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ペット火葬

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 俺は第三の事件で、埼玉県側では二度目と思われる現場にいた。
自転車に乗った犯人に体を蹴られた女子高生はその後でナイフで刺されたことは解っていた。
食堂の店主の記憶に間違えなければ、一度目の犠牲者が二度目の女子高生の彼氏だと解った。
店主は石井に連絡はするけど、俺のことは話すことは出来ないと言ってくれた。
俺は此処に来る前に寄った食堂の店主との会話を思い出していた。


『暴走族で手が付けられない悪だって聞きましたが……』
ボソッと店主が言う。


『イヤ、アイツは良いヤツでしたよ』


『本当でしたね。警視庁の刑事だって聞いたからかな。財布が無いって言った時、逃がしちゃ駄目だと思ったんだよ。はなっから食い逃げするむもりだったんだろうと思ったんだ』


『警察の人間に悪だと聞けばそう見えてきますね』
俺は又いい加減なことを言う。一度貼られたレッテルは剥がすことは難しいのかも知れない。
特に石井には何をやっても無駄なのだろう。


『この前は何を言ってきたのですか?』


『あぁ、相変わらずです。この人が訪ねてきたら連絡してほしいと言われました』


『あぁ、それであの写真ですか? あれには驚きました。そうか、今確か相変わらずって言いましたね。もしかしたらあの時もですか?』


『はい。あの方が一度目に来られたすぐ後でした。写真を持って来て……』


『それで電話しようとしたら携帯を忘れて』


『あの方の携帯を拝借しましたが、来てくださった方が貴方で良かったです』


『もし石井だったら、確実に刑務所行きでした』
俺は現役の刑事の悪口を言っていた。




 俺が事件が起きた現場で手を合わせていると電話が鳴った。
出てみるとこの前のペットレスキューの依頼者だった。
あの時保護した猫が亡くなったとのことだった。


(本当に死期が近かったんだ。何はともあれ見つけ出せて良かった)
俺の頬に涙が伝わる。
それは安堵がもたらせたもののようだ。
俺は気持ちの整理をつけてから近くに居る旨を話した。すると来てくれと言われた。
どうやら葬儀の相談らしい。
俺はすぐに依頼主の元へ向かった。



 依頼主は俺が届けた猫を愛しそうに胸に抱いていた。猫もホッとしたのか穏やかな表情をしていた。


「本当にありがとうございました。貴方に頼んで良かったです。実は他の方にも依頼したのですが、『死に場所を探しに出て行ったのだろう』って言われました。でも初めて飼った猫ですので後悔したくなかったのです」
依頼主は俺に頼んだ経緯を話していた。
そんな優しさにも気付かず、俺はペット探偵に嫌気が差していた。レスキューと言えば格好つくと思っていた。


(本当のペットレスキューになったのかな?)
俺は徐々に冷たくなっていく猫を見つめていた。


「今はペット霊園などもあり、火葬だけでもしてもらえるそうです」
言ってしまってから先走ったと反省した。


「此処から遠いのですか?」
でも飼い主は気に止めてはいなかったようだ。


「火葬だけでしたら自宅まで来てくれて、骨壺に入れて届けてくれると聞きました。市によっては斎場でペット火葬をしてくれる所もあります。小型犬くらいまでですが、以前柴犬を頼みましたら少し基準外だったのですが受け入れてくれました」
俺は熊谷近隣にあるペット霊園や火葬場の対応などを話していた。


「ありがとうございます。早速電話してみます」
依頼主は亡くなった猫をバスタオルで優しく包んで電話を手に持った。
どうやら相手は市役所らしい。まず火葬場の番号を聞き、それを指で辿りなのら電話していた。


「本当に死ぬ場所を探しに出て行ったのだとしたら、この猫にとって私は迷惑かも知れませんね」
そんな弱気な依頼主の言葉に首を振った。


「これは聞いた話しですが、新興住宅地のとあるお宅の庭に黒猫の遺体があったそうです。その方は猫嫌いで肝を潰して何も出来ずにオロオロするだけだったそうです」


「確かにそうなると思います。その方はどうなったのですか?」


「同じ地域の友人の家に行きその旨を伝えたところ、すぐに対象してくれたそうです。その家にあった段ボールに花を敷き、遺体を移動させてくれたそうです」


「その段ボールは?」


「遺体のあった家の者が市役所に電話したら、『燃えるゴミとしてだせます』と言われた」


「それはちょっと……」


「飼い主が解らない猫なので仕方ないそうです。その友人は段ボールを抱き締めて集積所まで運んだそうです」


「誰でも出来るものじゃないですね」


「はいそうですね。その友人は『最期くらい温かく見送ってあげましょう』と言ったそうです」


「それで、その猫はゴミと一緒に?」


「いいえ、飼い主がいたらしく段ボール每姿を消したそうです。段ボールに【猫の遺体が入っています】と書かれていたそうですから……」


「良かった」


「本当ですね。その話しを聞いて、飼い主の方もホッとなされたのではないかと思いました」


「その方も探していたのでしょうね」
依頼主はそっと涙を拭った。


「私が何故猫を探し依頼したのかと言うと、この猫は一万匹に一匹いるかの三毛猫雄だったのです」


「確か三毛猫の殆んどは雌で、雄は極稀にしか産まれないそうですね。だから幸福のシンボルとなっているとか聞きました」


「そんな猫だから、もしかしたら連れ去られたのではないかとも言われまして相談したのです。そしたら、親身になって探してくれる探偵さんがいると紹介されました」
その言葉を聞いて、何事にも誠意であたることが大事だと改めて思った。
俺はペット探偵に嫌気が差していた。でも老猫の最期を看たいとの飼い主の想いに応えようとしたのも確かだ。だから親身になるなんて言われたらこそばゆい。




 俺は再び第三の現場にいた。
東京と埼玉の県境で高校生がナイフで刺された第一の事件現場からさほど離れていなかった。


(一見は百聞にしかずって諺があるけど、来てみないと解らないことが多いな)
俺は其処から橋を見ていた。すると向こう側から釣り竿を持った人が歩いてきた。釣った魚を猫に与えて命を長らえてくれた人だった。


「その節はありがとうございました」
俺は軽く頭を下げた。


「あの猫は天寿を全うすることが出来ました。貴方のお陰です」
俺の言葉が終わらない内に今後は男性が頭を下げてくれた。


「良いことをしたのかな?」
男性はそう言うと、河川敷に下りて行った。
俺は男性の後を追い釣り道具箱を見せてもらうことにした。その中にルアーはなかった。


「あっちでブルーギルを回収ボックスに入れていたら、あの猫が気になりまして……」
男性は笑っていた。
どうやら猫にエサをあげるために橋を渡ってきたようだ。俺は目頭を熱くした。
少しペット探偵の仕事に嫌気が差していた。そんな思いを払拭するような無償の愛の姿に感動していた。


「一度シーバスを見たかったのですが……」
言い訳をしながら覗いていると男性はポケットからルアーを取りだした。それはあの時見た緑色だった。
男性は竿の先に器用にそれを装着し、そして川の真ん中辺りに釣り糸の先を落とした。
でもいつまでも其処で見ている訳にはいかない。事件が起きた時刻が近付いていた。


「申し訳ありません。あちらに用事がありまして、ちょっと外します。ありがとうございました。又寄らせていただきます」
俺は挨拶をして事件現場に向かった。
県境の長い橋だけあって、歩いている人は僅かだった。自転車を押している人たもいた。どうやらパンクでもさせたようだ。肩で息でもしているようで、大分疲れているらしい。


「東京の事件現場では女生徒が襲われ自転車が奪われ、此処ではその自転車が使われた可能性があるな」
独り言を呟いていると自転車が止まった。


「あのう、この自転車ですが、ずっと橋の上に置いてありました。確か東京で殺された男性が乗っていた自転車だと思うのですが……」


「今、何て……」
その男性の言葉に俺はぶったまげ、それしか言えなかった。


「だから、この前の金曜日に殺された男性が、確かこの自転車に乗っていた記憶があります」
その男性はやっと言った。


「それが本当なら、事件は一気に片付くかも知れない」
俺は携帯を手に、すぐに埼玉県警に連絡した。


「ずっと放置されたままみたいです。一週間に一度、橋を渡った先にある歯医者に通っていまして……。まだあったから、邪魔になると思って移動させました」
俺の態度から何かを察したのか男性はそんな言い訳をしていた。




 「この前の金曜日に殺害された男性がこの自転車に乗っていたのか?」
到着した県警の刑事が聞くと、男性は頷いた。


「はい。その通りです。その男性が、この自転車に乗っていました」
男性はキッパリ言った。刑事はその自転車を預かり番号をメモして連絡した。
するとすぐにその自転車が、東京の現場で女子高校生が奪われた物だと判明した。


「一体何時頃から放置されていたんだ? 何故誰も気に止めなかったのだ?」
俺は嘆きの声をあげていた。そう言う俺も何度かあの橋を行き来した。車では見えなかったのか?
俺は怠慢になっていたのだろうか?




 県警の刑事らしき人物が俺に近付いてきた。
それは以前、甥が絡んだ事件を担当した桜井だった。


「お久し振りです」
お互いに声を掛けていた。俺は何だかホッとした。石井と違って、専門学校同期だった桜井なら気が許せるからだ。


「実は埼玉県の第一の事件は東京の事件の被害者の恋人らしいです」
俺は食堂の店主から聞いたことを話し始めた。桜井だけに言ったのに、俺の言葉は全員の注目を集めることになった。思わずハッとした。
石井の見解では俺は容疑者だったのだ。それを思い出して振るえていた。
県警の刑事が近付いて来る。俺は身構えながら言い訳を考えていた。


「俺は容疑者か?」
でもその前に桜井に訪ねてみた。


「何だ、その容疑者って?」
その言葉にハッとして、俺は桜井に殺された男性に名刺を渡したことを打ち明けた。


「あれは東京の事件だからな」
でも桜井はそう言った。


「それもそうだな」


「ところでお前、容疑者になっているのか?」
間髪入れずに桜井が言った。


「解らない。だけど」


「だけど、何だ。何か歯切れが悪いな」


「警視庁の刑事に脅かされてるんだ」
俺は遂に言っていた。


「今回の通り魔は連続だと思っている。東京の事件は殺人だったけど……。被害者は俺が容疑者だと思った男だ」


「今何って言った? 何故犯人ではないかと疑ったんだ?」


「事件のことを良く知っていたからだ。それに石井を警視庁の刑事だと言い当てた。俺を現役の刑事だと思い込んで近付いてきたからだ」
俺は又、石井の名を出していた。


「その刑事、石井って言うのか?」


「あっ、ヤバ」


「今更遅い」
桜井は笑っていたが、すぐ真顔になった。


「石井もそう思ったと言った。でも何故か殺された。結局、その人は犯人ではなかったのか? そんなこと考えた。そのことで俺の勘も大したことがないと知らされた。とりあえず犯人呼ばわりしなくて良かったのではないなかと結論した訳だ」


「さっき、容疑者だとか言ったな? あれは何だ?」


「この橋で事件のことを調べていたら、俺を県警の刑事だと勘違いした人が近付いてきたんだ。成り行き状、名刺を渡しただけだ。その名刺が警視庁で問題になっていると石井は言った」


「名刺を渡しただけなんだな?」
桜井は携帯電話で何処かに連絡していた。どうやら名刺の件を調べてくれているみたいだ。


「名刺は遺留品の中に無かったそうだ」
 桜井の言葉を聞き何故かホッとした。 




 『埼玉の事件は自転車に乗っていた人が女子高生をナイフで刺したそうだ』俺は知り得た情報を携帯電話で早速石井に報告した。『ああ、その通りだ。その点がコッチのはとは違う』そう石井な言った。『でも、もしかしたらソッチの事件で奪われた自転車かも知れないだろ?』俺はそう言った」
俺は石井と交わした会話を桜井に話し始めた。


「流石元警視庁の凄腕刑事」
桜井は石井と同じ反応した。そのことに俺は気を良くしていた。凄腕刑事だ何て言われると照れるけどな。其処で殺された東京の被害者のことも話そうと思った。


「東京での被害者のことだけど……。俺に話し掛けてきたその人は事件の一部始終を知っているかのようだった」


「何だ、その一部始終って?」


「何だか判らないけど、今回の事件に無関係だとは言い難い情報を沢山持っている人だと思ったんだ。すると石井が言ったんだ『それが元刑事の勘なのかもな』と」
俺はあの時と石井に言った同じ内容を桜井にも話していた。


「あの名刺のことだけど、その人は石井が警視庁の刑事だと知ってたよ。だから近くに居た俺を現役の刑事だと思い込み話し掛けてきたようだ。だから成り行き状、名刺を渡したんだ」


「その名刺のせいで磐城が容疑者扱いか? 何かその石井って刑事可笑しくないか?」
石井は俺を気遣いそう言ってくれた。


「東京では自転車用のヘルメットが蹴られた高校生を守ってくれたそうだ。だから軽い怪我で済んだみたいだな。でもまさか、その高校生と埼玉県の女子高生が知り合いだったとは?」


「だから、もしかしたら連続通り魔事件かと思った訳だ」
俺はラジオが気付いたことだと言いそびれたけど、名刺を渡した経緯を桜井に伝えることが出来た。




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