甘い悪魔はしあわせの青い鳥

鈴寺杏

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女運の無い男

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 そろそろ梅雨明けが発表されるかなという時期となり、晴れた日も増えてきた。心地よい陽気に包まれた休日。気持ちよく空を羽ばたいていたわけだが、都会のマンションの一室にて朝っぱらから涙を流しながら酒を飲む男がたまたま目に入った。

 二十代くらいか。どちらかといえば爽やか系の顔で体つきは細身。
 室内は家具が多いわけではないが、小洒落た感じで特別金に困っているようでもなさそうだ。

『今日は土曜日だったな。ならばこういう奴もいるか』

 酒を飲むと泣き出してしまう人間は、一定数存在する。この男もその一人なのだろうとぼんやりと眺めていた。

 ふと飲んでいる物の銘柄が気になり、室内へと侵入する。
 机に降り立ったところで、スッと男が立ち上がったのでギョッとした。(まさかこの男も見える側の人間なのか?)と身構えたが、ただトイレに向かうだけのようだ。
 
 脅かしやがって。

 姿を現したまま窓を通過してしまったのなら、無駄な騒ぎを起こす可能性があったので勘違いで一安心だ。目撃者がこの男だけであれば「酔っぱらいの戯言」で片付けられただろうが、他にもいた場合には面倒なことになる。

 男はトイレで嘔吐した後、ドアを閉める際に指を挟んだようで、先ほどよりも大きな声で泣き始めた。周囲の住人が警察でも呼んだらどうするんだろうと思いながらその様子を見ていると、男は急に面白い事を言った。

「神様。オレにはもうこの薬指は必要ないってことなのか……?」

 いやいや。今のに神様は関係ないだろう。
『その指を挟んだのはあなたの行為の結果ですが』と言いかけて止まる。内容はくだらないのだが、指を挟んですぐ出て来た言葉のチョイスがそれっていうのは個人的には良いと思う。

 さて、今の発言からこの男が泣いている理由が、男女間の問題というのは分かった。大方振られでもしたのだろう。
 ここで見かけたのも何かの縁ということで、願い事があるか聞いてみることにする。

 
 戻って来た男の前に姿を現してみたが、酔っているからか最初はリアクションが薄かった。「しゃべれるなんてすごいね~」と言ったあと、愚痴を吐きだす始末。先程違う物も吐いたからか、少々臭いも気になる。少し後悔してきた。

 このままでは埒が明かないので、男の話を遮って再度願い事を聞く。

『もう一度聞く。願い事はあるか?』

 さすがに少し時間も経ち、冷静になってきたのだろう。一瞬固まった後「嘘……」と言って両頬を抓り始めた。
 そうそう。俺が見たかったのはこういうリアクションなのだ。チチチッと思わず笑いが漏れる。


 水を飲み、落ち着いて話始めた内容は、ちょっとだけ同情するものだった。
 簡単にいうとNTRというやつ。しかも相手は友達だとか。

「オレ女運が悪いのか、いつも浮気されていたんです」

 今まで女運が悪かったらしいのだが、ようやく出来た優しい恋人。今までの相手と違って、デートも割り勘を提案してくれたり気を使える相手だったとか。それで嬉しくなって友達に話をしていたらしい。NTRちゃってるから、結局この女もダメな奴だったということなのだが、それは一旦置いておく。
 で、直接紹介もしていないのに、気づいたらその友達と彼女が知らない間に関係を持ってしまっていて、それを問い詰めた結果昨日別れることになったらしい。

 嬉しくなって誰かに話したくなるってのは、当然の感情だしな。この男の話だけ聞くと『それは辛いな』ってところだろう。相手の言い分も聞けば意見が変わるかもしれないが、それは俺にはどうでもいいこと。
「男なんて下半身で生きている」なんていう人もいるくらいだ。「ちょっと魔が差した」だとか「自分でもイケると思った」とかそんなふざけた理由だろう。

 この男はもしかすると「女運が悪い」のではなくて「男運」というか「友達運」がないのかもしれない。

 肝心の願い事だが……。

「あいつが二度と同じことができないように、性転換させてほしい」

『本当にそれでいいのか?』

「それでお願いします」

 男友達、もしくは元彼女を殺してほしいではなくて、男の性別を変えて欲しいとかやはりこの男は少し変わっている。

 この願いをそのまま叶えるのは少々難しい。なんせ対象の男は、二十年以上生きてきているので戸籍と性別を変えるだけでは整合性が取れない。周りの人間だって突然そんなことになっては困るだろう。対象の仕事は知らないが、仮に力士だった場合大変なことになってしまう。

『本人が性転換を望み、性別を変えるでもいいか?』

「結果が同じであれば、問題ないです」

『わかった』

 ある程度自然な形にするために少し時間が掛かることを伝え、男が頷いたのでここから旅立つこととする。

 最後に『性転換したその友達と、お前が関係を持つ可能性は?』と聞いたところ「絶対にない!」と言い切っていた。最近は、こういうのも流行りだと思っていたのだが、違ったようだ。
 嫌そうな男の顔を見て、チチチッと笑いながら晴れた空へと羽ばたいた。




【数年後。この自称「女運の無い男」は、急性アルコール中毒で亡くなることとなる。悪魔に願いを叶えて貰ったのに酒におぼれた理由は、恨んでいたはずの元男の成功が原因であった。性転換した元男は、恋人である女性と一緒に動画配信を始め大成功を収める。時代が良かったのだろう、性転換した者と女性の同性婚ということで話題となった。尚、二人の家には一人の子供が居て、世間では「性別を変える前に作った子供だろう」と語られているのだが、実際の父親は亡くなった男であった。その事実を知るものは少ないままである】

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