先祖返りの君と普通の僕

紫蘇

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先祖返りの君と普通の僕

高原先生と避難訓練

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高原先生は避難訓練も初めてだ。
今まで生きてきた中で、一度もない。
災害にあったことはある…と思う。
だが何とも記憶がうつろなのだ。

「こうやってシェルターに避難するんですね」
「そうです!ただし、教師は生徒の避難誘導が終わってから逃げなければなりません!生徒を守るのが仕事ですからね!」
「幸田先生は、大災害の時どこにいらっしゃったんですか?」
「あの時はまだ新任でね!生徒たちの避難誘導がちゃんとできてるか不安で、校内を駆け回っていましたね!」
「よくご無事で…」

幸田先生は保存食コーナーに自分のプロテインをそっと忍ばせながら言った。

「ええ、全員いないことを確認してもまだ不安でしたが、ここへ魔獣がくることはなくてね!それでも生徒の家は倒壊したところが多くて、たくさんの生徒がしばらく学校のシェルターで寝泊まりしまして!2年程度、ご家族と学校で生活した生徒もおりましたね!」
「そうなんですか…」
「私も住んでたマンションが倒壊しましてね!一緒に学校に寝泊まりしましたよ!」
「僕、大災害のときの記憶がすっぽり無くて…どうしてたか覚えてないんです」

高原先生のその言葉に、幸田先生は至極普通に返した。

「ああ!そういう方、よくいらっしゃいますね!どうしてもつらい思い出ばかりになりますから!」
「そうなんですね」

なんだ、普通のことなのか…と高原先生は安堵した。
幸田先生はその当時、何人もの生徒の親御さんのご葬儀に出たりして色々なものを見てきたという。

「損壊の激しいご遺体も多くてですね…お葬式を出せるだけでもいいと、みなさん仰いましてね。
 お別れが出来て…涙を流せるならどんな形でも流せた方が幸せなのかもしれません」

記憶に蓋をする子どもたち、連れ合いの死を受け止められない親…そんな家族もいて、お父さんが帰ってこない、お母さんが帰ってこない…と、連日のように相談に来る人たちに、もうこの世にいないことを説明するのが辛かった…と、幸田先生はしんみりした口調で話す。
そしてそれを振り払うために、体を鍛えることに没頭するようになったのだ、と。
心がつらい時には、体も同じぐらい辛い方が釣り合いがとれるのかもしれないですね…とにっこり笑ったあと、幸田先生は高原先生に忠告してくれた。

「でもね!そういう方は、災害が引き金になってパニックになることもありますから、事前に周りの方に相談しておかないといけませんよ!」
「はい、ありがとうございます」
「今年も祈りましょう!この地域だけでなく、この国の誰も命を落とさずに済むように!」
「そうですね」

幸田先生は、魔導師を見たことがない。
それでも、魔獣を倒し災害を終わらせられる彼らの力を信じている。
信じているが…それでも。

「魔導師の方に頼るしかないのも歯がゆいものです、これほど鍛えても、魔術を使えるようにはなりません」
「幸田先生…」
「ですが、災害後の片付けには大活躍しますからね!任せてください!」
「はい、お願いします」

そのための筋肉を鍛えているんですから!
と幸田先生は右腕に力こぶを作って白い歯を光らせた。


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