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埼玉マニアは
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会社のホームページ作成企画は順調だった。
相変わらずフォロワー数はトップだった。
「又川越に行く?」
「行きたいけど、新河岸川ももっと知りたいです」
私は口から出任せを言っていた。
先輩から何かを尋ねられると弱いんだ。だからこのような態度をとってしまうのだ。どうやら頭がパニクるらしい。何をどうやったらとか、どう答えたらとか判断が着かなくなる。
「解った。何時か行ってみよう」
その言葉にホッとした。
実は新河岸川のこと何も知らない。川越舟運のこととなるとからきしだった。だから自分の発言にハッとしたのだ。
「ところで、先輩は何故埼玉マニアって言われているのですか?」
又出任せだ。それは聞いてはいけないことかも知れないと本当は理解していた。
私が『流石、埼玉マニア』って言うと先輩は決まって『又それか』って言う。だから解っていたのだ。
それにもかかわらず質問してしまったから、私は少し落ち込んでいた。
「学割で通い始めて、試しに別な駅で降りてみた。咎められるかと思ったら大丈夫だった。だから調子に乗って、一駅ずつ調べてみむことにした。だから色々詳しくなったんだ」
「そんなことして先輩、本当に大丈夫だったんですか?」
「ところでお前さんは? 川越に行くのに別料金払うか?」
「いいえ、私には池袋までの通勤割引定期がありますからそれで降ります」
「おい、おい、それじゃ俺と同じってことだ」
そう言いながら先輩は笑っていた。
確かに同じだ。と思った。でも私は笑えなくなった。
もしかしたら私も違反を犯しているかも知れないからだ。
「でも知らずにやってしまったのだろう? 許してもらえるさ」
先輩はあっけらかんと言った。
「埼玉県のことを色々調べているうちに面白くなって、初恋の人を探し始めた。きっと何処かで会えるかも知れないと思ったんだ」
「それって、小学生の時?」
「いや、保育園だった」
「保育園? 先輩進んでる。保母さんを好きになるなんて」
私は勝手に相手が保育園の先生だと思い込んでいた。
「違うよ。先生じゃない。二つ下の可愛らしい女の子だった」
「でも保育園ならきっと近所の子なんでしょう? 保育園に行ってみれば解るかも知れませんね」
「それもそうだな」
「川越舟運のことはもう沢山調べたから一緒に行ってみる?」
私は又心にもないことを言っていた。
川越へ行く振りをして先輩と出掛ける。
降りた駅は、以前私が暮らしていた街だった。
「懐かしいのですが、此処で暮らしたって実感がなくて……。だって駅から何から変わっているから」
私の言葉に先輩は目を白黒させた。
「えっ嘘。え、えっー、えっー」
先輩はそう言ったきり黙ってしまった。
黙り込んだまま暫く歩くと、見覚えのある歩道橋があった。でもその先も面影すら無くなっていた。工場の跡地が大型ショッピングモールになっていたのだ。私が住んでいたのは此処にあった工場の駐車場の近くだった。
「この先にコンビニがあり、脇道を入ると保育園があったんだ」
先輩はそう言いながら目印だったコンビニを探した。でも何処にもなかった。
それでもそれらしい道を見つけたようだ。でも其処には保育園は無く、駐車場に代わっていた。
「此処に見覚えある?」
先輩の問いに頭を振る。保育園を卒業してすぐに引っ越した私にそんな記憶はなかった。
「そうか? 違ったか」
先輩が寂しそうに言った。
「あれっ、この花」
先輩が入り口の傍に咲いている白い花を指差した。
「あっ、シャガですか? もう咲いているのですね」
「知っているの?」
「はい。ゴールデンウィークの頃、母と行った秩父の札所にこの花が咲いていたのです」
「確かに秩父で俺が見たのもその頃だったかな?」
「母は俳句サークルに入っていたのですが、シャガが兼題に出た時、どんな花か知らなかったそうです。だから想像して詠んだそうです。でも札所の裏に沢山咲いていて……『もしかしたらこれがシャガ?』って独り事を言ったら『そうですよ』って聞こえてきた。その時、母も私もこの花がシャガだと知ったのです」
「へぇー、お母さんは俳句やってたのか?」
「今もやってますよ。俳句って、愛媛県の松山市が有名でしょう? 母の知人っていうか、その札所で会った人は東松山市に住んでいて『松山みたいに東松山も俳句の町にしたい』って張り切っていたのです。」
「そりゃ凄いわ」
「その知人の話では、『松山城って付くのは全国に幾つかあるけど、地名に松山って付くのは松山と東松山だけ』だそうです。『だからなおのこと、もう一つの俳句の町にしたい』と奮闘中な訳です」
「この仕事が終わったら、それに荷担したいな」
突然先輩が言った。
「えっ、荷担って?」
「ホームページで募ってみたい。川越も東松山も同じ城下町だ。川越城は平城だけど、松山城は山城だ。おまけに松山城は戦国時代の名残が残されている数少ない城の一つなんだ。何処ぞの城址公園みたいに開拓していないから余計に貴重なんだ」
「流石、埼玉マニア」
私は又言っていた。
慌てて先輩を見ると、頭を掻いていた。
「又それか? ですね」
相変わらずフォロワー数はトップだった。
「又川越に行く?」
「行きたいけど、新河岸川ももっと知りたいです」
私は口から出任せを言っていた。
先輩から何かを尋ねられると弱いんだ。だからこのような態度をとってしまうのだ。どうやら頭がパニクるらしい。何をどうやったらとか、どう答えたらとか判断が着かなくなる。
「解った。何時か行ってみよう」
その言葉にホッとした。
実は新河岸川のこと何も知らない。川越舟運のこととなるとからきしだった。だから自分の発言にハッとしたのだ。
「ところで、先輩は何故埼玉マニアって言われているのですか?」
又出任せだ。それは聞いてはいけないことかも知れないと本当は理解していた。
私が『流石、埼玉マニア』って言うと先輩は決まって『又それか』って言う。だから解っていたのだ。
それにもかかわらず質問してしまったから、私は少し落ち込んでいた。
「学割で通い始めて、試しに別な駅で降りてみた。咎められるかと思ったら大丈夫だった。だから調子に乗って、一駅ずつ調べてみむことにした。だから色々詳しくなったんだ」
「そんなことして先輩、本当に大丈夫だったんですか?」
「ところでお前さんは? 川越に行くのに別料金払うか?」
「いいえ、私には池袋までの通勤割引定期がありますからそれで降ります」
「おい、おい、それじゃ俺と同じってことだ」
そう言いながら先輩は笑っていた。
確かに同じだ。と思った。でも私は笑えなくなった。
もしかしたら私も違反を犯しているかも知れないからだ。
「でも知らずにやってしまったのだろう? 許してもらえるさ」
先輩はあっけらかんと言った。
「埼玉県のことを色々調べているうちに面白くなって、初恋の人を探し始めた。きっと何処かで会えるかも知れないと思ったんだ」
「それって、小学生の時?」
「いや、保育園だった」
「保育園? 先輩進んでる。保母さんを好きになるなんて」
私は勝手に相手が保育園の先生だと思い込んでいた。
「違うよ。先生じゃない。二つ下の可愛らしい女の子だった」
「でも保育園ならきっと近所の子なんでしょう? 保育園に行ってみれば解るかも知れませんね」
「それもそうだな」
「川越舟運のことはもう沢山調べたから一緒に行ってみる?」
私は又心にもないことを言っていた。
川越へ行く振りをして先輩と出掛ける。
降りた駅は、以前私が暮らしていた街だった。
「懐かしいのですが、此処で暮らしたって実感がなくて……。だって駅から何から変わっているから」
私の言葉に先輩は目を白黒させた。
「えっ嘘。え、えっー、えっー」
先輩はそう言ったきり黙ってしまった。
黙り込んだまま暫く歩くと、見覚えのある歩道橋があった。でもその先も面影すら無くなっていた。工場の跡地が大型ショッピングモールになっていたのだ。私が住んでいたのは此処にあった工場の駐車場の近くだった。
「この先にコンビニがあり、脇道を入ると保育園があったんだ」
先輩はそう言いながら目印だったコンビニを探した。でも何処にもなかった。
それでもそれらしい道を見つけたようだ。でも其処には保育園は無く、駐車場に代わっていた。
「此処に見覚えある?」
先輩の問いに頭を振る。保育園を卒業してすぐに引っ越した私にそんな記憶はなかった。
「そうか? 違ったか」
先輩が寂しそうに言った。
「あれっ、この花」
先輩が入り口の傍に咲いている白い花を指差した。
「あっ、シャガですか? もう咲いているのですね」
「知っているの?」
「はい。ゴールデンウィークの頃、母と行った秩父の札所にこの花が咲いていたのです」
「確かに秩父で俺が見たのもその頃だったかな?」
「母は俳句サークルに入っていたのですが、シャガが兼題に出た時、どんな花か知らなかったそうです。だから想像して詠んだそうです。でも札所の裏に沢山咲いていて……『もしかしたらこれがシャガ?』って独り事を言ったら『そうですよ』って聞こえてきた。その時、母も私もこの花がシャガだと知ったのです」
「へぇー、お母さんは俳句やってたのか?」
「今もやってますよ。俳句って、愛媛県の松山市が有名でしょう? 母の知人っていうか、その札所で会った人は東松山市に住んでいて『松山みたいに東松山も俳句の町にしたい』って張り切っていたのです。」
「そりゃ凄いわ」
「その知人の話では、『松山城って付くのは全国に幾つかあるけど、地名に松山って付くのは松山と東松山だけ』だそうです。『だからなおのこと、もう一つの俳句の町にしたい』と奮闘中な訳です」
「この仕事が終わったら、それに荷担したいな」
突然先輩が言った。
「えっ、荷担って?」
「ホームページで募ってみたい。川越も東松山も同じ城下町だ。川越城は平城だけど、松山城は山城だ。おまけに松山城は戦国時代の名残が残されている数少ない城の一つなんだ。何処ぞの城址公園みたいに開拓していないから余計に貴重なんだ」
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慌てて先輩を見ると、頭を掻いていた。
「又それか? ですね」
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