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  第8章 たそがれの市場(2)

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 たそがれの市場に並ぶ品物は、奇妙奇天烈な物ばかりだったが、まれに美しい品もあった。

 そのたびに、シアは、気をつけな、とメリアに小声で注意を促した。
 気をつけて見れば、その売主は、先ほど彼女に首飾りを差し出した者のように、黒いフードを深めにかぶっていた。
 布から出た皮膚は、鉛色で、からからに乾燥している。
 
 おそらく、彼らもまたは地上の人間ではないのだろう。他人の命を奪ってでも地上に戻ろうとしている死者か、あるいは冥界の住人か。
 どちらにせよ、彼らの売っている商品を買おうと思えば、その代価は、かなり高くつくに違いない。

 やがて、メリアはこほこほと軽くせきこんだ。

「おや、どうしたんだい?」
 シアが尋ねた。

「なんだか、喉がかわいちゃったみたい」
 彼女にとって、この世界の空気は、どこか乾燥してるように感じられた。

「そっか、あんたはあの湿気の多い地上から来たんだもんね。ちょっと待ってな。果物を売ってる店を探すから」
 シアは、目ぼしいものでも探すように出店の間を次々と通り抜けた。

「すぐそこにもあるじゃない」
 メリアは、すぐそばの屋台に並べられている見慣れぬ果物に視線を向けた。
 みずみずしく、芳香ただようその果物は、見るからに食欲をそそった。

 けれど、シアはきっぱりとした口調で言った。
「だめだよ。あれは地上の果物じゃないもの。食べたらもう二度と地上に戻れなくなっちまうよ」

「そうなの?」
 メリアが驚いたように目をみはった。

 子供の頃に聞かされた物語にそう言う話もあったような気がするが、本当にそんなことがあるとは思わなかった。
「何にも知らないんだね、アンタ」

「仕方がないわ、この世界のことは誰も教えてもらってないんだもの」
 メリアは、親しい友人の前で素直にそう言った。

 しばらく歩いてから、シアは広場の端にひっそりと立つ屋台へとメリアを導いた。
 そこでは、確かに、地上で見たことのある果物が並んでいた。
 そこで、シアが出店の店主と交渉し、懐から取り出した何かと引き換えに大きなザクロを受け取ってきた。
「地上でとれたやつだっていうから、これなら食べても大丈夫だよ」

「ありがとう」
 メリアは受け取ったザクロの実を、苦労して手で揉みほぐし、やわらかくしてから千切って食べた。
 ザクロの小さな粒が口の中に入る。

 噛みしめると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
 喉の渇きがいえ、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。

 そのとき彼女は、屋台の奥に先客がいることに気がついた。メリアは、なぜだかその人に目を引き付けられた。

 色とりどりの色彩を纏う者たちの多い人外の市場で、彼は、ひどく地味な灰色の服をまとっていた。まるで、人目をひくことを恐れるかのように。
 そのくせ、市場に紛れ込んでいる死者の国の者たちのように顔をかくすマスクなどはつけていない。奇妙な容貌の者たちが多く行き来するなか、彼は珍しく人間の姿を保っているようにもみえた。

 メリアの住んでいるティグラット国ではあまり見かけない白く透けるような肌、そして、金色の髪を持つ青年だった。

 何よりも、メリアが気になっていたことは、その青年は猛烈な勢いで、何かを食べていたからだ。
 
 それは、まるで何年も食事をしていない人のような、すさまじい食べっぷりだった。

 粗末な木の大皿に盛られた中身を、胃の中に流しこむようにしてたちまち空にしてしまう。
 そしてすぐに立ち上がり、鍋をかき回す店主におかわりを要求している。

 店主は大鍋から何かスープのようなものを大きな匙ですくい、彼の皿に取り分ける。

 青年は傍にあった材木に腰を下ろすや否や、またもや驚くほど猛烈な勢いで食べてしまうのだ。
 もはや、飲むと言った方がふさわしいかもしれない。

 メリアは、ようやく手に入れたザクロを食べるのも忘れて、青年を凝視してしまった。

 けれど、食べるのに夢中になっている彼は気がつく様子もない。
 メリアはこんなにすごい食欲なら、芸の一つにでもなりそうだと、感心すらしていた。

 このたそがれの市場には、人の世のものではない、美しい宝石のような果実や、見たこともないような変わった料理もたくさんが並んでいた。

 けれど、その青年が食べているものをよく見てみると、それは、地上のどこにでもありそうな豆を煮たスープのようだった。メリアも、質素倹約を旨とする神殿で祈祷をしていた時に、食べたことがあった。
 豆が柔らかくなるまで煮て、塩と植物油で味をつけただけのシンプルなものだ。

 他にも美味しそうな料理を並べている出店はたくさんあったのに、なぜ、彼がそんな粗末な料理を一心不乱に食べているのか、メリアには気になって仕方がなかった。

 シアにあの青年のことを尋ねようにも、どうやらこちらの世界での知人と会ったらしく、親しげに話しこんでいて、そこに割りこむのも悪いような気がした。

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