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やって来たスーパーイケオジ
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「こんにちは、『青月家政婦紹介所』から参りました、一ノ瀬梓と申します」
梓の目前にあるのは、人を寄せ付けないシルバーの重厚な門と、その先にある広い庭だ。
梓がお仕えするはずの大豪邸が、青々とした緑豊かな庭を進んだ先にきっとあるのだろうが、梓のいる場所からは全く見えない。
梓が新しく派遣される先は、都内で「二階堂総合病院」という大病院を経営する院長の家だ。
壮年の二階堂院長には二度の結婚歴があるが、奥方とは二度共に死別している。
二人の妻との間にはそれぞれ、春に高校生になったばかりの長女と、小学生の長男がいる。
後継ぎとなる長男をもうけたからか、院長は三度目の結婚はせずに、独身を貫いているらしい。
それから、長女は足が悪く、車椅子生活をしているそうだ。
「すみません、どなたかいらっしゃらないでしょうか?」
梓はさっきから何度も何度もインターフォンを押しているが、ピーンポーンという機械音が鳴るばかりで一向に応答がない。
門から見えないくらいの位置に家があるほどに、広い庭を持つ二階堂家は、きっととんでもなくお金持ちなはずで、お手伝いもたくさん雇っているのではと思うが、家の者は誰もインターフォンに出ない。
「新しく家政婦を頼むくらいだから人手不足? それともインターフォンが壊れてる?」
梓は独り言を言いながら、額から吹き出してくる汗をハンカチで拭った。季節は夏の盛りで、梓はフリル付きの日傘を差してはいるものの、暑さでじりじりと体力が奪われていく。本日は午前十時からの約束だったが、太陽が頂天に昇りきる前からとても暑い。
困った梓が、家政婦事務所に電話を掛けて助けを求めるべく、手提げ鞄からスマホを取り出そうとした所で、機械音以外は無音だったインターフォンから『はい』と若い男性の声が聞こえてきた。
「あ、あのっ! わ、私は『青月家政婦紹介所』の者でして……」
鞄に注意を向けていた所に急に応答があったので、慌てた梓は黒縁のフレームの眼鏡をややずり下げながら、しどろもどろな口調になっていた。応答があったのは良かったが、ただでさえ斡旋先との初対面は緊張するものだ。
『家政婦、ですか? いえ、頼んでないですけど』
ドキドキしながら要件を告げた後、返ってきた答えに梓はびっくりした。
「えっ、そんなはずは…… ここは二階堂雅悟院長のご自宅ですよね?」
『えっと…… 確認いたしますので少しお待ちください』
そう言って応答が切れる。初対面で緊張していたはずの梓は、今度は別の意味でドキドキしてきた。
梓は兄に「ドジっ子」と揶揄われることも多く、ややどんくさい所もあって、今回も働き出す前から何かミスったのだろうかと青くなった。
ただ、梓は親の借金返済のために高校在学中から家政婦事務所でアルバイトしていて、家政婦歴は三年だ。最初は失敗もしたが、事務所の先輩方に色々と教えてもらい、今では家事業務を完璧にマスターしている。兄にも「梓のご飯はすごく美味いな」とお墨付きを貰えるほどなので、家事能力だけはピカ一だと自負している。
『本宅ではなくて、結花お嬢様の方でご依頼を出されていたようです』
かなり待ってから応答があったが、それはやはり梓のミスを指摘するものだった。梓は暑さで頭がくらくらする中、待っている最中に鞄から取り出して握りしめていた、事務所から渡された案内状を再度見つめた。
依頼主には二階堂雅悟の名があって、その横に住所が書かれていたが、高校入学を機に別宅で暮らすようになった長女の生活全般の面倒を見てほしい、というような依頼内容の文章の後にも住所が書かれていて、良く読むと勤務先はそこの住所で、二階堂雅悟の自宅ではなかった。
梓は以前、当時働いていた家で暴力を受けて病院に搬送されたことがあり、その時たまたま二階堂雅悟の診察を受けたことがあった。
当時の業務先の家人に比べて、雅悟があまりにも優しくて紳士的でおまけに綺麗顔のイケオジだったため、梓は雅悟のファンになった。
梓は「二階堂雅悟」の名前を見ただけで再会できると思って舞い上がり、浮かれすぎていて書面をよく読まず、結果思い込みで彼の自宅に突撃していた。
「す、すみません! 家を間違えてしまいました! す、すぐにお嬢様のお宅へ伺います!」
梓は泣きながら謝った。インターフォンのカメラに向かって頭を下げるものの、頭を元の位置に戻した途端に急激な眩暈に襲われて、日傘を取り落とした梓は、口元をハンカチで押さえながらその場に蹲った。
『だ、大丈夫ですか?』
インターフォンから何か聞こえるが梓は声も出せない。そのうちにインターフォン越しではなくて門の向こうからバタバタと誰かがやって来て、梓は気付けば、柑橘系のような爽やかなコロンを身にまとったイケオジ――もとい二階堂雅悟に抱き上げられていた。
「院長……先生?」
呼ぶと、雅悟が梓を見つめて微笑んだ。雅悟は顔の造りがとても整っていて、五十代のはずだが色香のあるイケオジであり、俳優に転職してもやっていけそうなルックスをしている。
「熱中症かな。意識があるなら大丈夫そうだが、私の家で少し休んでいくといい」
雅悟の渋く落ち着いた声が耳に心地良い。
「……ありがとう、ございます…………」
梓は笑うと深くなる優しそうな目元の小ジワにキュンキュンしながらも、体調の悪さを自覚していたために雅悟の言葉に甘えることにして、姫抱きのままで邸宅まで運ばれて行った。
梓の目前にあるのは、人を寄せ付けないシルバーの重厚な門と、その先にある広い庭だ。
梓がお仕えするはずの大豪邸が、青々とした緑豊かな庭を進んだ先にきっとあるのだろうが、梓のいる場所からは全く見えない。
梓が新しく派遣される先は、都内で「二階堂総合病院」という大病院を経営する院長の家だ。
壮年の二階堂院長には二度の結婚歴があるが、奥方とは二度共に死別している。
二人の妻との間にはそれぞれ、春に高校生になったばかりの長女と、小学生の長男がいる。
後継ぎとなる長男をもうけたからか、院長は三度目の結婚はせずに、独身を貫いているらしい。
それから、長女は足が悪く、車椅子生活をしているそうだ。
「すみません、どなたかいらっしゃらないでしょうか?」
梓はさっきから何度も何度もインターフォンを押しているが、ピーンポーンという機械音が鳴るばかりで一向に応答がない。
門から見えないくらいの位置に家があるほどに、広い庭を持つ二階堂家は、きっととんでもなくお金持ちなはずで、お手伝いもたくさん雇っているのではと思うが、家の者は誰もインターフォンに出ない。
「新しく家政婦を頼むくらいだから人手不足? それともインターフォンが壊れてる?」
梓は独り言を言いながら、額から吹き出してくる汗をハンカチで拭った。季節は夏の盛りで、梓はフリル付きの日傘を差してはいるものの、暑さでじりじりと体力が奪われていく。本日は午前十時からの約束だったが、太陽が頂天に昇りきる前からとても暑い。
困った梓が、家政婦事務所に電話を掛けて助けを求めるべく、手提げ鞄からスマホを取り出そうとした所で、機械音以外は無音だったインターフォンから『はい』と若い男性の声が聞こえてきた。
「あ、あのっ! わ、私は『青月家政婦紹介所』の者でして……」
鞄に注意を向けていた所に急に応答があったので、慌てた梓は黒縁のフレームの眼鏡をややずり下げながら、しどろもどろな口調になっていた。応答があったのは良かったが、ただでさえ斡旋先との初対面は緊張するものだ。
『家政婦、ですか? いえ、頼んでないですけど』
ドキドキしながら要件を告げた後、返ってきた答えに梓はびっくりした。
「えっ、そんなはずは…… ここは二階堂雅悟院長のご自宅ですよね?」
『えっと…… 確認いたしますので少しお待ちください』
そう言って応答が切れる。初対面で緊張していたはずの梓は、今度は別の意味でドキドキしてきた。
梓は兄に「ドジっ子」と揶揄われることも多く、ややどんくさい所もあって、今回も働き出す前から何かミスったのだろうかと青くなった。
ただ、梓は親の借金返済のために高校在学中から家政婦事務所でアルバイトしていて、家政婦歴は三年だ。最初は失敗もしたが、事務所の先輩方に色々と教えてもらい、今では家事業務を完璧にマスターしている。兄にも「梓のご飯はすごく美味いな」とお墨付きを貰えるほどなので、家事能力だけはピカ一だと自負している。
『本宅ではなくて、結花お嬢様の方でご依頼を出されていたようです』
かなり待ってから応答があったが、それはやはり梓のミスを指摘するものだった。梓は暑さで頭がくらくらする中、待っている最中に鞄から取り出して握りしめていた、事務所から渡された案内状を再度見つめた。
依頼主には二階堂雅悟の名があって、その横に住所が書かれていたが、高校入学を機に別宅で暮らすようになった長女の生活全般の面倒を見てほしい、というような依頼内容の文章の後にも住所が書かれていて、良く読むと勤務先はそこの住所で、二階堂雅悟の自宅ではなかった。
梓は以前、当時働いていた家で暴力を受けて病院に搬送されたことがあり、その時たまたま二階堂雅悟の診察を受けたことがあった。
当時の業務先の家人に比べて、雅悟があまりにも優しくて紳士的でおまけに綺麗顔のイケオジだったため、梓は雅悟のファンになった。
梓は「二階堂雅悟」の名前を見ただけで再会できると思って舞い上がり、浮かれすぎていて書面をよく読まず、結果思い込みで彼の自宅に突撃していた。
「す、すみません! 家を間違えてしまいました! す、すぐにお嬢様のお宅へ伺います!」
梓は泣きながら謝った。インターフォンのカメラに向かって頭を下げるものの、頭を元の位置に戻した途端に急激な眩暈に襲われて、日傘を取り落とした梓は、口元をハンカチで押さえながらその場に蹲った。
『だ、大丈夫ですか?』
インターフォンから何か聞こえるが梓は声も出せない。そのうちにインターフォン越しではなくて門の向こうからバタバタと誰かがやって来て、梓は気付けば、柑橘系のような爽やかなコロンを身にまとったイケオジ――もとい二階堂雅悟に抱き上げられていた。
「院長……先生?」
呼ぶと、雅悟が梓を見つめて微笑んだ。雅悟は顔の造りがとても整っていて、五十代のはずだが色香のあるイケオジであり、俳優に転職してもやっていけそうなルックスをしている。
「熱中症かな。意識があるなら大丈夫そうだが、私の家で少し休んでいくといい」
雅悟の渋く落ち着いた声が耳に心地良い。
「……ありがとう、ございます…………」
梓は笑うと深くなる優しそうな目元の小ジワにキュンキュンしながらも、体調の悪さを自覚していたために雅悟の言葉に甘えることにして、姫抱きのままで邸宅まで運ばれて行った。
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