無垢・Age28【AV女優橘遥の憂鬱】

四色美美

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後悔

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 バレンタインの日。
私は彼と東京駅にいた。
海翔さんとみさとさん夫婦が、お世話になった方々に挨拶回りをするためにやって来るからだった。


私達と海翔さんはみさとさんには内緒で監督を訴えることにしまのだ。
そのための密談だった。


高校三年の生徒は期末テストや追試が済むと、週一の登校になる。

受験勉強や就職活動を円滑に進めるためらしい。

だから休暇を取った訳ではないのだ。

でも生徒には不評らしい、バレンタインデーに学校に行けないのは、恋する乙女にはキツ過ぎる試練だったようだ。




 『やっぱり訴えようか?』

あの日。
その言葉に躊躇しながらも頷いた。
そんなことを思い出す。


社長は、私に仕事を休むように言った。
本当は辞めさせるつもりなんだと思う。
彼が事務所開くまでアルバイトと言う形で手伝ってくれたので、殆どの資料が出来たからなのか?

それとも……


社長は私の苦しむ姿を見たくなかったんだ。
だからって遠くに追いやる訳ではない。

彼と一瞬に平穏に生きてほしいと思っただけなのだ。

社長の優しさに涙した。




 あの日以来笑えなくなった。


罪作りなのは私なのに、彼は自分のせいだと思い込んでいるようだ。

だから……
私を笑わせようと躍起になっている。


嬉しい。
嬉しくて涙が出る。
だから、又彼が心を傷めてしまうのだ。

もう一度彼の胸にすがりたい。
傍に居てくれないと、不安なんだ。




 彼は今頃海翔さんと打ち合わせしているはずだ。

私はみさとさんの見張り役。
彼女に何かあるといけないからだ。




 途中下車した駅は全く知らない駅のはずだ。

彼女は目隠しされたままで喫茶店に置き去りにされていた。

仕方なく、コーヒーを飲む彼女が切ない。

海翔さんは彼と会った後で卒業論文を提出する予定だ。


(ごめんなさい)
幾ら謝っても足りない。

私はただ物陰から、彼女だけを見つめていた。




 クリスマスムード一色だった新宿駅西口前。
其処を歩いていた彼女を社長がスカウトした。

社長はすぐに私に連絡をしてきた。


《凄い逸材発見。東口手前クリスマスツリーの前で待つ》
だった。


行って驚いた。
其処に居たのがハロウィンの悪夢撮影時に私と間違えられてAV俳優達に拉致された神野みさとさんだったから……




 『あれっ、アンタこの間の』
彼女も私が橘遥だと解ったようだ。


『ダメだよ社長この子は。ほらこの前話したでしょう。私の代わりに拉致された子よ』

後先も考えずに思わず言っていた。
彼女の気持ちを気遣うこともなく言ってしまっていた。


あの後、事務所に寄った彼女と社長の知人のお嬢さんに物凄いエロいディスクを得意になって見せていた。


そう……
私は東京の満員電車の実体を自慢していたのだ。
今思うと、そうとしか説明出来ない。
何故私は彼女にアンナ物を見せたのだろうか?
それは彼女のパニック傷害を誘発した。

全て私のせいだった。
東口前で間違えられてのも、過呼吸症候群を発症させたのも。




 『みんな知ら過ぎるのよ満員電車の痴漢の怖さを』

あの日、突然私は言っていた。


『私ね。痴漢電車と言う作品……じゃないわね。ボツになったエロいのがあるの。例の監督のだけど』

そう言いながら、見本と書かれたディスクをバッグから取りだしプレーヤーの中に入れた。


『リアリティーを追求するって名目で、本物の電車の中なの。勿論許可なんか取ってないわ』

監督は指導だけで、隠しカメラは私の体に数個付けられていた。


『この時役者は一人だったのに、四方八方から手が伸びて……。私が何も対処しないから、みんな何をしても良いと思ったらしいの。でも此処を見て』

私は本物の犯罪を指差した。
カメラは当時騒がれていた満員電車での切り裂き魔をとらえていたのだ。
模倣犯も多発したこの事件は、未だに解決を見ていない。
実は私はその被害者の一人だったのだ。
幸い洋服の一部が切られただけだったけど……


そんなのを得意げに見せ付けたのだ。
カメラは、更に近くの女性の被害も映し出していた。


その人は、滑り込みセーフで私の後に付いて乗車したとのことだった。

でもそれは女性専用車両ではなかった。
私は、監督の命令で乗った電車。
だから被害届けは出せない。

またそんな撮影自体違法だから映像も出せなくなってしまったのだった。


『その人には本当に悪いことをしたと思っている。だって被害者がいるのに見てみぬ振りをするしかなかったのよ。それに私が彼処にいたから、同じ電車に乗って来たのだからね』


『本当は今からでも遅くないと思っているんじゃない?  だから常にバッグの中にいれてる?』

社長の言葉に頷いた。
でも、私も捕まると思って出せないでいたのだ。




 『でもあの監督じゃあねー』

私はため息を吐いて誤魔化したのだ。


『監督はね、自分が逮捕されることを恐れたの。だから暫く大人しくなったけど、ハロウィンであれでしょ?』

苦し紛れにそう言った。


でも、その発言が彼女の心臓を跳ね上げさせた。

見た目で判った。
呼吸が困難になり、動悸も激しくなったことが。

彼女はハーハーと息をしながら、その場で蹲った。


『過呼吸症候群かも知れない。パニック障害の一つよ』

私は急いで彼女の元に駆け付けた。




 『この子はハロウィンの日に私に間違われて拉致され、スタジオで監督達に犯されそうになったの!!』

又バカなことを言っていた。

彼女が傷付くことを言っていた。


彼女のパニック傷害は、やはり私のせいだった。

彼女を苦しめたのは紛れもなく、この私だったのだ。




 彼女が気付いた時、ソファーに寝かしてビニール袋で呼吸をしていた私はホッとしていた。


『応急手当てはビニール袋に自分の息を吹き込みそれで呼吸すること』
私は彼女に諭すように言っていた。

自分の罪を棚に上げて。




 『ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて思わなかったから』
私はそう言った。


『アンタがこんな格好で来るからよ!!』

社長が面接に来た女性を叱った。
その言葉に助かったと思った。


『本当にその格好じゃ男性の餌食になるわよ』
だから私はつい調子に乗って言っていた。

社長の知人のお嬢様に罪を擦り付けたのだ。

顔だけをその女性の方に向け、手で彼女を擦り続けながら……

自分の過ちの尻拭いを彼女にさせようとしていたのだ。




 今彼女は目隠しされて私の目の前にいる。

海翔さんが体を張って助けてくれたから、少しずつだが平常心を取り戻そうとしているのだ。


海翔さんに迷惑を掛けたくないんだ。
パニック傷害を起こして海翔さんを拒絶したくないんだ。


だから彼女は必死にハロウィンの悪夢と戦っているのだった。


だから……
そんな二人に迷惑を掛けたくないんだ。

私のせいで、もう二度とあの笑顔を奪いたくないのだ。


私の思いはそれだけだった。




 もし又……
彼女がパニック傷害を引き起こしたら、私はその時こそ生まれて来たことを悔やむだろう。


神様は何故私にこんな辛い試練を与えるのだろうか。




 それは私が、人生を諦めて適当な生活を送ってきたからだ。

だから考えもしないで、その場しのぎの言葉を連発してきたのだ。

その場は逃れても、それが後々付いて回ることに気付かなかったからだ。


だから大事な人が傷付いてしまうのだ。


彼だって、本当なら一流の報道カメラマンになっていたかも知れないのに、私と関わったばかりにこんな苦労を背負込む羽目になったのだ。




 彼女の心をもう二度と苦しめたくない。

全て私のせいだった。
東口前で間違えられてのも、過呼吸症候群を発症させたのも。

それを全部監督達のせいにしてきた。


私は自分の仕出かした罪を回りの人に押し付けただけだったのだ。




 彼女は今目隠しされて、恐怖と戦っている。
その勇気に拍手を送りたい。

全てが自分のせいだと思い込んでいる海翔さんと、新宿駅東口前で待ち合わせたお兄さんのためなんだと思う。


偶々近くに居たと言うだけで、AV俳優陣達に拉致された彼女。


『ありがとうございました』

彼女が助かった時、私は頭を下げた。


『彼女に何かあったら……、私今度こそ生きては行けなかった』

もっともらしい言葉を吐きながら私はその場で泣き崩れた。

あれも結局、自分を守っただけのような気がする。


『貴女が悪い訳ではない。きっと、同じことをされたはずだ。でも、何故なんだ?  見れば判ると思うけど、ヘアースタイルが違うじゃないか?』

そう言われた時、助かったと思った。
だから私はあんなことを言ったんだ。


『あの時と……同じ……だった』

それは……
彼女のお兄さんには判るはずだと思ったのかも知れない。


私はこともあろうに、も彼女同様にしゃくり上げ泣き始めた。


『あの時と同じって……、もしかしたら?』


新宿駅東口前から私走った彼女のお兄さんが何かに気付いたのか、私の背中に手を置いた。


『もしかしたらお前のそのウィッグ俺のためか?』

その質問に驚いて、私が彼女を見ると頷いていた。


『そうか……あの時と同じだったな』

彼には解ったようだ。

私がどのようにしてこの業界に入って来たのかが……


『悪いのは貴女じゃない。コイツラだ。先ほどは失礼な発言をして……』

彼も泣き出した。


『気にしないでください。私は大丈夫ですから』

私は又、卑怯な言葉を口にしていたのだ。




 『仕事が一段落着いたら、両親に会ってくれないか?   確かめたいことがあるんだ』

あの日。
彼は突然言い出した。


『何を?』


『行ってみないと解らないんだ。母なら何かが判る気がする』

私は首を傾げていた。


『俺の恋人……じゃあない、結婚を前提で付き合っていることを打ち明けに行くんだ』



『一段落何て言わないですぐに向かったら?』」


『その前にやることがあるんだ。それが済んだら一緒に行ってほしいんだ』

彼はそう言った。

それが今目の前で起きていることだったのだ。




 海翔さんと打ち合わせしていた彼が帰って来た。
やはり、監督を訴えることに決まったそうだ。


告訴は誰にでも出来る権利だそうだ。

取り合えず、詐欺罪で訴えることに決まったのだ。


本当に詐欺罪が、騙されている案件が終了時点ならいいのだが……




 この後海翔さんはみさとさんにサプライズを仕掛けるそうだ。

それが何なのか解らない。
でも海翔さんのことだ。
きっとみさとさんは嬉し涙を流すだろう。

拉致された時のように目隠しされたままで、海翔さんに甘えるみさとさんがイジらしい。


「さあ、俺達も楽しもう」
彼がそっと囁いた。




 それでも私達は戸惑った。身体を合わせてしまえば済む訳ではない。
彼との愛が成就される訳でもないのだ。


目の前に彼がいるのに、私を求めているのに躊躇する。


「やはり待とう」

私はそう切り出した。


「貴方のご両親が結婚を許してくれたら……、ううん、本当に結婚出来たらその時に……私だってみさとさんみたいに貴方に甘えたい。でも……」


何人もの男性との性行為を体験させられてきた私だから、彼との行為は大切にしたかったのだ。

もし……
いや、絶対に……
ご両親は反対すると思っていた。

大好きな彼だから……
大好きな彼だからこそ、ダメージを与えたくなかった。

もう既に彼には一度犯されてはいるけれど。




 彼は渋々納得してくれた。


「これから、暫くは事務所の裏方の仕事に専念しよう。貴女が後悔しないように」


「うん。なるべく顔を見せたくないんだ。でも、出来る限り残しておきたい」


「そう言うと思ってカメラ持ってきた。これが貴女の最後のモデルとしての仕事だ。俺の前で。その実力を見せ付けてくれ」
彼はそう言いながらカメラを構えた。




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