ラピスニゲルの在処

神月明

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色の掟

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人間には生まれた時から"色"が備わっているらしい。
白・赤・青・緑・紫・黒のどれかを人は持っていて、全身をオーラのように纏っている。
生まれ持った色以外にも環境によって後天的に色が変化するため、12歳になると最終的な色を決定し今後の職業や住む場所が与えられる。
色は常に出ているわけではなく、「聖霊の儀式」という通過儀礼を行うことで色がはっきりと認識できるようになる。
最も位の高い白は神職につくことが許され、一生困ることのない暮らしが約束される。
その次に位が高い赤は国の護衛を、青は医者、緑は学者や教師、紫は商人となるのが決まりとなっている。
最後に最悪とされているのが黒で、国に破滅と災いをもたらすという考えから忌み嫌われていたため、職業に就けず物乞いや身体を売って生活をしていた。

11歳のノアはこの現実に違和感を感じながら過ごしてきた。
両親は紫をもつ者同士で結婚し、畑で採れた野菜を町で売って生活しているごく普通の人間だ。
生活に困ったことがなく、何不自由のない平凡な暮らしをしてきた。
けれども、自分が「聖霊の儀式」で黒となれば両親ともに同じ生活が待っている。
色だけで人を判断する考え方に納得がいかなかった。

ノアが家の芝生に仰向けで寝転がっていると、アルベルトが顔を覗き込んで話をしてきた。
「また何か考えてるんだろノア。そんなことしてると赤の奴らに反逆者だと怪しまれて連行されるぞ」
アルベルトはノアの親友で、両親同士が仲が良い理由から一緒に多くを過ごしてきたため家族同然の存在となっていた。
ノアはそのことを聞くと立ち上がり、彼方を見ながら話した。
「考えちゃいけないことなのはわかってる。けど、こんなのおかしいだろ。俺らまだ11だぜ....?色がわかれば学校のみんなとも離れ離れになる。色で優劣つけて差別をするようになる。ずっと仲よかったのに.....」
「僕はノアが何色でも差別なんてしないよ。血は繋がっていなくても家族のように思ってる。ノアはノアだ」
そういうとアルベルトはノアの隣に立ち、何かを決めたような眼差しをノアに向けた。

「そんなこと言って.....俺が黒だったらどうするんだよ!この家にもいられなくなるし、お前にも会えなくなる......」
「そうなる前にノア、ここから逃げて違う国に行かない?」
一瞬言葉に固まったノアだったが、冗談で話しているのではないことを悟った。

「なんだよそれ....俺たちが12になるの明日だぞ?さすがにもう間に合わねぇよ。それに抜け出したやつ今まで見たことあるけど、赤の奴らに連行されてその後どうなったかわからないよな?あまりにも危険すぎるだろ....」
「そうかな?僕の父さん遺跡の研究をしてるでしょ?1ヶ月ほど遺跡発掘に行ってきて今晩帰ってくるんだ」
「あぁ、親父さん今日帰るのか....で、それがどうしたんだよ?」
「今晩父さんが帰ってきたら、乗ってきた船に乗り込んで逃げ出さない?」
「お前船の操縦はどうするんだよ」
「小さい時から遺跡発掘に同行して舵取り教えてもらっていたから問題ないよ。確か今夜の8時頃には港に着く予定らしいから8時近くなったら港で待ち合わせしよう」
「勝手に話を進めるな!さっき言わなかったか?抜け出したやつは赤の奴らに連行されてその後どうなったかわからないって」
「わかっているよ、危険承知で話をしているんだ。僕も色で人を区別したくないし、人生を決められたくない。僕は将来父さんみたいな考古学者になりたいんだ。それが青だとか言われて医者の勉強しなきゃいけなくなるのは耐えられない。この国では色で職業を決めているけど、色は関係なく職業についてもいい国もあるんだ。僕は自由な発想を持った国に行って自由に生きたい」
ノアはその言葉を聞き、一瞬はっとした。アルベルトは幼い頃から父親に連れられて多くの国を旅している。さまざまな文化を肌で感じ、体験してきたからこそ、この世界の決まりへの違和感を誰よりも感じているのではないかと。違和感を感じていたのは自分だけではない。そうわかってからは幾分と気分が晴れやかになり、自信へと変わった。

「....そっか。お前も俺とおんなじことを考えてたんだな。俺はな、色にこだわらない平和な世界にしたい。そのためにはこんなところにずっといたらだめだと思っている。いろんな国を見て考えを知って取り入れて、それをいつかこの国にも反映したい」
アルベルトはその話を聞くとフッと微笑んだ。

「そのためには白になるか、幻の黄色になるしか道はないでしょ」
幻の黄色とは1000年に1人の確率で誕生する色のことで、生きているうちに見られないことから幻とされている。
古文書には黄金に輝いた光が空の彼方まで照らし、神の再来と称され富をもたらすと言われている。

「存在だけでも珍しいから黄色の人がどういう職業につくのかわからないけど、おそらく神職以上だと思う」
「神職以上っていうと....まさか神か?」
「神な訳ないでしょ....少なくとも今の国の政治を動かす力が手に入ると思うよ」
「そしたら国を変えるなんて楽勝だな」
「どうする?仮に明日ノアが白と判定されたら、神職になってこの国を変えられることはできるんだ。そうしたら、わざわざ船に乗り込む必要はなくなるよ」
「仮に他の色になる可能性も十分あるんだぞ?そうしたら国を変えるなんてできなくなる。俺は早く世界を見て学びたいんだ。自分の色がどうだとか、職業がどうだとかは後から考える」
「そっか....そしたら決まりでいいね?」
「あぁ、今夜8時に親父さん港に着くんだろ?それまでに荷造りしないとな」
「あ、待って。父さんと母さん置いて行くことになるけど大丈夫?最悪僕たちがいなくなったことが知られて赤の奴らに連行されたら.....」
「そんなことがないようにみんな連れて行くか?」
「だめだよ...きっと反対される...自分の色を受け入れろとか言って連れ戻されてしまう」
「まぁ、それがこの国の考え方だから無理もないだろ。説得しようと思ったが無理そうだな」
「ノアの両親含めてどうなるかが不安だけど、僕は行くよ」
「お前ってほんと親父さんに似て頑固というか自分の気持ちに真っ直ぐというか....」
「それ言ったらノアも負けないくらい頑固で真っ直ぐだよ。ノアが色にこだわらない平和な世界にしたいとか考えているの知らなかったし。もっと単純だと思ってた」
「馬鹿にするなよな!俺はお前が思っている以上に真面目だし、この国のことを真剣に考えてるんだからな」
「うん、それはわかった。ノアだったらこの国を変えてくれるんじゃないかって信じてるよ。明日は僕たち「聖霊の儀式」に参加しないけど、きっとノアは幻の黄色になると思う」
「幻の黄色って....そんななるかわからないんだしハードル上げるなよな」
「ハードル上げてないよ、わかるんだ。きっと君なら変えてくれると思う」
アルベルトはそう言うと、夕焼けから発する光を静かに見つめていた。
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