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直樹と秀樹の進む道
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あの運命のドラフト会議の日。
詰め掛けた報道陣が体育館に設置されたモニターを見つめていた。
学校関係者もその対応に追われながら成り行きを見守ってくれていた。
手に汗をかくほどの緊張感の中。
画面から各球団の引き当てた、選手名が次々と発表される。
名前が発表される度に一喜一憂する。
その都度それはため息に変わる。
そして又画面に釘付けになる。
ドラフト会議一巡の終了時までその重い空気は流れたままだった。
それでもまだ後がある。
ドラフト会議は二巡目以降続くのだから。
今度は直通電話に注目する。
何時鳴るか。
その思いが強いほど、鳴らない電話が疎ましい。
胃が痛くなるほどのプレッシャーに会場全体が包まれていた。
でもそれは秀樹と直樹だけじゃなかった。
校長先生が、一番苦痛な顔をしていたのだ。
ドラフト会議の候補生に残ると思い込んで報道陣を集めた手前、このままでは済まされないと考えていたようだ。
それでも、結局どの球団からも長尾秀樹・直樹兄弟の指名はなかった。
集まった報道陣からもため息が漏れたが、一番がっかりしたのは当の二人だった。
意気消沈したかのように俯いたままで、マトモに話せない状態だったのだ。
泣きたかった。
でも皆の前で失態は見せられない。
それは彼等の意地だった。
大学に行くか、社会人野球に行くかは、二人の選択に任されることになった。
二人はその場で迷わず社会人野球の道を選んでいた。
正樹にこれ以上の負担を掛けたくなかったからだった。
大学に行くならそれ相当のお金がかかる。
だから是が非でもプロ野球の道へと進みたかったのだ。
でも本当の理由は違っていた。
美紀を手に入れるための結論だった。
大の家は別として、親のすねかじりの大学生が美紀と結婚出来るはずがないと考えていた故の結論だったのだ。
だから、誰の手も借りずにやってみたかったのだ。
大阪に住む美紀の祖父から、大学の入学金などの援助話もあった。
それでも、それに甘えてはいけない。
秀樹と直樹は自らそう決意した。
大はやはり大学に行き、教師を目指すと言う。
大の家族は寛大だった。
働き者でしっかりした考えを持つ美紀を、大の嫁にしたいと思っていたようだ。
大と学生結婚してくれるなら、短大の費用を負担しても良いとさえ考えていたようだ。
三人はそれぞれの思いで、美紀に告白しようとしていたのだ。
ドラフト会議での敗退理由は、地方の決勝戦で秀樹のツーシームが打ち込まれたことらしかった。
研究されると使い物にならない。
そのように思われてしまったのだった。
甲子園での三回戦。
突然乱れた秀樹。
相手側の汚い作戦だと誰も気付ないのかどうかは判らない。
でも、みんな尻込みしたのだ。
本当の秀樹を知りもしないで。
秀樹が身に付けた、SFBの威力も知らないで。
秀樹が本当は値千金のピッチャーだと言うことも知りもしないで。
だからこそ秀樹と直樹は悩んだ。
プロ野球の選手になる夢を捨てられないのだ。
諦めてサラリーマンになることなど出来る訳がないのだ。
ドラフト会議終了後の体育館で、社会人野球宣言したまでは良かった。
でも其処に行ける方法を知らなかった。
二人は本当に無知だったのだ。
「携帯の質問コーナーに投稿しようか?」
秀樹が急に言い出した。
携帯電話は、生徒会で学校への持ち込みが禁止されたが、女子高生の親が大反対して復活させていた。
だから殆どが黙認されていたのだ。
『僕は高校生です。社会人野球選手になりたいと思っています。どのようにしたら入れるか教えてください』
早速秀樹はメール文を送った。
『スカウティングが殆どです。後、学校の推薦。監督のコネといったところです』
すぐにそう届いた。
「スカウティング?」
「きっとスカウトのことだと思うよ」
「つまりスカウトが全てなのか?」
「多分ね」
直樹は携帯を見ながら呟いた。
「それにコネか?」
「あと、社会人野球を所有している会社に就職すればなれるかもしれないね」
二人はそんなことを話しながら、ずっと携帯とにらめっこしていた。
「どうした?」
そう声を掛けて来たのは野球部のコーチだった。
二人は渡りに船とばかりに社会人野球の斡旋などをコーチに依頼していた。
「スカウトと言うものは、堂々と見に来るものじゃないよ。社会人野球に行きたいなら、実力以外ないな」
コーチは言った。
確かにそうだ。
「でも、こっそり見に来られたのではアピールしようがないです」
直樹が弱音をはいた。
「だから普段から謙虚な降るまいが大切なのだ」
コーチはそう言ってその場を離れた。
「あっ、そうそう。社会人野球で有名な会社に就職すれば良いってもんでもないよ。その場合、どんなに頑張ってもせいぜい同好会止まりだからね」
コーチは思い出したように立ち止まってそう言った。
(――えっ!?
――ヤバい。俺、それしかないと思っていた)
二人は意気消沈したように黙り込んでしまった。
又しても、同じ考えらしかった。
正樹には弱味を見せたくなかった。
社会人野球行きを宣言したのだって、本当の真意はそれだった。
でももう時間のゆとりがなかった。
スカウトが自分達の試合を見に来ているのかも判らない。
二人は焦っていた。
ふと、新聞記事を思い出した。
平成の小影虎。
パパの、長尾正樹の子供だったから記事になった事実を。
それでも、正樹にだけは頼みたくなかった。
パパのカリスマ性を再び利用したくなかった。
一分の望みを掛けて、校長室を訪ねた。
コーチから、スカウト絡みのことでと来てほしいと連絡があったからだ。
学校のコネで何とか社会人野球に入れないものかを相談するためでもあった。
「スカウトなら確かに来た。甲子園に出場したのだから当たり前と言ったらそれまでだけど、初めての経験だったから、舞い上がったよ。」
校長先生は勿体ぶったようになかなか本題に入ろうとしなかった。
でもそれは、校長先生とコーチが示し合わせたことだったのだ。
それを知らない秀樹が業を煮やしたところを見計ったように、急ににこやかになって話し出した。
「今来ているのは大阪なんだが。やってみる気はあるか?」
校長先生のその一言に二人は震えた。
「はい。是非ともお願いいたします」
「でもその前に、ヒデは態度を改めてなくちゃダメだよ」
(――ん!?)
コーチの言葉に秀樹肩を上げた。
「何をだ? って言いたいようだな」
コーチは秀樹を宥めるように話し始めた。
「さっきヒデは校長先生の話が待てずにいたな? そのことだよ。いいか?」
コーチの目は真剣そのものだった。
だから傍にいる直樹も緊張した。
「社会人野球だってプロ野球だって、駆け引きと言う物がある。でもヒデはすぐに業を煮やす。腹を立てた時点で、もうヒデの敗けは決まったようなものだ。それが、あの決勝戦で出た。ナオがホームランを打ってくれたから良いようなもの……、その態度直さなければ世の中通じないぞ」
コーチは秀樹の肩を叩いた。
「あの試合はもしかしたら、俺が腹を立てさせるのが目的だったのか?」
秀樹の質問にコーチは頷いた。
「ヒデを怒らせて、動揺させれば良かったんだと思うよ」
「そうすれば球が決まらなくなるか?」
秀樹は、肩を落とした。
「でも、甲子園では良くがまんしたな。あの調子で頑張るよ。それと大阪のことだけど、彼処のコーチは俺のライバルだ。良く頼んでおくよ」
コーチはそう言って校長室を後にした。
(――もしかしたらコーチが頼んで?)
秀樹はコーチの後ろ姿を見送りながら、深々と頭を下げた。
それを見ていた校長先生はニコニコしていた。
何か言いたい時、良くそう言う態度になる。
隠しておけないタイプのようだ。
「聞いて驚くなよ。コーチと今度のコーチは君達と同じ双子なんだそうだ。だから君達のことが心配だったらしいよだよ。特にヒデ君はあの頃の自分とソツクリだと言っていた」
案の定、校長先生はコーチの秘密を暴露していた。
「あの頃の自分?」
秀樹には、その意味が判らなかった。
「彼もお調子者だったらしいよ。だから良くコーチに注意されてたそうだ。その時言われたそうだ。『基本はキャッチボールと遠投』だと」
「基本はキャッチボールと遠投!?」
秀樹は直樹の顔を見た。
「だからか?」
「だからそれを教えるためにコーチは……」
秀樹は感動に浸って、思わず泣き出しそうになっていた。
「コーチはこんなことも言っていたな」
校長先生は、勿体ぶったように咳払いをした。
「私にはよう解らんのだが、ツーシーとか何だか言ってたな」
「それツーシームです。コーチに教えてもらいました」
「そうだった。確かツーシームだったな。それを君は更に進化させたそうだね。コーチは、あの球質ならプロでも通用すると言っていたよ」
校長先生の話に、秀樹は完全に目を潤ませていた。
ネットでツーシームの検索をしていた時に偶然見つけたSFB。
何のことやらちんぷんかんぷん。
だから気になって授業中に調べてしまったのだ。
そして、どうやらシンキングファーストボールではないかと判断したのだった。
『何の目的で携帯を持ち込み禁止にしたのか解っているか? 授業中に遊ばせないためだよ。パソコンは携帯電話じゃないけど、これは許されことではないよ』
担任のお目玉を食らいながらも秀樹は嬉しくて仕方なかった日を思い出していた。
それでも校長先生の勢いは止まらない。
更に知らしめたコーチの秘密を暴露しようとしていたのだった。
「何でも、前にいた高校では生徒に勝たせるための悪知恵を教えていたそうだよ。だから嫌気がさして辞めたらしいんだ」
『こんなの当たり前だ。みんな此処に勝つために来ているんだよ。ああやって、ピッチャーにプレッシャーを掛けるんだよ。もっと酷い手を使うチームもある。だからと言って、みんながみんな喜んでいる訳じゃないんだ』
直樹はコーチの言葉を思い出していた。
(――コーチ……
コーチもきっと悔しい思いをしたんだろうな)
コーチの助言のお陰で、秀樹はもう崩れることはなかった。
直樹は、コーチをこの高校に招いてくれた校長先生に感謝した。
「彼も最近やっと解ったそうだよ。ヒデ君に言ったこと。ヒデ君を見ていて気付いたそうだ」
「えっ俺を見て?」
秀樹は首を傾げた。
「コーチは知らなくて言っていたのか?」
「んなわけねー」
直樹は笑った。
「そうだよ。コーチが知らない訳ない。だって気付いたご褒美に豪速球投げさせてくれたもんな」
懐かしいそうに秀樹は呟いた。
「校長先生。一つ教えてください。コーチが言っていたライバルって、もしかしたら双子の兄弟の……」
「ああ、そうらしいね。永遠のライバルらしいよ」
秀樹と直樹は顔を合わせた。
(――確かにライバルだな。野球だけじゃなく、美紀のことも……
――だからコーチは俺に厳しかったんだ)
秀樹はコーチの指導の中に、本当は優しさがあったことを思い出して胸を熱くさせていた。
「大阪か……?」
秀樹がため息を吐く。
「どうした兄貴の」
直樹が秀樹の顔を覗き込んだ。
「いや……、何でも……。でもないか……」
「美紀のことか?」
何処か煮え切らない秀樹の態度を見てそう切り出す直樹。
「ああ……、大阪にもし美紀が居たら……連れて行けたらなんて考えたんだ」
「だったら連れて行こうか?」
「ん?」
「大阪には美紀のじっちゃんがいるだろう? あの家で暮らしてもらって……」
「ん!? ……ん!? それだ!!」
秀樹は急に勢い付いた。
二人は早速、大阪に電話した。
秀樹も美紀の祖父がしゃべれないのは知っている。
だから合図を決めた。
「美紀のじっちゃん。いいかい、良く聞いてね。イエスなら、受話器を一回叩く。ノーなら二回だよ」
秀樹は必死に説明した。
「質問第一。美紀が大阪に来たら嬉しい?」
勿論一回だった。
「質問第二。美紀と一緒に暮らしたい?」
これも一回だった。
「質問第三。俺達と一緒に暮らしてもいい?」
それも一回だった。
悪巧みだった。
美紀をパパに取られたくない。
その一点だったのだ。
それは二人の最後の賭けだった。
今回の社会人野球の大阪行きは、まさに二人にとっては渡りに船だったのだ。
悪いことだと解っている。
卑怯な行いだと承知している。
でも必死だった。
恋しい美紀をこの手に入れるために、二人は鬼になろうとさえ思っていたのだ。
大にも相談した。
大は教師になるためにあちこちの大学を受験していた。
もう既に合格した大学もあったのだ。
その中の一校が大阪だった。
そしてどうにか大阪の社会人野球チーム入りが決まったことと、美紀と暮らすための家を確保することが出来たことを大に報告したのだった。
虫のいい話だと思う。
大阪の美紀の祖父には大学入学のための援助を断ったのだ。
それなのに結局泣き付いた形になった。
秀樹も直樹も後ろめたさを感じたのは事実だった。
それでも、美紀を手に入れるために画策してしまったのだった。
詰め掛けた報道陣が体育館に設置されたモニターを見つめていた。
学校関係者もその対応に追われながら成り行きを見守ってくれていた。
手に汗をかくほどの緊張感の中。
画面から各球団の引き当てた、選手名が次々と発表される。
名前が発表される度に一喜一憂する。
その都度それはため息に変わる。
そして又画面に釘付けになる。
ドラフト会議一巡の終了時までその重い空気は流れたままだった。
それでもまだ後がある。
ドラフト会議は二巡目以降続くのだから。
今度は直通電話に注目する。
何時鳴るか。
その思いが強いほど、鳴らない電話が疎ましい。
胃が痛くなるほどのプレッシャーに会場全体が包まれていた。
でもそれは秀樹と直樹だけじゃなかった。
校長先生が、一番苦痛な顔をしていたのだ。
ドラフト会議の候補生に残ると思い込んで報道陣を集めた手前、このままでは済まされないと考えていたようだ。
それでも、結局どの球団からも長尾秀樹・直樹兄弟の指名はなかった。
集まった報道陣からもため息が漏れたが、一番がっかりしたのは当の二人だった。
意気消沈したかのように俯いたままで、マトモに話せない状態だったのだ。
泣きたかった。
でも皆の前で失態は見せられない。
それは彼等の意地だった。
大学に行くか、社会人野球に行くかは、二人の選択に任されることになった。
二人はその場で迷わず社会人野球の道を選んでいた。
正樹にこれ以上の負担を掛けたくなかったからだった。
大学に行くならそれ相当のお金がかかる。
だから是が非でもプロ野球の道へと進みたかったのだ。
でも本当の理由は違っていた。
美紀を手に入れるための結論だった。
大の家は別として、親のすねかじりの大学生が美紀と結婚出来るはずがないと考えていた故の結論だったのだ。
だから、誰の手も借りずにやってみたかったのだ。
大阪に住む美紀の祖父から、大学の入学金などの援助話もあった。
それでも、それに甘えてはいけない。
秀樹と直樹は自らそう決意した。
大はやはり大学に行き、教師を目指すと言う。
大の家族は寛大だった。
働き者でしっかりした考えを持つ美紀を、大の嫁にしたいと思っていたようだ。
大と学生結婚してくれるなら、短大の費用を負担しても良いとさえ考えていたようだ。
三人はそれぞれの思いで、美紀に告白しようとしていたのだ。
ドラフト会議での敗退理由は、地方の決勝戦で秀樹のツーシームが打ち込まれたことらしかった。
研究されると使い物にならない。
そのように思われてしまったのだった。
甲子園での三回戦。
突然乱れた秀樹。
相手側の汚い作戦だと誰も気付ないのかどうかは判らない。
でも、みんな尻込みしたのだ。
本当の秀樹を知りもしないで。
秀樹が身に付けた、SFBの威力も知らないで。
秀樹が本当は値千金のピッチャーだと言うことも知りもしないで。
だからこそ秀樹と直樹は悩んだ。
プロ野球の選手になる夢を捨てられないのだ。
諦めてサラリーマンになることなど出来る訳がないのだ。
ドラフト会議終了後の体育館で、社会人野球宣言したまでは良かった。
でも其処に行ける方法を知らなかった。
二人は本当に無知だったのだ。
「携帯の質問コーナーに投稿しようか?」
秀樹が急に言い出した。
携帯電話は、生徒会で学校への持ち込みが禁止されたが、女子高生の親が大反対して復活させていた。
だから殆どが黙認されていたのだ。
『僕は高校生です。社会人野球選手になりたいと思っています。どのようにしたら入れるか教えてください』
早速秀樹はメール文を送った。
『スカウティングが殆どです。後、学校の推薦。監督のコネといったところです』
すぐにそう届いた。
「スカウティング?」
「きっとスカウトのことだと思うよ」
「つまりスカウトが全てなのか?」
「多分ね」
直樹は携帯を見ながら呟いた。
「それにコネか?」
「あと、社会人野球を所有している会社に就職すればなれるかもしれないね」
二人はそんなことを話しながら、ずっと携帯とにらめっこしていた。
「どうした?」
そう声を掛けて来たのは野球部のコーチだった。
二人は渡りに船とばかりに社会人野球の斡旋などをコーチに依頼していた。
「スカウトと言うものは、堂々と見に来るものじゃないよ。社会人野球に行きたいなら、実力以外ないな」
コーチは言った。
確かにそうだ。
「でも、こっそり見に来られたのではアピールしようがないです」
直樹が弱音をはいた。
「だから普段から謙虚な降るまいが大切なのだ」
コーチはそう言ってその場を離れた。
「あっ、そうそう。社会人野球で有名な会社に就職すれば良いってもんでもないよ。その場合、どんなに頑張ってもせいぜい同好会止まりだからね」
コーチは思い出したように立ち止まってそう言った。
(――えっ!?
――ヤバい。俺、それしかないと思っていた)
二人は意気消沈したように黙り込んでしまった。
又しても、同じ考えらしかった。
正樹には弱味を見せたくなかった。
社会人野球行きを宣言したのだって、本当の真意はそれだった。
でももう時間のゆとりがなかった。
スカウトが自分達の試合を見に来ているのかも判らない。
二人は焦っていた。
ふと、新聞記事を思い出した。
平成の小影虎。
パパの、長尾正樹の子供だったから記事になった事実を。
それでも、正樹にだけは頼みたくなかった。
パパのカリスマ性を再び利用したくなかった。
一分の望みを掛けて、校長室を訪ねた。
コーチから、スカウト絡みのことでと来てほしいと連絡があったからだ。
学校のコネで何とか社会人野球に入れないものかを相談するためでもあった。
「スカウトなら確かに来た。甲子園に出場したのだから当たり前と言ったらそれまでだけど、初めての経験だったから、舞い上がったよ。」
校長先生は勿体ぶったようになかなか本題に入ろうとしなかった。
でもそれは、校長先生とコーチが示し合わせたことだったのだ。
それを知らない秀樹が業を煮やしたところを見計ったように、急ににこやかになって話し出した。
「今来ているのは大阪なんだが。やってみる気はあるか?」
校長先生のその一言に二人は震えた。
「はい。是非ともお願いいたします」
「でもその前に、ヒデは態度を改めてなくちゃダメだよ」
(――ん!?)
コーチの言葉に秀樹肩を上げた。
「何をだ? って言いたいようだな」
コーチは秀樹を宥めるように話し始めた。
「さっきヒデは校長先生の話が待てずにいたな? そのことだよ。いいか?」
コーチの目は真剣そのものだった。
だから傍にいる直樹も緊張した。
「社会人野球だってプロ野球だって、駆け引きと言う物がある。でもヒデはすぐに業を煮やす。腹を立てた時点で、もうヒデの敗けは決まったようなものだ。それが、あの決勝戦で出た。ナオがホームランを打ってくれたから良いようなもの……、その態度直さなければ世の中通じないぞ」
コーチは秀樹の肩を叩いた。
「あの試合はもしかしたら、俺が腹を立てさせるのが目的だったのか?」
秀樹の質問にコーチは頷いた。
「ヒデを怒らせて、動揺させれば良かったんだと思うよ」
「そうすれば球が決まらなくなるか?」
秀樹は、肩を落とした。
「でも、甲子園では良くがまんしたな。あの調子で頑張るよ。それと大阪のことだけど、彼処のコーチは俺のライバルだ。良く頼んでおくよ」
コーチはそう言って校長室を後にした。
(――もしかしたらコーチが頼んで?)
秀樹はコーチの後ろ姿を見送りながら、深々と頭を下げた。
それを見ていた校長先生はニコニコしていた。
何か言いたい時、良くそう言う態度になる。
隠しておけないタイプのようだ。
「聞いて驚くなよ。コーチと今度のコーチは君達と同じ双子なんだそうだ。だから君達のことが心配だったらしいよだよ。特にヒデ君はあの頃の自分とソツクリだと言っていた」
案の定、校長先生はコーチの秘密を暴露していた。
「あの頃の自分?」
秀樹には、その意味が判らなかった。
「彼もお調子者だったらしいよ。だから良くコーチに注意されてたそうだ。その時言われたそうだ。『基本はキャッチボールと遠投』だと」
「基本はキャッチボールと遠投!?」
秀樹は直樹の顔を見た。
「だからか?」
「だからそれを教えるためにコーチは……」
秀樹は感動に浸って、思わず泣き出しそうになっていた。
「コーチはこんなことも言っていたな」
校長先生は、勿体ぶったように咳払いをした。
「私にはよう解らんのだが、ツーシーとか何だか言ってたな」
「それツーシームです。コーチに教えてもらいました」
「そうだった。確かツーシームだったな。それを君は更に進化させたそうだね。コーチは、あの球質ならプロでも通用すると言っていたよ」
校長先生の話に、秀樹は完全に目を潤ませていた。
ネットでツーシームの検索をしていた時に偶然見つけたSFB。
何のことやらちんぷんかんぷん。
だから気になって授業中に調べてしまったのだ。
そして、どうやらシンキングファーストボールではないかと判断したのだった。
『何の目的で携帯を持ち込み禁止にしたのか解っているか? 授業中に遊ばせないためだよ。パソコンは携帯電話じゃないけど、これは許されことではないよ』
担任のお目玉を食らいながらも秀樹は嬉しくて仕方なかった日を思い出していた。
それでも校長先生の勢いは止まらない。
更に知らしめたコーチの秘密を暴露しようとしていたのだった。
「何でも、前にいた高校では生徒に勝たせるための悪知恵を教えていたそうだよ。だから嫌気がさして辞めたらしいんだ」
『こんなの当たり前だ。みんな此処に勝つために来ているんだよ。ああやって、ピッチャーにプレッシャーを掛けるんだよ。もっと酷い手を使うチームもある。だからと言って、みんながみんな喜んでいる訳じゃないんだ』
直樹はコーチの言葉を思い出していた。
(――コーチ……
コーチもきっと悔しい思いをしたんだろうな)
コーチの助言のお陰で、秀樹はもう崩れることはなかった。
直樹は、コーチをこの高校に招いてくれた校長先生に感謝した。
「彼も最近やっと解ったそうだよ。ヒデ君に言ったこと。ヒデ君を見ていて気付いたそうだ」
「えっ俺を見て?」
秀樹は首を傾げた。
「コーチは知らなくて言っていたのか?」
「んなわけねー」
直樹は笑った。
「そうだよ。コーチが知らない訳ない。だって気付いたご褒美に豪速球投げさせてくれたもんな」
懐かしいそうに秀樹は呟いた。
「校長先生。一つ教えてください。コーチが言っていたライバルって、もしかしたら双子の兄弟の……」
「ああ、そうらしいね。永遠のライバルらしいよ」
秀樹と直樹は顔を合わせた。
(――確かにライバルだな。野球だけじゃなく、美紀のことも……
――だからコーチは俺に厳しかったんだ)
秀樹はコーチの指導の中に、本当は優しさがあったことを思い出して胸を熱くさせていた。
「大阪か……?」
秀樹がため息を吐く。
「どうした兄貴の」
直樹が秀樹の顔を覗き込んだ。
「いや……、何でも……。でもないか……」
「美紀のことか?」
何処か煮え切らない秀樹の態度を見てそう切り出す直樹。
「ああ……、大阪にもし美紀が居たら……連れて行けたらなんて考えたんだ」
「だったら連れて行こうか?」
「ん?」
「大阪には美紀のじっちゃんがいるだろう? あの家で暮らしてもらって……」
「ん!? ……ん!? それだ!!」
秀樹は急に勢い付いた。
二人は早速、大阪に電話した。
秀樹も美紀の祖父がしゃべれないのは知っている。
だから合図を決めた。
「美紀のじっちゃん。いいかい、良く聞いてね。イエスなら、受話器を一回叩く。ノーなら二回だよ」
秀樹は必死に説明した。
「質問第一。美紀が大阪に来たら嬉しい?」
勿論一回だった。
「質問第二。美紀と一緒に暮らしたい?」
これも一回だった。
「質問第三。俺達と一緒に暮らしてもいい?」
それも一回だった。
悪巧みだった。
美紀をパパに取られたくない。
その一点だったのだ。
それは二人の最後の賭けだった。
今回の社会人野球の大阪行きは、まさに二人にとっては渡りに船だったのだ。
悪いことだと解っている。
卑怯な行いだと承知している。
でも必死だった。
恋しい美紀をこの手に入れるために、二人は鬼になろうとさえ思っていたのだ。
大にも相談した。
大は教師になるためにあちこちの大学を受験していた。
もう既に合格した大学もあったのだ。
その中の一校が大阪だった。
そしてどうにか大阪の社会人野球チーム入りが決まったことと、美紀と暮らすための家を確保することが出来たことを大に報告したのだった。
虫のいい話だと思う。
大阪の美紀の祖父には大学入学のための援助を断ったのだ。
それなのに結局泣き付いた形になった。
秀樹も直樹も後ろめたさを感じたのは事実だった。
それでも、美紀を手に入れるために画策してしまったのだった。
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さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
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