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宇宙でランデヴー
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◇
初めて訪れた宇宙空間は、なんとも言い難い場所だった。ふわふわとする足でなんとか浮かびながら、宇宙船の一番てっぺんにまで登る。宇宙船の表面に足をつけるが、しかし。歩いているのに、歩いていないような足触りに襲われ、感覚が狂いそうだ。
「平気?」
突然、手を握られた。ぎゅうと掴まれ、思わず体が跳ねる。「ケイトさんは外に出るの、初めてなのかな?」。そう問われ、コクリと頷いた。体が覚えていないということはつまり、初体験なのだろう。
「あぁ」
答えた声は彼に届いていない。察したのか、ルイが胸元にあるボタンを指差した。
「ここを押したまま声を出すと、会話ができますよ」
どうやらヘルメット内に無線機のようなものが備わっているらしい。俺は胸元にあるボタンを押しながら声を出した。
「聞こえるか?」
「聞こえます」
ぱあと花が咲いたように笑うルイに心臓が抉られる。「可愛いー!」とボタンを押さずに叫ぶと、ヘルメット内で俺の歓声が反響した。ルイは気がついていないのか、ニコニコしたまま首を傾げている。
不意に、視線を宇宙へ投げた。異様に大きい惑星のような物体を見つめる。
「あれが隕石?」
「そう。ゆっくりと近づいているんです」
赤く染まるそれは、太陽のようだ。暗闇に浮かぶ物体は、まるで死を告げる死神に見え、俺は唾液を嚥下する。
こんなものが近づいているのにあまり危機感を抱いていない彼らに、戸惑いさえ覚える。危機感を抱く感情が欠如しているのだろうか。それとも、ぶつからないというデータを信用しきっているのだろうか。
「……」
ルイが遠くに見える地球を眺め、黙り込んでいる。「どうした?」と問うと、彼は唇を舐めたあと、口を開いた。
「きっと、素晴らしい世界が広がっていたんだろうなぁって」
彼が愛おしげに、しかし哀れみを込めて呟いた。嘆く彼の横顔はとても美しい。目前に広がる世界は黒く、星々が散っているだけの無機質な空間だ。地球から見上げていた宙はこんなにも寂しい場所なのかと改めて思った。
「時々、本当に羨ましく思うんです。あの星で生まれ、生きていた彼らのことが……僕の知らない感情を知っている彼らのことが……」
無意識に、彼の手へ触れてみる。もこもことした素材の手袋では、彼の指をうまく握ることができない。
「どうしたんですか?」
「いや、その……」
手を握りたかったなんて言えず、口を開閉させた。恥ずかしそうに俯く俺の手を握り、ルイが口角を上げる。そのまま、走り出した。突然の行動に驚いていると、ルイが振り返った。
「こういうの、デートっていうんですよ」
数百年後に名画として紹介されていてもおかしくないほどの、美しい笑みだった。俺はうぶな少女のように頬を染める。
「僕、ずっとデートというものを経験してみたかったんです」
おぼつかない足取りで駆けるルイの背中を眺める。
────俺も、デートは経験がないな。
つまりは俺も、初体験ということになる。初めての、それもルイとのデートが宇宙だなんて、ロマンチックだ。まるで、夢のようである。いや、夢なのだが。
「デートって、あとは何をするんでしょうね?」。彼が振り向かずに尋ねる。
────待てよ?
そこで俺は、ある名案が脳内に浮かんだ。握られていた手に力を込め、ルイを引き留める。どうしたんですか? と言いたげな瞳でこちらを見たルイと、向かい合う。
「俺が聞いた話だと、デートの後は恋人同士にならないといけないらしい」
「……あ、そ、そうなんですか?」
別にそんなルールはない。ルイは戸惑ったように目を見開いた。まさか、こうなるとは思っていなかったのだろう。
俺はここぞとばかりに追い込む。
「ルイ、付き合おう」
「えっ、えぇ? でも、その……僕たちには人を愛するという気持ちは芽生えないですし、恋人同士だなんて……」
「いいじゃないか、別に芽生えなくても。擬似でも構わない。色んなことを俺と経験しよう」
色んな経験という言葉に、ルイが反応した。彼は地球に住んでいた人間たちの感情や行動に興味を持っている。故に、擬似でも彼にとっては良い提案なのだ。
「ケイトさんと色んな経験、してみたいです」
期待を孕んだ瞳に見つめられ、俺は仰け反りながら「喜んでー!」と叫ぶ。ヘルメット内で反響した声は、俺の鼓膜をぶち破るほど劈いた。
初めて訪れた宇宙空間は、なんとも言い難い場所だった。ふわふわとする足でなんとか浮かびながら、宇宙船の一番てっぺんにまで登る。宇宙船の表面に足をつけるが、しかし。歩いているのに、歩いていないような足触りに襲われ、感覚が狂いそうだ。
「平気?」
突然、手を握られた。ぎゅうと掴まれ、思わず体が跳ねる。「ケイトさんは外に出るの、初めてなのかな?」。そう問われ、コクリと頷いた。体が覚えていないということはつまり、初体験なのだろう。
「あぁ」
答えた声は彼に届いていない。察したのか、ルイが胸元にあるボタンを指差した。
「ここを押したまま声を出すと、会話ができますよ」
どうやらヘルメット内に無線機のようなものが備わっているらしい。俺は胸元にあるボタンを押しながら声を出した。
「聞こえるか?」
「聞こえます」
ぱあと花が咲いたように笑うルイに心臓が抉られる。「可愛いー!」とボタンを押さずに叫ぶと、ヘルメット内で俺の歓声が反響した。ルイは気がついていないのか、ニコニコしたまま首を傾げている。
不意に、視線を宇宙へ投げた。異様に大きい惑星のような物体を見つめる。
「あれが隕石?」
「そう。ゆっくりと近づいているんです」
赤く染まるそれは、太陽のようだ。暗闇に浮かぶ物体は、まるで死を告げる死神に見え、俺は唾液を嚥下する。
こんなものが近づいているのにあまり危機感を抱いていない彼らに、戸惑いさえ覚える。危機感を抱く感情が欠如しているのだろうか。それとも、ぶつからないというデータを信用しきっているのだろうか。
「……」
ルイが遠くに見える地球を眺め、黙り込んでいる。「どうした?」と問うと、彼は唇を舐めたあと、口を開いた。
「きっと、素晴らしい世界が広がっていたんだろうなぁって」
彼が愛おしげに、しかし哀れみを込めて呟いた。嘆く彼の横顔はとても美しい。目前に広がる世界は黒く、星々が散っているだけの無機質な空間だ。地球から見上げていた宙はこんなにも寂しい場所なのかと改めて思った。
「時々、本当に羨ましく思うんです。あの星で生まれ、生きていた彼らのことが……僕の知らない感情を知っている彼らのことが……」
無意識に、彼の手へ触れてみる。もこもことした素材の手袋では、彼の指をうまく握ることができない。
「どうしたんですか?」
「いや、その……」
手を握りたかったなんて言えず、口を開閉させた。恥ずかしそうに俯く俺の手を握り、ルイが口角を上げる。そのまま、走り出した。突然の行動に驚いていると、ルイが振り返った。
「こういうの、デートっていうんですよ」
数百年後に名画として紹介されていてもおかしくないほどの、美しい笑みだった。俺はうぶな少女のように頬を染める。
「僕、ずっとデートというものを経験してみたかったんです」
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────俺も、デートは経験がないな。
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「デートって、あとは何をするんでしょうね?」。彼が振り向かずに尋ねる。
────待てよ?
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俺はここぞとばかりに追い込む。
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「いいじゃないか、別に芽生えなくても。擬似でも構わない。色んなことを俺と経験しよう」
色んな経験という言葉に、ルイが反応した。彼は地球に住んでいた人間たちの感情や行動に興味を持っている。故に、擬似でも彼にとっては良い提案なのだ。
「ケイトさんと色んな経験、してみたいです」
期待を孕んだ瞳に見つめられ、俺は仰け反りながら「喜んでー!」と叫ぶ。ヘルメット内で反響した声は、俺の鼓膜をぶち破るほど劈いた。
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