殉愛・ambivalence

四色美美

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翼の居る場所

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 翼が帰って来たのは、日高家に行った三日後だった。

「どうした翼。最近様子がおかしいぞ」
たまりかねて忍が聞く。もう黙っていられない。忍は決意していた。

「あっすいません。何かこの頃ボーっとして」
やっと翼が話す。
変わらない声に一同はホッとして翼を見つめた。

「今まで頑張ってきたでしょう。きっと疲れが出たのよ。そっとしておいてやりましょうよ」

「うん。きっとそうだな」
純子がそう言ったので、忍も言わざるを得ない。でも忍は翼の内面を見抜こうとしていた。幾ら目を剥いても何かが判るはずもなく、忍は目を伏せた。

 「でも、嬉しい。帰って来てくれて嬉しい」
陽子は頷きながら、翼の手を堅く握り締めた。

「ごめんね。心配ばかりかけて」
翼は陽子の手を優しく握り返した。
レイプ・妊娠・憎むべき両親の死。心を痛めることばかり起きて、バランスが保てなくなったのか、翼はボロボロになっていた。

「いいのよ翼。好きなようにして。何時か又、優しい翼に戻ってくれたら」
陽子は、翼自身で乗り越えなくてはならないと思い、見守ることを決めていた。

 久しぶりに翼が陽子に甘える。陽子はそんな時何時も、翼の頭に手を持って行きそっとハゲを探す。でも何処にもハゲは無かった。陽子は青ざめながら必死に探した。そして、やっと小さな窪みを見つけた。

「もしかしたら小さくなったの?  それとも……」
陽子は自分の考えが恐ろしくなり、翼からそっと離れた。

 陽子は翼の異変に気付いていた。時々誰かと話している。
でも傍には誰も居ない。そんなことばかりだった。でも翼は相変わらず優しかった。それだけが陽子の救いだった。

 「あらっ翼さん一人?」
節子は周りを見ながら言った。玄関のチャイムが鳴り、いそいそ顔を出した節子。ガラス戸越に翼を見て、てっきり二人だと思ったからだった。でも其処に居たのは翼ではなくて翔だったのだ。中川の陽子の実家を訪ねたのは、翼の振りをした翔だったのだ。

「すいません。実はどうしても陽子には言えないことがありまして、あの陽子には内緒に。実は結婚指輪をここに忘れてしまったみたいです」
翔は出来るだけ忠実に翼の真似をした。

「あらっ本当? それは言えないね」
節子は笑いながら翔のために昼食を用意していた。実は翔は合格祝いに使った車の中で両親が殺されたと推理し、証拠を見つけるためにやって来たのだった。
でも結局何も見つけ出すことが出来ずに、食事の後翔は家に帰らざるを得なかった。

 「今度二人で三峰神社に行こうと思っているのです」
帰りがけに何気なく言った翔。

「あらっ、陽子は嫌がりますよ。噂を気にしていましたから」

「噂?」

「陽子から何も聞いてない?」
首を振る翔。節子は首を傾げながらも続けた。

「イザナミ・イザナギと言う神様が奉られていて、本当はとても仲の良い夫婦なの。だから縁結びなんだけど、ヤキモチ焼きで別れさせられると言われたらしいの。だから行きはがらないわよ」

「へー、そうなんですか。別れさせられたら大変だ」
翔は三峰神社の方角へ目を向けた。

「縁切りか……俺との縁も切れるかな?」
翔は自分の体に手を当てながら翼に言った。

「珍しい。へー、翼さんも俺だなんて言うのね」
節子の言葉に翔は慌てた。

「いやー、本音が出ちゃいました」
翔は頭を掻いた。そう……翼が自分のことを僕と表現するに対して、翔は俺と言っていた。それはあのクリスマスイヴの翌朝に翼の別人格の発言と同じだったのだ。でも、そんなことは翔は知らないことだったのだが……。
実は翼の別人格の部分こそが翔だったのだ。だから付き添いのベッドで眠っている陽子には目もくれなかったのだ。

 「でもあくまでも噂は噂。本当は……」
節子は言いたかった。本当は三峰神社の御神体は夫婦円満の象徴なのだと。彼処でずっと暮らして来た自分達夫婦を見れば解ることだと。

 日高家の居間に翔と摩耶がいた。

「ここがお父様とお母様が亡くなられた部屋? なんだか薄気味悪いわね」
摩耶は翔の背中にへばりついて、うっすら血の付いた床を見ていた。

「此処で殺されたの?」
翔は頷いた。でも摩耶は翔の背中てまだ震えていた。

「ああそうらしい。血液の量、顔に付い跡。警察はここが殺害現場だとした」

「顔に跡? それで死亡推定時間が出せるの?」
摩耶が言った。

「ああそうだって。警察が幾ら検証しても、翼のアリバイは崩せないって言ってた」

「何かのドラマで見たけれど、冷暖房器具で少しだったらごまかせるって」

「そこは抜かりなく調べたらしいよ。使用形跡はなかったって」

「そうか。でも私達のアリバイも成立して良かったわね」

「うん。摩耶には感謝してる」

「本当に?  でも私ぐっすり眠っていたから」
そう言いながら摩耶は翔のスーツの裾を掴んだ。摩耶は怖かったのだ。もしかしたら、自分が眠っている間に……なんて考えていたから。

 「怖いからもう出ようよ」
摩耶はもう一度翔の背中にしがみついた。

「恐がりだな。よし!」
翔は摩耶を押し倒した。

「ギャー!」
摩耶は悲鳴を上げた。

「やめて怖い!」
びくつく摩耶の声を無視して、翔は血潮の上に摩耶を置いた。摩耶の顔から血の気が引いた。

「ここで!? イヤ! 翔の両親が見てる!」
それでも翔は摩耶の言葉を無視し、体を床に押さえ続けた。

 両親の死んでいった部屋。その二人の血潮の上で摩耶を求める翔。抵抗すればするほど、翔の力が強くなる。何かに取り憑かれたように摩耶を求める翔。摩耶は翔の二面性を感じて怖くなった。愛に狂った翔は夜叉になった。仕方なく摩耶は負けた振りをして翔を受け入れた。恐怖がやがて快感になる摩耶。摩耶もまた得体の知れない何かに取り憑かれたようだった。二人もまた激しく愛し合っていた。摩耶は翔の愛撫に酔いながら、この家で暮らして行くことを決めていた。

 六月初旬。
荒川沿いの結婚式場で、日高翔と加藤摩耶の結婚式が執り行われようとしていた。摩耶がジューンブライトを希望したからだった。
タキシードを着た翔がヴァージンロードを歩いてくる摩耶を待ち受ける。翔は震えていた。緊張しているのかと誰もが思うほど翔は落ち着きがなかった。時々陽子の顔を見る。陽子の元へ今にも飛んで来そうな翔。それはあの日の、やつれた姿のままだった……。

 陽子はハッとした。

(えっー嘘!? 翔さんの体の中に翼がいる!)
その瞬間、陽子は愕然とした。翼の頭のハゲが小さかったのは、翼が翔だったからなのか?
でもあの甘え方は確かに翼だった。陽子は自分の腕の中の僅かなぬくもりを信じて自分自身を抱き締めていた。翔は翼と戦い、翼は翔と戦って陽子に会いに来る。陽子はそう思った。

「だからあんなに疲れていたのね」
陽子は翼の優しさを改めて実感した。魂だけになっても、尚陽子を愛する翼。その大きな心に触れて、陽子は翼こそ太陽だと思った。

(翼今何処にいるの? 勿論翔さんの中よね? ねぇ翼……貴方の身体は何処にあるの?)
陽子は翔の中の翼に呼びかけた。そして陽子の目は、翼だけを見つめていた。それでも陽子は、思いすごしであってほしいと願っていた。魂が翔の中にあると言うことは、翼はもうこの世に居ないことだと思われたからだった。

 「摩耶ったらうまくやったわね」
控え室の隅で、友人らしい三人組が話していた。

「いいわね。玉の輿だもの」

「日高君いい男だし。お金持ちらしいし」

「もしかして、財産を狙って近づいたのかな? だって殺人事件のあった家何でしょう?」
陽子が聞いているとも知らす、三人組は言いたいことを言っていた。


「摩耶さんてそう言う人だったの?」
陽子は溜め息を吐きながら三人から距離を置いた。

 翔は翼と戦っている。それに気付いた陽子。陽子は涙をこらえることが出来なかった。

(翼!! 今何処に居るの!? 翼逢いたいよー!!)

 既に翔に憑依していた翼は、翔の本当の人格を奪い取ってしまったのだった。翔は翼を演じていた。だから簡単に翼になってしまったのだった。
確かに翼は倒れた。でも本当はまだ生きていたのだ。それを死んだと勘違いしただけだったのだ。そして翔を愛するある人物によってその事実は封印されたのだった。カフェの奥の冷凍庫の中で臭いの漏れない工夫をされた後で。まだ息のあった翼はこのようにして死を迎えされたのだった。

 そしてその冷凍庫にあった遺体は新婚旅行から帰って来た翔によって庭に埋められたのだった。翼の人格を翼自身に返すためだった。摩耶を、摩耶だけを愛するために……。
クリスマスイブの翌日。翔が目覚めた時、勝の付き添いのベッドで陽子と眠っていた。

『じっちゃん又来るよ』
そう言ったのは翔だったのだ。

 翔はその計画を実施するべく行動に移そうとしていたのだった。
翼が埋められた庭。其処には、母も殺されて埋められていた。翼の魂がその遺体に戻って行く。そして……、死して尚、翼は母を求めて必死に指を伸ばした

「母さんごめん。僕は此処で死ぬわけにはいかない。陽子を、陽子を守りたいんだ」
翼は恋しい母に体を預けて、再び翔の体に旅立って行ったのだった。

 翼の魂は翔の体の中で、翔を自分だと思い込んでいたのだった。
母親に愛された記憶の無い翼。
その思いを抱えたままで。満たされない冷え切った心のままで。でもその心は、陽子の愛によって救われる。天照大神の生まれ変わりのような、壮大な陽子の愛の炎によって。陽子は翼の太陽だった。そしてその翼も、陽子を照らす太陽になっていったのだった。

 翔は翼を探していた。翼の遺体を探していた。
あの日。日高家を訪ねた翼を翔は殺してしまったのだ。でも次の瞬間、翼の体は翔の前から消えていた。跡形もなく消え去っていたのだ。だから必死で捜索していたのだった。
やっとそれを発見した時翔は狂った。遺体が、カフェの業務用冷凍庫の隅に隠されていたからだった。

(一体誰が?)
答えは出ない。でも察しはついた。目立つことなく遺体を隠せる人物に心当たりがあった。

(でも、一体誰が殺ったのか? 勿論自分だ。自分のはずだ。両親を殺したのが翼なのだから……遺体を隠せるのは自分しかいないはずだ。でも俺は此処へは来ていない……)
翔は自問自答しながら、目の前に居る翼の遺体を見ていた。

(でも俺があの時、コイツを殺ったのに間違いはないはずだ……)
翔には翼をサバイバルナイフで刺した記憶が存在していた。だからそう思ったのだった。でも此処に隠した記憶がない。では一体誰が何の目的で運んだのだろう?翔は半狂乱になりながら模索した。でも答えは出ない。イヤ、本当は心当たりがあった。でもあり得ないことだったのだ。
翔は翼を抱いた。翼の遺体をを抱いた。凍り付いた翼を抱いた。それはまるで懺悔でもするかのように、とりすがって抱いた。でも実際にはあの時翼は死んではいなかったのだ。翔が殺したと勘違いした者が、翼の体を冷凍庫に隠したために死亡してしまったのだった。翔は翔で、死んだと思い込んでいた。だから、翼を演じたのだった。そう……、最初は演技だったのだ。でも翼は自分が死んだとは思っていなかった。翔が何時も全身をチェックしている姿見に写し出された虚像を……、翼は自分だと思い込んだのだった。
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