無垢・Age28【AV女優橘遥の憂鬱】

四色美美

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スタジオ騒然

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 私は彼女のお兄さんの手を掴んで、バイクの後を追って走り始めた。

その方向はやはりあの場所、監督が先に行ってると言った私の嫌いなあのスタジオだった。



「ごめんなさい。ごめんなさい」

取り残された男性と二人で、新宿にあるとある撮影場へと向かいながらずっと謝りっぱなしだった私。

そんな姿を彼は不思議そうに見ていた。


「どうして貴女が謝るのですか?」

遂に、男性が言った。


「だって、妹さんは絶対私と間違えられたと思うから」

そう言いながら、手が離れているのに気付いた。


「ごめんなさい。心配だから先に行ってる。ホラ、彼処のビルの地下よ」

私はスタジオの入っている雑居ビルを指差して、そのまま走り出した。




 其処は思い出したくもない場所だった。

でも監督は良く其処を使う。

私がどんなに辛い思いをしているかなんて、全く考えもしない人だから……


私はその場所で監督達にヴァージンを奪われた。
だから、大っ嫌いなスタジオだったのだ。




 スタジオの中は修羅場だった。


「いやー、本当に申し訳ないことをした。悪く思わんでくれ」
監督は手を顔の前で合わせてた。


「つまり訴えるな。ですか?」
バイクで追い掛けて行った男性が怒りの声を上げる。

その隣では、イベント広場から連れ去られた彼女がしゃくり上げて泣いていた。


「まあ、さくく言えば」
監督は開き直ったように言った。
でもその言葉にキレたようだ。
拳を丸めて攻撃体制に入っていた。


監督は慌ててその場から逃げ出した。


「良いだろ、減るもんじゃあるまいし……」


でもそれは男性を激怒させた。

逃げ回りながら叫んでいる監督に向かって男性は鋭い眼光を放った。


てもすぐに優しい顔付きに戻った。


(きっと、妹が心配だったんだよね。でも何事もなくって良かった)

私は彼女のデニムを確認して、ホっとした。


男性が彼女の傍に行っても、監督はまだ逃げ回っていた。


(いい気味だ)

私はそんなこと思いながらも、彼女が心配でならなかった。




 『良いだろ、減るもんじゃあるまいし……』

さっき監督の言葉を思い出す。


(きっと、私もああ思われているんだな)
その途端に腸が煮え繰り返ってきた。


それでも、冷静になろうと思い青年を待つことにした。




 「待ち合わせ場所で同じ服を着た人がいたから、きっと間違えたんだよ。でも悪いのは私じゃない。アイツ等だ」

監督はそのアイツ等を指差した。

その途端に何かが動いた気配がした。

きっと何処かに隠れるつもりなんだろう。

私は呆れたようにそちらに顔を向けた。




 私はそのアイツ等を見て目を疑った。


男性俳優は顔見知りだった。

思い出したくもない。
私のヴァージンを奪ったあの三人だった。

私はこのスタジオでアイツ等に輪姦された。

私がヴァージンだと知っていながら、監督が遣らせたからだ。

私はその時から、監督の言いなりに暮らすしかなくなったのだった。


それは私の養父母の借用書を監督がちらつかせ、意のままにさせられたからだった。


私は監督に売られた人間だったのだ。

あの時監督は俳優陣に向かって、後腐れのない女だと私のことを言っていた。
だから、アイツ等に好き勝手に弄ばれたのだった。

そうだよ。
私には両親もいない。
でもあの時までは普通の大学生だったのだ。




 アイツ等は私と目線が合い、気まずそうにスタジオの隅に隠れた。


『それだけ、お前さんにぞっこんだったことだよ。一度遣らせてくれってお願いされたからにゃ、使ってやらない訳がない』
打ち合わせの時の監督の言葉を思い出す。


(もう一度私と遣りたいかっただけじゃない。何が一度遣らせてくれよ。私がバック以外遣らせないから? だから目隠しさせて遣りたい放題? きっとそうだ。そうに決まっている)

悔しい。
悔しくって涙も出ない。

でもそれは確実に、私を過去へと向かわせていた。




 「ごめんごめん」
でもその前に、そう言いながら転がるように入って来た彼。

見ると、大分息は上がっていた。

ハァハァと肩で息をする彼の傍らで、あの娘のお兄さんは優しそうな眼差しをあの娘に向けてくれていた。




 やっと平常心に戻ったのか、彼は監督の元へ歩み寄った。


「貴様、俺の妹に何てことしやがる!!」

それでも彼は、まだ興奮していた。




 「監督が悪い!!」
私は叫んでいた。


「何故一緒に彼処に行かなかったの?  何故カメラマンを変えたの?  彼なら……、私と彼女の区別がついたはずよ」


私は既に、怒りを通り越して呆れていた。
呆れ果てていた。




 彼女は今日東京に着いたばかりだった。

新宿駅東口のイベント広場隅にある茶色い物前でお兄いさんと待ち合わせていたと言う。

其処へ撮影クルーが通りかかり、いきなり背後から拉致したのだ。


私の予感が的中した。


(あのカメラマンがもし其処に居たなら……同じような服を着て、同じようなヘアスタイルだったとしても私を見間違うことなどない)
そう思っていた。


(あれっ、彼女のヘアスタイルさっきと違ってない?)

私はさっき東口で目にした彼女の髪型を思い出していた。


私は彼女にジェスチャーでそれを伝えた。

彼女はベッドを見て、外れてしまったウィッグを慌てて頭に付けた。


きっと彼女はショートヘアーの方が気付いてもらえると思ったのかな?




 「えーっ!? もしかしたらAV女優の橘遥さん?  俺アンタの大ファンです」
突然、隣にいた男性が突拍子のない声を上げた。


「さっきから、何処かで会ったか考えていたんだ。雰囲気全然違うから解んなかった。この人に間違えられるなんてお前光栄だぞ」


(そんなバカな? 光栄のはずがない)


「デビュー作品が強烈で、何時も抜かせて貰っています」

恋人との結婚を考えている男性の言葉じゃないと思った。

でもなかなかその人と会えないらしいから、仕方ないのかな?




 「この子は今日始めて東京に来たんだよ。そんな子を拉致してレイプしようなんて……、俺は絶対に許さない。これから警察を呼ぶから此処から逃げないように」

バイクで追い掛けてくれた男性はそう言いながら携帯電話を出した。


「あっ、それだけは。ホラ監督も謝って」
私はそう言うと、監督の頭を下げさせた。


「貴女が、其処まですることはない」


彼女のお兄さんはそう言いながら彼女に向かって目配せをしていた。




 その時はまだ、カメラマンが辞めさせられた事実を知らなかった。

彼は監督から守ってくれる人だった。

それが気にくわなかった監督が、今回の撮影を期に引導をわたしたようだ。


それは、監督が私を商売道具として扱おうとして画策したためだったようだ。


そう……
全ての犯罪が時効になっていたからだった。

私はそんなことも知らないままに、監督に好き放題撮られるところだったのだ。


あの娘は本当に危なかったようだ。




 「良かった。無事で何よりだった」

号泣している彼女が、落ち着くまで男性は付き添って待っていてくれた。


「俺は兄貴の友達で、歌舞伎町でホストをやっている者だ。俺が話し掛けたからこんなことになってしまった」

それでも待ちきれず語り始めた。
全てが自分の責任だと言わんばかりに。


(違う、貴方が彼処を通ったからじゃない。一番悪いのは、コイツらだ!!)

私は其処にいた五人を睨み付けていた。


エロ監督とアルバイトのカメラマンとどうしょうもない俳優陣。

其処には確かに五人いたのだ。


「本当に良かった。もし何があったらと気が気じゃなかった」
男性はそう言いながら立ち上った彼女のデニムの汚れを払っていた。




 新宿駅西口から少し行くと暗いガードがあり、下を潜るとその先は歌舞伎町だ。


バイクで追い掛けた彼女のお兄さんは其処のホストだった。


だから何時もは違う道を行くらしいのだが、血の滴るような色合いの薔薇を探すために東口に足を延ばしたのたのだそうだ。

そう……
今日はハロウィンだったのだ。

男性は派手な水玉模様の服を着ていた。

どうやらピエロの衣装のようだ。
どうしてこんな姿かって言うと、それは彼女にコートを着せるためだった。


彼女の上着はビリビリに引き裂かれていたのだ。

つまりそれは私が、そうされるはずだったのだ。


思わず頭に血が上る。
腸が又煮え繰り返りそうになった。




 アイツ等は本当に最悪な連中だった。

後腐れのない私に目隠しをして、遣りたい放題弄びたい。

この八年間、そんなことばかり考えていたようだ。

そう……
ヴァージンをアイツ等に奪われてからもう既に八年間も経ってしまっていたのだった。

その八年にどんな意味があるのか判らない。
でも、良からぬことを企んだことだけは確かのようだ。




 「良かったみさとちゃんが無事で」

男性は彼女の名前を呼んでいた。


(みさとちゃんか? 可愛い名前だな)


「本当に馬鹿だな俺は」
男性はそう言いながら今度は自分の服の汚れを払っていた。


「目の前でみさとちゃんが連れ去られて行くのを見ていながら気付かなかったんだ」

男性は新宿駅前をバイクで走行中、弟を見つけ嬉しくなって思わず声を掛けたらしい。

そのせいで彼女が連れ去られと思っていたのだ。




 「トリック、オア、トリートか?」

男性がこそっと言った。

でも、彼女にはその意味が解らなかったらしい。


「ハロウィンの日の子供達の言葉掛けだよ。『お菓子をくれなきゃ悪戯するよ』って意味だ。でも今回は度が過ぎている」

男性は監督を睨み付けながら言った。


「ハロウィンって言うのは元々ケルト人のお祭りで、お化けの格好をして悪霊や悪魔を追い払う行事だったはずだ」


「ハロウィンと言うのは子供達のお祭りじゃなかった?  トリックオワ何とかなんて……そんなイメージ強いんだけど?」

男性の言葉を聞いて思い出したのか、彼女が言った。


「確かに。でもそれを大人が恐怖に変えた。言動の自由。表現の自由と言ってしまえばそれまでだ。でも……だからと言って、何をしてもいいってことじゃない」
男性は私達を気遣いながら優しく語り掛けていた。


十三日の金曜日や、ハロウィンのような宗教的な儀式の日が悪の解釈の映画で不吉なシンボルとされて久しい。

だから監督もそれにあやかったらしいのだ。




 今目の前にいるのは、彼女と同じ田舎から出て来たホスト?
らしいけど、そんな人に見えない。

彼女のために体を張って、必死に守ってくれた。

とにもかくにも、彼女も私も無事だった。


「ありがとうございました」

私は頭を下げた。


「彼女に何かあったら……、私今度こそ生きては行けなかった」

私はその場で泣き崩れた。


「貴女が悪い訳ではない。きっと、同じことをされたはずだ。でも、何故なんだ?  見れば判ると思うけど、ヘアースタイルが違うじゃないか?」


「あの時と……同じ……だった」

私も彼女同様にしゃくり上げ始めた。


「あの時と同じって……、もしかしたら?」

新宿駅東口前から私と走った彼女のお兄さんが何かに気付いたのか、私の背中に手を置いた。


「もしかしたらお前のそのウィッグ俺のためか?」

その質問に驚いて、私が彼女を見ると頷いていた。


「そうか……あの時と同じだったな」

彼には解ったようだ。

私がどのようにしてこの業界に入って来たのかが……


「悪いのは貴女じゃない。コイツラだ。先ほどは失礼な発言をして……」

彼も泣き出した。


「気にしないでください。私は大丈夫ですから」

そう言いながらも、心はあの時のこの場所へ向かっていた。




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