乳母の娘、偽りの妃となる

夏眠

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5章 旅立ちの時

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 若き王の死は、あまりにも唐突だった。

 徹夜で、我が子の出産に立ち会って喜んでいたのもつかの間のこと。

 次の日、仮眠をとっているとばかり思っていたルイ王の体が冷たくなっているのを妃であるリゼが発見したという。

 産まれたばかりの我が子を抱き抱え、青ざめた顔のリゼがそう訴えた時、まわりはそれを信じた。
 それほどまでに、ルイ王の病弱さはまわりに知れわたっていたからだ。

 王の急死に対しても大事にならなかったのは、王が世継ぎを残していってくれたおかげだった。
 それも健康な男児を。

 世継ぎが成長するまでの間、まだ健康であった引退した前王が国政を引き継ぐ形となり、王室に大きな混乱が起きることはなかった。

 ****

 赤子はすくすくと育っていった。

 病弱だった父親に似ず、ひどく健康な男児だった。

 赤子の母は、懸命に子を育てた。
 大きな悲しみに耐えながら。

(せめて少しでも乳兄弟のルイに似ていてくれたら、その面影があったならば少しは救いもあっただろうに。)
 そんなことを思いながら。


 赤子はルイの光り輝くような金髪も、青い瞳も受け継いでいなかった。

 皮肉なことに、母親役であるリゼの黒い髪と黒い瞳に良く似た色彩をまとっていた。

 周囲の人々からは、幼い王子は母親似だとよく言われていたが、彼女自身は複雑な心境だった。

 自分の子供ではない子供を我が子と偽り育てあげることに関して、彼女に罪悪感はなかった。
なにせ、女性を王として即位させるのに協力するという大罪をすでに犯していたからだ。

 ルイとの最期の約束もあったので、リゼは最後まで母親役を演じきるつもりだった。

 ****

 赤子はやがて成長し、内政や外交に数々の偉業を残す偉大な王となった。

 彼は肖像画でしか顔も知らぬ父親を尊敬し、生涯ただ一人の妻を愛した。

 そして、常に控えめな立場でい続けた母親を常に敬い、女神のように崇めていた。

 リゼは長生きし、孫やひ孫に囲まれながら穏やかな余生を送った。

 そんな彼女にも、ついに死が訪れようとしていた。

 リゼにとって、最愛の人を失ってからの後半生はあっという間だった。

(ーー もしも、あの時彼女ルイを止めることができていたら…)

 彼女は、生涯で何度繰り返したかわからない問いを、死の床でも再び繰り返す。

 けれど、最期の瞬間に彼女はとうとう気がついた。

 自分が乳兄弟の頼みを断れたことなどなかったことを。

 そして、いつの間にか、血のつながらない息子やその家族を深く愛するようになっていたことを。


 ****

 その事に気がついたとき、彼女の魂は心から満足して天に飛び立った。

 今度こそ、心より愛する人のもとへ。


 END
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