それはダメだよ秋斗くん!

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「お邪魔します」

 玄関のドアを開けた秋斗を見て、思わず頬を引き攣らせる。昨日も感じていたが、今日はやけにその部分が如実で慄いた。
 着ている黒いTシャツはサイズが小さいはずではないにも関わらず、胸筋部分がパンパンである。すごい筋肉だなぁと感心して、引き攣った頬を無理やり笑顔に変えた。
 わぁ、八雲くんの家に上がるの久しぶり。そう言いながら靴を脱ぎ、慣れた足取りで二階へ上がる。その背中に、飲み物持ってくるから先に行っててと声をかけた。返事をした彼を見送り、キッチンへ向かった。
 静まり返ったそこは、がらんどうとしていて寒気さえ感じる。父は会社へ向かったし、母は習い事へ出掛けてしまった。残された僕は深々とため息を漏らし、冷蔵庫から炭酸飲料を取り出す。グラスに氷を山ほど入れて、そこへ黒にも茶色にも似た液体を注ぎ込んだ。
 ────忘れてくれていたら良いなぁ。
 そんなことを思いながら、トレーに乗ったグラスを二階へ運ぶ。自室の扉を叩き、中へ入ると冷風が頬を掠めた。

「ごめん、暑かったからエアコン勝手に入れた」

 すでにカーペットの上に腰を下ろした秋斗がリモコンを手に持ちながら微笑んでいる。何度ぐらいがちょうどいいかな、とひとりごちながらTシャツの裾を掴み、風を送り込んでいた。
 そんな彼を横目で感じながら、テーブルへグラスを置く。

「本当に大きくなったね、秋斗くん」

 もう何度目だという話題が口から漏れる。だろ? よく周りからも驚かれる。俺もびっくり。そうおどけて見せた彼は、口調も若干男らしさを滲ませていた。

「でも、マジで八雲くん変わんないな……ていうか、なんで髪染めたんだよ?」

 そっちも似合うけど黒髪も良かったのに。秋斗は笑いながらグラスを手に取り、喰いと飲み干した。その喉仏に目が釘付けになる。思わず目を逸らし、少し痛んだ毛先を摘んだ。

「……大学デビューってやつかな? 周りも、そういう感じの人、多いし……」

 へぇ、と秋斗が息を漏らす。こちらを見つめる瞳に耐えきれず、グラスを手に取り、炭酸飲料を飲んだ。シュワリとした感覚が喉を刺激する。

「柔道部なんだってね。夏休みも部活はあるの?」
「まぁ、一応」
「大変だねぇ。夏場は暑そうだ」

 柔道着を身につけたことはないが、あの分厚い生地は夏の茹だるような暑さと相性が悪いだろう。
 手に持ったグラスの結露が手を伝い、肘へ垂れていく。それを拭いながら、次は何を話そうか、と模索した。

「中学は、楽しい?」
「楽しいよ。友達もたくさんできたし」
「勉強とか、大変じゃない?」
「そこそこ」
「君は器用になんでもこなしそうだもんね」
「八雲くん」
「なに?」
「キスした日のこと、覚えてる?」
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