トリプル・トラブル

四色美美

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突き止めた真実

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 郊外の大邸宅の前に二人はいた。


「流石に、誘拐事件の起きた家は違うね」

正樹はつい、本音を漏らした。

もしこの家が結城智恵の生家だとしたら……

もし誘拐事件が起きなければ……

智恵は何不自由なく暮らしていたのかも知れない。


『私の出身地はコインロッカー』
そんなこと言わなくてすんだのかも知れない。

自分に気遣い、本音と愛を隠したままで生きていた智恵。

正樹複雑な心を抱き抱えながらこの家の主人の出迎えを待っていた。




 警察は二人が尋ねた後、倉庫の奥に眠っていた事件の資料を調べ、被害者宅に電話をしてくれていた。

だから四十年前に起きた誘拐事件の真相を聞きたいと言ったら、直ぐにOKしてくれのだった。

警察官二人も同席することになった。

既に時効を迎えた事件だとしても、この管内で起きた犯罪だったのは紛れもない事実だった。


この邸宅の主人は一年前に舌癌で、手術を受けたために会話は全て筆談によるものだった。


――なぜここへ――
スケッチブックにそう書いてある。
正樹はゆっくり話出した。


「私の同級生が、あなたのお子様ではないかと思いまして」
正樹はそう言いながら、施設から借りてきた中学生の結城智恵の写真を差し出した。


「この子がその結城智恵さんです」


主人はその写真を見て顔色を変えた。
警察官を指差し、声にならない声で、アルバムを取って欲しいと懇願した。

ただならぬ気配を感じた警察官は、指し示す先のアルバムを持ってきて主人に渡した。




 主人は急いでアルバムを開けた。

そこに写っていたのは、結城智恵だった。


「えっ!?」

驚きながら顔を見合わせる正樹と美紀。

狂ったように泣き出す主人。

美紀は思わず祖父であろう白髪まじりの主人を抱き締めていた。


(――ああ、やっぱり。

――この人が私のお祖父さん。

――母の父親……

――パパは……

――真実を探し出してくれたんだ)

美紀は両腕で、本当の家族を……
母の父親を感じていた。




 結城智恵は双子だった。

新生児室に忍び込んだ犯人はそれを知らずに、結城智恵だけを誘拐したのだった。


その日の内に資産家宅へ届けられた脅迫状。

中には多額な身の代金の請求が書かれていた。

警察は極秘の内に捜査した。
子供の命を守ろうとしたからだった。

それが更なる悲劇を生むことになったのだった。




 昭和三十八年に起きた誘拐事件をきっかけに、報道協定が敷かれるようになったからだった。その頃は新聞報道も弛かったようだ。名前は勿論、住所や電話番号も掲載されていたそうだ。
だから電話で身代金も要求できたのだ。

知人の見舞いを装って、犯人は病院に向かった。

そこで見たものは、資産家の娘が子供を抱いた姿だった。

人違いしたと思い込んだのは当然だった。

自分が疑われないようにと、東京駅のコインロッカーに乳児を生きたまま放置したのだった。


新大阪から東京まで……
結城智恵はどのような扱いを受けたのだろう?


正樹はせめて……
その胸に抱かれていたと思いたかった。
例えその人が憎い誘拐犯だったとしても。




 「この子があなたの孫に当たる美紀です」

正樹は主人を抱き締めている美紀の肩を触った。


「えっ……」

主人は声にならない声を発した。


美紀を見つめる主人の目に涙が溢れてくる。

美紀は今度は主人の前方から抱き付いた。


正樹は道で倒れていた臨月の結城智恵を出産後看取ったこと。

産まれてきた女の子を我が子として育てて来たたことを主人に打ち明けた。


やっとたどり着いた結城智恵の真実。

正樹が導き出した美紀のルーツ。

でもそれは更に悲しい現実へとリンクしていた。




 美紀の父親が人気ロックグループαのボーカルで、結城智恵を庇ってファンに殺されたと告げられた主人は床に突っ伏した。

美紀が心配して直ぐ駆けつける。

美紀は主人の上体を起こし、その全身を支えた。

主人はそれを頼りに、やっとソファーに座った。


――悪夢だ――

主人は泣いて、それしか書かなかった。

いや書けなかったのだ。

美紀の父である結城真吾を殺したのは、主人の実の娘。
智恵の双子の姉だったのだ。


それはまさに運命の悪戯としか言い様のない、双子の姉妹の辿らされた軌跡だったのだ。




 駅に放置され、親に捨てられた真吾。

勿論両親を恨んでいたことは否定出来ない。

それでも温もりが欲しかった。

自分が何処で生まれたかも知りたかった。

孤児院育ちを公表したのは、同情してもらうつもりではなかった。

でもそれで多くのファンを獲得したのは否めない事実だった。


真吾はただ、本当の親を見つけて文句が言いたかった。

そしてお礼も言いたかったのだ。

あの場所に放置してくれたからこそ、愛する女性、智恵と巡り会うことが出来たのだから。

真吾はそれほどまでに智恵を愛していたのだった。




 天涯孤独なロックシンガー。

それが何時の間にか一人歩きを始めた。

それは勿論、真吾が希望したことではなかった。

全て、事務所サイドが勝手にやったことだった。


でもそのことにより、彼の歌声に涙がするファンが急増することとなったのだ。


彼の甘いマスクと歌声が拍車を掛けたことは間違いのない事実だった。


だからより一層のファンを獲得しようとして智恵との私生活はオフレコになったのだった。


結城真吾はもはや個人ではなくなった。

金儲けになる操り人形として振る舞うことしか出来なくなっていたのだった。


時々見せる哀しいまでの眼差し。


それをファンは勘違いして、自分が支えてあげようと声援を送り続けたのだった。




 彼女もそんな中の一人だった。

同情から憧れに変わり、愛に変わる。

コンサートに行く度、彼は見つめてくれた。


(――自分だけを見つめてくれている。

――自分は間違いなく愛されている)

そう思い込んだ。


恋人・結城智恵が見に来てくれていると思ったからとも知らず、彼女は、真吾の虜になった。

そんな時の突然の結婚発表。

彼女は狂った。

真吾の後を付け家を確認した彼女は、結婚相手の智恵の出てくるのをずっと待っていた。


玄関が開き、お腹の大きな女性が出てくる。

彼女は嫉妬して我を忘れた。

ナイフを振りかざした時、真吾が飛び出して来た。

もみ合いになり、真吾は還らぬ人となったのだった。




 智恵の姉は獄中死していた。

彼女は玄関から出て来た智恵に危害を加えようとした。

その行為が愛する人の命を奪ってしまった。

思わぬ出来事に彼女はたじろいだ。

恐怖で動けなくなった智恵を彼女はヤケになってまた襲おうとした。

その時自分と同じ顔した智恵に驚いた。

真吾が見つめていた本当の思いをその時初めて知らされた。

彼女は智恵が誘拐された双子の妹だと実感した。


結城真吾は駅に放置された捨て子で、施設育ちだと知ってファンになった彼女。

もし誘拐された双子の姉妹もその施設で育ったとしてもおかしくはない。

そう思った。


自分の勝手な思い込みから殺人を起こしてしまった彼女。
自分を追い詰め卑下した。

そしてその思いが彼女を死の淵へと追いやったのだった。




 大邸宅の主人は運命の残酷さを嘆いた。

姉は妹の連れ合いを殺した事実を父親にも言わずに死んでいったのだった。


今真実を知った美紀の祖父。
二人の娘の因縁を、自らの人生に重ね合わせながら美紀を抱き締めていた。


美紀は暫く祖父と暮らすことにした。
祖父を一人にはしておけなかった。

姉が殺しかけた妹。でもその妹の娘は、たくましく優しい子供に育っていた。


――夢をありがとう――

祖父は正樹に感謝の言葉をノートに書いた。

正樹はそれを見て泣いていた。


――美紀ちゃんの好きな人は誰?――

正樹の目を盗んでこっそり祖父が聞く。


「うふふ、ないしょ」

美紀はそう言いながら正樹を見つめた。


真っ白いチャペルで鐘が鳴り響く。
タキシードで決める秀樹・直樹・大・正樹。
ウエディングドレスの美紀が、祖父にエスコートされて歩いてくる。

跪いて美紀を迎える四人。


「パパ愛してるよ!」
美紀が正樹の胸に飛び込んでいく。


(――あれっ!?)

正樹との結婚式を想像しながら美紀は頭を振った。


美紀はそっと祖父を見た。


祖父は優しそうな眼差しを美紀に向けて笑っていた。

きっと久しぶりに笑ったのではないだろうか?

その日……
笑い声は途絶えることはなかった。




 高校野球が開幕した。


「我々はスポーツ精神に則り……」

緊張で震えながらキャプテンの直樹が宣誓する。
張り詰めた心意気が伝わってくる。

美紀は手に汗握っていた。

大会歌、栄光は君に輝くが始まる。

この後すぐ、開会式を終えたばかりの第一試合が秀樹と直樹の初舞台となる。

秀樹は大きな深呼吸をしてマウンドに向かった。


「兄貴ー! 大君! みんな頑張れ!」

美紀の応援で俄然活気付くナイン。
ガッツポーズで応えた。


でも美紀は正樹を見つめていた。

これから大事な第一戦だと言うのに、美紀の頭の中は正樹でいっぱいだった。


(――あー!  何遣っているんだろ私。

美紀は慌ててグランドを見つめた。


 美紀は悩んでいた。

小さい頃から正樹が大好きだった。その気持ちは今でも変わらない。
でもどうして好きなのかが解らない。


ただ無性に甘えたくなる。
傍にいたくて仕方ない。
そして何時も言う。

「パパ大好き」
と――。


プロレスラーが好きと言う訳ではない。
どちらかと言うと嫌いだった。

珠希に連れられて、デパートの屋上に良く怪獣ショーを見に行った。

大喜びする兄達を横目に、珠希の後ろに隠れて泣いていた美紀。


プロレスラーの団体が来たこともあった。
その余りの大きさに号泣した。


でもパパは違っていた。
小さい時から馴れている訳ではない。
平成の小影虎とオーナーがリングネームを付けてくれたようにプロレスラーとしては小柄だった。
それでもパワーは人一倍だった。

その力を珠希が引き出してくれていたのだった。

優しい妻と可愛い子供達。
それが原動力だった。

正樹は優しかった。
だから美紀が大好きになったのだった。




 秀樹と直樹には、兄弟と言う以外格別な感情は持っていなかった。
勿論同級生の大にも。

美紀にとって三人は親友であり、仲間だった。
共に成長するための。


何故この三人ではいけないのか?
答えなど出る筈がない。
それでもあの想像によって美紀は、本当に正樹を愛している事を確認した。


祖父が書いた一言。


――美紀ちゃんの好きな人は誰?――

あれを見て正樹を思った。


正樹との結婚式を夢に見た。
周りで跪く三人組には目もくれないで正樹の元へ走った。


そしてやはりパパが好きだと実感する美紀だった。
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