13 / 14
甥っ子
しおりを挟む
応急手当をしてもらった後、病室で寝かされ点滴をしていた。
其処へ甥っ子がやってきた。
恋人を同級生に殺され、その犯人を目の前で心中させた傷痕を抱えたままで生きている。
「どうした瑞穂(みずほ)」
俺は馬鹿げた質問をしたことに気付いた。
瑞穂は俺を心配して此処にいるはずだった。
「叔父さん大丈夫?」
案の定俺を気遣う言葉が聞こえてきた。瑞穂は殺されたみずほちゃんに送ったコンパクトを握りしめていた。
そのタイミングで桜井も入ってきた。
「おっ、瑞穂君。久し振り」
「あっ刑事さん。ご無沙汰してます」
二人は挨拶を交わした。実は二人は初対面ではない。とある事件を一緒に解決した仲間だった。
「あの時の瑞穂君の霊感は凄かった。今回の事件も解決させてくれないか?」
桜井はとんでもないことを言い出した。
「やめてくれ。瑞穂まで事件に巻き込みたくない」
俺はきっぱり言った。
「巻き込むって?」
瑞穂が興味本位で聞く。
「もしかしたらこの傷は通り魔か?」
桜井は瑞穂に聞こえないくらい小声で言う。俺は頷いた。
「まだそうと決まった訳じゃないけどな。金曜日だからな」
俺も小声で耳打ちした。
「金曜日って?」
でも瑞穂には聞こえていたようだ。同じ埼玉県に住んでいながら県境の事件は表面化していない。だから金曜日の通り魔事件を知る由もなかったのだ。まして俺がこの事件に関わっていることなど解るはずがないのだ。
「瑞穂君に聞いてもらった方が良くないか?」
桜井が言うと、瑞穂は身を乗り出した。
「ラジ……、うーん。知人が県境の事件を関連があると言ったんだ」
瑞穂にはラジオとの経緯は話してあるし、クリスマスパーティーを兼ねた女子会の時『この人は犯人じゃない』って言ってくれた。
妻がラジオを懐かしがっていたそうなのだ。もし、ラジオが妻を殺したのであればそんな感情は持たないはずだと思い納得した。その時瑞穂は妻のワンピースを着ていた。
その後妻のワンピースが瑞穂の霊感を呼び覚ましたのだ。そのお陰で真犯人が判明したのだ。
俺はずっとラジオを疑っていた。本当は犯人ではないと信じながらも……。
瑞穂はみずほちゃんが遺したコンパクトで霊感が覚醒していた。そのコンパクトに゛死ね゛と書いてあったからだ。
それを書いた人物は瑞穂のライバルのストーカーで、地元の言い伝えである三連続死で瑞穂の命を狙ったのだ。そのライバルをレギュラーにするために画策してコックリさんのような占いに゛いわきみずほ゛と書いた。
『この次死ぬのは誰ですか?』
と質問してから……。
そんな馬鹿げた遊びで岩木(いわき)みずほちゃんが屋上から落とされた。
ソイツは瑞穂まで落とそうとした。
その時、瑞穂の幼なじみがソイツと一緒に落ちていった。
みずほちゃんを殺す計画に加担したことを悔やみながら心中したのだ。
その娘は瑞穂が好きだったんだ。でも瑞穂はみずほちゃんとラブラブだった。だから゛いわきみずほ゛と書かれた時に男か女か問いた。
それは瑞穂を殺しなくなかったからだったんだ。
そんな傷を抱えている瑞穂を事件に巻き込みたくはなかった。
「県境で女子高生がナイフで刺された事件、知っているか?」
それでも俺は遂に言っていた。
「ああ、その事件なら学校で話題になってた。犯人はまだ捕まってないんだよね?」
「その事件は連続していたんだ」
「それが金曜日?」
「そうだ。そして今日は金曜日だった」
「もしかしたら叔父さんもナイフで刺されたの?」
その質問に仕方なく頷いた。
「でも俺が覚えたのは違和感で、刺されたって感覚じゃなかったんだ」
「刺されたって言うより、掠めたって言うのが正解かな? だから念のために検査入院するそうだ」
桜井は担当した医師に聞いたそうで、俺が何故点滴しているのかも知っているようだった。
「ナイフにどんな病原菌が付着しているか解らないだろ?」
桜井は怖いことを平気で言う。俺は一瞬震え上がった。肝炎やエイズなと、血液から移る病気が多いと知っているからだ。
「もし、そのナイフで別の人を刺したのならその可能性もあるってことだ」
と、言うことで暫く此処にいることが決まった。
「叔父さん。痛くないの?」
「大丈夫だよ。何かに当た、って位の痛みだから」
俺の言葉に瑞穂はホッとしたみたいだ。
俺の血液からは何の病気も発見されなかった。
てなことですぐ退院することになった。傷口を縫う必要もない、元々がかすり傷程度だったのだ。そんな程度で良く救急車が呼べたなと思う。
でもあの時、自分の指に着いた血液を見て気が動転したのも確かだった。
俺はその足で県境にある橋の上に行ってみた。一夜明けた現場をこの目で見たくなったからだった。
でも其処には瑞穂が居た。
「どうした瑞穂? 何で此処が解った?」
「叔父さんが昨日居た場所を刑事さんから聞いたんだよ」
「学校は?」
聞いてから思い出した。昨日が金曜日だったことを……。
「今日は土曜日だよ」
案の定瑞穂は言った。
「部活は?」
俺は照れ隠しにそう言った。
「来週テストなんだ。だから休みだよ」
「そうか。だから此処に来たのか? でも早く帰れよ。姉貴に文句言われたらヤだから」
妻が殺された頃、姉貴は俺が暴発しないか心配して瑞穂を送り込んだ。瑞穂はお目付け役だったのだ。俺はそんな瑞穂に女装させて、探偵の仕事を手伝ってもらった。
部活はサッカーだった。だから瑞穂の体は引き締まっていた。
それを良いことに、妻が遺したワンピースを着せては遊んでいたのだ。瑞穂にとってはいい迷惑だったに違いない。
「刑事さんも後から来るって言ってたよ。何か有力な情報を得たって言ってたな」
「有力な情報?」
「うん。ドライブレコーダーが何だとか? そうですよね、刑事さん」
瑞穂の言葉に驚いて振り向くと、桜井がいた。
「ドライブレコーダーって?」
「あっ、待って。この先で待ち合わせしてるから」
桜井は歩き出した。俺は慌てて桜井の後を追った。車で行けば早いものを何を好き好んで徒歩移動なんかにしたのか?
それはまだ見つかっていない事件の証拠があるかも知れないと判断したようだ。
着いた場所は俺が倒れ込んだ、あの殺人現場だった。一時は凄腕刑事と呼ばれたこともある俺が、自分の血を見て動揺したことを言わずにいた。そんなこっ恥ずかしいことを言える訳がなかった。
ドライブレコーダーの映像を持っているという人は既に其所にいた。
俺はどんな物が写っているのか興味が湧いてその人の車に近付いた。
「はい、これです」
その人はそう言いながら、ドライブレコーダー本体の中に入っていたSDカードを取り出した。
桜井はすぐにそれを受け取り画像を再生した。
「あっ、この車です。何かが窓から出ていました。それが気になって見たら光りました。咄嗟にナイフかなって思いました。この橋の先で殺人事件が起きたこともありまして、連絡しました」
その車の横には俺がいた。俺はこの車に乗った誰かにナイフで切り付けけられたのだ。
桜井は急いで車のナンバーを確認した。すると、それは警視庁の車であることが判明した。
「えっ、警視庁!?」
俺は驚き大声を上げていた。俺を切りつけた犯人は石井だったのだ。
まだそうと決まった訳じゃない。でも俺の脳がそう判断した。
「こりゃ大変なことになった」
桜井は頭を抱えた。
そんな桜井には関係なく、俺はあれこれ考え始めていた。
石井は俺に県境の事件の捜査を依頼した。でも不都合なことがあって、それを隠したくなったのだろう。それとも、殺人事件の被害者が所持していた俺の名刺を見て犯人に仕立て上げようとしたのだろうか。
ってことは殺人事件の犯人は石井か? そりゃないと思いつつも、その可能性もあると思い始めた。
(俺は何を考えてる? いくら何でも、かっての同僚を疑うなんて……)
俺は桜井のように頭を抱えた。
ドライブレコーダーの映像は埼玉県警察に提出することになった。勿論撮影者も俺と同行した。
場所や状況など確認するためだった。
その結果、ドライブレコーダーに写っていた映像が本当に俺を襲った時の物か判断するために解析されることとなった。
(でも何で石井は大胆な行動に出た? 今の世の中防犯カメラやドライブレコーダーばっかりだと言うのに)
俺の頭の中は疑問符だらけだった。それにまだ、石井が犯人かどうかも判明されていないのに……。
俺はかすり傷程度だとは言え、ナイフで切りつけられた脇腹に手をおいた。
実際の痛みなのか、心で感じているからなのか解らない。でもあの映像を見せられたおかげで確実に増していると感じていた。それは苦痛に近かった。
あれこれ用事が済んだ後、俺はペット探偵に復帰した。金曜日の通り魔事件は勝手にやったので代金なんか戴けるはずもない。だから背に腹は代えられない状況だったのだ。
ましてや俺は犯人として石井を疑っているのだから……。
どうにかこうにか探し出した老猫の飼い主である、県境に建つ家の方の紹介だった。てなことは、又県境の依頼だ。
事件に関わりそうで、本当は怖い。だけど、俺を信じてくれたからの依頼だと思うと嬉しくなった。
「年齢は、十五歳ですか? ブチの雌で耳カット」
耳カットとは猫の耳が何らかの事情により切れ込みが入っていることだ。喧嘩で切ることもあるし、獣医がカットする場合もある。
それはさくら猫と言い、妊娠を望まない飼い主の要望で、避妊手術をした猫の耳をカットするのだ。
これは埼玉県のある市での地域で猫を見守ろうと言うの取り組みだ。
保護した猫に避妊去勢手術行った印として耳カットをする。その後保護した地域に戻したり、譲渡したりするのだ。避妊去勢に年齢制限はない。健康なペットなら手術は可能だと聞いている。
今は犬より猫の方が飼われている方が多い。その分逃げ出したり、飼えなくなったからと言う安易な考えで捨てる人もいる。それらが野良猫化するのも事案も多いようだ。
気紛れな猫は探すのも大変だけど、面倒をみるのも大変なのだ。
ブチは殆んどが白と黒でバイカラーと呼ばれることもある。背中に模様が入っている場合が多く、居なくなった猫もそれだということだった。もう一つの特徴は足が白だと言うことだった。
年齢的には死に場所を求めて家を出てもおかしくないが、耳カットがあると聞いた俺は探し易いと判断して契約した。
車の下は顔をコンクリートに擦り付けるように見る。そんな俺の姿を見て、飼い主はホッとしたようだった。
「やっぱりプロは違うわ」
そんな会話が聞こえてきた。
(プロじゃない。本当は別の仕事もしたいんだ)
俺はまだモヤモヤしていた。
割り切ってペット探偵だけの仕事をしようかとも考えた。でも元刑事としてのプライドが邪魔をしている。俺は本当は連続通り魔の事件に関わりたがっていた。
怖いはずなのに、俺の力で石井の情報を集めたくなっていた。
パトカーに乗った人物がすれ違いざまにナイフで俺の脇腹と腕を掠めた。俺はそれは間違いなく石井だと睨んでいるのだ。
(俺は脅しには屈しない)
やっと開き直った。
でも今回の依頼だけは本気で立ち向かおうと思った。そうしなければ俺を紹介してくれた方に失礼だと思った。
「半径百メートル以内にいる場合が多いのでしたよね?」
そう言ったのは前の依頼主だ。それを聞いた今回の依頼者は俺の真似をして駐車場に止めてある車の下を覗き込んだ。
「すいません。何時も食べているペットフードとかありますか?」
そうなんだ。大切なのは普段食べている猫の好物なのだ。缶入りからチューブ入り、ドライタイプなど様々なペットフードが販売されているからそれをふまえなくてはならない。
俺の言葉をうけて、飼い主が持参したのは小袋入りだった。
CMに影響されてオヤツにあげているらしい。
その切り口を開けたら匂いに誘われたのか違う猫が集まってきた。でもその中には飼い猫はいないようだ。
「何時もはすぐに飛んでくるのに何処に行ったんだろう?」
飼い主はボヤキ始めた。
「でもこれで見つけ方が解ったでしょう」
先の依頼主はそう言って慰めていた。
(そんなに甘いもんじゃない)
俺は飼い主の反対に顔を向けて苦笑いをした。
その時、駐車場の車の下の先で何かが動いた。それは黒っぽい足をしていた。
(足の色が違うから別の猫かもな)
そう思いつつも俺はそっと近付いて餌の封を開けた。
「にゃーん」
その猫は俺の差し出した小袋を舐め始めた。
飼い主に合図を送ると目が輝いた。居なくなった猫に間違いないらしい。
すぐ俺の横に来て抱き締めていた。
黒っぽい足は雨で汚れたためらしい。その猫をすぐ家に入れて体を洗うと聞いていた通りの猫が現れた。
紹介者が最期の猫との接し方を伝授している。そんな姿を見ながらホッとしていた。
(見つけられて良かった)
それが本音だ。
紹介してくれた人の面目も立ったし、その場を離れることにした。
俺はその足で橋の上に向かった。俺がナイフで傷付けられたのから何か証拠でも落ちてないかと思ったからだった。
本当は襲われた記憶はないに等しい。それでも其処に行かなくてはならないと思っていた。
俺は石井が犯人だと思っている。
警察学校での寮で一緒に飯を食ってきた仲間を疑っている。同じようなギラギラした目をして厳しい訓練にも耐えてきた同志を……。
其処へ甥っ子がやってきた。
恋人を同級生に殺され、その犯人を目の前で心中させた傷痕を抱えたままで生きている。
「どうした瑞穂(みずほ)」
俺は馬鹿げた質問をしたことに気付いた。
瑞穂は俺を心配して此処にいるはずだった。
「叔父さん大丈夫?」
案の定俺を気遣う言葉が聞こえてきた。瑞穂は殺されたみずほちゃんに送ったコンパクトを握りしめていた。
そのタイミングで桜井も入ってきた。
「おっ、瑞穂君。久し振り」
「あっ刑事さん。ご無沙汰してます」
二人は挨拶を交わした。実は二人は初対面ではない。とある事件を一緒に解決した仲間だった。
「あの時の瑞穂君の霊感は凄かった。今回の事件も解決させてくれないか?」
桜井はとんでもないことを言い出した。
「やめてくれ。瑞穂まで事件に巻き込みたくない」
俺はきっぱり言った。
「巻き込むって?」
瑞穂が興味本位で聞く。
「もしかしたらこの傷は通り魔か?」
桜井は瑞穂に聞こえないくらい小声で言う。俺は頷いた。
「まだそうと決まった訳じゃないけどな。金曜日だからな」
俺も小声で耳打ちした。
「金曜日って?」
でも瑞穂には聞こえていたようだ。同じ埼玉県に住んでいながら県境の事件は表面化していない。だから金曜日の通り魔事件を知る由もなかったのだ。まして俺がこの事件に関わっていることなど解るはずがないのだ。
「瑞穂君に聞いてもらった方が良くないか?」
桜井が言うと、瑞穂は身を乗り出した。
「ラジ……、うーん。知人が県境の事件を関連があると言ったんだ」
瑞穂にはラジオとの経緯は話してあるし、クリスマスパーティーを兼ねた女子会の時『この人は犯人じゃない』って言ってくれた。
妻がラジオを懐かしがっていたそうなのだ。もし、ラジオが妻を殺したのであればそんな感情は持たないはずだと思い納得した。その時瑞穂は妻のワンピースを着ていた。
その後妻のワンピースが瑞穂の霊感を呼び覚ましたのだ。そのお陰で真犯人が判明したのだ。
俺はずっとラジオを疑っていた。本当は犯人ではないと信じながらも……。
瑞穂はみずほちゃんが遺したコンパクトで霊感が覚醒していた。そのコンパクトに゛死ね゛と書いてあったからだ。
それを書いた人物は瑞穂のライバルのストーカーで、地元の言い伝えである三連続死で瑞穂の命を狙ったのだ。そのライバルをレギュラーにするために画策してコックリさんのような占いに゛いわきみずほ゛と書いた。
『この次死ぬのは誰ですか?』
と質問してから……。
そんな馬鹿げた遊びで岩木(いわき)みずほちゃんが屋上から落とされた。
ソイツは瑞穂まで落とそうとした。
その時、瑞穂の幼なじみがソイツと一緒に落ちていった。
みずほちゃんを殺す計画に加担したことを悔やみながら心中したのだ。
その娘は瑞穂が好きだったんだ。でも瑞穂はみずほちゃんとラブラブだった。だから゛いわきみずほ゛と書かれた時に男か女か問いた。
それは瑞穂を殺しなくなかったからだったんだ。
そんな傷を抱えている瑞穂を事件に巻き込みたくはなかった。
「県境で女子高生がナイフで刺された事件、知っているか?」
それでも俺は遂に言っていた。
「ああ、その事件なら学校で話題になってた。犯人はまだ捕まってないんだよね?」
「その事件は連続していたんだ」
「それが金曜日?」
「そうだ。そして今日は金曜日だった」
「もしかしたら叔父さんもナイフで刺されたの?」
その質問に仕方なく頷いた。
「でも俺が覚えたのは違和感で、刺されたって感覚じゃなかったんだ」
「刺されたって言うより、掠めたって言うのが正解かな? だから念のために検査入院するそうだ」
桜井は担当した医師に聞いたそうで、俺が何故点滴しているのかも知っているようだった。
「ナイフにどんな病原菌が付着しているか解らないだろ?」
桜井は怖いことを平気で言う。俺は一瞬震え上がった。肝炎やエイズなと、血液から移る病気が多いと知っているからだ。
「もし、そのナイフで別の人を刺したのならその可能性もあるってことだ」
と、言うことで暫く此処にいることが決まった。
「叔父さん。痛くないの?」
「大丈夫だよ。何かに当た、って位の痛みだから」
俺の言葉に瑞穂はホッとしたみたいだ。
俺の血液からは何の病気も発見されなかった。
てなことですぐ退院することになった。傷口を縫う必要もない、元々がかすり傷程度だったのだ。そんな程度で良く救急車が呼べたなと思う。
でもあの時、自分の指に着いた血液を見て気が動転したのも確かだった。
俺はその足で県境にある橋の上に行ってみた。一夜明けた現場をこの目で見たくなったからだった。
でも其処には瑞穂が居た。
「どうした瑞穂? 何で此処が解った?」
「叔父さんが昨日居た場所を刑事さんから聞いたんだよ」
「学校は?」
聞いてから思い出した。昨日が金曜日だったことを……。
「今日は土曜日だよ」
案の定瑞穂は言った。
「部活は?」
俺は照れ隠しにそう言った。
「来週テストなんだ。だから休みだよ」
「そうか。だから此処に来たのか? でも早く帰れよ。姉貴に文句言われたらヤだから」
妻が殺された頃、姉貴は俺が暴発しないか心配して瑞穂を送り込んだ。瑞穂はお目付け役だったのだ。俺はそんな瑞穂に女装させて、探偵の仕事を手伝ってもらった。
部活はサッカーだった。だから瑞穂の体は引き締まっていた。
それを良いことに、妻が遺したワンピースを着せては遊んでいたのだ。瑞穂にとってはいい迷惑だったに違いない。
「刑事さんも後から来るって言ってたよ。何か有力な情報を得たって言ってたな」
「有力な情報?」
「うん。ドライブレコーダーが何だとか? そうですよね、刑事さん」
瑞穂の言葉に驚いて振り向くと、桜井がいた。
「ドライブレコーダーって?」
「あっ、待って。この先で待ち合わせしてるから」
桜井は歩き出した。俺は慌てて桜井の後を追った。車で行けば早いものを何を好き好んで徒歩移動なんかにしたのか?
それはまだ見つかっていない事件の証拠があるかも知れないと判断したようだ。
着いた場所は俺が倒れ込んだ、あの殺人現場だった。一時は凄腕刑事と呼ばれたこともある俺が、自分の血を見て動揺したことを言わずにいた。そんなこっ恥ずかしいことを言える訳がなかった。
ドライブレコーダーの映像を持っているという人は既に其所にいた。
俺はどんな物が写っているのか興味が湧いてその人の車に近付いた。
「はい、これです」
その人はそう言いながら、ドライブレコーダー本体の中に入っていたSDカードを取り出した。
桜井はすぐにそれを受け取り画像を再生した。
「あっ、この車です。何かが窓から出ていました。それが気になって見たら光りました。咄嗟にナイフかなって思いました。この橋の先で殺人事件が起きたこともありまして、連絡しました」
その車の横には俺がいた。俺はこの車に乗った誰かにナイフで切り付けけられたのだ。
桜井は急いで車のナンバーを確認した。すると、それは警視庁の車であることが判明した。
「えっ、警視庁!?」
俺は驚き大声を上げていた。俺を切りつけた犯人は石井だったのだ。
まだそうと決まった訳じゃない。でも俺の脳がそう判断した。
「こりゃ大変なことになった」
桜井は頭を抱えた。
そんな桜井には関係なく、俺はあれこれ考え始めていた。
石井は俺に県境の事件の捜査を依頼した。でも不都合なことがあって、それを隠したくなったのだろう。それとも、殺人事件の被害者が所持していた俺の名刺を見て犯人に仕立て上げようとしたのだろうか。
ってことは殺人事件の犯人は石井か? そりゃないと思いつつも、その可能性もあると思い始めた。
(俺は何を考えてる? いくら何でも、かっての同僚を疑うなんて……)
俺は桜井のように頭を抱えた。
ドライブレコーダーの映像は埼玉県警察に提出することになった。勿論撮影者も俺と同行した。
場所や状況など確認するためだった。
その結果、ドライブレコーダーに写っていた映像が本当に俺を襲った時の物か判断するために解析されることとなった。
(でも何で石井は大胆な行動に出た? 今の世の中防犯カメラやドライブレコーダーばっかりだと言うのに)
俺の頭の中は疑問符だらけだった。それにまだ、石井が犯人かどうかも判明されていないのに……。
俺はかすり傷程度だとは言え、ナイフで切りつけられた脇腹に手をおいた。
実際の痛みなのか、心で感じているからなのか解らない。でもあの映像を見せられたおかげで確実に増していると感じていた。それは苦痛に近かった。
あれこれ用事が済んだ後、俺はペット探偵に復帰した。金曜日の通り魔事件は勝手にやったので代金なんか戴けるはずもない。だから背に腹は代えられない状況だったのだ。
ましてや俺は犯人として石井を疑っているのだから……。
どうにかこうにか探し出した老猫の飼い主である、県境に建つ家の方の紹介だった。てなことは、又県境の依頼だ。
事件に関わりそうで、本当は怖い。だけど、俺を信じてくれたからの依頼だと思うと嬉しくなった。
「年齢は、十五歳ですか? ブチの雌で耳カット」
耳カットとは猫の耳が何らかの事情により切れ込みが入っていることだ。喧嘩で切ることもあるし、獣医がカットする場合もある。
それはさくら猫と言い、妊娠を望まない飼い主の要望で、避妊手術をした猫の耳をカットするのだ。
これは埼玉県のある市での地域で猫を見守ろうと言うの取り組みだ。
保護した猫に避妊去勢手術行った印として耳カットをする。その後保護した地域に戻したり、譲渡したりするのだ。避妊去勢に年齢制限はない。健康なペットなら手術は可能だと聞いている。
今は犬より猫の方が飼われている方が多い。その分逃げ出したり、飼えなくなったからと言う安易な考えで捨てる人もいる。それらが野良猫化するのも事案も多いようだ。
気紛れな猫は探すのも大変だけど、面倒をみるのも大変なのだ。
ブチは殆んどが白と黒でバイカラーと呼ばれることもある。背中に模様が入っている場合が多く、居なくなった猫もそれだということだった。もう一つの特徴は足が白だと言うことだった。
年齢的には死に場所を求めて家を出てもおかしくないが、耳カットがあると聞いた俺は探し易いと判断して契約した。
車の下は顔をコンクリートに擦り付けるように見る。そんな俺の姿を見て、飼い主はホッとしたようだった。
「やっぱりプロは違うわ」
そんな会話が聞こえてきた。
(プロじゃない。本当は別の仕事もしたいんだ)
俺はまだモヤモヤしていた。
割り切ってペット探偵だけの仕事をしようかとも考えた。でも元刑事としてのプライドが邪魔をしている。俺は本当は連続通り魔の事件に関わりたがっていた。
怖いはずなのに、俺の力で石井の情報を集めたくなっていた。
パトカーに乗った人物がすれ違いざまにナイフで俺の脇腹と腕を掠めた。俺はそれは間違いなく石井だと睨んでいるのだ。
(俺は脅しには屈しない)
やっと開き直った。
でも今回の依頼だけは本気で立ち向かおうと思った。そうしなければ俺を紹介してくれた方に失礼だと思った。
「半径百メートル以内にいる場合が多いのでしたよね?」
そう言ったのは前の依頼主だ。それを聞いた今回の依頼者は俺の真似をして駐車場に止めてある車の下を覗き込んだ。
「すいません。何時も食べているペットフードとかありますか?」
そうなんだ。大切なのは普段食べている猫の好物なのだ。缶入りからチューブ入り、ドライタイプなど様々なペットフードが販売されているからそれをふまえなくてはならない。
俺の言葉をうけて、飼い主が持参したのは小袋入りだった。
CMに影響されてオヤツにあげているらしい。
その切り口を開けたら匂いに誘われたのか違う猫が集まってきた。でもその中には飼い猫はいないようだ。
「何時もはすぐに飛んでくるのに何処に行ったんだろう?」
飼い主はボヤキ始めた。
「でもこれで見つけ方が解ったでしょう」
先の依頼主はそう言って慰めていた。
(そんなに甘いもんじゃない)
俺は飼い主の反対に顔を向けて苦笑いをした。
その時、駐車場の車の下の先で何かが動いた。それは黒っぽい足をしていた。
(足の色が違うから別の猫かもな)
そう思いつつも俺はそっと近付いて餌の封を開けた。
「にゃーん」
その猫は俺の差し出した小袋を舐め始めた。
飼い主に合図を送ると目が輝いた。居なくなった猫に間違いないらしい。
すぐ俺の横に来て抱き締めていた。
黒っぽい足は雨で汚れたためらしい。その猫をすぐ家に入れて体を洗うと聞いていた通りの猫が現れた。
紹介者が最期の猫との接し方を伝授している。そんな姿を見ながらホッとしていた。
(見つけられて良かった)
それが本音だ。
紹介してくれた人の面目も立ったし、その場を離れることにした。
俺はその足で橋の上に向かった。俺がナイフで傷付けられたのから何か証拠でも落ちてないかと思ったからだった。
本当は襲われた記憶はないに等しい。それでも其処に行かなくてはならないと思っていた。
俺は石井が犯人だと思っている。
警察学校での寮で一緒に飯を食ってきた仲間を疑っている。同じようなギラギラした目をして厳しい訓練にも耐えてきた同志を……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる