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あの人、パンツ持ってっちゃった
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(パンツ、一応替えておこう)
梓はエッチな夢を見た後や、時にはそうじゃない時にも、愛液が大量に出てきてパンツが汚れてしまうことがあり、替えのパンツをいつも持参していた。
二階堂家は現在何かの事情で立て込んでいるらしく、点滴を刺された後に微睡んでいた時も、今も、この部屋に誰か訪れるような気配はない。梓は部屋には誰も入ってこないだろうと思い込み、その場でパンツを履き替えることにした。
今日は仕事の初顔合わせだったので、勝負パンツとして大人っぽい黒のラグジュアリー風デザインパンツを履いていたが、持ち歩いているのは高校二年生の時に見切り品で買った、ライオンがガオーしているワンポイント付きの赤色ストライプ柄パンツだ。節約のために子供っぽくても長年愛用していたが、もうそろそろ全体がくたびれた感じになっていて、かと言って貧乏性で捨てられず、替えパンツという位置になった。
梓がスカートの中に手を入れて、愛液でべちょべちょになっていたラグジュアリーパンツを脱ぎ終わった所で、ガチャ、と突然ノックもなしに部屋の扉が開いて、手に◯イソンのようなコードレス掃除機を持った、黒スーツ姿の見知らぬ男が現れた。
「キャーッ!」
パンツの着替え中だった梓は、男性がいきなり部屋に侵入してきたことに驚き、手にしていたラグジュアリーパンツを放り投げて叫んだ。
ぺちゃり。
そして、狙った訳でもないのに、愛液濡れ濡れラグジュアリーパンツが、その男の顔面に貼り付いた。
「ひぃぃっ! 何てこと! ご、ごめんなさい!」
本来なら、ノックもせずに扉を開けた男にも非はあるはずだが、夢の中ではイロイロしていても現実世界での男性経験がゼロである梓は、男の人の顔面に大量の愛液で濡れたパンツを投げ付けてしまったことに、軽くパニクっていた。
「……」
対するその男、F機関職員九条颯真は表情筋を全く動かさず、無言のままで女性物のパンツを顔から取り去って握り締めると、自らに近付いてくる梓をじっと見つめた。
「大丈夫ですか?! 本当にごめんなさい!」
梓は謝りながら颯真の顔面を持っていた布で拭き始めた。
(ああ、イケメン…… こんな格好良い人の顔面にパンツを投げてしまった……)
至近距離で颯真の顔を見た梓は、芸能活動をしていてもおかしくないような顔面を眺めて、ちょっとだけ呆けつつ、手を動かしていたが――
「ライオン……」
言われて、梓はハッとした。
(し、しまった! よれよれの処分直前ライオンパンツで、イケメンの顔面を拭いてしまった!)
梓はドジっ子だった。
「す、すみません!」
梓はすぐに顔面から手を離そうとしたが、よれよれパンツを持った梓の手首を颯真がガシッと掴んだ。
「これは要らないものですか?」
「い、要らないというか、ほぼ処分直前のものです……」
イケメンに自前の古ぼけたパンツについて問われた梓は、赤面しつつも答えた。
「わかりました」
颯真は答えるや否や、梓の手の中のパンツを掴むと、空中に放り投げた。
「え? え?」
梓は颯真の行動の意味が全くわからず、戸惑った声を出すのみだ。颯真は空中をヒラヒラと舞うパンツに向かって掃除機のノズルを向けた。
ヴィィィン――
音と共にパンツが掃除機に吸い込まれてしまうかと思いきや、パンツはそのまま床に落ちた。颯真は再び至近距離からパンツを吸い込もうとしたが、パンツは吸い込まれるどころかノズルにくっつきもしない。
「これは『異常』ではないようですね」
「『異常』?」
梓の頭の中では相変わらず疑問符が浮いていた。
子供っぽいパンツを履いていることを異常だと言われたのかと思ったが、そうではなくて、颯真は部屋の至る所に掃除機の先端を向けている。颯真は大きめなソファにまでノズルを向けていて、物理的に不可能な物体まで掃除機で吸い込もうとしているようだった。
「おかしい。探査装置は反応していたのに、この部屋のどこにも異常がない…… 『神隠しの部屋』ではないのか?」
颯真はブツブツと独り言を呟いているが、梓は「神隠しの部屋」というよくわからない言葉を聞いて首を傾げていた。
「こちらも調べさせてください。失礼します」
颯真は梓に向き直ると、掃除機のノズルを梓が転がしている点滴のスタンドに向けた。
「無反応…… いや」
ヴィィン――
颯真は続けざまに掃除機を梓に向けた。
『エラー、エラー。コード42-H、コード42-H。安全を確認してから使用してください』
赤いランプが点灯して掃除機が停止し、エラーを告げる自動音声が流れている。
「コード42……」
呟いた颯真は、スーツの胸ポケットからペン状の謎の小型機械を取り出すと、まるで金属探知をするように動かして梓に向けてくる。
謎の小型機械にはデジタル体温計のように数値の出る小窓があり、表示を確認した颯真は全く表情を変えずに踵を返すと、無言のままで部屋から出て行った――と思ったらまたすぐに入ってきて、今度はまっすぐに梓の元へやって来た。
彼の黒色の瞳が梓を捉えて離さない。イケメンに見つめられた梓はドキドキした。
「あなたのお名前と年齢と住所とご職業を教えてください」
「一ノ瀬梓、十九歳、仕事は家政婦をしています。住所は――」
もしもこの場に梓の兄がいたら、「今日出会ったばかりの知らない男の人に住所とかの個人情報教えちゃ駄目だろ!」と止められたかもしれないが、梓は問われたことに素直に答えた。
「一ノ瀬梓さん、あなたの身に付けているもの、あるいはあなた自身に、『異常事態』が発生している可能性があります。至急、F機関本部までご同行願えますか?」
(F機関……? ご同行……?)
初めて耳にした単語と、まるで警察に連行される際の決め台詞みたいな言葉を聞かされて、梓がしばし止まっていると、颯真が腕に嵌めているスマートウォッチがブーブーと振動した。
「はい、九条」
横を向いた颯真は耳に嵌めたコードレスイヤホンに指を当てながら、スマートウォッチを通して誰かに応答していた。
「緊急出動了解。現場に急行します」
何かの緊急事態が起こったようだが、颯真は顔色一つ変えず、表情筋も動かさずに応答して通信を切ると、一瞬だけ梓をじっと見つめた後に、内ポケットから名刺を差し出してきた。
「何かがあったら、絶対に私に連絡してください。どこにいても必ずあなたの所に駆け付けます」
警備保障会社のキャッチコピーみたいなことを言った颯真は、梓が何も言わないうちに強引に名刺を握らせると、掃除機をまるで大剣のようにして肩に担ぎ、颯爽と部屋から出て行った。
しかし走り去る颯真の上着のポケットから、いつの間に入れていたのか、梓の使用後濡れ濡れラグジュアリーパンツ(黒)の一部が出ていることに、梓は気付いてしまった。
「パ、パンツ……!」
梓は慌てて颯真の後を追い、ガラガラと点滴のスタンドを転がしながら廊下に出たが、俊足らしき颯真の姿は既になかった。
「どうしよう…… あの人、パンツ持ってっちゃった……」
***
◆マーブルクラフト企画サイトより
「F機関」「神隠しの部屋」の設定をお借りしています。
梓はエッチな夢を見た後や、時にはそうじゃない時にも、愛液が大量に出てきてパンツが汚れてしまうことがあり、替えのパンツをいつも持参していた。
二階堂家は現在何かの事情で立て込んでいるらしく、点滴を刺された後に微睡んでいた時も、今も、この部屋に誰か訪れるような気配はない。梓は部屋には誰も入ってこないだろうと思い込み、その場でパンツを履き替えることにした。
今日は仕事の初顔合わせだったので、勝負パンツとして大人っぽい黒のラグジュアリー風デザインパンツを履いていたが、持ち歩いているのは高校二年生の時に見切り品で買った、ライオンがガオーしているワンポイント付きの赤色ストライプ柄パンツだ。節約のために子供っぽくても長年愛用していたが、もうそろそろ全体がくたびれた感じになっていて、かと言って貧乏性で捨てられず、替えパンツという位置になった。
梓がスカートの中に手を入れて、愛液でべちょべちょになっていたラグジュアリーパンツを脱ぎ終わった所で、ガチャ、と突然ノックもなしに部屋の扉が開いて、手に◯イソンのようなコードレス掃除機を持った、黒スーツ姿の見知らぬ男が現れた。
「キャーッ!」
パンツの着替え中だった梓は、男性がいきなり部屋に侵入してきたことに驚き、手にしていたラグジュアリーパンツを放り投げて叫んだ。
ぺちゃり。
そして、狙った訳でもないのに、愛液濡れ濡れラグジュアリーパンツが、その男の顔面に貼り付いた。
「ひぃぃっ! 何てこと! ご、ごめんなさい!」
本来なら、ノックもせずに扉を開けた男にも非はあるはずだが、夢の中ではイロイロしていても現実世界での男性経験がゼロである梓は、男の人の顔面に大量の愛液で濡れたパンツを投げ付けてしまったことに、軽くパニクっていた。
「……」
対するその男、F機関職員九条颯真は表情筋を全く動かさず、無言のままで女性物のパンツを顔から取り去って握り締めると、自らに近付いてくる梓をじっと見つめた。
「大丈夫ですか?! 本当にごめんなさい!」
梓は謝りながら颯真の顔面を持っていた布で拭き始めた。
(ああ、イケメン…… こんな格好良い人の顔面にパンツを投げてしまった……)
至近距離で颯真の顔を見た梓は、芸能活動をしていてもおかしくないような顔面を眺めて、ちょっとだけ呆けつつ、手を動かしていたが――
「ライオン……」
言われて、梓はハッとした。
(し、しまった! よれよれの処分直前ライオンパンツで、イケメンの顔面を拭いてしまった!)
梓はドジっ子だった。
「す、すみません!」
梓はすぐに顔面から手を離そうとしたが、よれよれパンツを持った梓の手首を颯真がガシッと掴んだ。
「これは要らないものですか?」
「い、要らないというか、ほぼ処分直前のものです……」
イケメンに自前の古ぼけたパンツについて問われた梓は、赤面しつつも答えた。
「わかりました」
颯真は答えるや否や、梓の手の中のパンツを掴むと、空中に放り投げた。
「え? え?」
梓は颯真の行動の意味が全くわからず、戸惑った声を出すのみだ。颯真は空中をヒラヒラと舞うパンツに向かって掃除機のノズルを向けた。
ヴィィィン――
音と共にパンツが掃除機に吸い込まれてしまうかと思いきや、パンツはそのまま床に落ちた。颯真は再び至近距離からパンツを吸い込もうとしたが、パンツは吸い込まれるどころかノズルにくっつきもしない。
「これは『異常』ではないようですね」
「『異常』?」
梓の頭の中では相変わらず疑問符が浮いていた。
子供っぽいパンツを履いていることを異常だと言われたのかと思ったが、そうではなくて、颯真は部屋の至る所に掃除機の先端を向けている。颯真は大きめなソファにまでノズルを向けていて、物理的に不可能な物体まで掃除機で吸い込もうとしているようだった。
「おかしい。探査装置は反応していたのに、この部屋のどこにも異常がない…… 『神隠しの部屋』ではないのか?」
颯真はブツブツと独り言を呟いているが、梓は「神隠しの部屋」というよくわからない言葉を聞いて首を傾げていた。
「こちらも調べさせてください。失礼します」
颯真は梓に向き直ると、掃除機のノズルを梓が転がしている点滴のスタンドに向けた。
「無反応…… いや」
ヴィィン――
颯真は続けざまに掃除機を梓に向けた。
『エラー、エラー。コード42-H、コード42-H。安全を確認してから使用してください』
赤いランプが点灯して掃除機が停止し、エラーを告げる自動音声が流れている。
「コード42……」
呟いた颯真は、スーツの胸ポケットからペン状の謎の小型機械を取り出すと、まるで金属探知をするように動かして梓に向けてくる。
謎の小型機械にはデジタル体温計のように数値の出る小窓があり、表示を確認した颯真は全く表情を変えずに踵を返すと、無言のままで部屋から出て行った――と思ったらまたすぐに入ってきて、今度はまっすぐに梓の元へやって来た。
彼の黒色の瞳が梓を捉えて離さない。イケメンに見つめられた梓はドキドキした。
「あなたのお名前と年齢と住所とご職業を教えてください」
「一ノ瀬梓、十九歳、仕事は家政婦をしています。住所は――」
もしもこの場に梓の兄がいたら、「今日出会ったばかりの知らない男の人に住所とかの個人情報教えちゃ駄目だろ!」と止められたかもしれないが、梓は問われたことに素直に答えた。
「一ノ瀬梓さん、あなたの身に付けているもの、あるいはあなた自身に、『異常事態』が発生している可能性があります。至急、F機関本部までご同行願えますか?」
(F機関……? ご同行……?)
初めて耳にした単語と、まるで警察に連行される際の決め台詞みたいな言葉を聞かされて、梓がしばし止まっていると、颯真が腕に嵌めているスマートウォッチがブーブーと振動した。
「はい、九条」
横を向いた颯真は耳に嵌めたコードレスイヤホンに指を当てながら、スマートウォッチを通して誰かに応答していた。
「緊急出動了解。現場に急行します」
何かの緊急事態が起こったようだが、颯真は顔色一つ変えず、表情筋も動かさずに応答して通信を切ると、一瞬だけ梓をじっと見つめた後に、内ポケットから名刺を差し出してきた。
「何かがあったら、絶対に私に連絡してください。どこにいても必ずあなたの所に駆け付けます」
警備保障会社のキャッチコピーみたいなことを言った颯真は、梓が何も言わないうちに強引に名刺を握らせると、掃除機をまるで大剣のようにして肩に担ぎ、颯爽と部屋から出て行った。
しかし走り去る颯真の上着のポケットから、いつの間に入れていたのか、梓の使用後濡れ濡れラグジュアリーパンツ(黒)の一部が出ていることに、梓は気付いてしまった。
「パ、パンツ……!」
梓は慌てて颯真の後を追い、ガラガラと点滴のスタンドを転がしながら廊下に出たが、俊足らしき颯真の姿は既になかった。
「どうしよう…… あの人、パンツ持ってっちゃった……」
***
◆マーブルクラフト企画サイトより
「F機関」「神隠しの部屋」の設定をお借りしています。
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