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揺らぎの時
走れ!アラウダ
しおりを挟む次の日、朝食前に庭でストレッチをしていたパッセルのところへアラウダがやってきて言った。
「パッセルどのっ、昨日は何であんな…!」
「はは、いつもアラウダ殿が居ないところで事件が起きますな」
「笑い事じゃありませんよ!!」
「いやいや、逆を言えばアラウダ殿がいれば事件は起きぬと言うことですし」
「そんな褒め言葉いらないんですよ!」
アラウダが怒るのも尤もだ。
自分の婚約者がアルファの男に絡まれている…
と言うから急いで行ってみれば、ただ彼女は弟君と会話しているだけ。
念の為に声を掛けると、折角だからお昼を一緒にと言われて食堂へ行き、一緒に食事をしていたらフラフラとした足取りで二階から降りて来るパッセルを発見し、慌てて駆けよればオメガの誘引香を漂わせていてうっかりにでも近づけない。
何とか近くにいたベータの生徒達に彼を第一寮へ連れて行って貰う様頼み、パッセルがリュノ王子と会食していた個室へ様子を見に入ればリュノ王子は机に突っ伏していて、だから具合が悪いのかと思って校医を呼びに走り、そうして部屋に再突入したところ王子は目を覚ましており別段健康に異常は無いものの何やら様子がおかしい。
聞きただしてみると
「パッセルにフラれてしまった」
と一言…。
どうやら最悪の事態は免れたらしい。
自分が単純な罠にひっかかったせいで、パッセルを他国に奪われる事があったら取り返しが付かない…
「…ですがパッセル殿、リュノ王子の告白を断って頂いた事、感謝します」
「こちらこそ。
私も『僕らの幸せ辺境移住計画』が成功するまではこの国から出る気はありませんからね」
「ほう?」
それは初めて聞く話だ。
その計画次第では、こちらも対策を取らなければならない。
「…ちなみに、その計画は順調にいけば何年かかりそうですか?」
「そうですね…順調に行けば、大体…30年程度ですか」
「そんなに!?」
「そりゃ当然でしょう!
砦を立派に立て直し、
廃村となった凡そ10の村を再興させ、
中心部に商業区を作り、
さらに隣国との国際交流も…」
つまり、彼は後30年この国で第一線にいる…と。
それなら第二王子が彼を娶る理由は無くなる!
…これは朗報だ。
「途方もないですね」
「はは、途方もないから面白いのです。
何でも最初は1からです。
まずはあの地に名前を付けるところから」
「いや、名前はもう…」
「何故です?
昔の名前をそのままにして、契約事もそのまま引き継がされたらたまらんでしょう」
「…さすが、良く考えていらっしゃる」
…とはいえ、何でもこちらの思い通りにはいきそうにない。
やはり抜け目のない男だ…気を引き締めてかからねば。
そうアラウダがそう思い直した瞬間、パッセルが不意に言った。
「…アラウダ殿は、私に首輪を付けたいと思いますか?」
「首輪?…ネックガードの事ですか?」
唐突な言葉に、アラウダはとぼけて見せた。
その一瞬の判断に、パッセルはニヤリと笑う。
「くくく…ご冗談を。
首輪が分かりづらければ、鎖と言い換えましょうか。
要はある程度の制御が効く状態にしておきたいかどうかという事です」
「そ、れは…」
パッセルにしては突っ込んだ話だと思った。
「首輪」の定義をここまではっきりさせるなんて…
彼は「中立であり自由である事」を大切にしているはずなのに!
「良いですか、アラウダ殿。
私に好き放題されたくないのであれば、クレイド兄上を辺境伯にするのが一番ですよ。
そして兄上の伴侶をフェリス殿にすれば、より万全。
理由はもう、分かりますね?」
「……はい」
彼は友人を大切にする男だ。
義理堅い男でもある。
だからクレイドとフェリスは彼の鎖になり得る…
彼らに恩を売っておけば、それはパッセルに恩を売るのとほぼ同じ、という事。
「では、この方向でまずは上と話をしてみてください。
鎖を付ける為にエバ殿下の弟君と結婚させられるなど、私は御免です。
あちらも本心では『どこの馬の骨とも知れない平民のオメガと番うなど汚らわしい』とお考えなのではないですかな?」
「っ!」
「はは、やっぱりそうでしたか」
…また顔色を読まれた!
アラウダはイラっとした。
この男は同い年だと言うのに、時に百戦錬磨の商人の如き目を見せる。
このヒヨッコが、とでも言う様に…
あの、エバ王子とフェリスが和解した時と同じ様に。
「……何でも良く、ご存じですね」
「知っていたわけではありません!
ただ『愛人を連れ込んで伴侶を疎んじるような父親を見て育った子どもが、まともな感覚を持つのは大変に難しい』という事を知っているだけです」
「っ、パッセル殿!」
パッセルは言うだけ言うと、アラウダの「不敬ですぞ」が出る前に踵を返した。
「それでは、後は頼みます。
私が言うよりアラウダ殿からの進言の方が、ずっと進みが早いですからな」
「……!」
今日もまた、勝てなかった…。
アラウダは「次こそ勝つ!」と自分を奮い立たせつつ、朝食を食べるために一旦学園の外へ行く事にした。
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