大好きな君へ。【優香と結夏】25歳の今

四色美美

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一日目の宿へ・隼

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 其処を真っ直ぐ進むと三角形の土地があった。

左に行くと四番。右に行くと五番と記された案内板があった。

僕達は左に曲がった。




 僕はさっき札所三番濡れ縁に安直してあった子持ち石を触って泣いた。

その石がまるで結夏と胎児のような気がしてならなかったのだ。

優香も触って、その後で自分のお腹に手を持っていった。

きっと、自分の子宮で育てたいから此処においでと言ったのだと感じた。


そんな優しい優香に僕はもう一度泣かされたんだ。


三十センチメートルほどの自然石で、形が赤ん坊に似ているので、抱けば子宝に恵まれると言われていると聞いた。


でも勿体なくて抱かせてくれなんて言えなかった。

だから優香も気にしていたんだ。
優香は本気で僕との子供を望んでいるのだ。


嬉しいんだ。
嬉しいんだけど、まだ早い。


結夏の時のように、優香を傷付けたくないんだ。
本当に大切な大切な僕の宝物だから……




 次の角は札所四番の山門へと繋がっていた。

でもそれは大きな草鞋の掛けてある仁王門だった。


「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
札所四番金昌寺でのご真言は少し違った。


無人のお寺だと聞いていたので全て唱えようと思っていたが、本堂の外れに安直してある観音様に惹かれていた。


僕はその前に立ち尽くしてしまった。


「綺麗な観音様」
その声に驚いて振り向くと、目頭を押さえた優香がいた。


「まるで……結夏さんみたい」

その観音様は慈母観音像と言うそうだ。
後ろの台座に蛙がいて、キリスト経聖書の中に登場する大天使ミカエルと解釈される。
だから隠れキリスタンのマリア像だと評判だったのだ。


「本当に綺麗な観音様だね。でも僕には結夏ではなくて、優香に見える。きっとこの姿は未来の君なんだと思うよ」


「嘘よ。私こんなに綺麗じゃない……」

口ではそんなこと言いながらも、優香は泣いていた。
慈母観音像の胸に抱かれている子供の像を見つめながら。




 奥の院へと向かい、仏様に合掌した後に納経所へと向かおうと坂道を下った。
数あまたの石仏の横を通り一回りすると、坂の向こうに先ほどの慈母観音像が見えた。


僕はもう一度合掌して、結夏と隼人の成仏をひたすら祈った。


なだらかなスロープの坂道を抜けるとさっきの大きな草鞋のある仁王門前に出る。


その横の駐車場の脇に納経所があった。


其処から真っ直ぐ伸びた道を進んで、又同じ角を曲った。




 暫く道なりに行くと又三角の土地が見える。

其処を曲がらずに真っ直ぐ行く。


小さな橋を渡り、細い路地を歩く。

次の丁字路を左に曲がり又真っ直ぐ進んだ。

そのまま暫く道なりに行くと札所五番の納経所の案内板が現れた。

目指す本堂はその先にあった。


何だか少し変わった仁王様だった。
雷神に似ているとも言われているようだ。


左右の門を一礼ずつしてから境内に入り、所作を繰り返した。


立派な仁王門に比べると、何となくこじんまりとした本堂だった。
その横にある藤棚が少しの木陰を作っていた。


「おん、しゃれい、しゅれい、じゅんでい、そわか」

五番札所語歌堂の真言も違っていた。
それ等を唱えながら、あれこれと考える。

でも集中しなければならないと頭を切り替えた。


一通りの礼拝を済ませてから納経所である長興寺へと向かい御朱印をいただいた。




 再び札所五番方面へ向かい、次なる七番を目指すことにした。

何故六番ではないのかは歩く人の都合なのだ。




 町民グランドの横の丁字路を真っ直ぐに行くと下横瀬橋に出た。
此処を渡り、その道を何処までも行くと温泉施設が目に入った。


「何時か来たいね」

優香の言葉に頷いた。




 交差点が見える。
その先は国道299だった。

暫くその道を進むと信号があり、反対側に札所九番の案内板があった。


「先にあっちに行く?」


「いや、やはり順番通りがいいな」

僕はそう言いながらも心配だった。
もう札所七番は通り過ぎてしまったのかな?
なんて思ってしまったからだった。


どうやら、そうだったようだ。
巡礼道は国道を通ることなく行けるようだ。




 横瀬橋の信号を左に折れて坂道を暫く行くと札所七番への案内板があった。
実は六番と七番は逆さにしたのではないかと疑うような行程なんだそうだ。
だから先に七番に向かうことにしたのだった。


交差点に右六番と八番、左七番の案内板があった。


優香が右に折れようとするのを止めて、左へと曲がった。


「どうしたの? 順番通りならこっちが……」


「大丈夫、僕に任せて」

自信はない。
だけど自信たっぷりに言った。




 その先の案内板を左に折れて細い路地を行くと七番の大きな駐車場があった。

其処にはバイクも止めてあった。


「バイクで回っている人もいるんだ」

何気なく僕は言った。




 国道で見た札所九番の案内板。


『先にあっちに行く?』
と優香は言った。


『いや、やはり順番通りがいいな』

僕はそう言った。
そう言った手前、六番から先に回るのが本筋だ。

そう思いながらも七番への巡礼道を進んでいた。


実は六番札所の卜雲寺は七番の先にある。
其処から八番へと行けるのだ。

それはさっきの交差点にあった、右六番と八番左七番の案内板が証明していた。


もし先に七番へと行かなかったら、同じ道を逆戻りすることになる。

だから此処だけは逆さに回ることにしたのだった。


「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
七番法長寺の御真言を唱える。


境内に黒光りした牛の像があった。
違う色の像もあった。


村民が牛伏堂と名付けて建立したのだそうだ。
だからこの牛の像が此処にあるのはもっともだったのだ。


元々の牛伏堂があったは生川入口の丁字路を少し進んだ場所だったようだ。

天明二年の火災の後で法長寺へと移されたそうだ。




 全ての御参りを済ませて納経所へ行き御朱印をいただいた。


其処のお寺は駐車場もトイレも立派だった。
僕は輪袈裟を外して此処に寄った。

トイレなどの不浄の場所では外すしきたりになっているのだ。

此処だけではない。
実は本堂は秩父三十四番札所の中でも最大なのだそうだ。


そしてその寺を設計したのが、あのエレキテルや土用の丑の日のキャッチコピーで有名な平賀源内だと言うことだ。


「あれっ、バイクなくなったね」
優香が何気なく言った。




 次は坂を上った場所にある六番卜雲寺だ。


「おん、あろりきゃ、そわか」
これは聖観音様のご真言だった。
秩父札所では、この観音様を安直しているお寺が多いようだ。


此処へと登った階段の脇にガマズミの木があった。
初夏に白い花を付けて、秋には真っ赤な実になると言う。


それはお寺の象徴として新聞にも載ったようで、納経所の方がその記事を指差してくれた。


そのガマズミの木の向こうには秩父の象徴、武甲山が聳え立っていた。


僕達はベンチで少しだけ休ませてもらうことにした。




 八番札所西善寺への道を案内板を頼りに進む。

権現橋を渡り暫く行くと国道の橋架下に出た。
其処を潜り抜け、突き当たりを左に行く。
次の交差点に案内板があった。


その先にあったのは、西武秩父線の橋架だった。




 城谷沢に架かる橋を渡る。
その先にあるのは以前のゼロ半だったらエンストでもしそうな坂道。

上りきった先に八番の山門があった。


お寺の入口で僕達は入って良いものか迷っていた。


《当山は霊場につき、物見遊山の者、酒気帯びの者境内に入ることを禁ず》
そう書かれていたからだった。


「大丈夫よ。私達は巡礼者なんだから」

優香はそう言うと僕の手を取り山門を潜り抜けようとした。


「だめだよ、優香。きっとこう言うのが物見遊山ってことかも知れないよ」

僕の言葉をまともに受け取った優香は慌ててその手を離した。




 山門に一礼して一歩足を踏み入れた途端に僕は固まった。

寺の象徴であるコミネモミジが境内一杯にその幹を伸ばしていたからだった。


「凄ーい!!」
優香の声が境内に響き渡った。


石の階段を降りると、コミネモミジが覆い被さるように六地蔵が立っていた。


その先に緑色をしたなで仏。
どこもかしこも、ツルツルだった。


所作を繰り返してから、本堂の前に立った。




 「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
このご真言だけで、十一面聖観音様が祀られていると解る。

それだけ僕は成長したのかも知れない。


その脇にある木戸の先に武甲山があった。

思わず足を伸ばそうとして驚いた。
お釈迦様の涅槃像があったからだ。


「初めて見た」
優香が呟いた。


でも優香はすぐ境内に戻って行った。

やはりコミネモミジが気になるようだ。

優香は暫く其処から動かなかった。
その両手を大きく広げて、まるでコミネモミジの精霊を取り込もうとするみたいに深呼吸した。




 九番明智寺へは、国道を通る道へ行くことにした。
さっきの案内板が気になっていたからだった。


結局さっき来た道を逆戻りした。


鉄道と国道の橋架下を潜り抜け権現橋を渡る。
次の丁字路を右に折れると、其処が国道299だった。

僕達はその道を進んだ。




 横瀬橋信号の次にある信号がお目当ての九番入口だった。


其処はセメント工場へと続く道だった。


「おん、はんどめい、しんだまに、じんばら、そわか」
如意輪観音のご真言だ。

お堂は八角型をしていた。
その中はこじんまりとしていた。


一つ百円のおみくじは、良く見ると《みくじ》と書かれていた。


(みくじとおみくじ、どっちが正しいのかな?)

そんなくだらないことを考えていた。




 次は十番へ行く予定だった。

でも羊山公園入口の信号で携帯を開けると、午後五時近くになっていた。


「荷物も持ちに行かなければいけないから諦めましょうか?」

結夏の言葉に仕方なく頷いた。

札所の開いている時刻は季節によって違うけど、大概午後五時までだったのだ。


「でも、此処なら……」

そう言いながら、札所十一番と書かれた案内板の横を通り過ぎる。
後ろ髪を引かれながら、僕は坂道を下って行った。




 其処から約三十分ほど歩いて秩父駅に行く。

その途中にあった札所五番の入り口なども明日のために確認した。


僕達は預けた荷物を取りに和銅黒谷駅に戻り、又電車に乗って御花畑駅に向かった。


今日から四泊五日の予定で、宿を取ったのだ。
僕一人だったら野宿でも構わない。
だけど優香が心配して付いて行くと言ってくれた。


そんな優しい優香をでんぐ熱にさせる訳にもいかないから、必至に格安旅館探したんだ。


その宿の最寄り駅が御花畑駅だったのだ。




 「あれっ、行き止まりだ」

御花畑駅前の小さな階段を下りて左に行くと、お店で道が塞がれていた。


仕方なく又上に戻って、スロープへ行く。
その先の道を右に行けば札所十三番。左に行けば秩父夜祭りの難所、談合坂だ。


「あれをどうに切るのだろう?」


「えっ、何のこと?」

僕が線路の上のを見ているのが優香には不思議に思えたのだろう。だからそう聞いたのだ。


「あっ、ほらあの電線のことだよ。秩父夜祭りで坂上がりの時に切断して、又くっ付けるそうだよ。何か大変そうだなって思ってね」


「だったら、川越と同じように地中に埋めれば済むと思うけどね」

優香のことばで、川越の蔵造りの道を思い出していた。
あの通りには川越まつり会館もあったからだ。


「優香、うまいこと言うね」


「そんな」

照れてる優香が可愛い。
だから僕は調子に乗っていた。




 そんなことを話しながら暫く歩くと、予約した旅館の案内看板があった。

僕達はすぐに旅館の前へと足を進めた。




 宿にチェックインして荷物を案内された部屋に起き、お風呂に入り食事を済ませた。


その後で写経を始めた。

一字一字丁寧に書いていると、女将さんがコーヒーを入れてくれた。


「明日はなるべく早く出たいと思っております。どうぞよろしくお願い致します」

優香が言うと、女将さんは微笑んでいた。




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