7 / 12
埼玉マニアは
しおりを挟む
会社のホームページ作成企画は順調だった。
相変わらずフォロワー数はトップだった。
「又川越に行く?」
「行きたいけど、新河岸川ももっと知りたいです」
私は口から出任せを言っていた。
先輩から何かを尋ねられると弱いんだ。だからこのような態度をとってしまうのだ。どうやら頭がパニクるらしい。何をどうやったらとか、どう答えたらとか判断が着かなくなる。
「解った。何時か行ってみよう」
その言葉にホッとした。
実は新河岸川のこと何も知らない。川越舟運のこととなるとからきしだった。だから自分の発言にハッとしたのだ。
「ところで、先輩は何故埼玉マニアって言われているのですか?」
又出任せだ。それは聞いてはいけないことかも知れないと本当は理解していた。
私が『流石、埼玉マニア』って言うと先輩は決まって『又それか』って言う。だから解っていたのだ。
それにもかかわらず質問してしまったから、私は少し落ち込んでいた。
「学割で通い始めて、試しに別な駅で降りてみた。咎められるかと思ったら大丈夫だった。だから調子に乗って、一駅ずつ調べてみむことにした。だから色々詳しくなったんだ」
「そんなことして先輩、本当に大丈夫だったんですか?」
「ところでお前さんは? 川越に行くのに別料金払うか?」
「いいえ、私には池袋までの通勤割引定期がありますからそれで降ります」
「おい、おい、それじゃ俺と同じってことだ」
そう言いながら先輩は笑っていた。
確かに同じだ。と思った。でも私は笑えなくなった。
もしかしたら私も違反を犯しているかも知れないからだ。
「でも知らずにやってしまったのだろう? 許してもらえるさ」
先輩はあっけらかんと言った。
「埼玉県のことを色々調べているうちに面白くなって、初恋の人を探し始めた。きっと何処かで会えるかも知れないと思ったんだ」
「それって、小学生の時?」
「いや、保育園だった」
「保育園? 先輩進んでる。保母さんを好きになるなんて」
私は勝手に相手が保育園の先生だと思い込んでいた。
「違うよ。先生じゃない。二つ下の可愛らしい女の子だった」
「でも保育園ならきっと近所の子なんでしょう? 保育園に行ってみれば解るかも知れませんね」
「それもそうだな」
「川越舟運のことはもう沢山調べたから一緒に行ってみる?」
私は又心にもないことを言っていた。
川越へ行く振りをして先輩と出掛ける。
降りた駅は、以前私が暮らしていた街だった。
「懐かしいのですが、此処で暮らしたって実感がなくて……。だって駅から何から変わっているから」
私の言葉に先輩は目を白黒させた。
「えっ嘘。え、えっー、えっー」
先輩はそう言ったきり黙ってしまった。
黙り込んだまま暫く歩くと、見覚えのある歩道橋があった。でもその先も面影すら無くなっていた。工場の跡地が大型ショッピングモールになっていたのだ。私が住んでいたのは此処にあった工場の駐車場の近くだった。
「この先にコンビニがあり、脇道を入ると保育園があったんだ」
先輩はそう言いながら目印だったコンビニを探した。でも何処にもなかった。
それでもそれらしい道を見つけたようだ。でも其処には保育園は無く、駐車場に代わっていた。
「此処に見覚えある?」
先輩の問いに頭を振る。保育園を卒業してすぐに引っ越した私にそんな記憶はなかった。
「そうか? 違ったか」
先輩が寂しそうに言った。
「あれっ、この花」
先輩が入り口の傍に咲いている白い花を指差した。
「あっ、シャガですか? もう咲いているのですね」
「知っているの?」
「はい。ゴールデンウィークの頃、母と行った秩父の札所にこの花が咲いていたのです」
「確かに秩父で俺が見たのもその頃だったかな?」
「母は俳句サークルに入っていたのですが、シャガが兼題に出た時、どんな花か知らなかったそうです。だから想像して詠んだそうです。でも札所の裏に沢山咲いていて……『もしかしたらこれがシャガ?』って独り事を言ったら『そうですよ』って聞こえてきた。その時、母も私もこの花がシャガだと知ったのです」
「へぇー、お母さんは俳句やってたのか?」
「今もやってますよ。俳句って、愛媛県の松山市が有名でしょう? 母の知人っていうか、その札所で会った人は東松山市に住んでいて『松山みたいに東松山も俳句の町にしたい』って張り切っていたのです。」
「そりゃ凄いわ」
「その知人の話では、『松山城って付くのは全国に幾つかあるけど、地名に松山って付くのは松山と東松山だけ』だそうです。『だからなおのこと、もう一つの俳句の町にしたい』と奮闘中な訳です」
「この仕事が終わったら、それに荷担したいな」
突然先輩が言った。
「えっ、荷担って?」
「ホームページで募ってみたい。川越も東松山も同じ城下町だ。川越城は平城だけど、松山城は山城だ。おまけに松山城は戦国時代の名残が残されている数少ない城の一つなんだ。何処ぞの城址公園みたいに開拓していないから余計に貴重なんだ」
「流石、埼玉マニア」
私は又言っていた。
慌てて先輩を見ると、頭を掻いていた。
「又それか? ですね」
相変わらずフォロワー数はトップだった。
「又川越に行く?」
「行きたいけど、新河岸川ももっと知りたいです」
私は口から出任せを言っていた。
先輩から何かを尋ねられると弱いんだ。だからこのような態度をとってしまうのだ。どうやら頭がパニクるらしい。何をどうやったらとか、どう答えたらとか判断が着かなくなる。
「解った。何時か行ってみよう」
その言葉にホッとした。
実は新河岸川のこと何も知らない。川越舟運のこととなるとからきしだった。だから自分の発言にハッとしたのだ。
「ところで、先輩は何故埼玉マニアって言われているのですか?」
又出任せだ。それは聞いてはいけないことかも知れないと本当は理解していた。
私が『流石、埼玉マニア』って言うと先輩は決まって『又それか』って言う。だから解っていたのだ。
それにもかかわらず質問してしまったから、私は少し落ち込んでいた。
「学割で通い始めて、試しに別な駅で降りてみた。咎められるかと思ったら大丈夫だった。だから調子に乗って、一駅ずつ調べてみむことにした。だから色々詳しくなったんだ」
「そんなことして先輩、本当に大丈夫だったんですか?」
「ところでお前さんは? 川越に行くのに別料金払うか?」
「いいえ、私には池袋までの通勤割引定期がありますからそれで降ります」
「おい、おい、それじゃ俺と同じってことだ」
そう言いながら先輩は笑っていた。
確かに同じだ。と思った。でも私は笑えなくなった。
もしかしたら私も違反を犯しているかも知れないからだ。
「でも知らずにやってしまったのだろう? 許してもらえるさ」
先輩はあっけらかんと言った。
「埼玉県のことを色々調べているうちに面白くなって、初恋の人を探し始めた。きっと何処かで会えるかも知れないと思ったんだ」
「それって、小学生の時?」
「いや、保育園だった」
「保育園? 先輩進んでる。保母さんを好きになるなんて」
私は勝手に相手が保育園の先生だと思い込んでいた。
「違うよ。先生じゃない。二つ下の可愛らしい女の子だった」
「でも保育園ならきっと近所の子なんでしょう? 保育園に行ってみれば解るかも知れませんね」
「それもそうだな」
「川越舟運のことはもう沢山調べたから一緒に行ってみる?」
私は又心にもないことを言っていた。
川越へ行く振りをして先輩と出掛ける。
降りた駅は、以前私が暮らしていた街だった。
「懐かしいのですが、此処で暮らしたって実感がなくて……。だって駅から何から変わっているから」
私の言葉に先輩は目を白黒させた。
「えっ嘘。え、えっー、えっー」
先輩はそう言ったきり黙ってしまった。
黙り込んだまま暫く歩くと、見覚えのある歩道橋があった。でもその先も面影すら無くなっていた。工場の跡地が大型ショッピングモールになっていたのだ。私が住んでいたのは此処にあった工場の駐車場の近くだった。
「この先にコンビニがあり、脇道を入ると保育園があったんだ」
先輩はそう言いながら目印だったコンビニを探した。でも何処にもなかった。
それでもそれらしい道を見つけたようだ。でも其処には保育園は無く、駐車場に代わっていた。
「此処に見覚えある?」
先輩の問いに頭を振る。保育園を卒業してすぐに引っ越した私にそんな記憶はなかった。
「そうか? 違ったか」
先輩が寂しそうに言った。
「あれっ、この花」
先輩が入り口の傍に咲いている白い花を指差した。
「あっ、シャガですか? もう咲いているのですね」
「知っているの?」
「はい。ゴールデンウィークの頃、母と行った秩父の札所にこの花が咲いていたのです」
「確かに秩父で俺が見たのもその頃だったかな?」
「母は俳句サークルに入っていたのですが、シャガが兼題に出た時、どんな花か知らなかったそうです。だから想像して詠んだそうです。でも札所の裏に沢山咲いていて……『もしかしたらこれがシャガ?』って独り事を言ったら『そうですよ』って聞こえてきた。その時、母も私もこの花がシャガだと知ったのです」
「へぇー、お母さんは俳句やってたのか?」
「今もやってますよ。俳句って、愛媛県の松山市が有名でしょう? 母の知人っていうか、その札所で会った人は東松山市に住んでいて『松山みたいに東松山も俳句の町にしたい』って張り切っていたのです。」
「そりゃ凄いわ」
「その知人の話では、『松山城って付くのは全国に幾つかあるけど、地名に松山って付くのは松山と東松山だけ』だそうです。『だからなおのこと、もう一つの俳句の町にしたい』と奮闘中な訳です」
「この仕事が終わったら、それに荷担したいな」
突然先輩が言った。
「えっ、荷担って?」
「ホームページで募ってみたい。川越も東松山も同じ城下町だ。川越城は平城だけど、松山城は山城だ。おまけに松山城は戦国時代の名残が残されている数少ない城の一つなんだ。何処ぞの城址公園みたいに開拓していないから余計に貴重なんだ」
「流石、埼玉マニア」
私は又言っていた。
慌てて先輩を見ると、頭を掻いていた。
「又それか? ですね」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる