に出場出来るように頼もうとしていた。
淳一は部長である詩織と一緒にやり遂げたいと願い出たのだ。


でも校長の思惑は違っていた。
成り行きで認めてしまった結婚を、伏せさせるためだったのだ。
校長は自分の立場を死守しようとしていたのだ。




 何時の間にか女沼まで来ていた。


「こんなに近かったっけ?」
詩織はただ灯路の横を歩いただけだった。
女沼から男沼の間にはバス停が二つある。
本当は結構長い距離だったのだ。


「この調子なら箭弓神社にも行けるかな?」
そう言いつつ寄り道をする。
灯路が女沼の弁天島にも渡っていたからだ。


「あれっ、これ可愛い」

何気に脇を見ると、弁天様の納められているお堂の格子に絵馬が掛けらていた。


(私も書いてみたいな。この松山神社って何処にあるのかな?)
詩織は『夢灯路・松山神社』とある、桜とハートが描かれている絵馬がとても気になっていた。


「流石に恋の夢灯路イベントね。やることが憎い」
それは誰かの受け売りだった。


「女沼と男沼の恋の道か?」
詩織は灯路を振り返って見た。
それは見事なほど綺麗だった。
灯りが入ったその横を明日は淳一と一緒に歩けるのだ。
詩織は何時かウキウキし始めてていた。




 女沼を通りすぎ、石段を昇る。
右脇にあるのが郵便局だ。
そのずっと先に東松山駅があるはずだった。
でも詩織は電車には乗らず、階段を下り駅の反対側に向かった。
その先に箭弓神社があるからだ。




 やっと箭弓神社に辿り着き、まず手水場で手と口をすすいだ。
賽銭箱の前に書いてある通りの所作をする。


(確か住所と名前を言って、神様に自分が何処の誰だかを知らしめるんだった)
何でも出来て解るはずの神様でも、ご利益を求めて祈りを捧げる一人一人が何処に住んでいて、何をしている人かは解るはずがないのだ。
でも結局言わずに済ませた詩織だった。




 奥には牡丹園があった。
でも詩織はその手前で釘付けになった。
縁結びの木と書かれた大木に牽かれたからだ。
松と栴檀の二つの根は一つになり、互いに支えあい寄り添うように聳えていたからだ。


男沼から女沼に続く恋の道を灯路で繋ぐ。
箭弓神社には弓があるからキューピットなのだそうだ。


誰かがそんなことを言っていた。
でも違った。


本当の縁結びの由来はこの木だったのだ。
それはさっき見た、男沼の桜と木瓜にも似ていた。


「あの花も桜と一つになるのかな?」
まだ淳一と結ばれていない詩織に、嫉妬にも似た感情が沸々と溢れだしていた。
でも詩織はそれを押さえ込まなければならない。
詩織には辛いだけの日々が待ち構えていたのだ。




 「詩織。相澤隼っているだろ? 実は俺の知り合いだったんだ」


「えっ!?」


「だから余計に、詩織の優しさが嬉しかったんだ」


「母は宝くじが当たってマンションを買ったって言っていたけど、私は直美から聞いたの。ソフトテニスの王子様騒動で居づらくなったんだって」


「ま、それは取材する側のたてまえだな。俺と組んだ時隼はイキイキしていた。でもあの騒動以来報道陣から逃げまくっていた。引っ越ししたくなった隼の気持ちも解るな」
東松山活動センターに車を止め、遊歩道を進みながら淳一は言った。
その道の先には女沼があり、夜桜イベントが開催されているはずだった。


「父が言っていたの。直美のママは何も自転車に三人の子供を乗せて送り迎えしていたらしいわ」


「もしかしたら前後の篭に二人を乗せて、直美さんはおんぶされていたのかな?」


「うん。そうみたい。あのねこれ絶対に内緒。父から聞いた話だけど、代理母だとか何とかで」


「あっ、だから親父達が調べていたのか?」


「そうらしいわ。一時期週刊誌に取り上げられて、余計に居場所を無くしたみたい」


「親父達の仕事も考えもんだな」


「誰もが出演したい訳ではないですから、追っ掛けられたら又引っ越すかも知れないと思ったのです」


「噂には聞いていたけど、彼奴も辛い人生を送ってきたからな」


「でも本当に良かった」


「あの人は今が取り止めになってか?」

淳一の言葉に詩織は頷いた。


「だって又引っ越しされて、その原因が家のママだったなんて直美に言わなくて済んだからね」
詩織は肩を竦めた。
それに気付き、淳一は寄り添った。


東松山活動センターに隣接しているウォーキングセンター近くの信号先から始まる遊歩道。
子供達の描いた絵を元にしたモザイクなどを配した道は図書館先で終わる。
そしてその先の女沼では夜桜イベントが盛大に開催されているはずだった。


生憎の雨もあがった。
足元を見ると小さな水溜まりが出来ていて、僅かに流れていた。


「潦だ」


「ニワタズミ?」


「旧仮名遣いではにはたづみと書くんだ」


「にはたづみなんて、美しい言葉ね」


「そうだな、日本語は美しいな。だから俺はその言葉を学ぼうとして国語の教師になったんだ」


「教えるのではないの?」


「一緒に学ぶためだ。俺はまだまだ半人前だ。詩織が俺を導いてほしい」
淳一はそう言うと、詩織をそっと抱き寄せた。




 その遊歩道は地元の人でもあまり使用してはいない。
だから淳一は此処を選んだのだ。
それはある目的のためだった。


「実は昼間、松山神社に行って来た。女沼の弁天様の祠に絵馬が掛かっていたんだ。それが欲しくなって、尋ねてみたんだ。でも松山神社にはないそうだ」


「あれは、私も見ている。確かに松山神社って書いてあったわ。でも本当に其処にないの? 私も欲しかったのに……」
図書館を回りこむように配置されている遊歩道。
その先には旧国道の下を潜るトンネルがあった。


「弁天島にも灯路があったからきっと絵馬がキレイに写し出されているわね」


「そうだな。最初に寄ってみるか?」


「駄目よ。彼処は反対側だから、まずはライトアップされた桜を楽しもうよ」


「それもそうだな。俺の詩織対する気持ちをあの絵馬に託したかった。勿論名前は書けないけど……」
淳一は詩織の耳元に唇を近付けた。


「これから先、何があっても俺達は夫婦だ。そのことを絵馬に書くつもりだったんだ」


「ありがとう先生。私はその絵馬に書かれるはずだった言葉を胸に刻んで生きていきます」


「詩織ずるいぞ。俺に呼び捨てにさせたくせに、自分は先生か? こんな時くらいは……」


「先生それはだめ。何処で見られて解らないから」

駐車場から近いからそれは感じていた。


「ごめん詩織。こんなヤツと結婚したばかりに苦労掛けるな」


「苦労なんて思っていない。私はただ、先生と一緒にいたいだけ……」
詩織の言葉は途切れた。
淳一が詩織の唇を奪ったからだった。
そう、これがその目的だった。


淳一もこの夢灯路の謂れが縁結びだと言うことを承知していた。
だから其処へ着く前に詩織への思いを告白したかったのだ。
未だに唇を重ねるしか手のない淳一だったけど……


「先生……さっきも言ったけど……」


「これを見られたら困るか?」

詩織が頷くのを確認してから、もう一度淳一は唇を重ねた。


「先生……もう……」
詩織の言葉は淳一の唇の中に消えていった。




 「日本の法律ってやつは矛盾している。女性のみ十六歳での結婚を認めているくせに、十八歳以下への性行為は犯罪なのだ」


「解っている。校長先生にも迷惑がかかるからね」

頷くしかない淳一を見ながら詩織は又歩き始めた。


もうじきに遊歩道が終わる。
トンネル先が明るくなっている。
二人はそっと繋いでいた手を離した。




 弁天島の先がやけに明るかった。
音楽イベントも開催されているようで、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。
それでも二人は距離を空けながらライトアップされた図書館通りに面した桜を楽しんでいた。


「あれっ!?」
沼の中ほどまで歩いた所で淳一は立ち止まった。


「弁天島の桜の木が伐られている」


「あっ、あの木か? えっ!? 知っていたの?」
詩織は躊躇しながらも淳一に近付いた。
淳一はそれに気付き、帽子を目深に被り直した。


「俺は以前、母と一緒に此処に住んでいたんだ。父が忙しかっただろう。小学校の時だけだったけど……」


「えっ!? お母さんがいたの?」


「当たり前じゃないか。と、言ってもどうやら本当の母ではないらしいけど」


「だから、母とお義父様のことを疑った訳ね?」


「そんなとこだ。俺がソフトテニスをやっていたのは母の影響なんだ」


「お母様もソフトテニスをやっていらしたの?」


「そう、だから相澤隼とも出会えたんだ。彼奴が越してすぐ、俺は父に引き取られた。だから詳しい経緯は知らなかったんだ」




 弁天島の小さな橋を渡る。
格子に掛けてある松山神社の絵馬が気になる。
詩織はそっと近付いて行った。


「これ可愛いね。ねえ、本当に松山神社では売っていなかったの?」

淳一は頷くことしか出来なかった。


島の柵を越えて子供達が数人で遊んでいた。


「此処は以前、死亡事故のあった沼だよ」
淳一が注意すると子供達はすぐに元の囲いの中に戻ってきた。


「別に疑った訳じゃないけど、本当なの? 何だか信じられないのだけど」


「此処は沼だよ。特に夜は何が起こるか解らない。あ、死亡事故ってのは本当の話だ」


「怖いから気を付けた方がいいわね」
詩織は中に祀られている弁天様に手を合わせてから島を離れた。




 「あの、彼処の絵馬って何処で売っているのですか? 昼間松山神社に行ったのですが売ってなかったのです」
スタッフジャンバーを着ている人に淳一は話し掛けた。


「あっ、あれは松山神社ではなく箭弓神社だよ」


「えっ、箭弓神社? でも絵馬には松山神社って書いてありますが……」


「私も良く解らないのですが、そう言われました」

もし聞かれたらそう言うようにとでも言われていたのだろう。
淳一は会釈をして会場を後にした。




 「このまま箭弓神社まで行ってみる?」
郵便局脇の階段を登りながら淳一は言った。


「彼処には縁結びの木があるの。昨日感動したの。だから二人で行ってみたい」


「縁結びの木か?」


「あれっ、確か此処に住んでいたのでしたね?」


「知らないことだってあるよ。本当は彼処の裏にあるソフトテニスコートが母の練習場だったけどね。中学校の途中までだったけど、俺は継母に育てられていたんだ」


「ソフトテニスの練習場が彼処にあったのですか? 気付かなかった。ジャーナリストのお義父様を支えて、お母様大変だったのですね。」


「親父の仕事は不定期だったから……、仕方無く面倒をみてくれたんだと思う。だから遊び場は箭弓神社にある公園だったし……」


「だったら……」


「きっと、その頃はまだ……そんなに有名じゃなかったのかも知れないし……」
詩織の言葉を遮るかのように淳一は言った。
それに詩織は気付き、言葉を繋げた。


「そうかも知れませんね。夢灯路も今年で十三回目だって言うし……。それじゃ、明日にしませんか? テニスコートを見てみたいし、縁結びの木も見られますし……」


「そうだな。そうしようか」


「それじゃこのまま灯路を追って男沼に向かいましょうよ」
淳一の言葉を受けて詩織は女沼へと戻って行った。


「それじゃ、松山神社も明日ってことで。今日は男沼の夜桜を堪能するか?」

淳一の言葉に詩織は頷いた。
本当は夜の松山神社も見たかったのだけど……




 「ところで詩織。この頃高校野球のことはあまり話さないな」


「直美には悪いんだけど、何だか興味が湧かなくなっちゃった。だって選抜に埼玉勢出ていなかったしね」


「そうだな。でも決勝は同じ地域だったなんて。幾年か前に平成の出場枠ってのがあって、埼玉が二校出場したことがあったろ? 又あったら、埼玉同士で決勝に行ってくれたら嬉しいな。勿論、松宮高校が優勝したら最高なんだけどね」


「本当に、そうなってくれたら嬉しいな。直美は甲子園で、私達は俳句甲子園で」


「お互いに目指す甲子園に向かって、頑張ってくれたら嬉しい」
淳一は詩織の手をそっと握った。


「此処は暗そうだからバレやしないよ」
驚く詩織に淳一はそっと呟いた。




 「此処が俺が遊んでた公園だ。そして、ほらあれが母が通っていたテニスコートだ」
箭弓神社の裏手にある遊具の先に、箭弓庭球場と書かれたソフトテニスのコートがあった。


「あっ、本当にあった。でも誰もやっていないね」


「今日は日曜日だからね。所属しているチームは確か、月曜日から金曜日までのはずだから……」


「土日は誰も利用していないの? 何だか勿体ないですね」


「いや、誰でも利用していいはずだったな。ただし、ちゃんと後片付けする決まりだけどね」


「後片付けって?」


「コートを長いブラシでならした後に、ラインの上をシュロ箒で掃くんだ。勿論ネットも畳んで仕舞うんだ」


「次の方のためね」


「図書室のホワイトボードと一緒かもな」
淳一の発言に妙に納得して、頷く詩織がいた。




 「あっ、先生」
そんな時突に然声が掛かった。
振り向くと俳句部の数名が赤い鳥居の傍にいた。


「あっ、部長も一緒だったんですか?」

(ヤバイ。昨日はあんなに気を遣ったのに……何処かで気持ちが弛んでいたのかも知れない)

反省しつつも、皆が見ている前で絵馬は買えないと思い詩織はシュンとした。
二人で此処に来た理由は本当はそれだったのだ。




 「先生、お詣りまだなんでしょう?」


「だったら私達と行きましょう。箭弓神社はキューピッドだって言ってたから……」

その言葉を聞いて詩織は青ざめた。
てぐすねと弓の弦も引いて淳一を落とす意気込みが感じられたからだった。


傍に行きたいのに行けない。
皆が淳一を取り囲んだために詩織には取り付く島がなかった。
ただ後ろから見ていることしか出来なかったのだ。




 「部長。箭弓様にある縁結びの木って知ってますか?」


「えっ!? あ、知らない……」
昨日見たなんて言えずに詩織は咄嗟に嘘をついた。


「だったらこのまま行きましょうよ」
部員達は淳一と腕を組んだ後、強引に移動してしまったので詩織は仕方なく後を追い掛けた。


二人でそれを見たくて此処に来たのに、なす術もない。
詩織は心の中で地団駄を踏んでいた。




 「凄い木だね」


「でしょう? 私達の絆みたいね?」


「あっ、このやっくんときゅうちやん可愛いと思わない?」
皆てんでんに話し掛けている。
詩織はヤキモキしながらこの状態を見守ることしか出来なかった。




 「きっと、この木があったから夢灯路は始まったんだな。発案者は表彰物だな」


「本当に良く考えた物ね。男沼と女沼とキューピッドの弓の字の入る箭弓神社にこの縁結びの木があっても、私には考えも及ばないわ」


「東松山って凄いんだ。だから俺はもっと盛り上げようと思っている。皆、東松山を第二の松山にするために力を貸してくれ」
淳一は詩織に輪の中に入るように目配せをしながら言った。


それを見て詩織はハッとした。


(ヤだきっと私、ジェラシーの塊のような顔をしているんたわ)

詩織は自分の頬が熱くないかを確認してからその輪に加わった。


「この木のように皆の気持ちを一つにしたいんだ」
それを確認して、淳一は部員達の背中に手を回しながら言った。
それは詩織に向けての発言だった。
自分を信じて付いてこい。
淳一はそう言いたかったのだ。




 「結局絵馬は買えなかったな」


「だってあの子達が、何処で見ているか解らないから」


「見ていると言うか、見張られているみたいだったな」
淳一はペロリと舌を出した。
淳一は彼女達の乙女心に気付いたのだ。
だから尚更詩織を安心させてやりたかったのだ。


「売っているかどうかも確認出来かった。皆が帰った後で戻りたかったのだけど……」
詩織は悄気ていた。


「だったらこれ……」
淳一は俳句部で使っている裏白チラシを渡した。
其処には詩織に対する気持ちが書き込まれていた。


「絵馬に書くつもりで下書きしたんだ」


「読んでも良いの?」
詩織の言葉に淳一は頷いた。


「これから先何があっても俺達は夫婦だ。俺は一生、君だけを愛する」


「うん、たぶん……」


「たぶんじゃイヤだ」


「じゃ、詩織は?」


「私も一生、たぶん淳一さんだけを愛すわ」


「こら、詩織。俺の真似なんかして……」


「たぶんって言われた気持ちは?」


「良い気持ちはしなかった」


「でしょ?」


「ごめん、詩織。俺は詩織を一生離さない。だから俺を信じて付いてきてくれ」


「はい。私も一生淳一さんから離れません」


「ありがとう詩織……」
淳一が耳元で囁く。
それを聞きながら、詩織はそっと目を閉じた。
まるで淳一からのキスを催促するかのように……


本当は校長との約束さえも忘れて燃え上がりたい二人だったのだ。




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