受胎告知・第二のマリア

四色美美

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宇都宮まこと

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 宇都宮まことが意識を取り戻した。
キョロキョロ目を動かしているのを、巡回に来た看護師が見つけたから解ったことだった。
集中治療室が急に慌ただしくなった。
看護師が酸素ボンベから延びている管の先にあるマスクを外す。


「宇都宮まことさん」
優しく呼び掛ける。


(宇都宮まこと? 本名だったのか)
俺は嬉しくなって手を振った。


「痛っ!」
その途端、思わず声を上げた。
固定されていた手が悲鳴を上げていた。
俺はどこまでも馬鹿者だった。




 それでも俺は嬉しくて、宇都宮まことの事ばかり気にしていた。


(良かった。良かったー~!!)
俺は泣いていた。
腕が痛くて泣いた訳ではない。
とにかく、ホッとしたのだった。




 「宇都宮まこと、さんですね?」
看護師の質問に彼女? は頷いた。


(ああー。本当に良かった!!)
この言葉以外浮かばなかった。
ひとまず胸をなで下ろす。
俺は何時しか嬉し涙を流していた。


(自分の名前が判ると言うのは、頭に異常がないと言う事か? 俺達結局二人共無事だった)
俺はため息を吐いた。
それで俺が背負わせた傷が消える訳ではない。
それでも宇都宮まことが意識を取り戻したことが嬉しくて仕方なかった。




 「失礼ですが、女性ですか?  男性ですか?」
俺の一番聞きたかった事を質問する看護士。
俺は思わず聞き耳を立てた。


「女性……です」
消え入りそうな声だった。
その答えに俺は喜んだ。
もしかしたら、男性かも知れないと思っていた。
俺の五感では、確かに女性だったけど。でも俺は生身の女性を知らない。
そう、俺はさっきまで赤ちゃんのようにママのおっぱいを求めていた泣いていたただのマザコンのガキだった。




 俺はホッとしていた。
とにかく嬉しかった。
口角が上がりっぱなしなのが、鏡を見なくても解るほどだった。
俺は又ヘマを遣った。
ってゆうか、解っていて遣ったのだ。
宇都宮まことにコッチを向いて貰いたいのに、手段がなくて又体をよじったのだった。
その途端に激痛が走る。
俺は顔をしかめながら、母に合図を送った。
俺は泣いていた。
体の痛みで泣いた訳ではない。
宇都宮まことの意識が回復したことが本当に嬉しかったのだ。





 「あの子が好きなの?」
母が聞く。
俺は頷いた。


「何だか良く解らないんだけど……テーブルで携帯ゲームをしていたら目の前に居たんだ」
俺は朝の出来事を包み隠さず話した。
突然学校閉鎖になった事。
眞樹の携帯電話で遊んでしまった事。
ゲームに夢中になって宇都宮まことを追い掛けた事。
そして、二人で逃げたくなって学校の屋上から身を投げ出した事。


「学校!?」


「うん、確かに学校だったよ」


「おかしいわね。喬が堕ちたのは、お店の前に止まっていたトラックの幌の上だと聞いているけど」




 「トラックの幌?」
俺の言葉に対して母は頷いた。


(だから……)
だから助かったのか?
俺は眞樹の言っていた事を思い出していた。


『でもまさかこんな結果になろうとはな。運がいいなお前は、死んでいてもおかしくはなかったのに』
確かに眞樹はそう言った。
俺は、声を出して泣いていた。
泣かずにはいられなかったのだ。
もしかしたら人殺しになるかも知れなかった。
無理心中事件になるかも知れなかった。
でも宇都宮まことのサイドから考えると、恋に狂った俺に依る無理心中事件だったのだ。
トラックの幌でバウンドしてから地面に叩きつけられた俺は、咄嗟に着いた手を痛めた。
宇都宮まことの場合は幌の脇組で胸を強打して、肋骨を痛めた。
二人共九死に一生を得たのだった。




 「あの子はいい子よ……だけど」
母は口篭もった。


「だけど教団が放すはずがないわ。だってあの子は教団の宝だから」


「宝?」


「そう、宝」
母はそう言いながらも暗い顔をしていた。
俺は心配になって、母を見つめた。
母は泣いていた。
そのことで、俺は宇都宮まことの背負わされた運命の大きさを感じた。


(教団の宝? やはりオカルト教団だったのか)
俺は宇都宮まことに目をやってから又母を見つめていた。


「実は……」
長い長い沈黙が流れる。




 そして母は、やっと重い口を開いた。
それは、宇都宮で起こったとある事件の一部始終だった。




 宇都宮市内で、教団の幹部が交通事故を起こした。
医学博士の佐伯真実を市内の産婦人科へ残した、一旦教団へ帰る途中だった。
目の前に飛び出して来た女性を避ける事が出来なかったのだ。
彼女は妊婦だった。
それが宇都宮まことの母親だった。


「彼女は、遺書を持っていたらしいの。自殺だったのかも知れないわ」
母は宇都宮まことに目をやった。
どうやら、彼女には聞かせたくない内容のようだ。
俺も彼女が気になって確認すると、又眠っていた。


(もしかしたら……)
眠った振りをして、聞き耳を立てているのかも知れない。
俺はそう思いながらも、母の話に聞き入った。




 「その人は、すぐに産婦人科医と佐伯真実さんを呼び寄せたの。彼はその道に秀でていたから」


「宇都宮まことさんのお母さんは死んでいなかったんだ」
俺は興奮して大きな声を出してしまった。
慌てて宇都宮まことを見ると、彼女は動いていなかった。
俺は又ため息を吐いた。


「その時既に死亡していたらしいわ。でも彼はその人の中に胎児の息吹きを感じだの。自分は警察に事情説明をしなくてはいけないから、佐伯さんを呼び寄せたの。直ぐに手術すれば胎児が助かると思って」
母は俺の体から又タオルを外し、今度は反対向きに体位を変えた。
宇都宮まことが視界から消える。
俺は不安に怯えながら、目を閉じた。


「遺体の中で胎児は本当に生きていたの。だから、その子を助ける為にみんな頑張ったわ」
母は時々、俺から目を逸らす。
きっと宇都宮まことを見ているのだと俺は思った。




 そして又母は、話の続きを始める。


「胎児救出を優先させたから、何とか成功したのね。勿論警察の立ち会いの元で。何しろ一刻を争う事態だったらしいから」


(宇都宮で自殺した女性の子供。きっと一緒に死にたかったはずだ。なのに宇都宮まことだけが残された。死んでも死にきれない!!)
そう思ったら、俺は急にその女性が哀れになった。
俺は又声をあげて泣いていた。




 「喬は優しい子だね」
母も泣いていた。
顔は見えない。
でも時々すすり泣く声が、耳に心地良かった。
思えばこんなに母と話したことなど無かった。
母も優しい人だった。




 「だからその日が宇都宮まことちゃんの誕生日になったの。まことちゃんは辛うじて生きていたようで、すぐ超未熟児用の保育器に移された」
俺はその時気付いた。
母の声と違う、もう一人のすすり泣く声が聞こえていた。
宇都宮まことだった。
でも母は気付いていないようだった。




 「佐伯さんは救った胎児を内緒で育てたの」


「えっ!?  どうして?  だってその頃にはもう養護施設はあったんじゃ……」
俺はワザとそう言った。
宇都宮まことが聞いていることを承知で。


「確かに、それ以前に佐伯さんは養護施設を教団内に作ったわ。折角子供を授かったのに、中絶したり育児放棄する親が後をたたないから。でも、マスコミに叩かれて……」
母は声を詰まらせた。


「佐伯さんはただ」
母は又黙った。そして続けた。


「私や、望月先輩のことなどがあったから子供を引き受けようとしただけなのに」
母の声は悲しく聞こえた。
それは未だに悲しみから逃れられない、母の孤独が言わせたことだった。




 母も孤独だった。
そうに違いなかった。
望月一馬に言われた宇宙人説。
それは、俺達は孤児は地球人とは違うそう言われたのに等しかったのだ。




 「それに、私の代理母のこともあったから」
俺はその言葉で、俺が産まれたいきさつを思い出していた。
養護施設を隠れ蓑にしたオカルト教団。
そんな噂が出始めた頃。
何か打つ手はないかと模索していたオカルト教団。
そんな折に、父が申し出をしたのが代理母による超天才児構想だったのだ。


「まことちゃんを預けておけば、此処の設備が使えると思ったらしいの。それにもし施設に連れて帰れば、交通事故も表面化するでしょう?」


「マスコミの格好の標的となるか?」
母は頷いたのか、俺の背中を軽く撫でた。




 勿論それだけでは無いこと位は俺にだって解る。
宇都宮まことを助けたかったんだ。
俺は医学博士だと言う、佐伯真実の良心を信じようと思った。




  「佐伯さんは自分の名前をその超未熟児に付けたの。勿論、別の呼び名にして。佐伯さんはね、真実と書いてまさみと言うの。でもこの字は一字一字がまこととも呼べる。真も実も。だから宇都宮まことになったの」


(宇都宮まことは真実のまことだったのか? やはり俺より年上か? そりゃそうだ。幾らオカルト教団の作ったゲームでも、十八禁に十八歳以下の子供は使えないだろう)
でも俺はそんなことより、宇都宮まことが心配だった。
耳を澄ますと、微かにすすり泣く声が聞こえる。
俺はその泣き声が自分であるかのように細工した。俺もすすり泣いていたからだ。




 「低体重未熟児として、勿論書類は提出したらしいわ。でも誰も気付かなかった」


「どうして?」


「私が代理母となった時使用した産婦人科は、その頃余り流行っていなかった」


「つまり、潰れかけていた訳か?」


「真実さんが立て直した訳ね。だから其処が使えた訳よ」


「俺が産まれた病院で、彼女は育ったのか?」
母は頷きながら、又俺の体位を変えた。
俺はそっと、宇都宮まことのベッドに目をやった。
宇都宮まことは、又眠った振りをしていた。


(安心したのかな?)
俺はそう思っていた。


「その頃、超未熟児と呼ばれていた子供達は超濃度の酸素によって失明する子が多かったの。真実さんは光を失わせないように一所懸命にまことちゃんを育てていたの」


「でもどうして?」


「彼女が飛び込んだのは、佐伯さんの車だったらしいの。運転していたのは違う人だったけどね。責任を感じていたらしいわ。だって彼医学博士だったから」


(そうか、だから知識が豊富で……と、言うより医学書でも読み漁ったのかな?)
俺は佐伯真実と言う人物に興味がわいていた。




 「あの子は十八歳。学年は喬より一つ上、でも学校には行っていの。教団内にあるフリースクールで彼女は勉強したの」


(フリースクール? 話は聞いた事はある。イジメなどで不登校になった生徒が通う学校だ。聞いた相手は?)
そうだ眞樹だ。
確か眞樹の父親は、塾と一緒にフリースクールも経営していると言っていた。




 「あの子は病気なの。心のね」
そう母は言った。


「超未熟児で産まれた子供には保育器がお母さんのお腹なのよ。だから、同じ日に生まれた子供達より成長が遅いの」
それはそうだと思った。
低体重未熟児が大きく育つためには、それなりの環境と時間はかかるはずだから。




 「どうしてあの子が喬と一緒に墜ちたのか知らないけど、坊ちゃまが関係しているのだとしたら?」


「眞樹が関係しているのだとしたら?」
俺の質問に母は一瞬戸惑ったようだった。
俺のせいで一緒に堕ちた宇都宮まこと。
俺はただただ誤りたかったんだ。
でもそれに至る原因が眞樹にあるのだとしたら。
一緒に逃げたくて、二人で自由になりたくて
強引に屋上から飛び降りた俺。
眞樹の携帯でゲームをしたのは俺だ。
宇都宮まことを相手に選んだのも俺だ。
俺自身のやらかした罪を棚上げにして、誰かに責任を転嫁させたかっただけなのかも知れない。




 「あの子は教団の若い科学者によって、実験材料にされていたの。佐伯真実さんにも告げずに、秘密裏に。だから……あの子には、色々な薬が使われているらしいの」


「薬!? いくらオカルト教団だとしても、それはないよ。ねえ母さん、それってどんな薬なの?」


「それが判らないの。だけどあの子は実験されているらしいことだけは確かなのよ」


「嘘だ!?」
俺は、驚愕の声と共に宇都宮まことを見て更に驚嘆した。
宇都宮まことが母の後ろに、ベッドから起き上がっていたからだった。




 「お母さん」
宇都宮まことはそう言った。


(お母さん!?)
俺はその言葉に驚いた。


(母さんは俺だけの母さんでは無かった G)




 『お母さん』
宇都宮まことは確かにそう言った。


(そうか母さんは、俺だけの母さんでは無かったのか。だから俺は何時も一人ぼっちだったのか?)




 『ママ~、どこ~?』


『ママ~?  ママ~?』
白い.果てしなく続く白い世界の中で俺はもがいていた。
母が居ないんだ,さっき帰ってきたはずの母が居ないんだ。
何処にも居ないんだ。
又一人ぼっちにされちゃった。
寂しい.気が狂いそうな位寂しい。
目を閉じると又あの夢。
俺の孤独の原因は此処にあった。
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